北陸新幹線の「京都市通過」が困難になってきました。京都市議会が大深度トンネルルートへの反対を決議したためです。決議が北陸新幹線小浜・京都ルートへ及ぼす影響について考えてみました。
二つの決議案を可決
京都市議会は、2025年6月6日の市議会で、北陸新幹線に関する二つの議案を、それぞれ賛成多数で可決しました。
一つ目の議案は、「北陸新幹線の京都市内大深度トンネルルートへの反対決議」です。
決議案によりますと「地下水への影響、ヒ素を含む可能性のある大量の残土の処理、工事期間中の渋滞、地元負担の非提示、住民への情報非開示、歴史的・文化的建造物への影響、根本的なB/Cつまり採算性などについて問題のある状況で、現在の計画をこのまま進めることは、京都市の未来に向けて重大な問題を招く」とし、「京都市内大深度トンネルルートへの反対を表明する」としています。
二つ目の議案は、「北陸新幹線延伸計画に係る国等の適切な対応を求める決議」です。
決議案によりますと「北陸新幹線については、国策としての意義は認める」としたうえで、「国や事業主体である鉄道・運輸機構においては、早期の事業推進に当たり、地域の声をしっかりと受け止め、十分な科学的根拠に基づき慎重かつ丁寧な説明を行うなど、適切に対応することを求める」としています。
両案とも可決
簡単にまとめると、一つ目の議案(以下、第一決議)は「京都市内を大深度で通すな」という内容。二つ目の議案(以下、第二決議)は、「丁寧に説明せよ」という内容です。第二決議はルートそのものに対する評価はしておらず、事実上容認する内容です。
第一決議に賛成したのは維新、共産、民主、改新の4会派と3人の無所属議員、第二決議に賛成したのは自民、公明、民主と3人の無所属議員。所属議員2人の民主が両決議案に賛成したことにより、両案とも可決されました。
二つの決議のスタンスは異なるものの、真っ向から対立するものではなく、市議会の意思としては「大深度ルートで作らずに、市民にきちんと説明しなさい」という方向性と受けとめることができるでしょう。
大深度を用いずに
市議会の決議に法的拘束力はありません。しかし、予算案を審議する議会が決議をした意味は重く、今後、大深度で京都市内を抜けるルートで整備を進めるのは難しくなります。
大深度地下使用法では、地下40メートルより深い位置について、土地所有者の許諾を得ずに鉄道などを建設できます。今回の市議会の決議に従うならば、大深度地下使用法を用いずに建設しなければならない、と受けとめられす。
多様な解釈が可能
もっとも、第一決議は、大深度地下使用法の適用可否を論じているものではありません。こうした決議案は、政治的妥協のうえに文案が作られるので、多様な解釈が可能です。この案も、大深度に反対しているのか、ルートそのものに反対しているのか、どちらとも取れる表現になっています。
提案者の本音が「京都市内を通るな」というものだったとしても、それだけでは幅広い支持を得られないため、「大深度ルート」という表現を使っているのかもしれません。
京都市内で、大深度地下使用法が適用された公共事業は過去にありません。そのため、「大深度で作るな」という主張なら、地下空間を使った他の公共事業について過去に認めたこととの整合性も取れます。地下水への影響を懸念する有権者にも受け入れられやすいでしょう。そうした政治的な理由で、こうした決議案になったのではないでしょうか。
「推進決議」ではなく
いっぽう、第二決議は、第一決議への対案のようにみえますが、「北陸新幹線の京都通過を認めよ」といった内容にはなっておらず、「説明を求める」にとどまっています。
つまり「推進決議」ではありません。政府与党の会派が提出した決議案としては腰が引けていて、第一決議への対案とはいえないでしょう。議会が世論を代弁しているのであれば、京都市内の多くの有権者が、北陸新幹線の京都市内通過について、後ろ向きであることを示唆しています。
北陸新幹線が京都市内を通過しても、京都市民のメリットは限られます。いっぽうで、現在の新幹線建設スキームでは、京都市に多額の負担が求められます。京都市にとって「割に合わない」事業であることを、市民も感じ取っているのではないでしょうか。
大深度案は困難に
今回の決議により、新幹線が大深度地下で京都市内を通過する案の実現は、難しくなりました。
では、大深度でなければ、北陸新幹線の京都通過は可能なのでしょうか。決議案の解釈によっては、可能なようにも受けとめられます。
ただ、大深度法を適用しないのであれば、京都市内を通過する際に、地上の土地権利者から、地下を通過する許諾を取らなければならなくなります。それは不可能ではないですが、膨大な時間と費用がかかるでしょう。
いっぽうで、現在のルート案を変更するのであれば、新たなルート案を検討し、環境アセスからやり直しになります。それはそれで、途方もない作業になります。
京都市長も尊重
京都市では、議会だけでなく、松井孝治市長も事業に対して前向きとはいえません。市長は、これまでも、国策としての新幹線の重要性に対する理解を示しながらも、多額の費用負担に対しては警戒する姿勢をみせています。
決議の可決を受けて、松井市長は記者団に対し、「市民からあった懸念を代表的に決議のなかで表明されて、それが可決されたことについては重く受け止めなければならない」「可決された2つの決議と、市民の思いは共通性が高いと思う」と述べ、決議を尊重する姿勢をみせています。
市長と議会のどちらにも、市民を説得して事業を推進しようという姿勢はみられず、北陸新幹線小浜・京都ルートは袋小路に陥りつつあるといえます。
「欲しがらない自治体」に作るのは難しい
北陸新幹線が国策であるならば、イニシアティブを取らなければならないのは政府です。
しかし、現在の新幹線スキームは、沿線自治体の財政負担を前提にしていますので、政府がイニシアティブを取ったとしても、建設費を国が丸抱えするわけにはいきません。「欲しがらない沿線自治体」に新幹線を作るのは難しいのです。
佐賀県議会の決議と比較すると
同じ整備新幹線のルート問題でいえば、佐賀県議会でも、西九州新幹線のルート案について、2020年9月に決議を採択しています。
その内容は「県においては、県民が様々な課題について幅広く議論ができるように、環境影響評価の実施をはじめ様々な可能性を想定しながら、国土交通省との協議を積極的に進めるとともに、西九州ルートの開業により影響を受ける長崎本線沿線地域の振興に尽力するよう強く要請する」というものでした。
県に対し、国との協議を積極的に進めることを求める内容で、京都市議会の今回の決議とは性格がだいぶ異なります。こうした比較からも、今回の決議案の厳しさがみてとれます。
現在のスキームでは困難
筆者の感想をいえば、北陸新幹線の小浜・京都ルートを、現在の整備新幹線のスキームで実現するのは難しいと考えます。
京都市が財政難で、地下鉄運賃の値上げが検討されているような状況で、新幹線に巨費を支出することなど、政治的に困難ではないか、というのが最大の理由です。「新幹線に金を出すより、地下鉄運賃を下げよ」という意見を押さえ込むのは難しいでしょう。
それに加えて、地下を通すことに関する環境面での警戒感や、長期の工事に対する嫌悪感もあります。そうした市民感情を背景に、今回、京都市議会の決議が可決されたことを踏まえれば、実現への難易度は、高まったように思われます。
整備新幹線のスキームを変更し、京都市の財政負担を軽減するなら、まだ可能性はあるでしょう。しかし、いまの与党政治家に、整備新幹線スキームを変えるだけの政治力のある人物は、見当たりません。
敦賀終点が固定化へ
北陸新幹線の新大阪延伸に関しては、米原ルートや湖西ルート、小浜ルート(亀岡経由)にも課題があり、小浜・京都ルートに決定したという経緯があります。その経緯を踏まえれば、いまから他のルートに変更することも難しいでしょう。
となると、北陸新幹線は、新大阪延伸計画を残したまま、事実上、敦賀終点が長期的に固定化されていくことになりそうです。
局面を打開する方法はあるか
では、局面を打開する方法はあるのでしょうか。
可能性があるとすれば、基本計画路線で検討されている、在来線を活用する形での実現でしょうか。政府は「幹線鉄道の高機能化に関する調査」を進める方針を明らかにしていて、2025年の「骨太の方針」にも盛り込まれる見通しです。
幹線鉄道の高機能化は、北陸新幹線を想定したものではありません。基本計画路線を想定した手法です。しかし、現実問題として、敦賀から先をどうするかは、整備新幹線計画を形式的に温存しつつ、こうした新たな手法で検討を進めざるを得なくなるのではないでしょうか。(鎌倉淳)