ミニ新幹線「段階的フル規格化」を検討。『幹線鉄道ネットワーク調査』を読み解く

当てはまるのは、あの区間?

国土交通省が、在来線をミニ新幹線にし、さらにフル規格化するという「段階的整備案」を検討しています。最新の『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』で示されました。内容を読み解いていきましょう。

広告

幹線鉄道網の未来像

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』(以下、『幹線ネットワーク調査』)は、新幹線をはじめとした幹線鉄道網の未来像について検討する調査です。

2016年に閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」の付帯要望事項で「整備新幹線について、基本計画路線も含め、地方創生に役立つ幹線鉄道ネットワークの構築に向けて取り組むべき」と提言されたことを受け、2017年度より調査が始まっています。

調査の最大の目的は「効果的・効率的な新幹線の整備手法」の検討です。新幹線の基本計画路線が、フル規格では過剰スペックなので、コストを削減した形での整備手法を探ろうというものです。これまでに、単線による新幹線整備や、線形改良などによる在来線の高速化などについて研究されてきました。

秋田新幹線E6系

広告

「準新幹線」も検討

過年度の調査では、在来線の高速化やミニ新幹線(最高速度160km/h)より速く、フル規格新幹線(最高速度260km/h以上)より事業費が安い、200km/h程度の「準新幹線」とでもいうべき整備方式を検討しています。

具体的には、市街地内は既存の在来線を活用しつつ、急曲線が多い区間に短絡線を設けたり、郊外部に高架新線を整備したりする方法です。改軌によりミニ新幹線とする場合と、狭軌で高速運転可能なスーパー特急を運行する2つのパターンを想定しています。

端的にいえば、既存の在来線を活用しながら一部区間で短絡線や高架新線を整備することで、段階的な表定速度向上を実現し、事業費をおさえつつ将来のフル規格新幹線整備につなげるということです。

広告

3つの「オプション」

ここまでが過年度の調査です。このほど発表された2021年度調査では、段階的な新幹線の整備手法をより深く研究しています。

手順としては、まず、「オプション1」として、在来線を改軌し、既存新幹線と直通します。いわゆるミニ新幹線の整備です。新在をつなぐアプローチ線を整備し、停車駅のホームを改良のうえ、直通用の車両を購入することで実現できます。

つづいて「オプション2」として、部分的に最高速度を160km/hに引き上げます。都市部では連続立体交差化をおこなって踏切を除去し、山間部では曲線改良をおこない、険しい山間部では短絡線を整備します。軌道や架線の強化をおこない、駅では高速分岐器を導入します。

最後は「オプション3」で、部分的に最高速度を260km/hに引き上げます。険しい山間部では大がかりな短絡線を整備します。最高速度260km/hの区間を段階的に拡大していけば、「フル規格新幹線」となります。

段階的フル規格化のオプション
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2021年度より
広告

山形・秋田新幹線で適用

新幹線を一気に整備すると財政負担が重いので、まずはミニ新幹線化をおこない、山間部など表定速度が遅い区間に短絡線を建設して、全体の表定速度を上げようという考え方です。

この整備手法が当てはまりそうなのが、山形新幹線や秋田新幹線といった、すでにミニ新幹線として開業している区間でしょう。両新幹線はすでに「オプション1」は達成しているので、短絡線の整備となる「オプション2」が視野に入ります。

JR東日本は、山形新幹線の板谷峠(福島~米沢間)と、秋田新幹線の仙岩峠(雫石~田沢湖間)で、それぞれ新トンネルを整備する方針を示しています。この峠部分を新幹線仕様で建設すれば、「オプション2」の段階に到達できます。

山形新幹線は新幹線基本計画路線の「奥羽新幹線」の一部を構成しているので、こうした「段階整備」のモデルケースにすることができそうです。秋田新幹線の仙岩峠区間は基本計画路線ではありませんが、幹線ネットワークの強化という視点でみれば有効でしょう。

広告

他にも適用できるか

気になるのは、この「段階整備」の手法を適用できそうな線区が、他にあるのかということでしょう。

ミニ新幹線化は、在来線の改軌をともないますので、貨物列車が走れなくなります。工事期間は、普通列車の運行にも支障が生じます。そのため、貨物列車が走っておらず、改軌作業で在来線の運行を年単位で運休しても支障がない区間でなければなりません。

そう考えると、基本計画路線で適用できそうな区間はあまりありません。あるとすれば山陰方面ですが、東海道新幹線がミニ新幹線仕様の車両の乗り入れを認めない限り東京直通ができないので、整備効果は限定的です。

四国方面は、瀬戸大橋線や予讃線で貨物列車が走っていますので、改軌をともなうミニ新幹線化は難しそうです。過去に調査された単線新幹線のほうが有力でしょう。

広告

必要な設備

段階的整備をする場合に、求められる仕様の違いも見ておきましょう。最高速度の設定により、必要な設備のグレードが異なります。

まず、160km/h運転なら、曲線半径を1,400m以上とすれば、狭軌、標準軌のどちらでも実現可能です。スラブ軌道にPCまくらぎ、高速分岐器が必要です。

200km/h運転を目指すなら狭軌では無理で、標準軌でなければなりません。曲線半径は1,800m以上、電化方式は交流25,000Vです。新幹線運行管理システムや車上信号方式のATCも不可欠です。

260km/h運転を目指す場合、多くの仕様は200km/hと変わりませんが、曲線半径が4,000m以上と、非常に厳しくなります。

速度により求められる仕様
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2021年度より
広告

最小曲線半径というハードル

最小曲線半径4,000mは大きなハードルです。下図は交角60度のカーブで、130km/hと260km/hでの曲線長を比べたものです。260km/hの曲線長は4,695mに及び、130km/hの1,088mに比べ4倍以上です。

最小曲線半径の比較
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2021年度より

加速時に要する距離も、新幹線では長くなります。120km/hを160km/hにする際、加速は2kmで足りますが、160km/hを260km/hにするには7kmが必要です。

加速に必要な距離
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2021年度より

200km/h以上で走らせるなら、それなりの距離で新線を作らなければ意味がない、ということです。

いまさらの話ですが、160km/hと260km/hで求められる仕様の差は大きいと言わざるをえません。

広告

高速化に必要な費用

いうまでもありませんが、設備のグレードを上げるには、多額の費用が必要です。下図は、高速化に必要な費用をまとめたものです。

新幹線の速度向上に必要な費用
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2021年度より

最高速度を飛躍的に上げるには、短絡線の建設や連続立体化が不可欠ですが、わずか10kmを作るだけで1000億円単位のお金がかかる、ということです。

軌道強化や改軌だけなら10kmにつき10億円単位で済みます。現実感のある金額ですが、最高速度はたいして上がりません。そして軌道強化だけなら、それは新幹線ではなく、「在来線改良」にとどまります。

ミニであっても「新幹線」と呼ぶには、改軌が不可欠ですが、先に述べたさまざまな制約から、導入できそうな線区は多くありません。

結局のところ、2021年度の『幹線ネットワーク調査』は、山形、秋田両新幹線のトンネル整備に向けた地ならしの内容にとどまるように感じられます。(鎌倉淳)

広告
前の記事東北ローカル線、復旧見通しの最新情報。8月豪雨被災、五能線など運転再開へ
次の記事「JR SKISKI」日帰りプランが大幅縮小。価格もお高めに