東海道・山陽新幹線がICカードでの利用対象を拡大します。「Suica」「ICOCA」「TOICA」といった交通系ICカードとクレジットカードがあれば、インターネットで指定席を予約し、チケットレスで新幹線に乗ることができるようになります。サービス開始は2017年夏です。
チケットレスサービスを非会員向けに導入
現在、東海道・山陽新幹線では、「エクスプレス予約」でチケットレス乗車サービスが導入されています。このサービスを利用できるのはエクスプレスカードや提携クレジットカードを保有する会員(エクスプレス会員、プラスEX会員)だけです。
2016年1月28日、JR東海とJR西日本は、チケットレスサービスをエクスプレス会員、プラスEX会員以外向けに導入すると発表しました。2017年夏以降は、会員以外でも、東京~博多間の東海道・山陽新幹線にチケットレスで乗れるようになります。東海道・山陽新幹線のネット予約とチケットレスサービスの対象が拡大された点は、朗報といっていいでしょう。
新サービスを利用するには、インターネット上の専用サイトに手持ちの交通系ICカード(Suica、ICOCA、TOICA、PASMO、PiTaPaなど)とクレジットカードを、スマートフォンやパソコンなどから登録します。登録後、新幹線列車の指定席を予約すると、代金はクレジット決済され、利用当日は交通系ICカードを改札にタッチするだけで乗車できます。自由席も利用できますが、事前決済が必要な点は同じです。
EXサービスの割引は適応されない
JR東海・西日本の発表文には、「在来線利用時には、当該区間の運賃をICカードの残額から引き去ります」と書かれており、このチケットレスサービスは、JR共通の運賃・料金制度とは別立てであることが示唆されています。つまり購入できるのは、現在エクスプレスサービスで提供しているEXサービス(EX-ICサービス、プラスEX ICサービス)類のチケットとみられます。
日本経済新聞や朝日新聞によりますと、EXサービスで行われている割引は適用されず、新サービスは通常料金になるそうです。在来線に乗り継ぐ場合は、ICカード内にチャージした電子マネーで精算されます。
紙のきっぷより高くなる?
鉄道運賃・料金に詳しい方ならお気づきでしょうが、この内容が事実ならば、たとえば新宿~大阪間を移動する場合は、駅窓口で購入する価格より高くなります。駅窓口で購入できる「通常のきっぷ」には適用される特定都区市内駅制度が、EXサービスでは適用されないからです。
特定都区市内駅制度とは、大都市内の駅発着の遠距離運賃をすべて中心駅からの価格で計算し、都区市内ならどの駅から利用しても同価格になる、というしくみです。つまり、新宿駅から乗車しても東京駅から乗車しても、「大阪市まで」の運賃は同じです。
ところが、EXサービスでは特定都区市内駅制度が適用されないので、「新宿~大阪」については、「新宿~東京」「東京~新大阪」「新大阪~大阪」の3枚の区間に分割して計算されます。そのため、東京~新大阪の料金に加えて、新宿~東京194円と、新大阪~大阪160円の計354円を別に払わなければならなくなります。結果として、EXサービスを利用する場合、「新宿~大阪」と「東京~新大阪」では価格が異なり、前者のほうが高くなります。
現行のEXサービスは、「東京~新大阪」の新幹線部分の価格が正規より安いので、特定市内駅制度が適用されなくても「新宿~大阪」の指定席料金は、駅窓口で買うよりも安くなっています。しかし、新サービスで新幹線部分が無割引になるのなら、「新宿~大阪」の価格は駅窓口で買うより354円高くなる計算です。
つまり、本当にチケットレス部分を無割引にすれば、非会員の利用者には「チケットレスを使うと紙のきっぷより高くなる」場合が出てきます。こうした風評が広まれば、チケットレスの普及に影響を及ぼすため、JR東海・西日本は、何らかの手を打つとは思います。
具体的には、200円~300円程度の割引を実施し、新幹線区間を利用する範囲においては紙のきっぷより安くし、特定都区市内駅からの利用者にも負担がないようにするのではないか、と考えます。ただ、現時点ではそうした発表はありません。
「Suicaをかざせば乗れる」わけではない
今回のJR東海・西日本の発表は、ネットニュースでも報じられ広く知れ渡りました。が、ネットやツイッターなどでの書き込みを見る限り、誤解されて伝わっている気もします。つまり、事前手続などしなくても、Suicaを改札口にかざせば新幹線に乗れるようになる、と勘違いしている人が少なからずいるようです。
EXサービスの仕組みは、理解してみれば簡単です。今回の新サービスは、EXカードをSuicaなどで肩代わりさせるものですから、エクスプレス予約やモバイルSuicaの仕組みを知っていれば、理解することは容易でしょう。
しかし、今回の新サービスのターゲットとなる新幹線のライトユーザーにしてみれば、「Suicaで新幹線に乗れるんじゃないの?」とシンプルに考えて、新幹線改札口で引っかかる人も出てくるでしょう。そのうえ、上記のように、うまく使わないと紙より高くなる、というのが事実なら、サービスとして今ひとつ、という気もします。
オンラインではチケットを買えない
さて、現在のJR東海の新幹線予約システムには、一つの問題があります。海外に居住する外国人が新幹線に乗るためにインターネットでチケットを購入しようと思っても、オンラインでは購入できないのです。
たとえば欧米の特急列車の多くは、クレジットカードがあれば、海外居住者でも列車のチケットをオンラインで予約、購入することが可能です。ネット会員登録の必要すらない国も少なくありません。
しかし、JR東海のサイトではそれができません。JR東日本も英語サイトでは予約できる範囲が狭いので似たようなものですが、いずれにせよ、日本の新幹線予約システムは海外からの旅行者からとてもとても評判が悪いです。
外国人旅行者が気軽に利用できる?
今回のJR東海のプレスリリースには、「外国人旅行者でも、交通系ICカードをご用意いただければ、気軽に新幹線をチケットレスでご利用いただくことができます」とあります。訪日客の利便性を改善するかのような表現に見えますが、すぐに非現実的であることに気づかされます。新幹線予約を希望する訪日外国人に、「日本の交通系ICカードを用意せよ」と求めるのは無理があるからです。
JR東海のチケットレスサービスを非会員にも開放する、というのが今回の新サービスの基本です。しかし、非会員といっても、開放対象は交通系ICカード保有者のみ。全世界の誰にでも使えるオンライン予約システムとは異なります。
初めて訪日する外国人旅行者が事前にSuicaなどを手に入れて予約するのは事実上不可能で、日本に着いてからしか購入できません。海外旅行では旅先の列車の予約を出発前に済ませてしまいたいでしょうから、外国人旅行者にとっては、新サービスは使い勝手がいいといえません。
「世界中のどこからでもインターネットで予約し、手持ちのクレジットカードで決済し、表示された画面をプリントアウトすれば予約完了」。待ち望まれているのはこうしたシンプルなシステムではないでしょうか。
チケットレスサービスを非会員に開放すること自体は良いことだと思います。しかし、どうしてJR東海の用意するオンラインサービスは、こうも中途半端なのか。そう再認識せずにはいられなかったのは、筆者だけでしょうか。(鎌倉淳)
※(2017年9月10日追記)この記事で書かれた新サービスは、「スマートEXサービス」として、2017年9月30日に開始されます。JR東海の当初の発表とは異なり、交通系ICカードを用意しなくても、クレジットカードがあれば紙のきっぷを受け取って乗車できるシステムとなりました。このため、外国人が海外から東海道・山陽新幹線を予約して利用することが可能になっています。この点は改善されたといっていいでしょう。