線区をどう切り分けるか
地域モビリティ検討会の『提言』で示された「特定線区」の選定で大きな問題となりそうなのは、「輸送密度1,000人」の切り分け方です。線区のどこを切り分けるかで輸送密度が大きく変わってくるからです。
たとえば、JR西日本は毎年、各路線の輸送密度を発表していますが、2020年度に区間の設定を一部で変更しました。
一例を挙げると、2019年度まで、加古川線厄神~谷川間は一括で扱われ、輸送密度1,938とされていましたが、2020年度は厄神~西脇市間と、西脇市~谷川間に切り分けられました。輸送密度は、前者が2,435、後者が215です。
2019年度までの切り分け方なら、加古川線に「特定線区」は存在しませんでしたが、2020年度以降の切り分け方なら、西脇市~谷川間が「特定線区」になってしまいます。
切り分け方の問題は、国鉄末期の特定地方交通線の選定でも議論になりましたが、このときは政治的な介入を避けるため、「路線名」のみを唯一の基準として押し切りました。そのため、路線名に救われた区間が少なからずありましたし、一方で路線名で割を食った区間もありました。
今回の『提言』では、「対象線区の設定にあたっては、旅客の利用実態、輸送の実態等に基づき、当該区間を他の区間から独立して協議の対象とすることについて合理的な理由があることを確認すること」と記しています。路線名にこだわらず「合理的な理由」を示せばJRが設定区間を決めることを認めた形で、特定地方交通線との大きな違いといえます。
とはいえ、県境区間などを区切れば、幹線であっても非常に小さい数字になるのは避けられません。合理的であっても地元が納得するかは別の話で、上記の加古川線なども含めて、政治家を交えた論争が予想されます。
輸送密度1,000未満の区間全リスト
では、輸送密度1,000未満の区間はどのくらいあるのでしょうか。JR6社が発表している2020年度(一部2019年度)の数字を基にすると、全国で122区間があります(当サイト調べ)。下表にまとめました。
なお、切り分け方は、JR各社の発表に依拠しています。JR東海は輸送密度を独自に公表していないので、鉄道統計年報(2019年度)の数字に基づいています。
順位 | 会社 | 路線名 | 区間 | 輸送密度 |
---|---|---|---|---|
1 | 西 | 芸備線 | 東城~備後落合 | 9 |
2 | 東 | 只見線 | 会津川口~只見 | 15 |
3 | 西 | 木次線 | 出雲横田~備後落合 | 18 |
4 | 東 | 陸羽東線 | 鳴子温泉~最上 | 41 |
5 | 西 | 大糸線 | 南小谷~糸魚川 | 50 |
6 | 北 | 根室線 | 富良野~新得 | 57 |
7 | 東 | 花輪線 | 荒屋新町~鹿角花輪 | 60 |
8 | 東 | 久留里線 | 久留里~上総亀山 | 62 |
9 | 西 | 芸備線 | 備後落合~備後庄原 | 63 |
10 | 東 | 磐越西線 | 野沢~津川 | 69 |
11 | 東 | 北上線 | ほっとゆだ~横手 | 72 |
12 | 東 | 飯山線 | 戸狩野沢温泉~津南 | 77 |
13 | 東 | 山田線 | 上米内~宮古 | 80 |
14 | 西 | 芸備線 | 備中神代~東城 | 80 |
15 | 東 | 只見線 | 只見~小出 | 82 |
16 | 北 | 留萌線 | 深川~留萌 | 90 |
17 | 北 | 日高線 | 鵡川~様似 | 95 |
18 | 九 | 肥薩線 | 人吉~吉松 | 106 |
19 | 東 | 津軽線 | 中小国~三厩 | 107 |
20 | 東 | 水郡線 | 常陸大子~磐城塙 | 109 |
20 | 九 | 豊肥線 | 宮地~豊後竹田 | 109 |
22 | 東 | 米坂線 | 小国~坂町 | 121 |
23 | 東 | 大糸線 | 白馬~南小谷 | 126 |
24 | 西 | 姫新線 | 中国勝山~新見 | 132 |
24 | 西 | 因美線 | 東津山~智頭 | 132 |
26 | 四 | 牟岐線 | 牟岐 ~ 海部 | 134 |
27 | 東 | 只見線 | 会津坂下~会津川口 | 141 |
28 | 北 | 根室線 | 釧路~根室 | 150 |
28 | 西 | 福塩線 | 府中~塩町 | 150 |
30 | 東 | 陸羽西線 | 新庄~余目 | 163 |
31 | 北 | 宗谷線 | 名寄~稚内 | 165 |
32 | 九 | 日南線 | 油津~志布志 | 171 |
33 | 東 | 五能線 | 能代~深浦 | 177 |
34 | 九 | 筑肥線 | 伊万里~唐津 | 180 |
35 | 東 | 気仙沼線 | 前谷地~柳津 | 189 |
36 | 北 | 根室線 | 滝川~富良野 | 190 |
37 | 東 | 磐越東線 | いわき~小野新町 | 196 |
38 | 西 | 木次線 | 宍道~出雲横田 | 198 |
39 | 四 | 予土線 | 北宇和島 ~ 若井 | 205 |
40 | 東 | 奥羽線 | 新庄~湯沢 | 212 |
41 | 西 | 加古川線 | 西脇市~谷川 | 215 |
42 | 北 | 釧網線 | 東釧路~網走 | 236 |
42 | 東 | 吾妻線 | 長野原草津口~大前 | 236 |
42 | 東 | 山田線 | 盛岡~上米内 | 236 |
45 | 西 | 山陰線 | 益田~長門市 | 238 |
46 | 東 | 米坂線 | 今泉~小国 | 248 |
47 | 九 | 指宿枕崎線 | 指宿~枕崎 | 255 |
48 | 西 | 越美北線 | 越前花堂~九頭竜湖 | 260 |
49 | 四 | 予讃線 | 向井原 ~ 伊予大洲 | 280 |
50 | 東 | 小海線 | 小淵沢~小海 | 283 |
51 | 海 | 名松線 | 松阪~伊勢奥津 | 287 |
52 | 東 | 大湊線 | 野辺地~大湊 | 288 |
53 | 東 | 陸羽東線 | 最上~新庄 | 289 |
54 | 西 | 山陰線 | 長門市~小串・仙崎 | 290 |
55 | 九 | 筑豊線 | 桂川~原田 | 297 |
56 | 北 | 室蘭線 | 沼ノ端~岩見沢 | 305 |
57 | 西 | 山口線 | 津和野~益田 | 310 |
58 | 東 | 北上線 | 北上~ほっとゆだ | 327 |
59 | 東 | 釜石線 | 遠野~釜石 | 328 |
60 | 東 | 八戸線 | 鮫~久慈 | 333 |
61 | 東 | 花輪線 | 好摩~荒屋新町 | 334 |
62 | 西 | 小野田線 | 小野田~居能ほか | 344 |
63 | 西 | 姫新線 | 上月~津山 | 346 |
64 | 西 | 芸備線 | 備後庄原~三次 | 348 |
65 | 北 | 函館線 | 長万部~小樽 | 349 |
66 | 西 | 山口線 | 宮野~津和野 | 353 |
66 | 九 | 日豊線 | 佐伯~延岡 | 353 |
68 | 東 | 飯山線 | 津南~越後川口 | 359 |
69 | 東 | 中央線 | 辰野~塩尻 | 362 |
70 | 西 | 美祢線 | 厚狭~長門市 | 366 |
71 | 東 | 五能線 | 深浦~五所川原 | 383 |
72 | 東 | 弥彦線 | 弥彦~吉田 | 395 |
73 | 北 | 石北線 | 上川~網走 | 404 |
74 | 東 | 磐越西線 | 津川~五泉 | 408 |
74 | 九 | 吉都線 | 吉松~都城 | 408 |
76 | 東 | 上越線 | 越後湯沢~ガーラ湯沢 | 414 |
76 | 九 | 肥薩線 | 八代~人吉 | 414 |
78 | 東 | 飯山線 | 飯山~戸狩野沢温泉 | 416 |
79 | 四 | 牟岐線 | 阿南 ~ 牟岐 | 425 |
80 | 東 | 磐越西線 | 喜多方~野沢 | 429 |
81 | 北 | 日高線 | 苫小牧~鵡川 | 476 |
82 | 九 | 肥薩線 | 吉松~隼人 | 480 |
83 | 西 | 山陰線 | 城崎温泉~浜坂 | 506 |
84 | 東 | 大糸線 | 信濃大町~白馬 | 511 |
85 | 東 | 大船渡線 | 一ノ関~気仙沼 | 514 |
86 | 東 | 花輪線 | 鹿角花輪~大館 | 524 |
87 | 東 | 釜石線 | 花巻~遠野 | 575 |
88 | 北 | 石北線 | 新旭川~上川 | 600 |
89 | 東 | 津軽線 | 青森~中小国 | 604 |
90 | 東 | 水郡線 | 常陸大宮~常陸大子 | 608 |
90 | 西 | 紀勢線 | 新宮~白浜 | 608 |
92 | 東 | 越後線 | 柏崎~吉田 | 618 |
93 | 九 | 宮崎空港線 | 田吉~宮崎空港 | 627 |
94 | 東 | 米坂線 | 米沢~今泉 | 641 |
95 | 東 | 羽越線 | 酒田~羽後本荘 | 645 |
96 | 西 | 姫新線 | 津山~中国勝山 | 663 |
97 | 東 | 陸羽東線 | 古川~鳴子温泉 | 666 |
98 | 東 | 上越線 | 水上~越後湯沢 | 687 |
99 | 東 | 羽越線 | 村上~鶴岡 | 697 |
100 | 東 | 奥羽線 | 大館~弘前 | 701 |
101 | 西 | 播但線 | 和田山~寺前 | 714 |
102 | 西 | 関西線 | 亀山~加茂 | 722 |
103 | 西 | 山陰線 | 出雲市~益田 | 725 |
104 | 九 | 日豊線 | 都城~国分 | 728 |
105 | 東 | 左沢線 | 寒河江~左沢 | 742 |
106 | 西 | 姫新線 | 播磨新宮~上月 | 750 |
107 | 東 | 五能線 | 東能代~能代 | 761 |
108 | 九 | 唐津線 | 唐津~西唐津 | 766 |
109 | 九 | 三角線 | 宇土~三角 | 775 |
110 | 西 | 小浜線 | 敦賀~東舞鶴 | 782 |
111 | 四 | 土讃線 | 須崎 ~ 窪川 | 783 |
112 | 東 | 水郡線 | 磐城塙~安積永盛 | 796 |
113 | 西 | 山陰線 | 浜坂~鳥取 | 798 |
114 | 北 | 宗谷線 | 旭川~名寄 | 827 |
115 | 九 | 豊肥線 | 豊後竹田~三重町 | 853 |
116 | 九 | 後藤寺線 | 新飯塚~田川後藤寺 | 890 |
117 | 北 | 根室線 | 帯広~釧路 | 897 |
118 | 西 | 芸備線 | 三次~下深川 | 929 |
119 | 九 | 日南線 | 田吉~油津 | 934 |
120 | 東 | 鹿島線 | 香取~鹿島サッカースタジアム | 952 |
121 | 東 | 石巻線 | 小牛田~女川 | 953 |
122 | 東 | 小海線 | 小海~中込 | 978 |
※肥薩線八代~人吉間と人吉~吉松間、名松線は2019年度の数字。
存廃が確定している路線も
輸送密度1,000未満の路線といっても、事情はさまざまです。たとえば、只見線只見~会津川口間は災害不通が続いていて、上記の輸送密度も代行バスの数字ですが、上下分離のうえ、運行再開が決まっています。再開後の地元負担などの協議も終わっており、存続が確定している路線といえます。
一方、留萌線石狩沼田~留萌間や、根室線富良野~新得間などは、すでに地元が廃止に合意しています。他路線でも、貨物列車や特急列車が走る区間もありますし、路線によりピーク時に500人以上の輸送量があることも考えられますので、これらの区間全てが「特定線区」に位置づけられるわけではありません。
また、上記の輸送密度は、コロナの影響を受けた2020年度の数字であることにも留意が必要です。『提言』は輸送密度の年度の切り分け方は例示していませんが、おそらくは3年平均などの数字が用いられることになると思われます。
そうした事情はあるにせよ、上表で輸送密度が500を切っている路線のほとんどは、協議の対象になりうるでしょう。
40年ぶりローカル線大整理
国鉄末期の特定地方交通線は、国鉄再建法という法律を根拠にしていました。一方、今回の特定線区は、いまのところ、政府の検討会が『提言』という形でまとめた状況にすぎません。今後、必要な法令が整えられていくにせよ、どこまで強制力を持つ形になるのかはわかりません。
国鉄末期と決定的に異なるのは、世論です。当時は、鉄道廃止に対するアレルギーが国民全体に強かった気がします。しかし、現在は「利用者の少ない鉄道は廃止して構わない」という世論が強くなっている印象があります。地方における鉄道の存在感が、1980年代に比べて小さくなっているからでしょう。
そうした世論の変化も背景に、約40年ぶりとなる「ローカル線大整理」は、厳しい内容になりそうです。(鎌倉淳)