北海道新幹線の函館駅乗り入れについて、JR北海道の社長が消極的な姿勢を見せています。記者会見での社長発言をまとめつつ、実現への「落としどころ」を考えてみましょう。
「現時点で可能とはいえない」
北海道新幹線の函館駅への乗り入れについては、函館市が3月に調査結果を公表。三線軌条にすることで、技術的には乗り入れが可能としました。実現すれば新函館北斗~函館間の在来線に新幹線が走ることになります。いわば、「函館新幹線」です。
この調査結果について、JR北海道の綿貫泰之社長は2024年4月17日の定例記者会見で、「現時点で可能とはいえない」などと評しました。
綿貫社長の記者会見でのコメントをまとめてみると、以下のようになります。
・乗り入れ可能という文字がひとり歩きしている印象を受ける。技術的な裏付けを技術陣で検討した上でないと本当に乗り入れ可能かどうか疑問符がつく。
・車両の負担をどうするか、営業主体がどうなっていくのかがはっきりしないかぎり、乗り入れが可能とは思わない。
・経営主体や事業性がはっきりしないと本当の意味で乗り入れ可能にならない。
・当社として事業主体にはなり得ないと思っている。
・新たな赤字や負担に応じることはできない。
・函館に寄ってから札幌に行くということは札幌までの到達時間が長くなるため全体的には需要が下がってくる。
・全車両がそういう形(新在対応)にならないとだめなので、いろいろな懸念材料がある。
・新函館北斗・函館間は北海道新幹線開業時に結論が出ているものと考えている。
「函館新幹線計画」を全否定はしていませんが、函館市の調査報告だけを以て「実現可能」という認識が広まっていることに対して、釘を刺した形でしょうか。
JR北海道の懸念点は?
記者会見の内容も含め、報じられている範囲で、JR北海道が懸念を示している点を、以下にまとめてみましょう。
【1】電圧の違いに対応する車両が必要なこと。
【2】その車両費が事業費に含まれていないこと。
【3】フル規格の基準を満たしていない跨線橋が7つあること。
【4】事業主体がはっきりしていないこと。
【5】JRは一切の負担に応じられないこと。
【6】東京~札幌間の新幹線の所要時間が延びること。
JR北海道としては、経済的な負担はもちろん、すでに想定している運行形態を崩すような負担も認められない、ということのようで、かなり厳しい姿勢であることがうかがえます。
対応策はあるのか
JR北海道がとくに懸念を示しているのが【1】【2】の車両費です。調査結果で示された「函館新幹線」は在来線電圧で、信号保安設備も在来線基準です。したがって、函館駅に乗り入れるには、複電圧で両方の保安設備に対応した新在直通車両が必要です。
JR北海道は新在直通車両を保有していないので、函館市や北海道が車両を新造して貸与するか、既存車両の改造費を負担する必要があります。その金額は必要編成数により異なるので定かではありませんが、新造するのであれば100億円単位の話になるでしょう。
【3】のフル規格基準を満たしていない跨線橋については、報告書は「在来線速度で走るなら在来線基準で問題ない」という理屈で押し通しています。
しかし、「それは問題ではないか」とJR北海道は見ているわけです。報告書によると、仮に架け替えるなら70億円がかかります。架け替えないのであれば、ミニ新幹線車両を導入する必要があります。
【4】【5】の事業主体と負担の問題は、並行在来線を運営する予定の三セク会社(おそらく道南いさりび鉄道)が運行するか、JRに委託料を払って運行してもらうほかありません。三セク運営や委託料形式なら、JRは赤字のリスクを負いません。設備を保有する第三セクターや、その出資者である自治体がリスクを負うことになります。
【6】の所要時間の問題は、東京~札幌間の列車に影響が出ない形で実施する必要があります。すなわち、函館駅乗り入れを実施するのは、札幌~函館間の道内完結列車と東京~函館間の直通列車のみ、ということになります。
車両側にコストを転嫁しすぎて
函館市の調査報告書の問題点は、地上設備の投資額を抑えようとするあまり、車両側にコストを転嫁しすぎていることです。しかし、車両を保有するJRは、「そんなコスト転嫁は認められない」といっているわけです。
JRとしては、「札幌開業に向けて準備している車両で、想定している運行形態を崩さない範囲なら、函館駅乗り入れに協力してもいい」というスタンスでしょう。新たな車両形式を導入したり、改造を施したり、想定ダイヤを大きく崩すことには難色を示しているように察せられます。
では、JR北海道は、北海道新幹線札幌開業時に、どのような車両で、どのような運行形態を想定しているのでしょうか。明確にされていることはありませんが、ある程度の推測はできます。
1日30往復程度を想定か
まず、北海道新幹線新函館北斗~札幌間の想定輸送密度は、17,000~19,000と見積もられています。やや過大な見積もりにも感じられますが、実際にこれだけの旅客を運ぶのであれば、10両編成の車両で1日30往復程度の運行が必要です。
この輸送密度は上越新幹線の越後湯沢~新潟間に近い水準で、同区間でも、日によりますが1日30往復程度の列車が運行されています。
一方、現在の東北・北海道新幹線「はやぶさ」は、東京~新青森・新函館北斗間で1日20往復程度が運行されています。これを全部札幌発着にしても、30往復には足りません。盛岡発着便の枠を多少回すとしても、道内完結の区間列車(新函館北斗~札幌間)を設定する必要がありそうです。これが1日5~10往復程度になると予想できます。主に朝夕の運行でしょう。
JR北海道は、この道内完結便を、おそらくE5/H5系(またはその後継車両)10両編成で運行する想定でしょう。車両の種類が増えると維持管理の手間が増えるので、東京発着便との共通運用を考えているはずです。ただ、一部で、古い車両を使った短編成化は実施するかもしれません。
E5/H5系が改造なしで乗り入れるには?
JR北海道が「新たな負担なし」を求めているのであれば、メンテナンスの負担が生じないように、このE5/H5系が、改造なしで乗り入れられるようにする必要があります。
その場合、函館~新函館北斗間の地上設備を新在共用にする必要があるでしょう。最も問題となる電圧は新幹線用にしてしまい、普通列車は気動車で走らせるのも一つの方法です。信号設備も新在に対応する形にします。
JR北海道が懸念を示した跨線橋も、架け換えるのが前提となるでしょう。E5/H5系がそのまま乗り入れられるようにして、事業リスクをすべて三セク会社がかぶることにすれば、JR北海道として断る理由がなくなります。
E5/H5系が改造なしで函館駅に乗り入れるための地上設備改修にどれだけの費用がかかるのか。函館市の調査結果には示されていません。まずは、それを調査し、JR北海道が理解を示すのが次の段階で、「落としどころ」ではないか、と思われます。
他の沿線自治体の理解も必要
七飯町や北斗市といった他の沿線自治体の理解を得ることも必要になります。
他の沿線自治体は、新幹線が函館駅に乗り入れることで、快速「はこだてライナー」が廃止され、住民利便性が低下することを懸念しているとみられます。
これについては、「函館新幹線」を、新函館北斗~函館間のみ普通運賃で乗車できるようにすれば対応できます。
また、「函館新幹線」により、三セク会社の経営が悪化しないことを示さなくてはなりません。
北海道も消極的で
そうした前提で、並行在来線の事業計画を立てて、国の補助金を得られるような枠組みを考える必要があります。
正直なところ、ハードルはかなり高く、「現段階で実現可能」とはとても言えません。この点は、綿貫社長のコメント通りでしょう。
さらにいえば、こうした調査や交渉を函館市が全て担うのは荷が重そうです。実現には北海道の強い後押しが必要になるでしょう。
懸念があるのは、その北海道が、新幹線函館駅乗り入れに消極的と見受けられることです。現段階では費用負担を警戒してのことかもしれませんが、もう少し前向きに受けとめてもいいのではないか、と思わなくもありません。(鎌倉淳)