大井川鐵道は、井川線について、料金を3,500円に引き上げて、観光列車として運行する方針を決めました。運賃値上げではなく、観光列車化により実質価格を引き上げるという手法で、賛否が分かれています。
旅行商品として販売
大井川鐵道井川線は、千頭~井川間25.5kmを結ぶ鉄道路線です。同社の鳥塚亮社長は、自身のブログにて、2026年6月1日から同線の運用を変更し、全列車を観光列車化することを明らかにしました。
観光列車化により、アプト式電気機関車を連結するアプトいちしろ駅や、知名度の高い奥大井湖上駅などで停車時間を延ばし、観光案内をおこないます。
観光列車は乗車料金を1乗車3,500円に設定します。旅行商品(ツアー)として事前予約制で発売し、着席を保証します。

普通列車は1日1往復に
井川線は1日5往復を運行していますが、このうち1日1往復のみ、普通乗車券で利用できる列車を設定します。同線の運賃は、区間により片道160円~1,340円です。
普通運賃で乗車できる列車は、千頭14時35発接岨峡温泉行きと、接岨峡温泉10時45分発千頭行きのみとなります(時刻は変更予定)。温泉を訪問する観光客の便を図った時間帯です。
このほか、地域住民向けに、「定期券式のフリーパス」を発行します。発行手数料は1,000円で、2年間有効、全列車に乗車できます。
ツアー専用の団体臨時列車に
以上が、鳥塚社長が明かした「井川線観光鉄道化」の概要です。
不明瞭な点もありますが、1日5往復の列車のうち4往復をツアー専用の団体臨時列車にして、旅行商品として販売する、ということのようです。
定期旅客列車は、1日1往復のみ、千頭~接岨峡温泉間のみ残します。ただ、「全列車を観光列車」とすることから、定期旅客列車にも旅行商品用の専用席を設けるとみられます。
接岨峡温泉~井川間については、普通乗車券のみでは乗車できなくなるので、団体臨時列車の専用区間となるようです。
地元客に対しては、フリーパスを手数料のみで発行するので、形式的には、運賃・料金を収受せず、無料とするのかもしれません。
「決して高くはない」
井川線の「観光鉄道化」は、言い換えれば「ツアー専用路線化」です。この措置に対し、ネット上では賛否が分かれています。
今回の措置の最大のポイントは、全列車を「観光列車」として運行し、3,500円もの料金を課すことです。現状の片道最大1,340円から、実質的に倍以上の値上げとなるので、批判的な声も強いようです。
これに関し、鳥塚社長は、海外の観光鉄道と比較して、「決して高くはない」という考えを示しています。
具体的には、インドのダージリンの観光列車が約20米ドル(3,200円)、台湾の阿里山森林鉄道が約3,000円、スイスロートホルン鉄道が往復2万円、といった例を挙げています。
これらに比べれば、井川線の片道3,500円、往復7,000円の料金は、高額とはいえない、ということです。
世界にはもっと高い鉄道があり、たとえばスイスのユングフラウ鉄道などは、山麓から乗れば往復で5万円近くします。国内では、立山黒部アルペンルートも、全区間を乗り通せば1万円以上です。
井川線を値上げした場合に、大井川鐵道を金谷から乗っても往復1万円に満たないので、観光列車と捉えれば、高いとまでいえないのは事実でしょう。(注:大井川本線川根温泉笹間渡~千頭間は現在不通)
公共交通機関として考えると
では、公共交通機関として考えればどうでしょうか。1区間でも乗れば3,500円になるのであれば、間違いなく高額です。
ただ、井川線は、すでに地元の利用者がほとんどいないという事情があります。
鳥塚社長は、井川線の利用状況について、地域住民の利用は「皆無」とし、「過去15年間定期利用者がゼロという状況」を挙げたうえで、「地域の足としての役割は終了していると判断」したと説明しています。
そのうえで、手数料のみで利用できる乗車パスを住民向けに配布するわけです。沿線住民には無料開放に近い形になるので、少なくとも地域住民に対しては、「値上げ」の批判はあたらないでしょう。
観光客の客足が鈍る?
値上げにより、観光客の客足が鈍る、という指摘についてはどうでしょうか。地域の観光産業に対して悪影響を及ぼす可能性があるので、地元でも懸念の声が上がっているようです。
これについては、上述したように、沿線最大の観光地である接岨峡温泉へ、宿泊客の便利な時間帯に普通列車の足を確保する予定です。したがって、一定の配慮はされています。
ただ、旅行者が予約なしで利用できる列車の有効本数が激減し、利便性が下がるのは確かなので、温泉旅客に対しても、割引制度などが求められるかもしれません。
とはいえ、観光列車が魅力的であれば、観光客が3,500円を惜しむとも思えません。むしろ、観光列車は有力な誘客装置にもなり得ます。したがって、対観光客についていえば、値上げよりも、観光列車の魅力を高められるかがポイントになりそうです。
「旅行商品化」という扱い
気になるのは、認可制の運賃値上げではなく、届出制の料金値上げでもなく、「旅行商品化」により、高額な乗車料金を設定する形を採ったことでしょうか。
旅行商品(ツアー)として、特定列車に対して通常の運賃・料金に縛られない価格設定をすることに関しては、日常茶飯事でおこなわれています。JR九州の「ななつ星in九州」や、JR東日本の「四季島」などは、その代表例です。
ただ、「ななつ星」も「四季島」も、運賃のみで乗車できる列車が走る区間に、例外的に走る専用列車です。これに対し、井川線では、運賃のみで乗車できる列車が例外的になってしまいます。
とくに、接岨峡温泉~井川間では、団体臨時列車しか走らなくなるようです。
路線の一部区間とはいえ、全列車を通年で旅行商品化し、ツアー参加費を支払わなければ乗車できない形にするのであれば、鉄道事業の旅客営業路線としては珍しい事例です。そのため、この区間の扱いをどうするのかも気になりますが、現時点ではわかりません。
運賃・料金制度形骸化の懸念も
高額な料金を設定するにしても、たとえば一般列車を全車座席指定にして、座席指定料金を高めに設定するという手法もあります。
当然、鳥塚社長も、そうした方法を検討したうえで、「旅行商品化」を選択したと思われます。その理由について、鳥塚社長は明確にしていません。
勝手に推測すると、観光列車化のほうが、料金値上げよりも手続きの負担が少ないのかもしれません。あるいは、柔軟な価格設定がしやすいのかもしれません。ひょっとすると、予約のない列車を運休しやすいといった事情があるのかもしれません。
とはいえ、鉄道事業でこの手法が許されるなら、運賃・料金制度が形骸化してしまうのではないか、という気もします。
国土交通省とは、ある程度協議をしているのでしょうから、全体の制度的な枠組みもきちんと示してほしいところです。
ひとつのモデルケースに
井川線の「観光列車化」は、賛否があるものの、今後のローカル線を存続させるためのひとつのモデルケースになるのは確かでしょう。地元に一定の配慮をしながら、収益性を高めるための枠組みは、よく考えられていると思います。
全面旅行商品化(ツアー化)については、たとえば黒部宇奈月キャニオンルート(欅平~黒部ダム、2026年以降開業予定)でも採用されているなど、観光鉄道として運行するための一つの手法として、国土交通省が容認している節もあります。鳥塚社長も、キャニオンルートを参考にしたのかもしれません。
沿線住民の利用者がほとんどいないのであれば、観光客向けに最適化し、相応の料金を取るというのは、一つの考え方でしょう。観光資源として集客力を発揮し、地域にも経済的な恩恵が及べば、住民の理解も得られるはずです。
問われる「魅力」
その際に問われるのは、井川線に、高額な料金を支払ってまで乗りたいと思わせるほどの、観光資源としての魅力があるかどうかです。
鳥塚社長の思惑通り、アプト式区間や奥大井湖上駅の価値が評価されれば、観光客は往復7,000円程度は惜しまないでしょう。
ただ、終点の井川駅周辺に著名な観光地があるとはいえませんし、井川から静岡方面へ戻る観光ルートも整備されていません。折り返した場合、片道2時間近くかかるので、復路は退屈になりやすいという課題もあります。
車両そのものに関しても、野趣的な魅力はありますが、贅沢な作りとはいえず、高額な料金設定に見合うかはなんともいえません。
「観光鉄道」として高額な料金を求めるのであれば、車内サービスを充実させたうえで、井川線を使った観光ルートの整備にも力を入れてほしいところです。(鎌倉淳)


















