JR北海道の経営問題で、北海道の鉄道ネットワークワーキングチームがまとめた報告書が公表されました。
前記事の『「北海道の鉄道網のあり方」報告書を読み解く(1)。JR北海道の将来像は固まったか』では、2030年のJR北海道の路線像を示しました。宗谷、石北、石勝・根室の3幹線の維持を示しましたが、今回は、鉄道路線維持の費用負担について読み解いていきます。
持続可能な経営構造とは
「北海道の鉄道網のあり方」報告書は、路線名の特定を避けながらも、JR北海道の9線区について、存続を求めています。
しかし、北海道が鉄道存続をJR北海道に求めたところで、全区間が赤字のため、その費用負担が問題になります。これに対し、報告書では「JR北海道の持続可能な経営構造の確立」とした章を設け、対策を提案しています。
JR北海道は特殊法人である
その前提として、JR北海道を「株式会社ではあるが、特殊法人である」と位置づけています。JRを「民間企業」と表現する人は少なくありませんが、JR北海道は国が全株を所有する株式会社のため、民間企業とはいえません。それを踏まえ、報告書では、わざわざ「特殊法人」と表記しています。
特殊法人とは、具体的な法令の規定に基づいて設立された法人です。JR北海道は、「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」(JR会社法)に基づく特殊会社であり、特殊法人であることは間違いありません。
国の抜本支援が不可欠
報告書では、この前提を確認したうえで、「JR北海道の経営は、国の強い関与のもとに行われており、国はこうした位置づけを踏まえた中心的な役割を担うことが求められる」としています。JR北海道の経営責任は、最終的には日本政府が負うべきだ、という趣旨でしょう。
さらに、「JR 北海道の危機的な経営の現状を踏まえると、線区の見直しや地域の協力・支援だけでは経営再生の実現は難しく、国による抜本的な支援が不可欠である」として、国が支援するよう念を押しています。
つまり、「JRは民間企業だから」という突き放した論理と一線を画そうとしているわけです。鉄道の存廃を採算性だけで判断すれば、北海道の鉄道網は失われてしまう。そうならないために、国の支援を引き出すための論理武装として、「民間企業でなく特殊法人」という論理を前面に出しているように見えます。
国が関与すべき経営支援
調査報告書では、具体的に、国が関与すべき抜本的な経営支援として、以下を挙げています。
(1) 北海道固有のコスト軽減対策
《方策1》貨物列車の割合が高い北海道の輸送体系の実態を踏まえた支援
《方策2》青函トンネルの維持管理に係る負担の軽減
(2) 老朽土木構造物等対策
《方策3》鉄道施設等の老朽更新対策
(3) 増収策への支援
《方策4》増収策への戦略的支援
(4) 資金繰りの改善
《方策5》2019年度以降の資金対策
これらについても簡単にみていきましょう。
「アボイダブルコストルール」の修正を求める
《方策1》の「貨物列車の割合が高い北海道の輸送体系の実態を踏まえた支援」は、JR貨物の「アボイダブルコストルール」の修正を求めています。
「アボイダブルコストルール」とは、「貨物列車が走行しなければ回避できる経費のみをJR貨物が負担する仕組み」で、JR貨物に有利なルールです。
JR貨物の経営基盤が脆弱なため、JR旅客会社への線路使用料支払い額を下げる目的で、国鉄分割民営化の際に設けられたものです。旅客列車が多く走る本州3社では合理的な仕組みといえなくもありません。
ただ、JR北海道は、貨物列車の走行割合が高いため、このルールではJR北海道の負担が重すぎるとして、JR貨物の負担を増やすように求めているのです。
これは、鉄道路線の分類における「4 広域物流ルートを形成する路線」を受けた内容ともいえます。報告書では、新幹線開業にともなって開業した並行在来線の第三セクターに対する「貨物調整金」を例示しています。
直接的に国の支援を求める
《方策2》の「青函トンネルの維持管理に係る負担の軽減」については、読んでそのままで、負担が重すぎるので、国が支援してほしい、という内容です。
《方策3》の「鉄道施設等の老朽更新対策」も文字通りで、「明治時代の鉄道開業期に構築された土木構造物が相当数存在しており、今後の維持更新等が大きな課題」となっているので、設備更新費用を国が支援して欲しい、という内容です。
《方策4》の「増収策への戦略的支援」は、「快速エアポート増便」に必要な設備投資や、新型特急車両開発への支援を求めています。
《方策5》の「2019年度以降の資金対策」は、文字通りの金融支援です。
以上が、「国が関与すべき経営支援」です。「方策1」はJR貨物への負担分担を求め、「2~5」は、直接的に国の支援を求めている形です。
運賃値上げを促す
報告書では、国の支援を求める一方で、JR北海道にも改善を求めています。経費節減、運賃値上げ、利用促進などです。経費節減や利用促進はこれまでも実行してきたことでしょうし、新味に乏しい内容です。
一方、JR北海道に運賃値上げを明確に求めたことは、一つのトピックかもしれません。報告書では、「全ての線区が赤字であるということを踏まえ、北海道全体で鉄道を支える観点からも、検討する必要があるのではないか」と、値上げに関して踏み込んだ表現をしています。
地方自治体である北海道の作業部会が、鉄道料金の値上げを促すというのは、やや異例といえなくもありません。
上下分離は現実的でない
JR北海道が提案している、上下分離についても触れています。JR北海道が上下分離を提案しているのは、老朽化した鉄道施設を、自力で更新する余力がないことが背景にあります。
施設部分を第三セクターなどに譲渡し、税金を使って更新をしてもらうことが狙いです。
これに対し、報告書では、「これまで数次にわたり国から支援を受けてきているが、老朽施設等の計画的な更新がなされないままに現在の状況に至っている」と現状を分析したうえで、「JR北海道のこれまでの経緯や道内自治体の厳しい財政状況を踏まえると、これらの費用について自治体に負担を求めることは、現実的に難しい」と判断しています。
巨費がかかる鉄道設備の更新について、「JR北海道ができなかったのは仕方ないが、自治体だって負担できない」という表現です。JR北海道は、「単独で維持困難」としている8線区について、今後20年間の大規模修繕や車両の買い替え費用などが計435億円になるとの試算を発表しています。これを地元自治体が負担するのは、たしかに不可能でしょう。
経営状態の悪い鉄道路線を、上下分離により再生した事例は、本州ではいくつかあります。しかし、報告書では、厳しい気象条件や路線の長大さなど、北海道の特殊事情を挙げて、本州と同じようにはいかないことを示唆しています。
本州と同じスキームで、北海道の鉄道路線の上下分離を行うことには無理がある、という結論です。
乏しい具体策
報告書では、「JR北海道の持続可能な経営構造の確立」のまとめとして、「地域の実情や線区の特性を踏まえた方策」を提案しています。
「国や道の参画のもと、地域において関係者が様々な知恵やアイデアを出し合い、地域の実情や鉄道路線の特性に応じた実効性のある方策を見出していくため、地域における検討を早急に開始することが必要である」として、実効性のある方策を出すための検討の開始を促しています。
ただ、具体策となると乏しく、「車両や駅舎など鉄道施設の質の向上に向けた取組も検討が必要」「提案されている手法についても、あらゆる可能性について検討していくことが必要」「JR北海道においては、創意と工夫を凝らした地域の提案・取組に対し、積極的かつ柔軟に対応していくことが必要不可欠」などと書かれているだけです。
これでは、「地域の実情や線区の特性を踏まえた方策」など、具体的には存在しない、ということになってしまいそうです。
それぞれの支援を求めたが
報告書では、この後、「公共交通ネットワークと鉄道網」と題して、高速バスやフェリー、航空との関連を述べますが、一般的な内容です。
最後に「今後に向けて」という、まとめがあります。「鉄道事業者、行政(国・道・市町村)、住民等が各々の役割を認識し、相互の理解と協力のもと、取組を進めていく必要がある」とし、鉄道維持には、JR、国、北海道、各市町村それぞれの支援が必要としています。
おおざっぱにいうと、市町村には実効ある利用促進策を求め、JR北海道には経営努力を求め、国には恒久的な支援策を求め、北海道にはJR、国、各市町村の調整役になることを求めています。
とはいえ、これも具体策には乏しい内容です。
八方ふさがりの状況
以上が報告書を読み解いた概要です。
報告書の最大のポイントは冒頭の「鉄道網のあり方」で、どの鉄道路線を残すかの取捨選択の方針を示したことです。そのうえで、残す路線を維持するには、JR北海道や道内自治体だけで支えきるのは不可能なので、国の抜本的な支援を求めています。
国に支援を求める論拠として、北海道の地域的特殊性や、特殊法人というJR北海道の経営形態を挙げているのも、報告書のポイントといえるでしょう。
報告書後半部は「みんなで支え合いましょう」的な内容で、新味はありません。人口希薄地帯で鉄道を維持することの難しさと、JR北海道の八方ふさがりの状況を改めて確認した程度です。
恒久的支援策をどう作るか
この報告書が、今後のJR北海道の全てを決めるわけではありません。ただ、道の政策の方向性を決める材料にはなるとみられます。
北海道の鉄道路線はほぼ全区間が赤字です。そのため、赤字区間を全部廃止したら、北海道から鉄道がなくなってしまいかねません。とはいえ、鉄道を存続させようにも、JR北海道と地元自治体だけでは支えきれません。したがって、道が国の関与を求めるも、やむを得ないといえます。
道の求めに対し、国がどのような支援に応じるかが、今後の最大の焦点となりそうです。どんな形であれ、国が何らかの支援策を示さざるをえないのは間違いありません。
そうした状況で、宗谷、石北、石勝・根室の3線区を最低限維持する方針は、国も含めて合意可能な範囲とみられます。
報告書が「個別の線区について、直接結論を出そうとするものではない」としながらも、この3線区だけ明確にわかる形で示したのは、3線区が最低限の防衛ラインであることを主張したかったからでしょう。
今後の大きな焦点は、国を含めたJR北海道の恒久的支援の枠組みをどう作るかと、方向性が示されなかったローカル線を、「地域で維持」するのか否かの議論に移るのではないでしょうか。(鎌倉淳)