京浜急行電鉄が、産業道路駅など4駅の駅名を変更すると発表しました。駅名をめぐってはJR東日本の「高輪ゲートウェイ騒動」があったばかりですが、京急の判断に影響を与えたのでしょうか。
産業道路は大師橋に
京急の駅名変更は、同社創立120周年記念事業として、沿線地域の活性化に繋げることを目的にしたものです。変更が決定したのは、産業道路、花月園前、仲木戸、新逗子の4駅で、2020年3月に駅名が変わります。
産業道路駅は、「大師橋」駅に変更。実際の大師橋は同駅の北500メートルにあり、一般道の橋としては多摩川で最も河口近くに位置します。美しい斜張橋は地元のシンボルとして親しまれており、「産業道路」に変わる新しいネーミングとしてふさわしいと判断したようです。
花月園前は花月総持寺に
花月園前駅は、「花月総持寺」駅に変更します。「花月園」は、かつての遊園地、その後の競輪場の名称ですが、2010年に競輪場が閉場。そのため、駅から徒歩7分の場所にある「總持寺」を駅名に入れ込みます。
ただし、總持寺へのアクセスはJR鶴見駅または京急鶴見駅を使うのが一般的で、總持寺の案内においても、花月園駅は最寄り駅とされていません。
仲木戸は京急東神奈川に
仲木戸駅は、「京急東神奈川」駅とします。同駅はJR東神奈川駅と隣接していて、横浜線と乗り換えることができますが、駅名が異なるために乗換駅としての認知が不十分でした。そこで、JRと同駅名とし、横浜線との乗換駅であることをPRします。
「京急」を冠に付けたのは、乗り間違いを防ぐためのようですが、おかげで長い駅名になってしまいました。
新逗子は逗子・葉山に
新逗子駅は、「逗子・葉山」駅に変更します。ブランド力のある逗子と葉山を合わせた、ある意味ストレートな駅名です。ただし、同駅は葉山町に1ミリもかかっておらず、葉山マリーナまで約1.7km、葉山町中心部までは3kmほど離れています。
新逗子駅は、羽田空港からのエアポート急行の終着駅のため、列車の行き先として駅名が各所に表示されます。京急としては、同駅が逗子のみならず葉山へのアクセスポイントでもあることを広く認知させることを目的として、駅名を変更するそうです。
小中学生らしい発想は?
今回の駅名変更の発端は、産業道路駅の駅名問題でした。大師線の連続立体交差事業により道路との関わりが薄くなるため、駅名の変更を決定。それにあわせて、産業道路駅以外の駅についても、2018年9月に「わがまち駅名募集」として、京急沿線の小中学生から駅名変更案を募集したのです。
京急によりますと、4駅の駅名変更は、「わがまち駅名募集」に寄せられた1,119件の意見を参考に、「さまざまなことを総合的に勘案し決定」したそうです。とはいえ、ここまで見てきたように、変更された駅名に小中学生らしい発想は感じられず、どちらかといえば、大人の知恵が盛り込まれた印象を受けます。
6駅に副駅名標
京急では、4駅の駅名変更とは別に、6駅に副駅名標を付けることも決めました。鮫洲駅に「鮫洲運転免許試験場」、大森海岸に「しながわ水族館」、京急鶴見駅に「大本山總持寺」、日ノ出町駅に「野毛山動物園」、追浜駅に「横須賀スタジアム」、汐入駅に「横須賀芸術劇場」です。
これらは、駅名募集にあった応募のなかから、同社が誘客促進に繋がると判断したものについて、同社が名付けたものです。
さらに駅名変更する4駅についても、旧駅名を、それぞれ副駅名標として掲出します。
難読駅変更は実施せず
ところで、「わがまち駅名募集」の当初募集告知では、変更可能性のある対象駅を「沿線の活性化につながると思われるものや、読みかたなどがむずかしくお客さまにご不便をおかけしている駅」としていました。
しかし、結局、「読みかたが難しい駅」は変更されませんでした。難読駅として知られる「雑色」「糀谷」「逸見」などは、全てそのままです。
京急としては、難読駅の改称を検討し、告知までしたものの、最終的に見送ったわけです。その理由は明かされていませんが、歴史ある駅名を「読みにくいから」というだけの理由で変更することに対して、反対する声が多かったのではないか、と推測されます。
反対の声を黙らせるくらいの素晴らしいネーミングが小中学生から寄せられたら、変更もあり得たかもしれませんが、そういう新駅名候補が応募になかった、ということなのでしょうか。
沿線や利用者に配慮
変更する4駅については、いずれも沿線や利用者に配慮した駅名変更になっています。
大師橋は沿線の名所を駅名に取り入れています。花月総持寺も沿線の名所を取り入れつつ、歴史ある「花月」の名称を残しました。
京急東神奈川は、乗り換え利便性の向上という合理的理由の駅名変更です。利用者にとってわかりやすくなるのは間違いないので、仲木戸を惜しむ声を抑えられそうです。駅の住所も「神奈川区東神奈川」です。
逗子・葉山は適切か
そのなかで、「逗子・葉山」については気になった方も多いのではないでしょうか。新逗子駅は葉山町とは離れていますし、「なかぐろ」入れ込んだ駅名も馴染みが少ないです。
そもそも、今回の駅名変更では、京急川崎、京急鶴見、京急久里浜といった「他社線との乗換え最寄り駅」については、駅名募集時から変更の対象外とされていました。にもかかわらず、JR逗子駅に近い新逗子だけは変更候補に含まれていました。
つまり京急は、最初から、変える気満々だったわけです。どういう駅名にするかの方向性も、最初から決まっていたのでしょう。つまり、駅名に「葉山」を入れ込むことは、既定路線だったとみられます。
観光客取り込み狙う
京急は、葉山へのアクセスで強いとはいえません。新逗子駅南口から葉山方面へのバスは発着していますが、バスのターミナル機能はJR逗子駅にあり、葉山へのアクセスは、正直なところ、JR横須賀線が主流という印象があります。
京急としては、駅の案内板や列車の行き先表示に「葉山」を入れ込むことで、葉山への観光客を少しでも自社線に取り込みたいと考えたのでしょう。
そして、列車の行き先表示に掲示するには、できるだけシンプルな名称がいいということで、「逗子・葉山」という直球の名称になったのかもしれません。
変更の歴史
逗子市のど真ん中にある駅に「葉山」の名称を含めることには、違和感を覚える人もいるでしょう。逗子市の住民から異論が出るかもしれません。一方で、鉄道がなく、その計画もない葉山町の住民からは、一定の賛同を集めそうです。
そもそも京急の逗子の駅名は、変更が繰り返されてきました。1930年に湘南逗子駅が開業し、1963年に京浜逗子駅と改称。1985年に隣の逗子海岸駅と統合する形で新逗子駅となりました。
何度か駅名が変わったきた歴史があるため、変更に対する抵抗も大きくなりにくいという事情もありそうです。
合理的な駅名変更
全体として、今回の京急の駅名変更は、理由をしっかりと説明できるものばかりです。キラキラしたカタカナ要素も含まれていません。名付けのセンスはともかくとして、全体に合理的な駅名変更だったように感じられます。
駅名変更に賛否両論はつきものですが、せっかくの新駅名に反対運動などが起きたら、目も当てられません。そのためには、地元から一定の支持を得られる見込みがあり、反対意見に対して説明責任を果たせるだけの合理的理由が必要でしょう。その点はクリアしているように感じられます。
京急は、駅名変更に関して、地元自治体と事前に協議したことを認めています。地元と話し合った上で、意見がまとまった駅に関してのみ名称変更を決定したわけです。
高輪ゲートウェイとの違い
今回の京急の駅名変更募集と発表との間に、JR東日本の高輪ゲートウェイ駅騒動を挟みました。高輪ゲートウェイが批判を浴びた理由として、キラキラしたカタカナ名称であることと、選定過程と選定理由が不明瞭な点が挙げられます。
京急の選定に、高輪ゲートウェイ騒動がどういう影響を及ぼしたかは、部外からはわかりません。ただ、難読駅の変更を見送ったこと、選定理由をかなり明確にしたことなどから、高輪ゲートウェイ騒動を他山の石としたようにうかがえます。
選定過程に関しては「ご意見を参考に、さまざまなことを総合的に勘案し決定した」とし、得票数の公表を避けました。
JR高輪ゲートウェイ駅への反対運動は、決まってしまった駅名を変えさせる力はありませんでした。しかし、駅名のあり方について、鉄道事業者に対し一石を投じる意味はあったのではないか。京急の駅名変更の結果を見て、筆者にはそう感じられました。(鎌倉淳)