北海道新幹線の並行在来線問題について、沿線の地元自治体はどのように考えているのでしょうか。対策協議会の議事録から沿線首長の発言を読み解いて、行方を占ってみましょう。
北海道新幹線並行在来線対策協議会
北海道新幹線は、新函館北斗~札幌間の延伸工事が進められています。延伸にあわせて、並行在来線である函館線・函館~小樽間287.8kmがJR北海道から経営分離される予定で、この区間を鉄道として残すか、バス転換をするかが、大きな焦点になっています。
この問題を話し合うのが、沿線15市町などで構成する「北海道新幹線並行在来線対策協議会」です。協議会は函館~長万部間147.6kmを話し合う「渡島ブロック」と、長万部~小樽間140.2kmを話し合う「後志ブロック」に分けられ、その第7回会議が、2020年8月25日(渡島)と26日(後志)の2日間にわたり開かれました。
そのとき公表された資料については、「北海道新幹線の並行在来線、維持のハードル高く」にて記事にしています。
それにくわえて、第7回会議の議事録が公表されましたので、その内容をひもときながら、函館線の行方を見通してみましょう。
貨物の費用割合は?
まず、渡島ブロック会議では、貨物列車の質問が相次ぎました。長万部町長は、JR北海道が示した、同区間の施設・維持修繕費用33億円について、貨物にかかる費用の割合について尋ねています。
JR北海道の渡利千春常務は、「貨物が通ることでどれだけのお金がかかっているか、私どもの見方はできるが、一方的に我々の考えを押しつけることはできない」とJR貨物への配慮を見せたうえで、「貨物列車と旅客列車が半分ずつ走っている。だとすれば、線路に与える影響も半分で、修繕費用も半分くらいは貨物列車にかかっていると考えることもできる」と説明しました。
厳密に貨物の費用のみを計算することは難しいようにも感じられますが、北海道の新幹線推進室長は、今後の委託調査で計算をすると述べています。
上下分離を求める
議論の焦点となったのは、鉄道として残す場合の運営形態でした。新幹線の並行在来線は、第三セクター化される際、上下一体の第一種鉄道事業者になることが多いのですが、函館線については、上下分離を求める声が相次ぎました。
長万部町長は、「在来線は各自治体で努力して頑張りなさいというだけでなくて、国や道も上下分離方式に参画して鉄路を守るということを十分考えて、検討に盛り込むべき」と提案。「長万部・函館間は、貨物が運行されるのが在来線を残す目的の大きなところ。その方向性を忘れて協議はできない。JR貨物が函館・長万部間を走るという前提を持ちながら協議をしていただきたい」と要求しました。
要するに、新幹線開業後の函館線・函館~長万部間は貨物主体のため、つまり日本列島を貫く物流の大動脈の維持のために残すのであるから、「並行在来線の維持費用は地元負担」という国の原則論は受け入れがたい、という考えのようです。
並行在来線で上下分離をしている会社としては、青い森鉄道があります。同鉄道の設備は青森県が所有しています。これに対して、長万部町長は国の出資を求めたともいえます。
経営安定化基金の分配論
七飯町長は、国鉄分割民営化された際にJR北海道に分配された6,800億円の経営安定化基金について問題視。「JR北海道の営業キロ数を仮に2,500kmとすれば、キロあたり2.7億円。JRが函館~小樽間をいらないというのであれば、経営しなくなる区間の基金を国庫に返し、そのお金を第三セクターにもらえないのか」と提案しました。
さらに「もしJR北海道が千歳・小樽間しか持たなくなっても、この基金がそのまま残るのか」と疑問を呈します。JR北海道の経営安定化基金は、北海道の鉄道網を維持するために国から与えられたものなのだから、一部路線を放棄して第三セクターに移すならば、相応の基金を分配せよ、という意見です。
これに対し、北海道の担当者は「基金はJR会社法で取り崩すことはできないことになっている」と述べるにとどめました。七飯町長の意見には一理ありますが、JRは函館線の代わりに北海道新幹線を維持するという反論も可能ですし、そもそも、道レベルで何とかなる話ではなさそうです。
駅廃止に苦言
森町長は、最近のJR北海道が、利用者の少ない駅を廃止していることについて苦言を呈しました。「並行在来線が第三セクターになった場合、今ある駅を活用しなければならなくなる可能性もある。乗降者数が少ない、採算が合わないからといって、並行在来線の結論が出る前に閉止することのないように申し入れて欲しい」と求めました。
現実に北海道では、鉄道であれバスであれ、数人の利用のために列車や駅を維持している場合があります。地元出資の三セクに転換すれば、その役割はより重要になるわけで、「経営分離の前に、駅を減らさないで欲しい」という要望は切実です。ただ、JR北海道は、駅の維持費用を地元が負担すれば廃止はしない方針も示しているので、「地元で維持すべし」という反論も成り立ちそうです。
議論の流れをみていると、函館~長万部間に関しては、鉄道路線を維持するという前提に立っているとみて良さそうです。そのうえで、新幹線開業後は、貨物が主力の路線になるのだから、地元負担は限りなく少なくして欲しい、というのが沿線自治体の総意といえます。
北海道新幹線並行在来線対策協議会
つづいて、長万部~小樽間(山線)を話し合う後志ブロック会議です。こちらは、有珠山の噴火に際して、函館線山線が室蘭線の代替路線になるのか、という黒松内町長の質問から始まりました。
JR北海道の渡利常務は「例えば『北斗』が走るといったことも可能な状況でメンテナンスをしている。いずれは噴火があるという前提で精度を高めていく必要があるが、(旅客列車に関しては)基本的には大丈夫」と述べました。
一方で貨物列車に関しては「機関車が高性能になるに従って重量が増えるといった部分もあり、今のJR貨物の機関車で、安全に山線が通れるかについて確認はしていない。今後、検討し見解を明らかにする必要もあると思う」と答えています。
利便性の向上求める
後志ブロックの会議では、鉄道存続に関する議論はこのくらいで、その後は、バス転換した場合の状況に関する質疑が続きました。というのも、この日の会議で示された資料は、函館線の利用状況や収支などの内容ばかりだったからです。今後の調査では、バス転換した場合の需要予測が含まれていますが、その内容に黒松内町長が疑問を挟みます。
「バス転換の前提条件として、『運行本数は現行のJR並み』となっているが、いまのJRの状況は、減便、減便でかなり住民は不便に感じている。バス転換後もJR並みの運行本数では、住民にとってメリットが無い話。もっと利便性を感じるような本数にしてもらわないと受け入れられない」と述べました。
長万部町長は「ニセコバスが長万部から出ているけれど、いまは1日1便。年間350万円くらい補助金は出しているが、それでも減便になって、昼の1便だけ。乗っても帰りのバスが無い。そんな状況だから、バスの利便性も考えていかないと」と苦境を明かし、バス転換をした場合に、利便性の向上策をセットにする必要があると主張しました。
仁木町長も「バス転換になった場合に、既存のバス転換を維持することではなくて、利用者や地域が使いやすいような状況や可能性を探求していくことが必要」と同調しました。
「非常に負担が重い」
踏み込んだのは共和町長でした。共和町長は「並行在来線を維持していくことは非常に至難。在来線を維持するということは、地域にとっては非常に負担が重いと、(北海道新幹線の誘致)当時から考えられていた。そのときには、はっきりとした結論は出していなかったが、多くの町村の方々は、どちらかというとバスを気にしながら当たっていかなければならないという意見があったのは事実」と述べ、バス転換を基本とした議論を求めました。
また、共和町を横断していた岩内線が廃止されてから30年が経っていることに触れ、「バス路線がしっかりできている。30年経っているが、住民にとっては普通の形になっていて、特に支障が感じられない。確かな交通体系を作っていくことが必要」とも付け加えました。
共和町には小沢駅がありますが、町の中心部から離れているため、地域の広域交通ネットワークがバス中心になった方が有利という事情もあります。そのためか、鉄道存続に消極的な姿勢を明確にしました。
バス運転士をどう確保するか
こうした流れに否定的な意見を示したのは余市町長です。「バス転換の話が議論に出ていますが、便数の問題に加え、今、バスもドライバー不足の話があるので、その点も踏まえて議論をしていかなければならない」と釘を刺しました。
小樽市長が呼応し、「バスについては、小樽市内でも経営上の問題だけではなく、ドライバーを確保することができなくて減便になっているという事実がある。これはどうやっても解決しなければならない課題ですので、机上のプランではなく、そういった部分に十分配慮をした議論をしてほしい」と求めました。
小樽市内は路線バスが頻繁に運行しています。つまり、バスの運転士不足の深刻さに直面しているのが小樽市です。そのため、バス転換に関し、「机上の収支計算だけで考えているのではないか。運転士確保がいかに困難か理解しているのか」と注意を促した、といえそうです。
倶知安町の主張
長万部~小樽間で最大の自治体である倶知安町は、町内に新幹線駅ができるため、駅周辺のまちづくりの事情を説明します。在来線が存続するか廃止になるかで、まちづくりの方針が変わってくるからです。
倶知安町長はスケジュールで苦労していると述べたうえで、「(新幹線開業までの)時間が10年を切ったなか、工程、日程がかなりシビアな状況」と、早めの議論の決着を要望。バス転換については、「倶知安余市道路の黒松内に向けての延伸も大きな課題なので、そうした将来的な展望をしながら、バス転換も選択肢の一つとして考慮していったほうがいい」と述べました。
婉曲ではありますが、高速道路が延伸してくることもあり、在来線は廃止して路線バス中心の地域交通網を構築したほうがいい、と主張しているように受け止められます。
早く結論を
こうした議論を引き取って、座長である北海道の交通企画監は、鉄道存続とともにバス転換も一つの案として議論していく方針を提示しました。
蘭越町長は、「現状はこうで、鉄道を残すのであればこれだけ、違う交通網にするならこれだけの費用がかかる。それを1日も早く町民に説明しなければならない。一町村だけの判断でもないので、早急に協議をしたい、そのために、資料の提供をぜひお願いしたい」と求めました。
黒松内町長は「JRも路線バスも減便が続いていて、だんだん住民の頭の中にJRを使う、路線バスを使うという意識が無くなってきている。負のスパイラルにはまり込んでいるので、一刻も早く、地域をまたぐ公共交通機関のあり方を地域住民に示したい」と議論の進展を促しました。
全首長の意見の一致点があるとすれば、この「早く結論を」ということでしょうか。北海道新幹線の並行在来線の扱いについては、もともとは新幹線開業の5年前をメドに結論を出す予定でしたが、それでは遅い、という認識で各市町村が一致したわけです。
最後に、ニセコ町長が「今年度にある程度の情報がまとまり、さらに来年に詳細が出て議論できるので、たとえば2023年までに方向を見出すように努力するくらいのスケジュール感でいいと思う」と提案。交通企画監が、「スピード感を持って対応していく」と引き取りました。
この提案通りにいけば、2023年度中に、函館山線の存廃の議論の大勢が固まり、2024年春頃には正式決定しそうです。
余市町の事情
ここまで見てきたように、長万部~小樽間は鉄道の存続を前提とした議論になっていません。バス転換を受け入れる議論が優勢で、余市町が異論を挟み、小樽市が同調している、という構図です。
余市町は、もともと鉄道存続派の急先鋒で、北海道新幹線着工の前提となる地元合意を最後まで渋った経緯があります。最終的に「全道民に迷惑をかけるわけにはいかない」という苦渋の決断で、並行在来線の経営分離に同意しました。
函館線・小樽~余市間には1日2,000人近い利用者がいて、特急列車が走らない北海道の在来線では多い方です。新幹線がなければ廃止議論は起きなかった可能性が高く、余市町は、北海道新幹線開業で最も割を食う自治体と言えます。
小樽市は、過去の会議で鉄道存続を訴えてきた経緯があります。第5回会合では、前市長が「鉄路は、非常に重要な地域資源であり財産であり、1度失うと取り戻したくても取り戻すことはできない」と述べた上で、「地域資源を活かすという視点をしっかり持たなければならない」と主張し、観光列車の活用などを提言しました。現市長からはここまで前向きな発言はありませんでしたが、小樽市としては鉄道存続が選択肢に入っているとみてよさそうです。
小樽~余市間の途中駅2駅は、ともに小樽市内にあります。その点で、同区間の存廃議論は小樽市西部の公共交通網の議論につながります。函館線は市街地をかすめているため、途中駅を増やせば利用者増も期待できそうですし、小樽市が前向きなのは、バスの運転士不足を背景に、鉄道を市内交通として活用したいという考え方があるのかもしれません。
あきらめモードも
黒松内町、蘭越町は鉄道存続にあきらめモードで、バスを中心とした地域の交通機関の整備に関心があるようです。両町の函館線は山岳地帯で、老朽化した鉄道設備の更新費用がかさむため、その点でも存続は望み薄と考えている様子です。
共和町は、自町の中心部を通らない鉄道の維持に興味がなく、仁木町も巨費を負担してまで鉄道を残す必要はないと考えているようで、バス転換派とみてよさそうです。
倶知安町は新幹線駅ができるため、町内から鉄道駅がなくなることはありません。そうした立場のため、他の自治体への配慮か、並行在来線の存廃に関しては慎重な言い回しをしていますが、鉄道存続に前向きとは言えません。
ニセコ町は発言が少なく、はっきりとはわかりません。町議会での町長の答弁を見ると、「今後の方向性決定に向けた判断材料が出された場合は、町民の皆様にも提示をして議論をし、熟度を高めていきたい」と言質を与えぬ慎重な言い回しで、鉄道にこだわる姿勢は見せていません。
「有珠山噴火時の輸送路」という点については、対策協議会の会合であまり議論になりませんでした。室蘭線の代替路線という位置づけに意味があるとしても、それが存続の決め手にならないことは、各自治体とも理解しているのでしょう。
小樽~余市を残せるか
結局のところ、鉄道存続に積極的なのは余市町くらいで、小樽市がやや前向き、というところでしょうか。今後の旅客流動調査では、小樽~余市間が「後志で利用者の多い区間」として独立して調査対象になっていることもあり、この区間の存廃が今後の議論の焦点の一つになるでしょう。
小樽から余市まで残すなら、もう少し伸ばしてニセコまで残したら観光路線として使えるのではないか、という気もします。ただ、沿線の共和町、仁木町が鉄道維持に消極的な姿勢のため、この区間の存続は厳しい印象を受けます。ローカル線の維持は、沿線の基礎自治体の意向によって大きく左右されますので、地元に存続への強い要望がないのであれば、廃止への議論が進んでいきそうに思えます。
仮に余市~小樽間だけが第三セクター鉄道として存続するのであれば、小樽を起点とした20kmほどの地方私鉄になります。観光客に多くを期待できず、地元の通勤・通学のための路線となりそうです。こうした地方鉄道の経営の厳しさは言うまでもなく、将来的な見通しは明るくありません。
ということで、北海道新幹線の並行在来線の見通しを、現時点で筆者の私見としてまとめるならば、函館~長万部間は存続、長万部~余市間は廃止の可能性が高そうです。余市~小樽間については、なんともいえません。(鎌倉淳)