【書評】『田舎暮らし毒本』 読んで移住したくなるか、止めたくなるか

いろいろある

「田舎暮らしにスローライフはあり得ない!」というあおり文句。東京から地方に移住して20年の小説家・樋口明雄氏による、田舎暮らしのノウハウとダークサイドを描く一冊です。

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作家の移住記

地方移住を夢見ている人は多いですが、実現した人は多くありません。実現したとしても、夢破れて都会に戻る人も多いので、移住先に根付いて何十年も暮らし続ける人となると、さらに少ないのではないでしょうか。

『田舎暮らし毒本』(樋口明雄著、光文社刊)は、それを実現した作家の移住記です。山梨県の八ヶ岳に近い町に二十年住み続け、移住の困難と楽しみについて振り返った一冊です。

タイトルは「毒本」とありますが、それほど毒づいているわけではありません。タイトルから想像するような、地域に馴染むまでの人間関係の大変さについては最後に少し触れているだけ。そうしたギスギスした内容を期待していると肩すかしを食うでしょう。

半分以上はログハウスと薪ストーブのノウハウで、それに移住地を決めるまでの経緯と、移住後のトラブルがいくつ書かれています。

田舎暮らし毒本
田舎暮らし毒本

そんな手間をかけてまで

本書によると、田舎暮らしは忙しいです。草刈り、雪かき、薪集め、家の修理、畑仕事、近所づきあい……。都会のマンションに住んでいたら、全部やらなくていい作業です。「スローライフはありえない!」というキャッチには、そうした意味が含まれています。

そもそも、田舎に土地を買ってログハウスを建てて暮らすというのは、とんでもない手間がかかります。その手間が具体的に書かれていて、都会からの移住を検討している人にはノウハウとして参考になりますし、夢見ている人には「自分には無理」と思わせるのに十分な内容です。

薪ストーブの薪を集めて割る作業も書かれていますが、「そんな手間をかけて薪を集めるくらいなら、石油ストーブでいいんじゃないか」と考えてしまう人は、たぶん著者的な田舎暮らしには向いておらず、東京のマンションで暮らしている方が幸せなのではないか、と思われます。

実際に薪ストーブを導入している人は田舎でも多くないでしょうが、手間を知った上で「いいなあ」と思える人こそが、田舎暮らし向きなのでしょう。

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トラブルの数々

トラブル関連では狩猟問題が印象的で、里山の近くに暮らすということは、ハンターが猟銃をぶっ放すエリアの近くに住むという恐ろしい事実を知ることができます。ただ、狩猟問題は、近年はだいぶ沈静化したというか、ハンター自体が減ってしまって、害獣駆除をする人がいないという別の問題になりつつあるようです。

井戸水問題は、名水の里に住んでしまったが故に、名水を求める飲料メーカーが近所で井戸を掘りまくって、筆者宅の井戸水に影響が出かねないという話。

そのほか、行政が無駄な電気柵を作ってしまったとか、灰溶融炉の建設問題とか、田舎というのは人が少ないだけに、都会には絶対に持ち込まれないであろう問題が降って湧いてくることがわかります。

そうした問題を、筆者はたんたんと、時に怒りを含ませつつ綴ります。ただ、「こんなトラブルがあるから田舎暮らしを考え直した方がいい」というトーンではありません。「現実はいろいろあるんだよ」というアドバイスにとどめています。

移住者から旧住民へ

筆者が二十年にわたり田舎に暮らし続け、旧住民と打ち解けていく様子も描かれています。

興味深いのは、著者の近年の「困った移住者」への目線。著者が意図して書いたのかはわかりませんが、「二十年も住み続けると、移住者も旧住民になる」という事実に、読者は気付かされます。

田舎暮らしの本はいくつもありますが、本書は読後、移住したくなるか、やっぱり無理と諦めるか、ひとつのメルクマールとなる一冊かもしれません。(鎌倉淳)

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