政府が、地域公共交通に関する新たな補助制度を創設します。「地域公共交通再構築事業」と「エリア一括協定運行事業」で、2023年度に開始します。
新制度は、ローカル鉄道やローカルバスに大きな影響を与えるものです。それぞれの制度について、2回にわたり詳細を見てみています。2回目は、おもにローカル路線バスを対象にした「エリア一括協定運行事業」です。
エリア一括協定運行事業
「エリア一括協定運行事業」は、自治体と交通事業者が協定を締結し、一定のエリアについて一括して運行する交通事業に対する支援制度です。交通事業者は限定されていませんが、主に路線バス会社が対象になるとみられますので、以下では事業者を「バス会社」と表記します。
具体的には、地域公共交通活性化再生法に基づく協議会(法定協議会)を経て、自治体がバス会社と協定を結びます。協定の内容は、運賃や路線、運行回数といったサービス水準や、自治体の費用負担、官民の役割分担などです。
自治体は、バス会社に対し、運行に対する対価(交通サービス購入費用)を支払い、バス会社は協定に基づき複数年にわたり運行します。
これが「エリア一括協定運行事業」で、国は、事業初年度に事業期間全体の支援額を明示し、期間を通じて補助金を交付します。
「リ・デザイン」の提言
「エリア一括協定運行事業」は、2022年8月に国交省の「アフターコロナに向けた地域交通の『リ・デザイン』有識者検討会」が提言していた運行形態です。
背景として、路線バスに対する既存の補助金制度の問題点がありました。
既存のバス事業に対する国の補助制度は、主に地域間幹線系統補助と、地域内フィーダー系補助の二つです。おおざっぱには、前者が複数自治体間を結ぶ基幹路線に対する補助で、後者がそれを補完する路線に対する補助です。
補助の要件は異なりますが、いずれも欠損補助(赤字補填)で、国の補助率は2分の1です。残りの2分の1は自治体が負担します。
既存補助金の問題点
既存の補助制度は、単年度で系統単位の実績に応じて赤字を補填する仕組みです。したがって、バス会社としては、状況を改善をしても補助金が減るだけなので、サービス向上や効率化などを積極的におこなうインセンティブがありません。
また、補助金は系統単位なので、ネットワーク全体での利便性向上や効率化を図る意識が働きづらいという問題もあります。
さらに、補助金は1年間の運行実績に基づいて事後に確定します。複数年に渡って支払われる保証はありません。
たとえば、地域間幹線系統には1日15人以上の輸送量(平均乗⾞密度×運⾏回数)という要件があり、要件を下回ると、補助の対象外となります。こうした先行きの不透明さから、バス会社は長期的な経営計画を立てづらく、金融機関からみると、長期的なファイナンスの担保になりづらいという問題点があります。
こうした問題点を改善しようと導入されるのが「エリア一括協定運行事業」です。
長期一括で
国交省が提示するエリア一括協定運行事業のイメージは、既存の路線バスだけでなく、コミュニティバスや病院バス、スクールバス、デマンド交通といったさまざまなネットワークを統合して、自治体がバス会社にエリア一括で長期的に運行を委託する形です。
これが実現すると、そのエリア内において、通学や通院、買い物といったさまざまな需要に対して、一つの事業者が柔軟に対応でき、効率的な路線バスネットワークを作ることができます。
自治体としては、所管部局の違いにより非効率な運行となっていた部分が、解消されることになります。
バス会社としては、エリア全体で運行や設備投資を効率化できます。さらに、運転士などの採用計画も立てやすくなるなど、長期安定的な事業運営ができます。利用者が増加した場合は、バス会社の収益改善につながるというインセンティブが働きます。
既存制度は縮小か
新制度は、たしかに効率的にみえますし、政府が支出する補助金の総額も、長期的に削減できそうです。国交省は、この新たな支援制度を全国的に推進していくのでしょう。
そうすると、気になるのは、既存の補助制度がどうなるか、という点です。
国交省自動車局の2023年度予算概要をみると、地域公共交通確保維持事業に、前年度並みの200億円の予算が組まれています。
そのなかには、「地域間幹線バス交通・地域内フィーダー交通の運行」の項目があり、地域間交通ネットワークを形成する幹線バス交通の運行や車両購入の支援などが含まれています。これを見る限り、既存の補助事業について、少なくとも来年度は変更がないようです。
ただ、これは現段階の話であって、今後、既存補助制度は縮小されていくのでしょう。これまで地域間幹線系統補助を受けてきたきた路線も、法定協議会での協議を経て、エリア一括協定運行に組み込まれていくのではないでしょうか。
路線分断の可能性も
その場合、複数エリアをまたいで運行してきたバス路線が分断される可能性も生じます。たとえば、日本一の長距離路線である八木新宮特急のように、県の異なる複数エリアを縦走するバス路線がどのような扱いになるのかは、気になるところです。
地方の路線バスやコミュニティバスは、これまでも、各自治体の補助金制度や政策の違いなどから、市町村境や県境でネットワークが分断される傾向がありました。今後、国庫補助の主軸がエリア一括協定運行に移るのであれば、その傾向がさらに強まる可能性が高そうです。
となると、中長距離の路線バスは運行規模を縮小しそうです。一方で、生活圏を単位としたエリア内では、路線バスが充実するかもしれません。
人気テレビ番組『ローカル路線バスの旅』においては、県境越えがますます困難になりそうです。一方で、エリア内のバス路線が充実し、新たな乗り継ぎルートが生まれるかもしれないと、期待したいところです。(鎌倉淳)