北海道新幹線並行在来線のうち、函館線・函館~長万部間の収支予測が公表されました。新函館北斗~長万部間の40年後の輸送密度は「81」と予想され、貨物列車の線路使用料を考慮に入れても、沿線自治体による維持は困難で、議論を呼びそうです。
函館~長万部の収支見通し
北海道新幹線の新函館北斗~札幌間は、2030年度延伸開業を目指して工事が進められています。延伸にあわせて、並行在来線である函館線・函館~小樽間287.8kmがJR北海道から経営分離される予定で、この区間を鉄道として残すか、バス転換をするか、議論になっています。
この問題を話し合うのが、沿線15市町などで構成する「北海道新幹線並行在来線対策協議会」です。協議会は函館~長万部間147.6kmを話し合う「渡島ブロック」と、長万部~小樽間140.2kmを話し合う「後志ブロック」に分けられ、第8回会議が後志ブロックは2021年4月21日に、渡島ブロックは4月26日に開かれました。
今回の会議では、第3セクター鉄道に移管された場合と、バス転換した場合の収支見通しが示されました。この記事では、渡島ブロックの会議で示された資料を基に、函館~長万部間の並行在来線の需要予測や収支見通しをみていきます。
輸送密度はどう変わるか
今回公表されたのは、2018年度の旅客流動調査をもとに予測した、2030年度の北海道新幹線開業から30年間の需要と収支です。
函館線・函館~長万部間について、第三セクター鉄道会社が運行を引き継いだ場合と、バス転換した場合の収支を推計しています。さらに、函館~新函館北斗間のみ鉄道とし、新函館北斗~長万部間をバス転換にしたケースも予測しています。
まず、需要予測ですが、北海道新幹線開業にともない、たとえば函館から札幌に行く場合の移動は、これまでの在来線特急「北斗」利用から、新幹線に乗り換えることが見込まれます。新幹線客も、函館~新函館北斗間は快速「はこだてライナー」を利用するので、同区間の在来線利用者は、函館~札幌間全体の利用者増にともない増加します。
新函館北斗~長万部間の在来線特急利用者はいなくなりますが、函館~大沼公園間や、函館~森間の特急列車の利用者は、在来線普通列車への転移が見込まれます。そのため、これらの区間の普通列車の利用者も増加が見込まれます。
こうした理由で、函館~長万部間の在来線普通列車の輸送密度は、新幹線開業後、一時的に増加する見通しです。しかし、人口減少の影響により、その後は減少が予測されています。
具体的には、函館~長万部間の全区間の輸送密度は、2040年度には691ですが、2060年度には431になります。函館~新函館北斗間に限れば、2040年度で4,640ですが、2060年度には2,963にまで下がります。新函館北斗~長万部間は、2040年度には146、2060年度には81まで下がり、新幹線開業後30年で、輸送密度2桁の超閑散路線になると予測されています。
鉄道全線存続の収支
並行在来線の五稜郭~長万部間については、貨物輸送が大きな収益の柱となります。そのため、収支予測も、貨物輸送による収入を考慮した形になります。
JR貨物の貨物列車が他社の線路上を走行する場合、線路使用料を支払って運行します。線路使用料の算出方法は、旅客列車と貨物列車が共同で使用する設備にかかる経費について、「線路等の使用割合」に応じて計算します。
五稜郭~長万部間の使用割合(車両キロ)は、旅客が4.4%、貨物が95.6%です。五稜郭~新函館北斗間に限ると、旅客が16.6%、貨物が83.4%です。ただし、旅客のみが使用する設備(駅、車両、パンタグラフなど)にかかる経費は線路使用料の対象とはならないため、実際の収入に占める線路使用料の割合は、五稜郭~長万部間で8割程度になる見通しです。
並行在来線の収支予測ですが、函館~長万部の全線を第三セクター鉄道に移管した場合、初期投資に約317億円が必要で、毎年20億円前後の赤字が出ると見込んでいます。2060年度までの30年間の赤字累計は約944億円に達します。
収支内訳を見てみると、2030年度の単年度収支は、収入が48.9億円に対し、費用は67.7億円となっています。上表にはありませんが、収入のうち40.4億円が貨物の線路使用料で、旅客運賃収入は7.4億円です。
約317億円の初期投資の内訳は、土地、建物などのJRからの譲渡資産が約180億円、車両(新車4両、既存26両)が約62億円、大規模改修費用が約23億円などとなっています。6割近くがJR譲渡資産です。橋・トンネルなどの土木構造物の補修費は1割以下にとどまっています。この区間は設備の状況が良好なようで、補修費の負担額は長万部~小樽に比べると小さいです。
部分存続の場合
函館~新函館北斗間を鉄道で残し、新函館北斗~長万部間をバス転換した場合、鉄道部分の初期投資は約148億円、単年度赤字は10億円前後と見込みます。30年間の赤字累計は約484億円です。
鉄道部分の収支内訳を見てみると、2030年度の単年度収支は、収入が約15億円に対し、費用は約24億円となっています。収入のうち7.9億円が線路使用料で、約5割を占めます。
初期投資の内訳は、JR譲渡資産が約102億円、車両費が15両で約23億円、大規模改修費用が約2.8億円などとなっています。この区間は、設備をあまり修理せずに使用できるということです。
新函館北斗~長万部間のバスに関しては、初期投資が約12億円、毎年の赤字が約2億円で、30年の赤字累計は約81億円となっています。
バスの初期投資の内訳は、車両購入費が34台で約10億円、営業所整備費が約2億円などです。
函館~新函館北斗間のみを鉄道で残す場合の、鉄道とバスをあわせた全体の初期投資は約160億円、毎年の赤字は11~12億円で、30年累計の赤字は約565億円です。2030年の単年度収支を見てみると、約16.9億円の収入に対し、費用は28.4億円で、費用の6割程度をまかなえます。
全線バス転換の場合
全線をバス転換した場合については、初期投資が約36億円で、毎年約2~3億円の赤字が出ると見込んでいます。30年間の赤字累計は約130億円です。
初期投資の内訳は、101台の車両購入費が約30億円で、多くを占めています。
収支の内訳は、2030年度の単年度で、収入が約8.4億円に対し費用が約10.9億円です。費用の8割程度は収入でまかなえることになります。
全体をまとめると、下表のようになります。
函館~新函館北斗間をバス転換できるのか
バス転換する場合の課題として挙げられるのが、函館~新函館北斗間の輸送です。
下図は同区間の時間帯別輸送量ですが、上りの函館着7~8時台は、合計で700人以上の利用者があります。下り函館発も、夕方は毎時200人程度の利用者があります。
この区間は、新幹線利用者の函館市内へのアクセスを担う役割もあり、2018年度の輸送密度は4,261に達します。2060年度でも輸送密度は3,000程度を維持していると予測しており、バス転換するとなると、相当のバス車両と運転手が必要になります。
メリットとデメリット
資料では、鉄道存続のメリットとして、現状の輸送力や利便性、速達性を確保できることを挙げています。また、地域に密着した運営や、観光への活用ができる可能性もあります。
鉄道存続のデメリットは、いうまでもなく費用で、将来にわたる地域負担の大きさが挙げられます。初期投資も巨額ですし、経営維持のために運賃増額の可能性もあります。将来の人口減少による利用者の減少も覚悟しておく必要があります。
バス転換のメリットは、柔軟な路線や運行本数、ダイヤの設定が可能な点で、うまくやれば利便性を向上させることができる点です。鉄道に比べて地域の財政的な負担が少なく、国による補助も期待しやすいです。観光面では、鉄道廃線跡を活用できる可能性もあります。
バス転換のデメリットは、移動時間増です。また、函館~新函館北斗間では、新幹線接続の対応を考えなければならなくなります。定時性に不安のあるバスでしか市内からアクセスできないとなると、対航空機との競争で、新幹線に不利に働きます。ラッシュ時の対応も課題ですし、運転手不足への対策も立てなければなりません。
今後の議論は?
ここまで見てきたように、函館線・函館~長万部間の並行在来線については、新函館北斗以南と以北で、明確に性格が分かれます。
新函館北斗以南は北海道新幹線アクセス鉄道の役割があり、通勤・通学の利用者も多いことから、少なくとも2030年の段階で廃止するわけにはいかないでしょう。
とはいうものの、この区間だけで年間10億円の赤字が見込まれるというのは、予想以上の金額に感じられます。道南いさりび鉄道の年間の営業赤字は2億円以下で、これと比較しても大きく、沿線自治体が長期にわたり支えるのは容易ではなさそうです。
新函館北斗以北は、輸送密度が壊滅的に小さいという問題があります。現状でも、普通列車の輸送密度は191と小さく、すでに200を下回っています。それが2040年度には146、2060年度には81にまで沈むと予測されています。
鉄道を維持するなら、貨物列車の線路使用料を勘定に入れても、毎年20億円程度の赤字が見込まれます。輸送密度100程度の路線を支えるために、この金額を地元自治体が穴埋めしなければならないとすると、割にあわない話です。となると、地元自治体としては、廃止やむなしという結論に傾く可能性もあります。
貨物調整金制度がどう変わるか
ただ、五稜郭~長万部間は、日本の貨物輸送を支える大動脈であるため、安易に廃止するわけにはいきません。
ポイントとなりそうなのが、貨物調整金です。これについては、2031年度以降に新制度に移行することが決まっており、その内容は北海道の並行在来線を念頭に置いたものになるとみられます。
参議院常任委員会の『貨物調整金制度の見直しに向けて』(立法と調査2020.10)というレポートでは、JR貨物による並行在来線施設保有の可能性も検討されています。「JR貨物が当該路線の鉄道施設を保有し、委託により旅客列車の運行も担うといった仕組みを導入することも考えられる」としたうえで、貨物調整金について「沿線地方公共団体による財政支援と併せた、並行在来線鉄道の維持に係る助成措置として、その枠組みを改めることも一考の余地」があるとし、制度改革の可能性に踏み込んでいます。
JR貨物が鉄道施設を保有するのではなく、「沿線地方公共団体が施設を保有した上で、旅客列車の運行を同社に委託する上下分離方式も考えられる」とも記しています。並行在来線の上下分離は過去にもありますが、旅客列車の運行をJR貨物に委託するとなれば、初めての事例になるでしょう。
なんであれ、函館線の五稜郭~長万部間は、貨物の大動脈でありながら、地域の利用者が極端に少ない路線です。そのため、これまでの並行在来線のように「地域で支える」という考え方をそのまま当てはめるには無理があります。
言葉を換えれば、地方自治体よりも日本政府が必要としている路線といえます。その点で、過去の並行在来線問題とは本質的に異なり、新たな枠組みが生まれる可能性は十分にありそうです。(鎌倉淳)