道南いさりび鉄道の存続に暗雲が漂っています。鈴木直道北海道知事は、「2026年度以降について方向性を議論」すると述べました。
五稜郭~木古内間
道南いさりび鉄道は、五稜郭~木古内間37.8kmを結ぶ第三セクター鉄道です。北海道新幹線の新函館北斗開業で並行在来線となった江差線を経営移管し、2015年に運行を開始しました。
道南いさりび鉄道は開業前に経営計画をまとめていて、開業後5年ごとに利用状況や収支などについて検証することを定めています。利用状況や収支が当初見込みを下回り、その改善が困難な場合には、事業形態や道・沿線市町の負担割合などを再検討することになっています。
その最初の5年間(2016年度~2020年度)の検証結果が公表されたのが2022年6月。利用状況や収支の実績値が想定値を下回っているという内容でした。これを受け、沿線自治体で組織する道南いさりび鉄道沿線地域協議会が『経営計画に基づく検証』を実施。その検証結果が2023年9月11日に公表されました。
想定値に届かず
前置きが長くなりましたが、要するに、道南いさりび鉄道が当初計画通りの経営結果を残しておらず、想定値と実績値に「乖離」が見られることから、沿線自治体がその実態を確認し、今後の方向性を議論した、ということです。
どんな「乖離」が生じているかというと、沿線人口の減少は想定を上回る速度で進んでいて、鉄道の輸送密度や輸送人員は想定を下回って推移しています。
鉄道設備については老朽化が著しく、開業時の予想以上に損傷が進んでおり、レールやマクラギの交換といった線路設備の修繕を余儀なくされています。
また、社員の約7割を JR北海道からの出向者が占めていますが、JR北海道じたいが採用者の確保が困難となってきていて、今後、必要な出向者数を確保できるか不透明な状況に陥っています。
道南いさりび鉄道が企業として自立を図るためには、社員のプロパー化を早急に進める必要があり、その費用もかかるということです。
改善は難しい
こうした状況下での道南いさりび鉄道の収支改善について、『経営計画に基づく検証』は厳しい見通しを示しました。
修繕費の増加や人口減少が今後も見込まれることから、会社の自助努力だけで改善するのは難しいと判断しています。
『経営計画に基づく検証』の結論として、現在の経営計画期間の最終年度である2025年度までは「安定的な鉄道運行を維持することを最優先とする」としました。そのうえで、設備老朽化に対応する修繕費として、「道や沿線市町による臨時的な支援を検討する」ことを求めました。
知事は明言避ける
支援を求められた北海道は、9月補正予算案で「道南いさりび鉄道安全整備臨時支援事業費補助金」として1億1400万円を計上。安全運行に必要な設備投資に対する臨時的な支援をすることを明らかにしました。
ただし、これは「2025年度までの安定的な鉄道運行」を目的とした支援です。2026年度以降については決まっていません。予算を計上した鈴木直道知事は、9月12日の定例記者会見で「存廃も含めた現時点での道の考え」を記者から再三問われました。
これに対し、知事は「まずは2025年度までの状況を最優先としながら、2026年度以降についても、方向性については議論していきたい」などと述べるにとどめました。道南いさりび鉄道の存廃について明言を避けた形です。
五稜郭~木古内間
2026年度以降の「方向性」は、2023年度中に示される予定です。
『経営計画に基づく検証』が、「今後の方向性」の判断材料として挙げたのは、「地域鉄道としての高い公益性」や「収支改善の取組」です。ここでいう「地域鉄道としての高い公共性」とは、地域公共交通機関としての役割のほか、貨物列車による全国の物流ネットワークを構成している点も含みます。
そのうえで、「線路使用料収入を支える貨物調整金制度の見直しに向けた動き」を注視しながら、「会社の事業形態、道と沿線市町の負担割合を見直し」「精緻な収支予測」をおこなうことを求めています。
貨物調整金制度の見直し
ここでポイントとなるのは、貨物調整金制度の見直しでしょう。
道南いさりび鉄道の開業後5年間の鉄道事業収入は約81億円ですが、うち約72億円を貨物列車の線路使用料収入が占めています。収入の9割方を線路使用料が占めているわけです。
線路使用料収入は想定を3割も上回っていますが、これは修繕費が増えたことによるものです。線路使用料は貨物走行にかかった経費に対応して増えるので、修繕費が増えれば使用料も増えるのです。
そして、線路使用料の原資となっているのが貨物調整金です。貨物調整金とは、簡単にいえば、JR貨物が払いきれない線路使用料について、国が肩代わりしている予算です。
貨物調整金は新幹線貸付料が財源になっていて、2030年度までに見直しがおこなわれる予定です。どのような形で見直されるかは未定ですが、その改定内容は線路使用料を収益の柱としている第三セクター鉄道にとって死活的に重要です。
道南いさりび鉄道の「今後の方向性」の判断材料として、「貨物調整金制度の見直し」が挙げられているのは、そうした事情があるわけです。
函館線経営分離と関連
『経営計画に基づく検証』は、「今後の方向性」の検討に際し、「会社の事業形態、道と沿線市町の負担割合」について見直すことも求めています。
これは、北海道新幹線の札幌延伸を控え、函館線がJRから経営分離される予定であることとも関連しそうです。
新たに経営分離される区間のうち、旅客鉄道として存続しそうなのは函館~新函館北斗間のみです。新函館北斗~長万部間は貨物鉄道としての存続が模索されていますが、経営形態や負担割合は未定です。
道南いさりび鉄道が函館~長万部間を引き受ける可能性もありますので、そうしたことも含めて、今後の経営形態や負担割合などが議論されていくのでしょう。
国と協議しつつ
函館線の貨物線としての存続スキームをどうするかは、国と北海道などが協議しているところです。
北海道としては、函館線移管に関する国との協議をしつつ、貨物調整金の見直し内容を見定めてから、道南いさりび鉄道の方向性も決めたい、という腹であると察せられます。
鈴木知事の慎重な言い回しも、こうした状況を反映したものでしょう。
結局どうなる?
では、道南いさりび鉄道の「2026年度以降の方向性」は、結局、どのような形でまとまるのでしょうか。
以下は私見ですが、函館線の三セク移管を控えたこのタイミングで、道南いさりび鉄道が2026年度以降、にわかに旅客輸送を廃止する可能性は小さそうです。
ただ、2020年度の輸送密度は417と小さく、人口減少を見据えると、五稜郭~木古内間の全線を維持し続けていくのが難しいのも確かでしょう。
車両の老朽化も進んでいて、更新には巨費がかかります。北海道の物流を支える路線ですので完全廃止はあり得ませんが、遠くない将来に、一部区間が貨物線化される可能性がないとはいえません。
函館線新函館北斗~長万部間の貨物線化スキームが固まってから、たとえば上磯~木古内間で貨物専用線化の議論が起こっても不思議ではなさそうです。(鎌倉淳)