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名鉄広見線新可児~御嵩間は廃止されるのか。再構築議論、自治体負担は限界に

みなし上下分離を検討

名古屋鉄道広見線の新可児~御嵩間で、路線の廃止が議論されています。みなし上下分離による再構築を模索していますが、沿線自治体の負担には限界もあり、存廃は予断を許しません。

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新可児~御嵩間7.4km

名鉄広見線は、犬山~新可児間22.3kmを結ぶ路線です。運行系統は犬山~新可児間と、新可児~御嵩間で完全に分断されていて、犬山~新可児間は終日おおむね15分間隔で列車が走る複線区間です。

一方、新可児~御嵩間7.4kmは、可児盆地の東に向かう単線区間で、運転本数はおおむね30分間隔です。存廃が議論されているのは、この7.4kmの末端区間です。

名鉄広見線

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輸送密度1,700人

名鉄広見線新可児~御嵩間の2023年度の利用者数は、約78万人です。通学定期利用者が約43万人と過半を占めていて、通勤定期が約18万人、定期外が約17万人です。

同区間の輸送密度は、2022年度で1,672人キロです。同年度の利用者数は約77万人でしたので、2023年度の輸送密度はこれより少し高く、1,700人キロ程度とみられます。

輸送密度は旧国鉄の特定地方交通線レベルです。鉄道単体の黒字化は難しいものの、昨今の運転士不足をみれば、バス転換も簡単な話ではないという、微妙な水準といえます。

名鉄広見線利用者数
画像:御嵩町住民説明会資料

 
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自治体が年1億円を支援

こうした状況で、広見線新可児~御嵩間については、2010年度以降、沿線自治体が名鉄と協定を締結し、運行を支援してきました。直近に結ばれた2023年度からの協定では、御嵩町が年7,000万円、可児市が年3,000万円の、計1億円の運行費を負担しています。

この支援の枠組みは2025年度までです。2026年度以降については、名鉄が同じ内容では更新できない旨を沿線自治体に伝えています。

そのため、沿線自治体では、御嵩町が中心となって、存廃を含めた検討を開始。2025年6月をめどに結論を出すことにしています。

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設備投資に17億円

名鉄によると、同区間の年間営業収入は約6400万円。一方、営業費用は2億5400万円です。年間2億円程度営業赤字が出ている計算です。

したがって、年間1億円の支援を自治体から受けているものの、それだけでは赤字は埋まらず、名鉄も1億円程度を負担して、路線を維持してきました。

さらに、近年は鉄道設備の老朽化が問題になってきました。路線を維持するならば、抜本的な投資が必要な時期にさしかかっています。

名鉄によれば、土地、施設、車両について、15年間で約17.6億円の投資が必要という見通しです。鉄道を存続するのであれば、名鉄はこの負担を自治体に求める姿勢です。

名鉄広見線収支
画像:御嵩町住民説明会資料

 
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「みなし上下分離」が候補に

御嵩町は、広見線を鉄道として存続する場合、国の「鉄道事業再構築事業」の枠組みを利用して、事業構造を変更する方針を打ち出しました。

新たな事業構造の候補としては、「公有民営」や「第三セクター」など、いくつか種類があります。そのなかで、有力とされたのは「みなし上下分離」です。

「みなし上下分離」とは、鉄道事業者が資産を保有して、上下一体で運営するものの、施設維持費は自治体が負担します。広見線にあてはめると、名鉄が鉄道事業者として今後も維持・運営するものの、施設の維持費は、沿線自治体の可児市と御嵩町が負担することになります。

「名鉄に全部やってもらう」

みなし上下分離を有力とした理由は、鉄道施設の維持管理にかかる人材を自治体で確保することが困難なことや、新たに会社を設立して単独で運営するより、大手民鉄の一部として運営してもらうほうが、スケールメリットが発揮され、誘客にも有利といったことなどを挙げています。

また、名鉄から分離して第三セクターなどの新会社を設立した場合、「運転士を確保することがきわめて困難」とも危惧しています。

こうしたことから、「鉄道を維持するなら、お金を払って名鉄に全部やってもらったほうがいい」という結論に至ったようです。

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年1.8億円の負担

みなし上下分離に移行した場合、自治体は、名鉄が所有する車両、施設、土地の維持修繕費と設備投資費を負担します。

ただし、国に鉄道事業再構築実施計画を申請し、認定されれば、社会資本整備総合交付金(地域公共交通再構築事業)が活用できます。設備投資のうち、土地、施設への設備投資が交付金の対象になり、2分の1の補助を受けられます。

御嵩町の試算によると、必要な資金は、15年間で、運営経費が年約2.6億円、設備投資が約1.2億円で、計約3.8億円です。このうち、名鉄が約1.1億円の負担を受け入れたとしても、沿線自治体は年間約1.8億円を負担しなければなりません。現在の1億円から、8,000万円が増える計算です。

名鉄広見線資料
画像:御嵩町住民説明会資料

 

財政調整基金が枯渇する

鉄道を維持する場合、御嵩町では、可児市の支援が得られなければ、財政調整基金が5~6年で枯渇し、財政が耐えられなくなるとしています。いっぽう、可児市は、現状の3,000万円以上の支援はしない方針を明らかにしています。

可児市としては、市域に含まれる駅は御嵩町との境界近くある明智駅のみで、多額の費用を負担してまで、鉄道を残す意義を見いだしにくい状況といえます。

名鉄広見線財政
画像:御嵩町住民説明会資料。「パターンB」とは、可児市の支援が得られない場合

 
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バス転換の場合

そのため、御嵩町では、バス転換も選択肢に含めています。

バス転換では、市町村自主運行バス(いわゆるコミュニティバス)への転換を想定します。大型バス7台を購入し、現状の利用者全員を運べる輸送力を確保するいっぽう、運賃は鉄道と同程度に抑えます。

御嵩町の試算では、運行経費と設備投資を合わせた総事業額は、年間1.2億円です。国や県からの補助を得たとして、沿線自治体の負担は6,000万円程度になります。

運転士の要員は8名を想定しています。その人員をどう確保するのかは課題として残ります。

自主運行バスの運行の委託先は、おそらく名鉄グループの東鉄バスを想定しているとみられます。委託先が見つからなければ、自治体が人員を確保して運行しなければならない可能性があります。

名鉄広見線
画像:御嵩町住民説明会資料

 

JRローカル線との違い

JRのローカル線の場合、最近は、鉄道廃止後もJRが運営に関わり、BRTなどの形で、地域交通の維持に協力するケースが増えています。現在、あり方を協議している各路線でも、JRは基本的に、代替交通の運営に関わる姿勢を示しています。

JRがこうした姿勢を示しているのは、JR本州3社の完全民営化の際に示された「大臣指針」があるためです。指針では「現に営業する路線の適切な維持」が明記されているため、JR上場各社としては、仮に鉄道を廃止したとしても、違う形で「路線」を維持しなければなりません。そのため、代替バスの運営に協力しているわけです。

しかし、名鉄はJRではないので、大臣指針に縛られません。したがって、広見線末端部が廃止されたとしても、転換バスの運行を担う責任はありません。そのため、鉄道が廃止されれば、名鉄本体は御嵩町から撤退するでしょう。

実際には、名鉄グループの東鉄バスが協力するとみられます。しかし、運転士不足は深刻化しており、代替バスを現実に運行できるのかは定かではありません。

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名古屋通勤圏から外れてしまう

現在、名鉄名古屋から御嵩までの所要時間は約1時間10分です。名古屋への通勤・通学圏にギリギリ入る範囲です。広見線は末端部で毎時2本が運転されていますので、実用的にも通勤・通学の利用に耐えうるでしょう。

しかし、バス転換となってしまうと、所要時間が増えるだけでなく、定時性への不安もあり、御嵩町は、名古屋市への通勤・通学圏から外れかねません。

国勢調査によると、御嵩町から名古屋市への通勤者数は、就労者全体の4%程度にとどまります。そのため、影響は限定的とみられます。それでも、鉄道がなくなれば、住民の仕事や学校の選択肢が狭まるのは確かで、人口減少の要因になりうるでしょう。

クロスセクター効果も

御嵩町の2020年の人口は17,516人です。2050年には12,578人にまで減ると予想されています。しかし、これは、鉄道の廃止を織り込んでおらず、廃止されれば、人口減が加速する可能性が高いでしょう。

実際、隣接する八百津町は、10,195人が、5,514人に減ると予想されています。八百津町にはかつて名鉄の路線がありましたが、2001年に廃止されました。鉄道廃止後の御嵩町が、八百津町と同じ割合で人口減が進むと仮定すると、2050年の人口は9,300人程度になる計算です。

鉄道の有無が「大都市への通勤圏に入るかどうか」を決定づけるのであれば、それを含めたクロスセクター効果を測る必要があるかもしれません。

名鉄広見線
画像:御嵩町住民説明会資料

 
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維持されてもおかしくないが

広見線末端区間を維持した場合の将来予測をみると、2050年度でも、約60万人程度の利用を想定しています。2023年度に比べ約23%の減少です。

名鉄広見線
画像:御嵩町住民説明会資料

輸送密度が同等の減少率になるとすれば、2050年度の輸送密度は1,200程度になります。多いとはいえませんが、バス運転士不足が深刻なため、「維持」という判断に傾いてもおかしくない程度の利用者数です。

実際、広見線末端区間よりも輸送密度が低いローカル線が、沿線自治体の支援により維持されている例は、全国にいくつもあります。近い例でいれば、北陸鉄道石川線は、輸送密度1,391(2021年度)でも残す決断をしました。

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財政力に乏しく

とはいえ、御嵩町の人口は17,000人程度で、財政力には限りがあり、単独で鉄道路線を維持するのは困難です。御嵩町の検討でも、それは示されています。

起点の可児市は10万人規模の自治体ですので、全面的に協力してくれれば維持も可能でしょう。しかし、前述した通り、同市は限定的な負担にとどめる姿勢を示しています。

一般論でいえば、この規模のローカル線を維持する場合は、広域自治体である都道府県がどれだけ負担するかが重要です。しかし、広見線末端区間は、御嵩町の問題と捉えられている観があり、岐阜県は明確な方針を示していません。現実的には、同県内にある他のローカル線を超える支援はできないでしょう。

となると、鉄路の存廃は予断を許さないというほかありません。

廃止されるのであれば、現在の支援の枠組みが切れる2026年3月末が最終運行になるとみられます。存続するのであれば、2026年4月1日から、新しい事業構造に移行することになります。(鎌倉淳)

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