JR美祢線復旧の議論が進みません。地元自治体は、復旧後に利用促進策を講じれば、輸送密度を最大で1,292人にまで延ばせるとの試算を明らかにしましたが、JR西日本は単独復旧に難色を示しています。
23年6月豪雨で被災
JR美祢線は山口県の厚狭~長門市間46.0kmを結ぶローカル線です。2023年6月の豪雨被害で約80箇所が被災し、現在も復旧していません。
JR西日本は、2023年9月に被災状況を説明したものの、厚狭川全体の河川改修の検討に対応するなどとして、復旧費用や復旧時期について明らかにしていません。
利用促進策の検討結果を公表
2024年5月29日には、沿線自治体が組織するJR美祢線利用促進協議会の会合が開かれました。席上で、協議会としての「復旧後の利用促進策の検討結果」を公表。2019年度に478人だった輸送密度を、最大1292人にまで延ばせるとの試算を示しました。
これに対し、出席したJR広島支社長は、「復旧には相当な費用がかかることを考えると、当社単独での復旧は非常に難しい」と表明。同社による復旧に消極的な姿勢を示しました。
利用促進策による効果を最大限に見積もっても、輸送密度が、ひとつの基準となる2,000人に達しないことなどが理由とみられます。
美祢線の現状
協議会が示した利用促進策の検討資料では、現状の美祢線について、以下のように分析しています。
・沿線市では東西方向の流動(山陽線)が主で、南北方向の流動は小さい。
・通勤・通学流動のうち、通勤が8割以上を占めているが、美祢線利用者は通学定期が約半数を占めており、通勤輸送はほぼ担っていない
・山陽側~山陰側を通しで乗車する利用は全体の2割程度であり、美祢以北のみ・美祢以南のみの利用が8割を占める。
・美祢以外の途中駅での乗降は僅少で、厚狭、美祢、長門市駅それぞれの間の利用が主体である。
・利用者の6割以上は厚狭駅ではなく、厚狭以遠が最終目的地であり、山陽線や新幹線へ乗り継ぐためのアクセス手段としての役割を担っており、鉄道ネットワークの一端を形成している。
利用促進策の内容
そのうえで、協議会では、大きく分けて3つの利用促進策を示しました。それを「短期的」「中長期的」に分けています。
■通学に関する利用促進策
<短期的な施策>
・通学定期券購入費の支援(定期券保有者への優遇制度)
・主要駅(高校の最寄駅)から高校までのアクセス強化
<中長期的な施策>
・自宅から学校まで鉄道を活用したルートの作成
・登下校の時間帯に合わせたフリークエントな列車の運行
・山陽線から美祢線を直通(乗換不要)で結ぶ便の運行
■観光に関する利用促進策
<短期的な施策>
・SNSによる情報発信、海外の旅行会社とのタイアップ
・通常便又は臨時便の快速列車の運行(必要最低限の停車駅)
・乗り放題切符の販売、ICカードの導入
<中長期的な施策>
・通常便又は臨時便の快速列車の運行(必要最低限の停車駅)
・厚狭駅(山陽新幹線)から観光拠点駅までの観光列車の運行
・列車そのものに価値を生み出す観光列車の運行
・他線区から美祢線への直通列車の運行(乗換不要)
■まちづくりに関する利用促進策
<短期的な施策>
・パークアンドライドの推進、沿線地域への居住誘導施策
・JR所有の遊休地や沿線の空き家等の活用
・美祢駅前広場の再整備、駅舎や地域交流ステーションの機能強化
<中長期的な施策>
・駅周辺の機能強化
・高校や大学との連携
・新駅の設置、既存駅の移設
輸送密度が跳ね上がる「仮定」
試算によると、こうした施策をおこなっただけでは、輸送密度は685人にとどまります。
では、これがどのような試算で1,292人にまで上がるのでしょうか。詳しく見てみると、以下のような「仮定」を置いています。
・沿線生産年齢人口の減少率が、推計値で50%となっているのに対し、美祢線利用者数の減少は30%程度にとどまる。
・『ニューヨークタイムズ』で山口市が高評価を得たことにより、従来の3倍のインバウンド需要が将来にわたって継続的に見込める。
・沿線居住誘導施策を展開し、沿線住民の鉄道利用率が現状約1%のところ、鉄道パスなどの付与により20%に高まる。
あくまでも「最大限に見積もるための仮定」とはいえ、いずれも現実感がありません。これだけ高く見積もっても、1,000人そこそこの輸送密度しか望めないということです。
現実的に考えれば、ベースとなる「685人」のほうが現実感があるというか、それこそが「最大限」ではないか、という印象です。
「あり方」協議へ
この試算を受けて、JRは協議会のなかに、美祢線の持続可能性や利便性向上に関して議論を行う新たな部会を設置したいと提案しました。
鉄道の復旧といった前提条件なしに、地域にふさわしい公共交通を検討する会議ということで、いわゆる「あり方」を協議する場といえます。
今後は、復旧後の運営費用について、JRと地元自治体がどの程度、負担を分け合うのか、という議論に進む可能性もあります。
切り捨てるわけにもいかず
美祢線は被災前の輸送密度が500前後あり、通学路線として地域住民の利用も少なくありませんので、地元としてもJRとしても、そう簡単に切り捨てるわけにはいかないでしょう。
とはいえ、通学主体のローカル線は、今後の人口減少局面で、厳しい利用者減に見舞われることも間違いありません。
復旧には「只見線・肥薩線方式」が求められる可能性が高く、地元としては難しい判断を迫られそうです。(鎌倉淳)