ローカル鉄道路線のあり方が議論されていますが、国鉄時代に指定された特定地方交通線の基準が輸送密度4,000人キロでした。現在、その基準を下回るローカル私鉄は多数あります。輸送密度2,000~4,000のローカル私鉄をランキングにしてみました。
鉄道統計年報から算出
前回記事で、輸送密度2,000未満のローカル私鉄について、鉄道統計年報から算出してランキングにしました。以下をご参照ください。
全国ローカル私鉄「輸送密度ワーストランキング」。2000未満の路線全リスト
このランキングは、国交省がまとめている鉄道統計年報に掲載されている旅客の平均通過数量(輸送密度)を、低い順から並べたものです。前回記事では輸送密度2,000未満で区切りましたが、今回は、輸送密度2,000~4,000の私鉄路線を、低い順にまとめてみました。
まずは、輸送密度3,000までの路線を見てみましょう。データは全て2019年度のものです。順位は、輸送密度2,000未満の線区からの通算です。
順位 | 会社名 | 路線名 | 営業キロ (km) |
輸送密度 (人キロ/日) |
---|---|---|---|---|
57 | 甘木鉄道 | 甘木線 | 13.7 | 2,032 |
58 | 伊賀鉄道 | 伊賀線 | 16.6 | 2,122 |
59 | 関東鉄道 | 竜ケ崎線 | 4.5 | 2,184 |
60 | 青い森鉄道 | 青い森鉄道線 | 121.9 | 2,239 |
61 | 黒部峡谷鉄道 | 本線 | 20.1 | 2,268 |
62 | 西武鉄道 | 山口線 | 2.8 | 2,299 |
63 | 弘南鉄道 | 弘南線 | 16.8 | 2,303 |
64 | 富山地方鉄道 | 本線 | 53.3 | 2,330 |
65 | 福井鉄道 | 福武線 | 21.5 | 2,340 |
66 | 上信電鉄 | 上信線 | 33.7 | 2,383 |
67 | アルピコ交通 | 上高地線 | 14.4 | 2,479 |
68 | 智頭急行 | 智頭線 | 56.1 | 2,479 |
69 | えちごトキめき鉄道 | 妙高はねうまライン | 37.7 | 2,507 |
70 | 富山地方鉄道 | 富山市内軌道線 | 15.3 | 2,698 |
71 | IGRいわて銀河鉄道 | いわて銀河鉄道線 | 82.0 | 2,702 |
72 | 東武鉄道 | 小泉線 | 18.4 | 2,705 |
73 | 三岐鉄道 | 三岐線・北勢線 | 48.0 | 2,790 |
74 | 富山ライトレール | 富山港線 | 7.6 | 2,917 |
75 | 東武鉄道 | 鬼怒川線 | 16.2 | 2,918 |
76 | 東武鉄道 | 佐野線 | 22.1 | 2,939 |
77 | 和歌山電鐵 | 貴志川線 | 14.3 | 2,930 |
※出典:「鉄道統計年報」(令和元年度)。索道、鋼索線は除外した(以下同)。
国鉄時代の3倍
輸送密度2,000以上で最初に登場するのは、甘木鉄道の2,032。国鉄時代の特定地方交通線を三セク化した路線です。特定地方交通線の選考基準となった輸送密度は1977年度~1979年度の平均ですが、当時の国鉄甘木線の数字は653でした。全国でも屈指の低さで、第一次特定地方交通線に指定されました。
その路線が三セク化して、2019年度に、国鉄時代の3倍となる2,000以上の輸送密度を保っているのですから驚きです。第一次特定地方交通線だったローカル私鉄で、2019年度に輸送密度2,000以上を記録しているのは甘木鉄道だけです。鉄道事業の営業赤字も約1200万円にとどめており、その経営努力には頭が下がります。
大手私鉄から分離された路線
つづく伊賀鉄道の輸送密度は2,122。近鉄から分社化のうえ上下分離を実施した路線です。近鉄から分社化された路線は他にもあり、養老鉄道が3,056、四日市あすなろう鉄道が3,645となっています。南海電鉄から分社化された和歌山電鉄は2,930でした。
輸送密度2,000~4,000くらいが、大手私鉄が分離したくなる路線なのかもしれません。分社化された4社のうち、2019年度の鉄道事業の収支をみてみると、養老と四日市が営業黒字、伊賀と和歌山が営業赤字となっています。
この水準のローカル線は他の大手私鉄にもありそうですが、鉄道統計年報には、大手私鉄の路線別の輸送人員が細かに掲載されていないので、当ランキングにはあまり登場しません。
ただし、東武鉄道だけは路線別の数字が明らかにされていて、小泉線が2,705、佐野線が2,939、鬼怒川線が2,918、桐生線が3,946となっています。特急が数多く走る鬼怒川線や桐生線でも4,000を下回っていて、大手私鉄といえども大都市近郊を外れると厳しい数字であることがわかります。
路面電車の維持ライン
東京近郊外縁部の路線と言えば、関東鉄道竜ケ崎線も該当しそうです。輸送密度2,184と、首都圏の私鉄としては寂しい数字です。同じ関東鉄道の常総線も3,894にとどまります。同社は鉄道事業全体で2019年度に約190万円の営業赤字を計上しています。
新幹線の並行在来線としては、青い森鉄道が2,239で登場。えちごトキめき鉄道の妙高はねうまラインが2,507で続き、IGRいわて銀河鉄道が2,702と連なります。いずれもJR貨物の線路使用料やそれに類する収入があります。
路面電車としては、富山地方鉄道富山市内線が2,698で出てきます。さらに、富山ライトレール(現在は富山地鉄と合併)が2,917で続きます。輸送密度3,000以上では、とさでん交通が3,129、岡山電軌が3,883、伊予鉄道松山市内線が3,978などとなっています。
今回のランキングの範囲外ですが、参考までに函館市電は4,107、豊橋鉄道豊橋市内線は4,233です。
LRTの成功例とされる富山ライトレールが3,000前後ということもあり、地方都市の市内交通としての路面電車は、輸送密度が3,000前後あれば維持していけそうです。
十分な黒字
そのほか、輸送密度3,000未満で目を引く路線は智頭急行でしょうか。輸送密度は2,479で、特急「スーパーはくと」や「スーパーいなば」が走る路線としては厳しい数字に感じられます。
JR西日本のデータを見ると、智頭急行と接続する因美線智頭~鳥取間の2019年度の輸送密度は3,521ですので、智頭急行内で特急以外の利用者が相当に少ないことが推察されます。逆にいえば、智頭急行は特急利用者の割合が高いのでしょう。
そのためか、智頭急行は2019年度に鉄道事業で2億円以上の営業黒字を計上しています。特急は料金収入が大きいので、輸送密度の割に収益が多いからと推測されます。輸送密度2,500程度で2億円の黒字が出ていれば十分でしょう。
輸送密度3,000以上
つづいて、輸送密度3000~4,000のローカル私鉄を見てみます。
順位 | 会社名 | 路線名 | 営業キロ(km) | 輸送密度 (人キロ/日) |
---|---|---|---|---|
78 | 養老鉄道 | 養老線 | 57.5 | 3,056 |
79 | とさでん交通 | 伊野線・後免線・桟橋線 | 25.3 | 3,129 |
80 | 水島臨海鉄道 | 水島本線 | 10.4 | 3,190 |
81 | 福島交通 | 飯坂線 | 9.2 | 3,312 |
82 | 嵯峨野観光鉄道 | 嵯峨野観光線 | 7.3 | 3,403 |
83 | 伊勢鉄道 | 伊勢線 | 22.3 | 3,404 |
84 | 水間鉄道 | 水間線 | 5.5 | 3,487 |
85 | 四日市あすなろう鉄道 | 内部線、八王子線 | 7.0 | 3,645 |
86 | 北陸鉄道 | 浅野川線 | 6.8 | 3,750 |
87 | 岡山電気軌道 | 東山本線、清輝橋線 | 4.7 | 3,883 |
88 | 関東鉄道 | 常総線 | 51.1 | 3,894 |
89 | 東武鉄道 | 桐生線 | 20.3 | 3,946 |
90 | 伊予鉄道 | 松山市内軌道線 | 9.6 | 3,978 |
水島臨海と福島交通
水島臨海鉄道の輸送密度は3,190です。貨物主体のローカル私鉄というイメージがありますが、旅客でも意外と健闘しているように感じられます。ただ、鉄道事業の収支は約2,500万円の赤字となっています。
福島交通飯坂線は3,312。同社は2,008年に会社更生法の適用を申請し、現在はみちのりホールディングスの傘下に入っています。新型コロナ前まで近年の経営は堅調のようで、鉄道事業で1,300万円の営業黒字を計上しています。
同じような輸送密度でも
京都の観光鉄道として知られる嵯峨野観光鉄道は3,403。この路線は通勤・通学客などはほぼ利用しないので、純粋な観光需要だけでこの数字です。鉄道事業で約6,200万円もの営業黒字を計上していますが、7.7kmで880円という強気な運賃設定が奏功しているのでしょう。
一方、ほぼ同じ輸送密度3,404の伊勢鉄道は約7,700万円の赤字です。また、3,487の水間鉄道は約100万円の黒字となっています。
輸送密度3,300~3,400の4路線で、黒字が2社、赤字が2社。最も大きな赤字を出しているのが、旧特定地方交通線の三セクで、特急も走行する伊勢鉄道です。同社は2000年代ごろまでは黒字基調でしたが、近年は赤字基調に転じています。
理由として、高速道路の整備が進み、特急列車の利用者が漸減傾向にあることが挙げられそうです。現在の特急の定期列車の運行本数は4往復のみです。同社を全線乗車した場合の運賃は520円、特急料金は320円で、JRの運賃・料金水準と大差ありませんが、今後は「地方私鉄水準」への値上げが議論されるかもしれません。
ちなみに、特定地方交通線由来の三セクで2019年度の鉄道事業が営業黒字の会社はほとんどなく、鉄道統計年報で見る限り、700万円の黒字を計上した信楽高原鉄道だけのようです。
存続できる水準
国鉄が特定地方交通線を切り離した「輸送密度4,000」という基準は、鉄道を事業として継続できる一つの目安として考えられてきました。実際、輸送密度が4,000に近づくと、鉄道事業で営業黒字を計上している会社も出てきています。
黒字経営の理由はさまざまでしょうが、運賃・料金水準が高ければ黒字になりやすいのは確かでしょう。みちのり傘下に入った福島交通が黒字化しているのを見ると、経営努力も重要であることが理解できます。月並みな話ですが。
ただ、JR・大手私鉄の運賃水準や経営効率では黒字化が難しい、という面もありそうです。その点で、分社化して小回りのきく経営にした上で、地元が支援するというのは、ローカル線存続のための手法として正攻法なのかもしれません。(鎌倉淳)