埼玉高速鉄道、岩槻延伸へ重い課題。県の検討会議が報告書

まちづくりが重要だけれど

埼玉県の「公共交通の利便性向上検討会議」が報告書をまとめました。このうち、注目度が高い埼玉高速鉄道の延伸について見てみましょう。

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「公共交通の利便性向上検討会議」

「公共交通の利便性向上検討会議」は、埼玉県が設置した有識者会議で、鉄道の延伸や地域公共交通の課題などを整理して検討するものです。大学教授と埼玉県の職員で構成されていて、2021年2月9日までに5回の会議を実施し、3月29日に報告書を公表しました。

報告書では、埼玉高速鉄道(浦和美園~岩槻)、都営大江戸線(東京12号線・大泉学園町~東所沢)、東京メトロ有楽町線(東京8号線・押上~野田)、日暮里・舎人ライナー(区間未定)、多摩都市モノレール(区間未定)の鉄軌道5路線について、延伸の課題などが検討されました。

これらの路線のうち、もっとも注目度が高い埼玉高速鉄道について、報告書の内容を見てみましょう。

埼玉高速鉄道
画像:埼玉県

答申198号に記載

埼玉高速鉄道線は、赤羽岩淵~浦和美園間14.6kmを結ぶ路線です。6両編成の列車が東京メトロ南北線、東急目黒線と直通運転をしていて、2022年度には8両化のうえ、相鉄線とも乗り入れる予定です。

路線全体の1日あたりの輸送人員は約10万5000人。最混雑区間は川口元郷→赤羽岩淵間で、最大混雑率は128%です。路線全体の輸送力には余力があります。

浦和美園から岩槻を経て蓮田までの延伸が計画されていて、交通政策審議会答申第198号では、「埼玉県東部と都心部とのアクセス利便性の向上を期待」と意義が認められました。一方で、「事業性に課題がある」とも指摘され、沿線開発や人口増の取り組みとあわせた事業計画の検討が求められていました。

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岩槻延伸の概要

これを受け、さいたま市は2017年度に埼玉高速鉄道線の延伸協議会を設置して検討をおこないました。

検討されたのは、「先行整備区間」とされる浦和美園~岩槻間7.2kmです。延伸計画の概要を簡単に記すと、途中に埼玉スタジアム駅と、中間駅の2駅を設け、終点岩槻駅を含めた3駅を新設します。埼玉スタジアム駅は、サッカー開催時などのみ営業の臨時駅という位置づけです。

延伸区間は主に高架構造で、岩槻駅付近のみ地下となります。埼玉スタジアム駅は折り返し可能な2面3線。中間駅は2面2線、岩槻駅は1面2線です。

浦和美園~岩槻間の所要時間は7分、ピーク時に毎時8本、オフピーク時に毎時5本を運転します。

延伸協議会で岩槻までの延伸について事業採算性を精査したところ、沿線開発と快速運転を前提とした場合にB/C(費用便益比)が1を上回り、採算性も30年以内になるとしました。国交省の補助基準を満たすとの結論です。

埼玉高速鉄道線延伸区間図
画像:地下鉄7号線(埼玉高速鉄道線)延伸協議会資料より

強みと弱み

今回公表された検討委員会の報告書では、実施環境の評価として、198号答申に位置付けられていることと、延伸協議会でB/Cが1を上回る試算が示されていることを強みとしました。一方で、その試算の前提となる人口増につながるまちづくりの実現性が、現時点で担保されていない点を弱みとしました。

まちづくりに関しては、さいたま市が「浦和美園~岩槻地域成長・発展プラン」による取り組みをおこなっています。しかし、浦和美園~岩槻間に設置される中間駅周辺のまちづくりについては、市の総合振興計画などの上位計画に位置付けられておらず、具体性を欠きます。

また、延伸区間の輸送密度が低いことが予想されているほか、延伸による速達性向上や混雑緩和などの効果が比較的小さいのも弱みです。これは、岩槻駅及び中間駅からの乗車人員が相対的に少ないことや、岩槻区の人口が減少していること、運賃や移動時間で競合路線に対し優位性が見られないことなどがその要因です。

競合路線との比較では、岩槻~赤羽・赤羽岩淵間では、東武野田線・JR線より運賃が130円高くなるものの、移動時間は13分短くなります。しかし、岩槻~東京・永田町間では、運賃が120円高くなる上に移動時間も2分長くなり、優位性は認められません。

埼玉高速鉄道延伸
画像:公共交通の利便性検討会議資料(埼玉県)

中核都市へのアクセス改善

延伸の最大のメリットは、浦和美園周辺と大宮、春日部といった県内中核都市へのアクセスが改善することです。県内全体の交通ネットワークの向上につながり、県内交通の利便性向上という点から大きな意味があります。

これらの中核都市には公立高校が多く設置されているため、延伸区間の沿線では、教育環境向上の効果も見込まれます。沿線には、埼玉スタジアムや目白大学、岩槻の観光施設などがあり、さらなる需要の創出も期待できます。

なにより、人口が減少してる岩槻区へ鉄道が延伸されることについては、地域の発展において重要な意味があります。埼玉スタジアムでの試合開催時には道路渋滞が発生しているため、延伸することで渋滞の緩和と、それに伴うCO2削減といった効果も期待できます。

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取り組みの方向性

こうした分析を踏まえて、報告書では課題に対する取り組みの方向性を示しています。

喫緊の課題とされたのは、B/Cが1を上回る試算の前提となる、まちづくりや快速運転といった条件の実現性を確保することです。報告書では「早期に関係者間の合意形成を進め、B/C>1となる試算ケースの前提条件の実現性を一つ一つ丁寧に確保しつつ、建設コスト等所要の精査を進め、事業性を確立する」という方向性を示しました。

そのためには、教育環境の向上による人口増加を目指すべきとしています。拠点都市へのアクセスが向上すれば教育環境が改善し、子育て世代を呼び込めるので、それを地域特性としてまちづくりをすべき、と訴えているわけです。

また、中間駅の乗車人員が少ないため、目白大学などを活用したまちづくりをすることで、需要創出をするよう求めました。

終点となる岩槻市の乗車人員の見込みが少ないことも大きな課題として挙げています。これについては、まちづくりによる需要増加とあわせて、確定していない岩槻駅での東武野田線との接続方法の実現性を確保することを求めました。

さらに、サッカーの試合開催時における埼玉スタジアム周辺の交通渋滞緩和の効果について、CO2削減効果などが便益に反映されるよう精査することも求めました。

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まとめてみると

以上が、報告書のうち、埼玉高速鉄道に関する部分の概要です。

筆者なりにざっくりまとめてみると、埼玉高速鉄道の岩槻延伸は、県内の交通ネットワークの向上に大きな意味があるものの、都内への交通アクセス改善という視点ではあまり効果がない。そのため、国交省のB/C>1という補助基準を満たせるか微妙なので、需要を創出するまちづくりの取り組みを進めなさい、ということでしょう。また、CO2削減効果など、新たな「便益」を上乗せできないか検討もしたほうがいい、ということです。

この報告書には5路線の計画が記載されていますが、そのなかで埼玉高速鉄道の延伸は、もっとも実現可能性があります。とはいえ、実現には沿線の人口増が不可欠で、日本全体が人口減少に向かうなか、重い課題を克服しなければなりません。

報告書には「まちづくり」というキーワードが何度も出てきますが、住宅地を開発したら人口が増えるという単純な時代ではないことは、みなさんご存じの通りです。そう考えると、延伸の実現性は微妙といわざるを得ません。

報告書ではあまり触れられていませんが、B/C>1のもう一つの前提条件である「快速運転」の実現性も気になります。現時点では埼玉高速鉄道に待避駅はなく、快速を設定したとしても追越しはできません。前提条件では、総運行本数を変えずに快速を設定することになっているため、通過駅は停車本数が減り不便になります。そんな快速を果たして本当に設定できるのか、という疑問が残ります。

B/Cを算出する際に、都内への所要時間が短い方が便益の数字が高くなるという机上論ではないか、という気もするのですが、その点もしっかり検討してほしいところです。(鎌倉淳)

【参考記事】
 埼玉高速鉄道の岩槻延伸は実現できるか。黒字の試算は出たけれど(2018/02/25)

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