沖縄縦貫鉄道計画で高速AGTとHSSTが候補に。内閣府最新調査

実現は遠いけれど、夢がある

沖縄縦貫鉄道計画の調査で、内閣府の新たな報告書が公表されました。導入するシステムとして、高速AGTやHSSTが検討対象にくわわっています。詳しい内容をみてみましょう。

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2010年度から調査

内閣府では、沖縄振興特別措置法に基づいて、鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システムの導入に関する基礎調査を2010年度から行っています。その2019年度の調査がまとまりました。

近年の調査を振り返ってみますと、2017年度調査では、モデルルートや概算事業費などについて精査し、詳細な運転計画の想定を示しました。つくばエクスプレスを念頭に置いた「鉄道」と、最高速度100km/hの「トラムトレイン」を想定した路線案などが明らかにされています。内容詳細については、『内閣府「沖縄縦貫鉄道計画」の全詳細。リニアやトラムで検討中』記事をご覧ください。

2018年度調査では、基本案(うるま・国道330号・西海岸ルート+空港接続線)をベースに、鉄道の駅数を減らし、大深度地下を使用した場合を想定して検討を行いました。内容詳細については、『「沖縄縦貫鉄道」内閣府の最新調査を読み解く。大深度地下鉄の実現性は?』記事をご覧ください。

そして、このほど公表されたのが2019年度調査報告書です。注目ポイントは、概算事業費の精査、名護市の北部テーマパーク計画などを勘案した支線モデルルートの調査、高速AGTやHSST導入検討などです。

基本ルート

まず、これまでの調査で固まったルート案(基本案)を振り返ってみます。糸満市を南の起点とし、那覇市から、宜野湾市、沖縄市、うるま市を経て、西海岸の恩納村に転じ名護市に至る「本線」と、那覇空港へ分岐する「空港接続線」で構成されています。そのほか、名護から美ら海水族館方面に「北部支線軸」が検討されています。

沖縄鉄軌道基本ルート
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

これまでの調査では、システムは鉄道またはトラムトレインを想定してきました。どちらのシステムもルートはほぼ同じですが、那覇~普天間では鉄道が国道330号線沿いの地下(ケース2)、トラムトレインが国道58号線沿いの高架(ケース7)を通ります。

鉄道もトラムトレインも費用便益費(B/C)で基準とされる「1」に遠い数字となっていて、40年後の累積損益収支も赤字の見通しです。実現へのハードルは高く、そのため、2019年度調査では、コスト削減など概算事業費の精査が大きなテーマになりました。

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事業費は増加

まずは、その概算事業費から見ていきますが、2019年度調査では、建設費や地価の高騰を反映し、事業費は全体的に増加してしまいました。鉄道基本案の概算事業費は約8,700億円、トラムトレインの場合は約4,620億円となり、いずれも2017年度価格と比較して約8%高くなりました。

沖縄鉄軌道概算事業費
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

費用削減案として、鉄道はシステムをスマート・リニアメトロにし、うるま以北を単線とした場合(部分単線案)で約6,760億円となっています。トラムトレインは部分単線にした場合で約3,230億円となりました。

沖縄鉄軌道概算事業費
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

北部支線の新ルート

検討が継続されてきた名護~沖縄美ら海水族館を結ぶ北部支線については、ルートを見直しました。新たなルートでは、名護~美ら海水族館を海沿いや一直線に結ぶのではなく、本部半島の中央部を迂回します。途中駅として名桜大学付近、建設予定の沖縄北部テーマパーク付近、本部町役場付近の3箇所を想定しました。

沖縄鉄軌道北部支線
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

全線単線で、沖縄北部テーマパーク駅は交換可能駅(相対式2面2線)とします。これにより、毎時3本の運行本数を確保できます。鉄道の仮想ダイヤでは、那覇空港から名護まで快速で約58分、沖縄北部テーマパークまで約68分、沖縄美ら海水族館まで約79分となります。

概算事業費は約1,120億円で、直線的なルートの950億円に比べると約170億円高くなります。鉄道の基本案と合算すると、本線・支線あわせて約9,820 億円です。

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高速AGT案

次に、導入システムについてみてみましょう。内閣府の沖縄縦貫鉄道調査では、もともとつくばエクスプレスのような普通鉄道を想定していました。しかし導入費用が高いため、コスト削減策として、スマート・リニアメトロが代替案に上がっています。ただ、スマート・リニアメトロは、現時点で実用技術が確立していないという問題がありました。

そこで2019年度調査では、高速AGT、HSST(磁気浮上方式)の導入可能性について新たに検討を行いました。

まず高速AGTとは、三菱重工が新開発した「高速新交通システム(Super AGT)」で、ゴムタイヤながら最高速度120km/hで走れます。主要諸元は以下の通りです。

高速AGT
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」
高速AGT
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」
高速AGT
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

比較対象とされた横浜シーサイドラインのような既存の新交通システムに比べ、車両は一回り大きく、そのぶん軌道の幅員なども広くなっています。最高速度が倍になりますが、それ以外の仕様は大きくは変わりません。

高速AGTは、いわゆる『インフラ補助制度』を活用して整備される都市モノレールと同様な整備を想定し、道路空間に高架で導入します。那覇~普天間間では国道58号を通ります。糸満市役所~豊見城間、うるま具志川~名護間、旭橋~那覇空港間については、単線とします。

糸満市役所~名護間の快速列車の所要時間は約78分となり、スマート・リニアメトロの約83分より5分短くなります。最高速度がスマート・リニアメトロの100km/hより 20km/h 速いためです。

高速AGTの概算事業費は約6,680億円で、スマート・リニアメトロと比較して約80億円を縮減できます。那覇~普天間間で国道58号を通り、メトロのように地下ではなく高架構造としていることが主な要因です。

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HSST案

つぎにHSSTは常電導リニアの一種で、愛知高速交通の「リニモ」で実用化されています。最高速度は約130km/hで、高速AGTよりも速いです。主要諸元は以下の通りです。

HSST
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」
HSST
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

HSSTは、高速AGTに比べて最小曲線半径が広く、勾配にもやや弱いです。

HSSTも『インフラ補助制度』を活用し、道路空間に高架で導入します。ルートなどは高速AGTと同じです。糸満市役所~名護間の快速列車の所要時間は約75分となり、スマート・リニアメトロの約83分より約8分短縮します。高速AGTよりも3分速いです。概算事業費は約6,350億円と試算されました。

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費用便益費比較

これらを踏まえて、最新の概算事業費と累積損益収支、費用便益費(B/C)の比較を下表に示しました。表の見方を解説すると、1と2は、鉄道とトラムの基本ケースで、いわば、基準となる数字と考えればいいでしょう。

重要なのは3~6で、部分単線化などのコスト削減策を講じた場合の、スマート・リニアメトロ、トラムトレイン、高速AGT、HSSTの概算事業費とB/Cなどを表示しています。

7、8はいずれも鉄道の基本ケースに基づいたもので、7がトンネルの構造変更、8が北部支線を含めた整備の数字です。これらは参考程度の数字とみておいていいでしょう。

沖縄鉄軌道BC比較
画像:令和元年度 「沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」

もっともB/Cが高かったのはトラムトレインの0.88です。続いて、高速AGTとHSSTがともに0.71になりました。スマート・リニアメトロは0.67にとどまり、鉄道は基本案で0.53となっています。

注目の高速AGTとHSSTは、利便性で両者に大きな差異がない一方、イニシャルコストではHSSTの方が低く、ランニングコストでは高速AGTの方が低くなります。そのため、結果的にB/Cは同一値となりました。40年後の累積損益収支に関しては、高速AGTが2,080億円の赤字に対しHSSTは2,980億円の赤字と、差が開きました。

B/Cだけ見れば、トラムトレインが「1」にあと一歩です。累積損益収支の赤字も1,290億円と小さいです。ただ、トラムトレインとは要するに路面電車で、郊外は専用軌道を走るものの、市街地区間は併用軌道もあります。おまけに、路面電車は最高速度が40km/hという規制もあります。

過去の検討では、トラムトレインは完全優先信号を前提として、速達性を確保するとしていました。ところが2020年度報告書では「併用軌道(地平構造)は、交差道路の信号制御に大きな影響を与え交通渋滞をさらに促進してしまう可能性があるため、トラムトレインの導入可能性は低い」と後退した表現となっています。したがって、採用される可能性は低くなったと言えます。

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他の検討は?

今回の調査では、需要喚起策について、カーシェアリングやMaaSなど、新たな事例を検討しました。しかし、カーシェアについては「日常交通での活用に向けた基礎的情報の収集と分析」、MaaSに関しては「事業者間の費用負担や事業採算性確保など持続可能な仕組みの構築」などを課題にあげるにとどまり、大きな収穫と呼べる内容は見当たりません。

他交通との連携に関しては、「主要ターミナルでの交通結節機能強化により、多様な交通手段の連携による実質的な駅勢圏拡大や観光スポット等へのアクセス改善は極めて重要な施策」としました。沿線開発と合わせた需要喚起に関しては、「公共交通指向型の開発を進めていくことが重要」とし、沿線自治体に対し、「戦略的なまちづくりに向けた積極的な関与」を求めました。これらも、当たり障りのない内容で、新味はありません。

鉄軌道による貨物輸送活用の可能性も検討しましたが、「事業者サイドの活用条件のハードルは高く実現化に向けては課題が多い」と否定的な結論です。沖縄本島くらいの広さでは、貨物輸送をトラックから鉄道に移すのは難しそうです。

注目点は

内閣府の沖縄鉄軌道調査は、ルートが絞り込まれた2017年度発表で大きく取り上げられましたが、その後は、あまり注目されなくなりました。今回の調査結果を見ても内容に乏しい印象で、大きくは報道されていないようです。

そのなかで注目点があるとすれば、「トラムトレインの導入可能性は低い」と明記したことでしょうか。B/Cでは他のシステムに比べて優位にあり、コスト的には最有力と見られてきましたが、今回の調査では、併用軌道について「交通渋滞をさらに促進してしまう可能性がある」とばっさり切り捨てています。

何をいまさら、という気もしますが、那覇と名護を併用軌道を含むライトレールで結ぶ案に現実感が乏しかったのは確かなので、このあたりでしっかり示しておくべきという判断かもしれません。

スマート・リニアメトロについても、現時点で実用技術が確立していないという問題点を明確にしました。そのため、こちらも一歩後退といえそうです。

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実現可能性は

トラムトレインが候補から落ち、スマート・リニアメトロの実現も見通せず、普通鉄道は導入費用が高すぎる、となれば、高速AGTかHSSTが残ります。このどちらかというのであれば、ランニングコストが安く、累積損益収支で赤字が少ない高速AGTに優位性がありそうです。

が、まだ結論を出すタイミングではありませんし、そもそもどちらもB/Cが基準に達しておらず、40年後の累積損益収支も赤字で、新線建設の基準を満たしません。

では、沖縄縦貫鉄軌道が実現する可能性はあるのでしょうか。

それを考えるには、内閣府が毎年、沖縄の鉄軌道に関する調査をなぜ続けているのか、を改めて考え直してみる必要がありそうです。それは、沖縄振興特別措置法により、「国及び地方公共団体は、沖縄における新たな鉄道、軌道その他の公共交通機関に関し、その整備の在り方についての調査及び検討を行うよう努めるものとする」(91条の2)と定められているからです。

同法は、91条前段で、「国及び地方公共団体は、沖縄における(中略)交通の総合的かつ安定的な確保及びその充実に特別の配慮をするものとする」とも明記しています。「特別の配慮」を法が求めている以上、本土とは違う基準が適用される可能性もあるでしょう。

また、普天間基地返還後の跡地利用もポイントになるかもしれません。

今回の報告書には、「普天間基地の跡地利用等の新たな拠点の整備計画に際しては、公共交通の利用促進や歩いて暮らせるまちづくりなど、環境にも配慮した次世代のモデルとなる持続可能な都市整備を行っていくことが重要」という記述があります。

普天間基地跡地の再開発はまだ具体的になっていません。そのため、沖縄縦貫鉄道の調査でも、需要予測に十分に織り込まれていない印象を受けます。それが織り込まれたとして、劇的に数字が改善するとは思えませんが、鉄軌道事業の推進に向けたプラス材料にはなるでしょう。

開業予定は

では、仮に実現するとして、開業までどのくらいかかるのでしょうか。

今回の調査では、事業スケジュールについて、事業の意思決定で約1年、都市計画法、環境影響評価法、鉄道事業法等の行政手続きで約8年かかるとしています。さらに、建設工事、検査、習熟運転で約12年を要するとみています。

いますぐに事業化を決定し、2028年度に建設工事に着手したとして、沖縄縦貫鉄道開業は最速で2040年度頃になるわけです。しかも、ルートの途中にある普天間飛行場がきちんと返還されている前提です。

読めば読むほど、気が遠くなるほど遠い将来の構想に思えてしまいます。それでも、最高速度120km/hの新交通システムが、沖縄本島で疾走する姿を夢みたいものです。(鎌倉淳)

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