伊豆半島縦断バス「天城峠線」に乗ってみた。修善寺~河津、1時間半の旅

修善寺駅~河津駅

伊豆箱根鉄道の修善寺駅から伊豆急行の河津駅まで、伊豆半島を縦断するバスが走っています。その名も「天城峠線」。伊豆を代表する幹線バス路線に乗ってみました。

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修善寺駅~河津駅41km

東海道新幹線と接続する三島駅から、伊豆箱根鉄道駿豆線で約30分。狩野川に沿った田方平野が終わりかけ、左右の山並みが近づいてくると、終点・修善寺駅に到着します。ここから先、伊豆半島南部の地形は厳しくなり、鉄道路線はありません。バスの出番です。

修善寺は4町合併で誕生した伊豆市の中心地で、修善寺駅は伊豆各地へのバスターミナルになっています。なかでも東海バスの天城峠線は、伊豆半島の中央を縦断する基幹路線で、伊豆半島南部の河津駅まで走ります。41.7kmの長距離路線で、所要時間は約1時間30分。1日10往復が運行しています。

数年前までは一部便が下田駅まで走っていましたが、現在は全便が河津止まり。ただ、バスターミナルの看板には、今も「下田」の二文字が躍り、往時を偲ばせます。

修善寺バスターミナル

サイクルラックバス

6月の平日のある日、修善寺13時15分発の河津駅行きに乗車しました。

車両はいすゞエルガミオの2015年式。前面にサイクルラックが取り付けられていて、自転車を積載できる車両です。

天城峠線

東海バスのウェブサイトによると、「険しい坂道の区間はバスを利用してもらう事で、サイクリストの皆さんが、より気軽に伊豆半島をめぐっていただけるよう」運行しているそうです。

天城峠を目指すサイクリングで、途中で疲れたらバスに乗れますし、最初から天城峠までバスに乗り、峠の旧道とダウンヒルだけ自転車を楽しむ、という使い方もできるとのこと。バス1台につき、2台の自転車を載せることができます。

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8人を乗せて

とはいえ、平日の真っ昼間でもあり、サイクリストの姿は見えません。

バスに乗っていたのは、筆者を含めて8名。地元住民と温泉旅行とおぼしきシニアが半々くらいです。平日日中のローカル路線バスの乗車率としては、まずまずでしょうか。

狩野川を渡り、修善寺市街の隘路を抜けながら、いくつかのバス停で乗客を降ろしていきます。

幹線道路の国道136号線に出てしばらくすると、乗客は5名にまで減ってしまいました。シニア女性3人組の旅行者と、地元住民らしき男性。それと筆者です。

天城峠線

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「しろばんば」の世界へ

伊豆縦貫道の南端である月ヶ瀬ICを過ぎると、山間に入っていきます。このあたりは旧天城湯ヶ島町で、井上靖の「しろばんば」の世界です。

そのターミナルともいえる湯ヶ島バス停は天城会館という多目的施設の敷地内にあり、いったん国道を離れて停車します。13時42分着。乗り降りはありません。

湯ヶ島バス停

その2つ先が湯ヶ島温泉口バス停。ここで、筆者以外の全員が降りました。シニア3人組は温泉旅行、地元男性は、温泉の関係者だったのでしょうか。

湯ヶ島温泉口

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「伊豆の踊子」の世界へ

筆者一人だけを乗せて、湯ヶ島温泉口を出発。「しろばんば」にも登場した「浄蓮の滝」停留所は乗降なく通過します。

バスは天城峠へ向かいます。ここから先は、川端康成「伊豆の踊子」の世界です。

天城峠線

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いよいよ天城峠

浄蓮の滝から天城峠を越える区間は、少し前まで「フリー乗降区間」で、バス停以外でも乗降が可能でした。しかし、2022年3月29日に、この扱いは廃止されています。自動車の交通量が多くなったことによる安全確保が理由だそうです。

ただ、このあたりは本格的な山間部で、民家もほとんど見かけないことから、フリー乗降の利用がなかったからではないか、とも感じられます。

道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づきます。小説と違って雨は降らず、太陽が杉の密林に光を差し込めています。川端康成は、よくこんな険しい道を歩いたなあと思っていると、天城峠への旧道が左窓に見えました。サイクリストには人気の山道だそうで、旅人を誘い込むような雰囲気があります。

天城峠旧道

川端康成はここを駆け登って、峠の茶屋で踊り子に出会ってときめいたようですが、現代のバスは素っ気なく新天城トンネルに突入します。そこに出会いはなく、800mの闇があるだけです。

新天城トンネル

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河津七滝ループ橋

トンネルを抜けると、つづら折りの道を軽やかに下り、河津七滝ループ橋へ。高低差45mを、直径80mの二重円で下るループ橋です。「伊豆の踊子」もびっくりの2回転ループを、速度を落としながら進みます。

ちなみに、川端康成は1972年に死去し、橋の完成は1981年ですので、このループは見ていません。

河津七滝ループ橋

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2分の休憩

下りきったところで、国道から逸れて河津七滝に立ち寄ります。駐車場の隅に停留所が設けられていて、14時18分着。時間調整のためか、2分程度、停車しました。

修善寺を出発して約1時間の場所で、小休止にはちょうどいいタイミングです。トイレが目の前にあり、運転手も入っていきました。

河津七滝停留所

河津七滝は、伊豆南部の観光名所で、旅行者とおぼしきマダム2人組が乗車しました。賑やかな乗客を得て、バスは元気に国道へ舞い戻ります。

河津川に沿った平野部にさしかかると、なんとなく南国の雰囲気が漂います。まっすぐの穏やかな道を走ると、14時38分、踊り子温泉会館着。終点・河津駅まで間近ですが、ここで降車してみます。

踊り子温泉会館停留所

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踊り子温泉会館から河津駅へ

踊り子温泉会館は、河津町営の温泉施設です。

一服してから、15時23分発のバスに乗車。修善寺駅を45分後に出た、同じ路線のバスです。ただし、今回はサイクルバスではありません。

天城峠線バス

地元客らしき乗客が数人乗っていました。途中でさらに乗車もあり、定刻15時29分、河津駅到着。途中、45分の温泉休憩を挟んで、修善寺から2時間14分の旅でした。

天城峠線河津駅

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利用者減少に歯止め

南伊豆・西伊豆地域公共交通活性化協議会の2021年度決算報告によりますと、天城峠線の2020年度の利用者数は約13万人。新型コロナの影響を受け、2019年度に比べて半減しました。ただ、2015年度と2019年度を比べると、約23万人が約25万人に増えていて、地方の路線バスとしては珍しく利用者減少に歯止めがかかっています。

伊豆バス理世状況
画像:令和3年度 南伊豆・西伊豆地域公共交通活性化協議会 決算報告

東海バスによると、天城峠線は2016年度より赤字となり、2018年度は3100万円、2019年度は1900万円の赤字を計上して、国庫補助(地域間幹線系統)の対象になっています。

東海バスでは、収支改善策として、路線バス時刻表の全戸配布や戸別訪問の実施、バスの乗り方教室の充実、時刻検索サイトへの掲出、バスロケーションシステムの導入などを行ってきました。2022年3月30日からは、交通系ICカードのサービスも開始しています。

利用者減を食い止めているのは、こうした施策が一定の効果を上げているからかもしれません。

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生活路線に観光客が上積み

東海バスの2019年乗降調査によると、天城峠線で市町を跨いでいる利用者(旧湯ヶ島町と旧修善寺町を含む)は約37%。このうちの約半数が観光客だったそうです。

つまり、天城峠線は長距離利用客が比較的多く、観光客の利用者の割合も比較的高いようです。全体としては地元客が利用する生活路線ですが、一定の観光客が上積みをしているという形でしょうか。

筆者の今回の乗車体験でも、生活利用と観光利用が組み合わさった路線に感じられました。伊豆中南部の集落を結ぶだけでなく、途中に湯ヶ島温泉、浄蓮の滝、河津七滝、河津温泉といった観光地が点在しているからでしょう。

1日10往復の天城峠線だけでは本数は少ないですが、伊豆市や河津町の域内路線もありますので、それを組み合わせれば、観光客も利用しやすそうです。


※ルートは概略です。

「八木新宮特急」と比べると

半島縦断バスとしては、紀伊半島を貫く八木新宮特急も有名です。八木新宮特急の169.8kmに比べれば、天城峠線の距離は4分の1程度に過ぎませんが、そのぶん所要時間も短く、手軽に楽しめます。

三島からの伊豆箱根鉄道駿豆線とあわせて乗り継ぐと、新幹線と接続する都会的な三島から、伊豆中心部の温泉地を経て、南国の雰囲気が漂う河津まで2時間あまり。たったこれだけの時間で、大きく変わる土地柄の移り変わりを味わえます。展開の速さは、「八木新宮特急」とは違った持ち味です。

「伊豆半島縦断バス」として

その先、下田までの直通バスはなくなってしまいましたが、伊豆急行線の列車を使えば、下田まで乗り継ぐのは容易です。

三島から下田まで、長距離バス路線を私鉄2路線で挟み込むルートです。これは、伊豆半島ならではの乗り継ぎといえます。

沿線に観光地も豊富ですし、「伊豆半島縦断バス」は旅行者を惹きつける底力のある路線といえそうです。(鎌倉淳)

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