芳賀・宇都宮LRTの概算事業費が、予定より1.5倍の約226億円も増えることがわかりました。開業は1年程度の遅れとなります。その理由をみてみましょう。
事業費1.5倍に
芳賀・宇都宮LRTは、JR宇都宮駅東口~本田技研北門の14.6kmを結ぶLRT(次世代型路面電車)の新線です。2018年6月に着工し、2021年度末の開業を目指していました。
ただ、工事は順調に進んでおらず、宇都宮市は、2021年1月25日に、開業時期を1年程度後ろ倒しにすると発表。これまで458億円としてきた総事業費については、684億円に増えることを明らかにしました。
公共事業で、総事業費が当初見積もりより増えるというのはよくある話ですが、開業が視野に入る段階で1.5倍に増えるというのは異例です。宇都宮市が公表した「芳賀・宇都宮LRT事業の進捗状況等について」という資料を読み解きながら、その理由を見てみましょう。
20%未着手
まず、芳賀・宇都宮LRT工事の進捗状況ですが、2020年12月末現在で、事業面積全体の95%の用地を取得し、8割で工事に着手しています。裏を返せば、開業予定の1年余の段階で、5%の用地が取得できておらず、20%の工事が未着手ということになります。順調とはとても言いがたい状況です。
用地取得の遅れは、新型コロナウイルス感染症の影響などにより、取得交渉が思うようにできなかった結果としています。今後、用地取得には1年程度の期間を要するとみており、そのため、開業は1年程度、後ろ倒しになるということです。
運行三セクには増資
開業時期の後ろ倒しにより、運行事業者の第三セクターである宇都宮ライトレール株式会社では、開業前経費が5億円程度増加する見込みです。増加費用については、出資する宇都宮市と芳賀町などが負担します。
現行の資本金は4.9億円ですが、これを10億円にまで増資します。増資は宇都宮市が約2億円、芳賀町が約5000万円、民間株主が約2億5000万円を引き受ける予定です。
導入するLRT車両は製造に着手しており、2020年度末を目途に1編成目の納入を予定していました。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、一部の外国製部品の調達が間に合わず、1編成目の納入時期が2ヶ月ほど遅れる見通しです。
218億円増の内訳
問題の事業費増について見ていきましょう。218億円が増額となりますが、おおざっぱにわけて、「現地の施工条件等への対応」が102億円、「建設需要の増加などの社会情勢の変化」が35億円、「安全性・利便性の向上」が46億円、「地下埋設物等移設費」が35億円となっています。
一方で、「軌道(レール等)構造の仕様の見直し」により、27億円を減額しています。
杭長変更と地盤改良
最初に、最大の102億円の増額要因となった「現地の施工条件等への対応」をみてみます。工事着手時に地質調査をしたところ、軟弱地盤層が見つかったことが大きな増額要因となりました。支持層が想定より深い位置にあったため、構造物を支える杭基礎を長くしなければならなくなりました。
地盤が軟弱なため、地盤改良を深層まで行わなければならなくなったケースもあります。こうした地質調査の結果として、47億円もの費用増加が生じています。
そのほか、用地測量の結果、買収面積や補償物件数が増加したというケースもあり、これが31億円の増加要因に。また、鬼怒通りなどの交差点改良部の交通処理の強化に17億円、変電所の位置変更に伴うケーブルの延長と埋設の深さの変更などで7億円の工事費増加が生じました。
車両基地をかさ上げ
次に35億円の増額要因となった「建設需要の増加などの社会情勢の変化」についてみてみます。これは、積算基準の改定による現場管理費などの増加や、物価上昇による人件費や資材価格の増加を指します。26億円の増額要因となりました。
また、近年頻発しているゲリラ豪雨の災害対策として、車両基地をかさ上げし、擁壁を設けました。これにより、9億円の増額となっています。
安全性・利便性の向上
さらに46億円の増額要因となった「安全性・利便性の向上」についてみてみます。
追加した安全対策として、隣接する歩道のバリアフリー化、歩道のセミフラット化、点字ブロックの追加、停留場への監視カメラの設置、車両基地内における車両の進行方向を切替える機器の見直しなどがあります。これらにより、23億円の増額となりました。
車両の仕様の変更では、14億円の増額となりました。これは、車いすスペースなどの確保によるバリアフリー性の向上、独自性の高いデザインの採用、車内外カメラの増設などです。
さらに、車両の全扉からの乗降可能となる運賃収受方法の採用と、地域連携ICカードシステムの導入による利便性の向上で、4億円の増額です。3連の車両のすべての乗降口に、乗車用と降車用のICカードリーダーを備えたことなどでコストが増えました。
また、停留場の運行表示板や光ケーブルなどの通信機器のデジタル化に5億円を投じます。
地下埋設物移設費
そのほか、「地下埋設物等移設費」として35億円が追加となりました。これは、施設管理者と協議をしたところ、工事に支障となる電力ケーブルなどの地下埋設物で移設が必要となり、その費用とのことです。
一方で、軌道(レール)構造の仕様を見直して、27億円が減額となっています。
やむを得ない部分もあるが
全体を見てみると、人件費や材料費の増加は北陸新幹線工事でも伝えられていますし、近年にない値上がりだったのでしょう。
車両基地のかさ上げは、2019年10月の豪雨で北陸新幹線基地が浸水したことの教訓でしょう。監視カメラの設置なども、近年鉄道業界で急速に広まった設備なので、計画時には想定しなかったのでしょう。
乗降口に乗車用と降車用のICカードリーダーを備えるのは、運賃収受方法として先進的な取り組みで、運行計画を練るなかで決まった仕様と思われます。こうした費用の増額は、やむを得ないとの受け止めになりそうです。
新設LRTは国内初の試みであり、地方都市に軌道新線を敷設するのも近年にないことです。その点で、正確な見積もりが難しかったという事情もあるでしょう。
延伸に影響も
一方で、バリアフリー関連の費用のように、事前に想定できなかったのか、と思えるものもあります。
杭長変更や地盤改良は地質調査の結果とはいえ、47億円増というのは当初の想定が楽観的すぎたのでは、と疑問に思う方も多いでしょう。買収面積や補償物件数の増加で31億円というのも、見積もりが甘すぎたと感じてしまいそうです。
大規模公共事業の事業費が着手後に上振れするのはいつものことで、有権者もある程度は想定しているでしょう。とはいえ、これだけ増加すると、批判が出るのは避けられません。
芳賀・宇都宮LRTは、将来的に宇都宮駅西口方面への延伸も予定されています。今回の事業費大幅上振れが、延伸事業に影響する可能性も出てきそうです。(鎌倉淳)