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成田新幹線が実現していたら? 香港空港鉄道で見えた「もう一つの未来」

完全分離の空港アクセス専用鉄道

日本で「究極の空港アクセス鉄道」ができていたとすれば、成田新幹線でしょう。高速新線で空港と都心とを結ぶ計画でした。

成田新幹線は開業に至りませんでしたが、これに近い性質の空港アクセス鉄道を実現したのが香港です。1998年の新空港開業と同時にエアポートエクスプレスが運行を開始し、スムーズな空港アクセスに寄与しています。成田空港が実現できなかった「もう一つの未来」かもしれません。

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幻の成田新幹線計画

成田新幹線は、東京駅~成田空港間65kmを結ぶ計画路線です。東京~成田空港間を約30分で結ぶ構想で1974年に着工しましたが、開業に至らず、「幻の新幹線計画」に終わりました。

実現すれば、現在の東京駅京葉線ホームと、成田空港ターミナル直下のホームは、ともに成田新幹線ホームとなっていました。空港アクセス専用路線にフル規格の新幹線車両が走るので、通勤・通学旅客と分離でき、空港旅客の多くが快適に利用できていたはずです。

成田新幹線のような空港アクセスの専用路線は、他空港も含めて、日本では実現していません。それを実現させたのが、1998年に開業した香港国際空港です。空港開業と同時に運行を開始したエアポートエクスプレスが、香港~香港空港間34.2kmを24分で結んでいます。

香港~香港空港間の途中駅は、九龍、青衣の2駅のみ。最高速度135km/hで走行し、所要時間は約24分。いわゆる「高速鉄道」ではありませんが、表定速度85km/hを超える韋駄天です。

香港エアポートエクスプレス

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空港駅まで徒歩3分

先日、香港を訪れた際に乗車してみました。空港の手荷物受取場から到着ロビーに出る場所にきっぷ売り場があり、到着客はスムーズにチケットを購入できます。

到着ロビーに出ると、正面に香港エアポートエクスプレスの駅があります。

香港エアポートエクスプレス

空港の到着ロビーから、同一平面で、エスカレーターにもエレベーターにも乗らず、駅ホームに達します。手荷物受取場を出てからホームドアまで、まっすぐ歩けば2分もかかりません。

空港駅に改札はなく、香港の交通系ICカード「オクトパスカード」を持っていれば、列車のチケットを購入する必要もなく乗車できます。改札は香港・九龍の到着側のみです。

香港エアポートエクスプレス

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座席指定の必要なく

香港エアポートエクスプレスでは、乗車時に座席指定の必要はありません。近郊電車のように、来た列車に自由に乗車できます。約10分間隔で運転しており、それほど混雑もしておらず、余裕で座れました。

車両は欧州製の8両編成で、うち1両が荷物車です。座席は固定式のクロスシート。車内は適度に冷房が効いていて快適です。

走行中の揺れは少なく、乗り心地は良好です。停車駅が少ないため、旅客の途中乗降も少なく、荷物置場のスーツケースの心配もせずに、安心して過ごせます。

トラブルもなく、予定通り24分で、終点香港駅に到着しました。

香港エアポートエクスプレス

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中環駅へ

香港駅には航空会社のチェックインカウンターなどもあり、「シティ・エア・ターミナル」の機能を備えています。駐車場とも接していて、タクシーにスムーズに乗り換えられます。かつては主要ホテルへのシャトルバスも運行していました。

地下鉄(MTR)にも接続していますが、エアポートエクスプレスのホームからは離れています。最寄りの地下鉄駅は中環駅で、乗り換えには10分程度を要します。

ただ、バリアフリーの地下通路を歩けますので、ストレスはあまりありません。筆者も問題なく地下鉄に乗り継いで、目的地のホテルに向かいました。

香港駅

高頻度運行で着席しやすく

ざっと乗ってみただけの感想ですが、香港エアポートエクスプレスが優れている点は、何よりも高速運転で、都心と空港との間を短時間で結んでいることです。

それだけでなく、10分ごとの高頻度運行で、運賃のみで乗車でき、予約が不要なことも挙げられます。ICカードを持っていれば、きっぷを買わずにチケットレス乗車できます。そのうえで、列車が混雑しておらず、着席しやすいことも、大きなメリットです。

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平均乗車率23%

香港の運輸資料年報によりますと、エアポートエクスプレスの1編成あたりの定員は790名、着席定員は440名です。また、年間約1313万人、1日あたり約36,000人が利用しています。

毎時4~6本を19時間運行しているとして、1日約100往復(200本)と仮定すると、1列車あたりの平均乗車人員は180人程度です。平均座席利用率は40%、平均乗車率は23%です。つまり、終日にわたり、座席に余裕をもって運行していることがわかります。

空港アクセスに特化した路線なので、地元の通勤・通学客とは基本的に分離されています。列車が次々とやってきて、来た列車に乗れて、座りやすく、荷物置場も完備されているのですから、空港旅客にはありがたい限りです。

香港エアポートエクスプレス荷物置場

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日本に存在しない

こうした空港アクセス列車は、日本に存在しません。

日本では、JR「成田エクスプレス」や京成「スカイライナー」を筆頭に、着席保証のある空港特急はありますが、運賃のほかに、別途料金券を購入する手間がかかります。また、運転間隔も20~30分間隔で、タイミングによっては乗車まで待たされます。

特別料金不要で、来た列車に乗れる空港アクセス鉄道は日本各地にあります。しかし、いずれも地元住民の通勤・通学輸送と分離されておらず、時間帯により混雑しています。また、こうした一般列車は途中停車駅が多く、所要時間も長めです。

香港のエアポートエクスプレスは、地域輸送と分離したことで、速達性に優れているだけでなく、高頻度運転と予約・料金不要の利便性を確保し、着席しやすさという快適性まで実現させている点に、日本の空港アクセス列車にはない特徴があるわけです。

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独立新線として建設

なぜ、香港のエアポートエクスプレスがこうしたサービスを実現できているのでしょうか。

最大のポイントは、エアポートエクスプレス用の機場快線が、独立した専用線として設計されていることでしょう。

機場快線は、香港国際空港建設にあわせて敷設された新線です。地下鉄(MRT)東涌線と並行して建設され、郊外区間では線路を共用していますが、駅ホームは独立しています。

また、空港に乗り入れるのはエアポートエクスプレスだけで、地下鉄は乗り入れません。これにより、空港旅客と地域旅客を完全に分離しています。

香港MTR地図
画像:MTRウェブサイト

高額な運賃設定で

そして、エアポートエクスプレスには高額な運賃を設定しています。定価は、香港駅から香港空港まで130香港ドル(約2,600円)もします。

これに対し、地下鉄の場合、空港に近い東涌駅まで24.3ドル(約490円)にすぎません。つまり、空港列車の運賃は地下鉄の5倍もするのです。

高額運賃を設定すれば、座席利用率が低くても経営が成り立ちやすくなります。一般列車の5倍の運賃ならば、乗車率が20%程度でも帳尻が合うのでしょう。

そのため、高頻度運行が可能になり、空港旅客は予約なしでも着席しやすいというわけです。

運賃を高額に設定することで、指定席料金や特急料金を別途設定する必要がなくなり、ICカードによるチケットレス乗車も容易にしています。つまり、乗るまでの手間が非常に少ないのです。

香港駅

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待たずに乗れて、空いている

まとめると、香港のエアポートエクスプレスは、待たずに乗れて、特別料金不要で、空いていて、着席しやすく、荷物を持ち込みやすいというメリットがあります。そのために、高額な運賃設定と独立ホームで運営し、地域輸送から分離しています。

要するに、空港線を在来線から完全分離して運賃を高額設定して、ガラガラで運行させるという手法といえます。

こうした手法が取り入れられたのは、空港建設当初から、機場快線(エアポートエクスプレス)を空港施設の一部として捉えていたからのようです。

たとえば大空港でターミナル間をつなぐトラムやバスの輸送力には、余裕を持たせるべきです。それと同様に、空港と市内を結ぶ列車の輸送力にも余裕を持たせるべき、という考え方なのでしょう。

アクセス鉄道を空港施設の一部と捉えれば、地域輸送と分離するのも当然です。

なお、地下鉄の一般列車は香港空港まで乗り入れていませんが、地下鉄東涌駅から空港までは4kmほどで、バスを使えば15分くらいです。したがって、地下鉄とバスを組み合わせば、空港に安く行くことは可能です。

東涌駅から香港空港
画像:GoogleMap

 

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成田新幹線にたとえると

冒頭で触れたとおり、香港の空港アクセス鉄道は、成田新幹線構想と似ています。成田新幹線が実現して、東京~成田空港間に新幹線を全車自由席で10分毎に走らせているようなものでしょうか。

さらに、交通系ICカード利用時に、改札で運賃・自由席特急料金を差し引かれる仕組みを導入しているようなものです。これにより、空港到着旅客は、チケットレスで改札を抜け、10分毎にやってくる新幹線列車に乗って、30分で東京駅まで到達できます。

成田新幹線を仮に8両編成とすれば、500人くらいの編成定員なので、毎時6本で1日100往復(200本)運転で1日10万人の輸送力があります。スカイライナーの利用者数が1日17,000人程度なので、その5倍以上を運べるわけです。

これだけの輸送力があれば、自由席に余裕で着席できます。ただし、そのぶん、運賃・料金は高くなります。

途中、千葉ニュータウンに新幹線駅を作る構想もありました。その場合、空港通勤客は、千葉ニュータウンに住めば、15分程度で成田空港まで通えます。通勤客には割引率の高い定期券を発売することになっていたでしょう。

成田空港の「もう一つの未来」

成田新幹線が開業していれば、成田空港駅には新幹線しか発着せず、JRや京成線の一般列車は成田駅や東成田駅までしか乗り入れないことになっていたでしょう。空港への通勤客や節約利用者は、こうした少し離れた駅を活用することもできます。

実際、開港前の成田空港のアクセス鉄道計画では、空港ターミナル地下に発着するのは新幹線のみで、京成線は東成田駅(開港当初の駅名は成田空港駅)の発着とされていました。

こうしてみると、成田空港のアクセス鉄道は、現在の香港空港アクセス鉄道に近い形態を目指していたようにも感じられます。

時系列でいえば成田空港が先ですので、成田が目指して頓挫したアクセス鉄道システムを香港が実現した、と考えることもできそうです。成田アクセスの「もう一つの未来」が香港にあった、とも言えるのではないでしょうか。

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香港を参考にできるか

では、既存の日本の空港アクセス鉄道で、香港を参考にできる点はあるでしょうか。

ポイントとなるのは、空港客と地域客の分離です。日本では、既存の在来線に空港線を接続しているので、空港輸送と地域輸送を完全に分離することができません。

空港アクセスに特化した有料特急を設定する一方で、通勤電車も空港に乗り入れています。結果として、スーツケースを抱えた空港客が通勤電車に乗り込んで、地域住民と摩擦が生じたりしています。

可能であれば、荷物の多い空港客は、極力、有料特急に誘導するのが望ましく、そのためには、できる限りの増発が必要で、輸送力に余裕を持たせるべきでしょう。

一方、地域輸送の通勤電車は、空港までの速達性や利便性を過度に高める必要はありません。途中駅で乗り換えがあったり、限られた運行本数でもよい、ということになります。

それぞれが使いやすく

現実には、日本と香港とでは、都市圏の広がりが段違いで、鉄道ネットワークの大きさも異なりますので、同列には語れません。香港の空港客の多くは香港市中心部を目指しますが、羽田や成田、関空の到着客の目的地はさまざまです。

また、線路やホームの容量の問題もあるので、空港客と地域客の分離といっても、簡単な話ではないでしょう。それでも、空港客と地域住民が、それぞれ使いやすい形で鉄道を整備するという視点は重要で、空港アクセスの質を高めることにつながります。

日本でも、各地の空港で鉄道アクセスの強化が進められています。ただ、最近は量を捌くことに手一杯で、こうした「質の議論」が欠けているのではないでしょうか。(鎌倉淳)

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