北海道新幹線札幌延伸事業について、財務省が費用便益費を再試算したところ、基準となる「1」を下回ることが明らかになりました。「事業中止」に該当する水準ですが、ただちに工事の中止を意味するものでもなさそうです。整備新幹線の貸付料に関する議論のなかで、JRに負担増を求める布石のように感じられます。
「基本的に中止」水準
北海道新幹線は新青森~新函館北斗間が開業済みで、新函館北斗~札幌間211.5kmを建設中です。札幌延伸開業は、当初2030年度の予定でしたが、工事が難航し、現在の開業時期の目安は2038年度末ごろとされています。
この事業について、財務省が費用便益比(B/C)を再試算したところ、2026年3月時点で、基準となる「1」を下回ったことが明らかになりました。国土交通省の評価基準に照らすと、「基本的に中止」に該当する水準です。

2023年再評価では継続
試算を示したのは、財務相の諮問機関である財政制度等審議会の分科会です。
財政審の資料によりますと、北海道新幹線の札幌延伸の事業費は、2012年の新規事業採択時に7,283億円と見積もられていました。しかし、工事が難航し、2022年度におこなわれた事業再評価時点で、2兆1,314億に膨らみました。
このとき、事業全体のB/Cは 0.9と計算され、基準となる1を下回りましたが、残事業のB/Cは1.3となり、工事は継続となりました。
事業費がさらに上振れ
ところが、再評価の結果が公表された2年半後の2025年12月に、事業費のさらなる上振れが発表されました。
新たな事業費は3兆209億円です。財政審がこの数字を基に、便益が変わらないと仮定して試算したところ、B/Cは基準の1を大きく下回る0.6となりました。また、完成までの残事業に限って試算しても、基準を下回る0.9となります。
国土交通省の事業再評価のルールでは、残事業のB/Cが1を下回ると、基本的にプロジェクトは中止と判断されます。したがって、現時点で事業の再々評価をおこなえば、札幌延伸は中止となる可能性があります。
フェアな試算ではない
ただ、現実に札幌延伸が本当に中止になるかというと、そういう話でもなさそうです。
財政審では、B/Cの試算について、分母となる費用の増加理由のひとつとしてインフレ(物価上昇)を挙げましたが、インフレは分子となる便益の増加にもつながります。
しかし、試算では、便益は2022年度の事業再評価時のものを使用していて、事業費上振れが発表された2025年の数字ではありません。分母にインフレを反映して、分子に反映していないのであれば、フェアな試算とはいえません。
実際に、最近のインフレを反映して便益を再試算すれば、B/Cが上振れる可能性は十分にあるでしょう。
便益が増える可能性
このことは財政審も認識していて、今回の試算が「機械的」で「単純な試算」に過ぎないことを認めています。
そのうえで、便益が増える可能性として、インフレに伴う収益増のほか、不動産収益、適切な需要予測、根元の新幹線の接続利益を例示しました。
財政審では、これらの便益を適切に計上すれば、残事業のB/Cが1を上回る可能性もあるとみています。したがって、財務省として、ただちに事業の中止を求めているわけではないようです。
現実問題として、北海道新幹線の札幌延伸工事はかなり進んでおり、いま工事を取りやめることはあり得ないでしょう。
再々評価を前に
国交省では、大規模な公共事業について、一定期間ごとに再評価することをルールとして定めています。上述のとおり、北海道新幹線では2022年度に再評価を実施していて、5年後の2027年度に再々評価がおこなわれるとみられます。
このときに、費用も便益も洗い直して再試算し、本当に残事業B/Cが1を下回った場合、ルールとして札幌延伸事業を中止にせざるをえません。そうなると、さすがに政治的な問題になります。
好意的に解釈すれば、現時点で財政審が問題を指摘し、国交省に対し、例示したような便益を上乗せできるルールの策定を促した、と受け取ることもできるでしょう。
整備新幹線の財源問題
ただ、その程度の目的で、財政審がわざわざ取り上げるとも思えません。今回の指摘の狙いは別のところにあると考えた方がいいでしょう。
財政審では、今回、北海道新幹線延伸事業にくわえ、整備新幹線の財源のあり方についても議論しています。
整備新幹線建設のおもな財源は、開業区間でJRが支払う貸付料です。現在のルールでは貸付料は30年間定額ですが、財政審では、実際の利用実績やインフレを反映させて変動制にすることや、延伸路線の根元区間の接続利益と、新幹線整備によって生じる関連収入を、貸付料に加えることを提案しました。
財政審の資料では、こうした提案の後に、北海道新幹線延伸の費用便益比の問題が示されています。そして、貸付料で指摘した、「実際の利用実績」「インフレ」「根元利益」「関連収入」は、北海道新幹線で指摘した上乗せ便益と共通します。
すなわち、財務省として、事業の中止を求めているのではなく、貸付料で考慮すべき事項を列挙して、それを試算の便益と関連付けながら、事業を継続するにあたり、国庫負担の削減を求めたとみることもできます。
貸付料増額を要求
財政審は、資料のなかで「人口減少下における大規模インフラの整備に当たっては、事業の収益性の精査を適切に行うとともに(中略)、当該事業の収益から適正な貸付料を算出することが適切」とも指摘しています。
この指摘も同じ文脈のなかにあります。すなわち、北海道新幹線札幌延伸のみならず、北陸新幹線の新大阪延伸も視野に入れて、貸付料増額を、財務省として強く要求したといえます。
共通するハードル
北陸新幹線の新大阪延伸は、現在ルートの再検討が行われていますが、有力なのは小浜・京都ルートです。しかし、小浜・京都ルートは事業費が嵩み、現在の算出方法では、B/Cが基準となる1を上回れない可能性が高くなっています。
構図としては、北海道新幹線札幌延伸の来るべき事業再々評価と、北陸新幹線新大阪延伸の新規採択時における事業評価は、B/Cが基準を超えられない可能性がある、という点で共通しています。
そうした状況を念頭に、財政審は、「事業の収益性の精査」と「適正な貸付料の算出」を求めたわけです。
実態の反映求める
その具体例として、需要予測をきちんと見積もり、不動産収入などの関連収入や、根元区間の接続利益などを考慮に入れることを挙げています。これらを便益に乗せてB/Cが1を超えやすくする一方、貸付料の金額にも反映させるよう促したということです。
需要予測に関していえば、これまでに開業した整備新幹線は、開業後の実績が予想を上回っている区間が多くなっています。
北海道新幹線や北陸新幹線の延伸でも同様になるならば、便益はもっと高くなり、B/Cは基準を越えやすくなります。それに応じて貸付料も高くすれば、国庫負担が軽減される、ということです。
逆に言えば、便益を上乗せしてまで建設するなら、相応に貸付料も高くしなさいというのが、財務省の立場ということでしょうか。
国交省への援護射撃
整備新幹線の貸付料をめぐっては、開業後30年間について算出ルールが決まっていますが、31年目以降に関しては未定です。現在、国交省が有識者会議を設けて議論をしていて、国交省は負担増を求めていますが、JRは激しく反発しています。
こうした構図を念頭に置くと、今回の「財務省発表」は、国交省が画策する「貸付料増額」の援護射撃に見えてしまいます。要は、JRへの負担増を求める布石ではないか、ということです。(鎌倉淳)




















