【書評】『宮脇俊三の紀行文学を読む』 鉄道紀行文の第一人者の魅力を探求

鉄道の「時刻表」にも愛読者がいる

鉄道紀行の第一人者・宮脇俊三の作品の魅力を伝える新刊が『宮脇俊三の紀行文学を読む』(小牟田哲彦著)。宮脇ファンの注目を集める一冊です。

広告

宮脇俊三の世界

真似したくても真似できないできない文章がありますが、宮脇俊三(1926-2003)の紀行文はその最たるものでしょう。列車に乗るという点では、多くの鉄道ライターと宮脇に大差はなさそうですが、書き上げる文章は比較の対象にすらなりません。それだけ、宮脇の鉄道紀行文は傑出しています。

宮脇俊三は、昭和後期から平成前期に活躍した鉄道紀行の第一人者として知られています。その宮脇作品の魅力を探求する一冊が、『宮脇俊三の紀行文学を読む』(小牟田哲彦著・中央公論新社刊)です。

本書は、NHKラジオ第2の番組「カルチャーラジオ 文学の世界」で放送された同名の講座を単行本化したものです。宮脇作品12冊を選び、原作を抜粋しながら、文学作品としての読みどころを紹介していきます。

宮脇俊三の紀行文学を読む
宮脇俊三の紀行文学を読む」(中央公論新社)

『時刻表2万キロ』など12冊

取り上げられている12冊は以下の通りです。

第1章 『時刻表2万キロ』――国内紀行1
第2章 『最長片道切符の旅』――国内紀行2
第3章 『終着駅へ行ってきます』――国内紀行3
第4章 『時刻表おくのほそ道』――国内紀行4
第5章 『失われた鉄道を求めて』――国内紀行5
第6章 『台湾鉄路千公里』――海外紀行1
第7章 『インド鉄道紀行』――海外紀行2
第8章 『殺意の風景』――小説
第9章 『古代史紀行』『平安・鎌倉史紀行』『室町・戦国史紀行』 ――歴史1
第10章 『時刻表昭和史』――歴史2

デビュー作である『時刻表2万キロ』と2作目の『最長片道切符の旅』で国鉄の旅を紹介し、短編集『終着駅へ行ってきます』、私鉄めぐり『時刻表おくのほそ道』、廃線紀行『失われた鉄道を求めて』と続きます。

海外紀行に転じては、海外初作品の『台湾鉄路千公里』のほか、『インド鉄道紀行』を選択。唯一の小説である『殺意の風景』を取り上げたあと、日本通史紀行三部作に触れ、宮脇の思い入れの深い『時刻表昭和史』で結びます。

「あの作品も入れて欲しかった」という声もありそうですが、作家・宮脇の作品をたどる選択や順序としては、よく考えられているように感じられます。

広告

宮脇作品の特徴

著者の小牟田氏は、宮脇の紀行作品の特徴として、淡々とした文体への志向、風景描写へのこだわり、写真を挿入しない方針などを指摘しました。

「宮脇俊三という物書きは、文章で情景を読み手に思い浮かべさせることができる文章がよい紀行文であり、自分は文筆家である以上はそういうものを書きたい、という固い信念を持ち続けていて、生涯変わりませんでした」などと評し、各作品で抜粋しながら説明しています。

また、鉄道紀行文であるにもかかわらず、車両の形式について細かい話が出てこないのも特徴です。これについて小牟田氏は「細かく書きだすと、コアな鉄道ファンには読まれても、広く読まれる文学作品でなくなると判断していた」と推測しています。

このあたりは、宮脇ファンにはよく知られている話かもしれませんが、本書で取り上げられた抜粋を改めて読み直すと、宮脇の文章の技量や読者を意識した細かい配慮に改めて驚かされます。同時に、ウェブ紀行文が全盛の現代に、宮脇のような文章力で勝負する紀行作家はもう現れないであろうと認識せざるを得ません。

晩年には衰えも

ただ、晩年の作品には、衰えを感じさせる部分もありました。小牟田氏は『室町戦国史紀行』について「史跡の単調な訪問が細かく繰り返されているだけ」とやや辛口な評価をしています。この作品は関ヶ原で終わっているのですが、宮脇は体力の衰えを理由にしてシリーズを自ら終了させました。

小牟田氏ははっきりと書いていないものの、晩年の宮脇の作品には、体力だけでなく筆力の衰えを感じさせる部分がありました。本書では紹介されませんでしたが、『ヨーロッパ鉄道紀行』の後書きでは「歳とともに筆力衰え、思うようにならなかった」と明かしていて、本人も自覚していた様子がうかがえます。

緻密な文章が持ち味の作家だけに、年齢による衰えが表れやすかったのかもしれません。そのせいか、本書では、日本通史紀行三部作を除き、晩年の宮脇作品には触れていません。

広告

『時刻表昭和史』で結ぶ

最終章には『時刻表昭和史』を配置しました。この本は、宮脇ファンには人気が高く歴史的価値も高い内容ですが、商業的には成功しなかったようです。

宮脇にはそれが残念だったようで、『旅は自由席』のなかで「いちばん読んでほしい本がいちばん売れないというのは、悲しいことだが、それについて不服を申すつもりはない」と記しています。小牟田氏は「宮脇の不服ぶりがここまでわかりやすく伝わってくる文章は珍しい」と評しました。

『時刻表昭和史』では、なんといっても終戦の場面が印象深いでしょう。時がとまったかのような描写の背景についても、きちんと解説されています。

歴史書としての側面

本書は、日本の現代鉄道史と、日本人の旅行文化の変遷をたどる側面もあります。『時刻表2万キロ』で紹介されたローカル線の多くは、いまは廃止され乗ることができません。『最長片道きっぷの旅』のルートもだいぶ変わりました。『台湾鉄道』の旅は一般化して、今となっては書籍にできないくらい普通の旅になってしまいました。

そうした意味で、本書は一種の歴史書とも言えるでしょう。それは、宮脇作品そのものに歴史的な価値があることと表裏一体です。

総じて、若い頃に宮脇俊三に親しんだ中高年には、懐かしさを感じつつ読み進められる作品ではないでしょうか。この本が中央公論新社から刊行されたのも感慨深いことです。(鎌倉淳)

広告
関連広告
前の記事「EX早特」の研究。東海道・山陽新幹線の格安チケットを使いこなす!
次の記事西鉄「雑餉隈新駅」の駅名案を考える。難読地名を活かすのか