国立西洋美術館の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が開幕しました。新型コロナウイルス感染症対策で入場者数を絞っているため、展示会場は混雑とは無縁。ガラガラで快適です。これを企画展の「新常態」にしてほしいと思うほどでした。
3ヶ月遅れで開幕
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は、文字通りロンドン・ナショナル・ギャラリーの収蔵物を日本で展示する企画展で、同館の西洋絵画のコレクションのうち61点を紹介します。ナショナル・ギャラリーの海外巡回展は珍しく、2020年の企画展で国内トップクラスの注目を集める存在となりました。
当初は2020年3月3日に開幕するはずでしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で延期に。政府の緊急事態宣言が解除されたことなどから、新たに会期を設定しなおし、6月18日~10月18日で開会の運びとなりました。入場は日時指定の事前予約制のみで、当日券はありません。
6月21日までは、前売券および招待券を持っている場合と、無料観覧対象者のみ入場が可能で、日時指定による入場は6月23日から。筆者は日時指定入場が始まってから間もない平日の15時30分~の回で訪れてみました。
1日最大3,000人
指定時間の少し前に西洋美術館に到着したのですが、大型企画展にみられがちな大行列はなし。当日券販売がないので、チケット売り場もガラガラです。入場時に、ほんの少し整理のため並びましたが、ほぼ待ち時間ゼロで指定時間に入場できました。
入場指定時間は30分単位で、たとえば筆者の場合は、15時30分~16時。遅れると入場はできません。スタッフに尋ねてみると、30分間の入場者数は最大で200人程度だそうですが、「今日はもっと少ない」とのこと。入場時間区分は1日15回なので、1日あたり最大3,000人程度の入場者数に制限しているわけです。
2018年に開幕した「フェルメール展」(上野の森美術館)の1日平均入場者数が5,649人、ムンク展(東京都美術館)が8,391人、ルーベンス展(国立西洋美術館)が4,090人ですから、通常の大型企画展の4分の3から半分程度に入場者数を抑えていることになります。
大型企画展では週末には1日1万人以上入れることも珍しくありませんから、1日の上限が3,000人程度だとすれば、ピーク時にはかなり少ないといえます。
ヨーロッパ絵画の旅
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は展示室7室の構成。最初の「1.ルネッサンス」ではクリヴェッリやティツィアーノでイタリア気分になり、次の「2.オランダ絵画」ではフェルメールとレンブラントでオランダ気分に浸れます。
「3.イギリス肖像画」で18世紀の優雅な時代を垣間見て、「4.グランドツアー」ではローマやベネチアの在りし日の旅を楽しめます。「5.スペイン絵画」ではベラスケスやゴヤの重みのある絵を味わい、「6.風景画とピクチャレスク」では輝くような”理想の風景”なるものを知ります。
最後が「7.フランス近代美術」で、モネ、ルノワールといった人気の印象派の作品を楽しめます。フィナーレとして、一番奥にゴッホの「ひまわり」が鎮座していました。
上野にいながらにして、ヨーロッパ絵画の旅を楽しめるという構成。美術に詳しい方に言わせれば「ナショナル・ギャラリーで印象派なんて」とか「たいした作品は来ていない」など見方はいろいろあるでしょうが、筆者のようなミーハーな素人の旅好きには満足のいく内容でした。さすが、ナショナル・ギャラリーと国立西洋美術館の組み合わせです。
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」の感想としてひと言にまとめれば、とても質の高い企画展だと思います。
じつにゆったり
人気作品が、ある程度ばらけて配置されていることもあり、各室にいた観客は常時10~20人程度でした。観覧時間を1時間半とすれば、600人が会場内に滞留していてもおかしくありませんが、実際はその半分もいなかったでしょう。夕方で閉館時間が迫っていたからかもしれませんが。
61枚の絵に200~300人程度の入館者しかいなければ、じつにゆったりと見ることができます。筆者が訪れたときは、目玉のフェルメールやゴッホ、モネの前にすら、誰もいないタイミングがありました。これほどの大型展で、これほど人が少ないのは珍しいでしょう。
「フェルメール展」との違い
2018年の「フェルメール展」も日時予約制でしたが、最後のフェルメールの部屋の押すな押すなの大混雑を思い起こすと、詰め込み方がまるで違います。
『美術展の不都合な真実』(新潮新書)のなかで、著者の古賀太さんは次のように書いています。
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フェルメール展は日時指定だったが、実際に言ってみたところ1時間に千人は押し込んでいた。これは入口で長時間待つことがないだけで、場内は大混雑だ。ゆっくり見られるはずの日時指定のメリットはあまりない。(中略)「押すな押すな」のなか8点や9点を一瞬ずつ見たと喜ぶのはどこか馬鹿げていないか。
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これに比べると、「ロンドン展」は人が密集しない範囲でのチケット販売にとどめていたわけで、「押すな押すな」は発生しておらず、意味のある日時指定だったと感じられます。
「新常態」になるか
「ロンドン展」は当初から今回の形のようなチケット販売を予定していたわけではなく、快適な鑑賞環境は、新型コロナウイルス感染症がもたらした副産物ともいえます。新型コロナの深刻な感染状況をみると、無邪気に喜ぶべきことではありません。
とはいうものの、これまでの大型企画展の混雑の状況が、美術鑑賞の環境として適切であったかを考えると、「ロンドン展」の鑑賞環境こそが、本来の美術展の姿ではないかと思わずにいられません。
感染症対策が発端とはいえ、こうした鑑賞環境が「新常態」になることを希望する美術展ファンは多いのではないでしょうか。収益の問題などがあり、そう簡単な話ではないのかもしれませんが、これを機会に、美術館の企画展のあり方が見直されてもよさそうです。(鎌倉淳)