内閣府の沖縄縦貫鉄道構想の調査で、新たな報告書が公表されています。大深度地下にして駅数を削減するなどの案が検討されました。
新たな沖縄政策
内閣府では、沖縄政策の一環として、鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システムの導入に関する基礎調査を2010年度から行っています。その2018年度の調査をまとめた「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」が公表されました。
前年度の2017年度調査では、モデルルートや概算事業費などについて精査し、詳細な運転計画の想定が示されました。つくばエクスプレスを念頭に置いた「鉄道」と、最高速度100km/hの「トラムトレイン」を想定した路線案などが明らかにされています。内容詳細については、『内閣府「沖縄縦貫鉄道計画」の全詳細。リニアやトラムで検討中』記事をご覧ください。
2018年度調査では、2017年度調査において検討を行った基本案(うるま・国道330号・西海岸ルート+空港接続線)をベースに、鉄道の駅数を低減し、大深度地下を使用した場合を想定して検討を行いました。
駅数低減案
沖縄鉄軌道の調査では、これまでさまざまなコスト縮減方策について検討を行ってきたものの、これ以上のコストの大幅削減は困難という結論に傾きつつあります。さらなるコスト縮減にあたっては、物理的に工事規模を減らすことが必要という考え方に基づいて浮上したのが、駅数の削減です。
2017年度基本案では、駅数は26駅となっていますが、2018年度調査では、これを15駅に低減することを検討しました。那覇市を除いて1都市1駅とする案です。平均駅間距離はJR東海道本線(東京・熱海間:約5.2km)並みを想定し、約5.7kmとなっています。
この場合、概算事業費は約7,590億円となり、2017年度調査の約8,060億円と比較して約470億円(約6%)縮減されることがわかりました。縮減効果は低いですが、その理由として、沖縄鉄道の駅規模は4両編成対応ホームを想定していて、首都圏などの長編成路線と比較して半分以下の規模のため、事業費のうち駅が占める割合が小さいことが挙げられます。
大深度地下の検討
次に、大深度地下の検討です。こちらも駅数は15駅としています。本線が糸満市役所、豊見城市役所、旭橋、新都心、浦添市役所西、普天間飛行場、胡屋十字路、うるま具志川、石川、ムーンビーチ、恩納茶谷、恩納、喜瀬、名護。空港接続線は旭橋、那覇空港の2駅です。
大深度地下区間については、必ずしも道路敷内に通過する必要はなく、民有地の地下の通過も許容し、なるべく直線的な線形を想定しました。その結果、2017年度調査と比較して、路線延長は 1.24km 短くなっています。平均駅間距離は5.6kmとなり、2.4km長くなりました。
大深度地下の概算事業費については約8,080億円となり、2017年度調査の約8,060億円と比較して約20億円増加しました。微増です。
駅構造、配線などは下図の通りです。
「空港特急」で名護まで42分
大深度地下案では、列車種別は「各駅停車」と「空港特急」「糸満快速」の3種類を設定します。運転最高速度は「空港特急」が160km/h、「糸満快速」が130km/hです。
「空港特急」の停車駅は那覇空港、旭橋、胡屋十字路、ムーンビーチ、名護の5駅です。那覇市の中心駅である旭橋を出ると、名護までの間に停まるのは胡屋十字路、ムーンビーチの2駅のみ。那覇空港~名護間の所要時間は約42分となり、2017年度調査と比較して約15分という大幅な短縮が実現します。
「糸満快速」は糸満市役所、豊見城市役所、旭橋、新都心、浦添市役所西、普天間飛行場、胡屋十字路、うるま具志川、石川、ムーンビーチ、恩納、名護です。
「糸満快速」の通過駅は恩納茶屋と喜瀬のみで、「快速」と称するには物足りません。26駅案の名残の列車種別とみられ、本当に鉄道が15駅案で完成した場合、「糸満快速」は設定されないでしょう。「糸満快速」の所要時間は、糸満市役所~名護間が55分となっています。
小型鉄道導入案
沖縄鉄軌道は、首都圏や関西圏に比べると需要が少ないため、つくばエクスプレス並みの普通鉄道ではオーバースペックになる、という課題があります。路線に急勾配が想定されていることもあり、2017年度調査では、小型で登坂能力が高いスマート・リニアメトロ(次世代リニア式地下鉄)も候補に挙げられていました。ただ、スマート・リニアメトロは国内での導入事例がありません。
このため、2018年度調査では、新たなシステムとして、粘着駆動方式の小型鉄道の導入可能性について検討を行いました。
現在、粘着駆動方式の鉄軌道における勾配は、国内では、箱根登山鉄道線の80‰が最急で、地下鉄では東京メトロ副都心線や阪神なんば線の40‰が最急となっています。また、地域鉄道では、叡山電鉄鞍馬線や、南海高野線などで50‰の事例が複数見られます。
計画中のなにわ筋線(2031年春開業予定)では、南海新難波駅(仮称)から南海新今宮駅間で44‰の急勾配の計画があり、完成後は国内の粘着駆動方式の地下鉄で最急勾配となります。
海外事例として、アルストム社は2018年5月に『Axonis メトロシステム』を発表しました。Axonisは1時間あたり10,000~45,000人の乗客を運ぶことができるメトロシステムで、鉄車輪による粘着駆動方式を採用しているものの、最小曲線半径45m、最急勾配60‰で走行することが可能とされています。
特に、高架橋は急速施工が可能であり、着工から3~4年程度で試運転することができます。
報告書では、これらの事例を挙げたものの、粘着駆動方式の小型鉄道の導入可能性については、現段階では車両等の技術的担保が不十分であるとし、今後の検討課題と記述するにとどめました。
テーマパーク支線
沖縄縦貫鉄道では、名護以北の支線も計画されています。沖縄県北部では、今帰仁村と名護市にまたがるオリオン嵐山ゴルフ倶楽部一帯で、新たなテーマパークの建設が浮上しているため、支線についても、テーマパーク近くを経由するルートについて検討が行われました。
ルート図は上記の通りです。中間駅はテーマパーク予定地に近い今帰仁村呉我山地区と、本部町役場付近の2箇所を想定しています。単線ですが、運行本数を毎時3本確保するため、途中に信号所を1箇所設置します。
今帰仁ルートの概算事業費は約950億円となり、海岸を経由するルートと比較して約20億円減少しました。これは駅数が1駅増加したものの、延長が約0.9km短縮したことによるものです。直線ルートに比べると、約170億円高くなっています。
沖縄縦貫鉄道では、トラムトレインでの整備も検討されていますが、2018年の報告書では、検討内容は主に鉄道に関するものとなりました。トラムトレインについては、浦添西海岸ルートが検討されましたが、詳細は略します。
津波対策
2018年度調査では、このほか、大規模地震発生時の津波対策についても検討されました。
最も効果的なのは内陸へのルート変更ですが、十分な利用者が見込めないため考慮外とし、ハード面、ソフト面での対応策を実施するという結論になっています。具体的には、地下構造の区間では、防水壁や防水扉の設置、止水板の保管、避難経路図の設置、避難訓練の実施などが考えられるとしています。
津波警報発令時には、運行中の列車は最寄駅まで走行して停車、困難な場合は安全な場所で停車、その後、旅客を速やかに地上の高台などへ避難誘導し、防水扉を閉め、止水板を設置する、などとしています。
B/Cは悪くなる
では、これらの施策を行ったことで、鉄道整備の目安となる費用便益比(B/C)はどのように変わるのでしょうか。それについては、最新の国勢調査の数字などを加味したうえで、コスト削減を行い、駅数を減らした大深度地下案で0.59と試算されました。2017年度調査の基本案のB/Cより数字が0.07悪くなってしまいます。
駅数を減らしたことにより概算事業費が約310億円減少した一方で、利用者数が1日あたり約3.8万人減少し、約6.2万人となったことによります。
駅数を減らさずに、2017年度調査の結果にくわえ、人口フレーム更新の影響などを加味して試算を行ったところ、2017年度調査と比べて需要予測値が1日当たり約 0.7 万人増加し、約10.7万人となりました。B/C は約 0.03 増加し、0.69と試算されました。
要するに、駅数を減らすことによるコスト縮減の効果よりも、需要減少の影響の方が大きくなり、B/Cが悪化することが判明したわけです。東海道線並みの駅間距離にしてしまうと、利用者が減って整備効果が薄れてしまう、ということです。
長々と書きましたが、この調査結果を見る限り、駅数については従来案に立ち戻ることになりそうです。
需要喚起策
このほか、調査としては、需要喚起の方策などにも触れられています。需要喚起策としては、鉄軌道整備による移動の速達性向上を活かし、那覇中心部から北部地域を日帰りで周遊可能とするような交通ネットワークの整備が有効としました。
具体的には、北部観光拠点を巡る観光周遊バスなどとの連携や、北部までの移動を快適に過ごせるような観光特急列車の運行などの付加的サービスの提供が有効な施策としています。さらに、低価格化する傾向にあるレンタカー料金との比較から、企画きっぷによる割安な運賃提供も提案しました。
また、地域のまちづくりと一体的に鉄軌道整備を行うことにより、鉄軌道利用を中心とした都市構造に誘導するような戦略的な沿線開発の取り組みが重要としています。駅前広場や駐輪場などの交通結節点整備、バス再編によるネットワーク形成などを行う必要があり、沿線自治体の積極的関与が不可欠とも付け加えました。
まとめてみると
全体を見てみると、駅を減らしたり大深度を検討したりしたけれど、あまり効果はなさそう、という内容で、具体的なルート選定に踏み込んだ2017年度報告書に比べると、注目点に乏しい報告書となっています。
2019年度も引き続き調査が実施されており、モデルルートや概算事業費の精査、需要予測モデルの精緻化などが検討されています。
とはいえ、現状のB/Cでは鉄道導入のハードルは高く、沖縄鉄軌道の姿は、まだはっきりと見えません。(鎌倉淳)