ローカル線、輸送密度2000人以下で法定協議か。国交省「地域モビリティ検討会」資料を読み解く

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首都圏と新幹線の利益で内部補助

鉄道会社側が用意した資料も公開されています。JR東日本とJR西日本、近江鉄道の3社です。

『JR東日本の地方交通線の現状と取り組みについて』という資料は、同社の地方交通線の路線別の輸送密度の変化を明らかにしています。これも路線名ごとで、1987年に輸送密度2000人以下が13路線だったのに対し、2020年度は26路線に増加したことが示されています。

JR東日本輸送密度の推移
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

また、同社では、首都圏と新幹線の黒字で、地方ローカル線の赤字を内部補助していることを説明し、新型コロナの影響でバリアフリーや安全投資への原資が不足すると訴えています。

そして、安定的な事業継続のためには、「首都圏を含め効率的な業務の再構築」が必要としています。

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JR東日本の要望

具体的には、列車本数の削減や、無人駅の廃止、保守間合いの拡大、架線レスなど設備のスリム化、踏切廃止を例示し、沿線自治体に協力を求めました。

JR東日本の取り組み
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

そのほか、ローカル線の利用促進や、岩泉線、大船渡線、気仙沼線のバス転換の事例を説明しています。

そのうえで、この検討会に、以下のことを要望しました。

まず、鉄道事業者と沿線自治体などとの対話・協議を円滑に進めるための枠組みづくりです。地域公共交通活性化再生法と連動させる形で、鉄道会社と自治体が協議できる場を、枠組みとして作って欲しいということです。

また、路線の特性に応じた運賃や、モード間の乗り継ぎへ配慮した運賃など、柔軟な運賃設定を可能とするような枠組みも求めました。これはローカル線の加算運賃や、鉄道とバスとの通算運賃といった運賃制度の構築を、国側に求めたといえます。

そのほか、予算や税制上の支援や、鉄道廃止後の橋梁などの利活用や撤去などの取扱いについても支援を求めています。

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「維持していくことは難しい」

次に、JR西日本の資料を見てみましょう。

JR西日本は「ローカル線に関する課題認識」として、鉄道は自動車に比べてきめ細かな移動ニーズに応えられず、線区によっては沿線住民の役に立っていないとの見方を示しました。特に、輸送密度が2,000人未満の線区において、「このままの形で維持していくことは非常に難しい」と踏み込んだ表現をしています。

さらに、地域交通全体について、「鉄道に限らずバス・タクシーを含め厳しい状況」にあるとした上で、「当社の課題でもあり、地域社会全体の課題」と位置づけ、「利用しやすい最適な地域交通体系を、地域と共に模索・実現したい」と目標を掲げました。

要するに、輸送密度2,000人未満の路線に関して、JR西日本が単独で維持するのは困難で、「地域社会全体」の問題として検討して欲しいと訴えたわけです。

JR西日本の輸送密度図は以下の通りです。こちらは路線名ごとではなく、より細かい区間で区切っています。

JR西日本輸送密度図
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

JR東日本同様、輸送密度4,000人未満の路線の推移も示しました。1987年度と2019年度、2020年度の比較を示したグラフです。こちらは路線名ごとです。

JR西日本輸送密度グラフ
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

輸送密度2,000人未満の線区は、1987年の5路線から、2019年度は15路線に増えています。

そのほか、高山線での利用促進や路線維持の取り組みを例示した後、富山港線、三江線を「モード転換事例」として説明しました。

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JR西日本の要望

こうした説明のあと、JR西日本は、検討会において次のことを議論するように求めました。

まず、鉄道事業者と自治体との対話が開始できるように、輸送密度2,000人未満の線区など、一定の明確な基準を設ける仕組みの検討です。この仕組みを地域公共交通活性化再生法に組み込むなどの方策の検討も求めました。

つぎに、モード転換など「抜本的な構造改善策」に取り組む際に、国や自治体における予算・税制等の支援措置の拡充・新設を求めました。

さらに、「抜本的な構造改善策」に取り組む路線について、総括原価方式の枠外で柔軟な運賃を設定できる仕組みの検討も要望しています。輸送密度2,000人以上の線区についても、支援を拡充する仕組みの検討を求めました。

また、モード転換する場合、橋梁などの利活用や撤去等の取り扱いについて、支援を求めました。

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4つの要望事項

JR東日本とJR西日本の要望事項はほぼ同じで、以下の4つに集約されます。「ローカル線に関する地方自治体との協議の枠組みをつくり、地域公共交通活性化再生法に組み込む」「モード転換時における財政支援」「柔軟な運賃制度」「鉄道廃止後の施設撤去時の支援」です。

とくに、最初の「自治体との協議の場」については、JR側がローカル線の協議を自治体に投げかけても、協議の場に付いてもらえないという、現状の問題点を投影したものといえます。

自治体の立場としては、協議の場につくこと自体が、廃止への一里塚になってしまうのではないか、という警戒感があります。そこで、JRとしては、一定の輸送密度を下回った路線については、自治体が参加義務を負う形での協議会の枠組みを作って欲しい、ということでしょう。これがおそらくは、JRの最大の要望点とみられます。

輸送密度2,000人

その基準ですが、JR東日本とJR西日本の資料を読む限り、輸送密度2,000人を目安にしているようです。とくにJR西日本は、輸送密度2,000人未満の路線について「このままの形で維持していくことは非常に難しい」と明記した点に、強い決意を感じます。

このJR側の要望が通った場合、輸送密度2,000人未満の路線について、法定協議会のような枠組みが作られる可能性が高そうです。ただし、法定とする場合、「路線名」で区切った輸送密度に基づくのか、路線をさらに区切った「線区」に基づくのかは、難しい問題として残るかもしれません。

JRは、近年の情報開示で、より細かい線区での輸送密度を公表するようになっています。同じ路線でも区間によって輸送密度は全く異なる場合がありますので、輸送実態にあわせた「線区」で区切る形が合理的なのは確かです。ただ、区切り方によって異論が生じるのは避けられないでしょう。

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近江鉄道の再生劇

最後に、近江鉄道の説明資料も見てみます。

近江鉄道の輸送密度は全線平均で1,786人(2019年度)で、2,000人未満を下回っています。

ピーク時の1967年に比べて輸送人員は半減しており、2016年に鉄道会社側が路線の維持が困難として、沿線自治体に協議を申し入れました。

近江鉄道輸送密度
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

2017年から沿線自治体と近江鉄道側で勉強会がはじまり、2018年から2019年にかけて、「近江鉄道線活性化再生協議会」という任意協議会を設けました。そこで、廃止した場合の影響や代替手段を検討する一方、存続スキームの調査・検討も行っています。

2019年11月に、「近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会」という法定協議会を設定。この法定協は、地域公共交通活性化再生法に基づくものです。

その協議で、近江鉄道線全線の存続を決定し、2024年度から公有民営化方式による上下分離への移行も決まりました。2021年には地域公共交通計画を策定しています。

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近江鉄道はなぜ呼ばれたか

近江鉄道の存続の決め手となったのは、廃止した場合に代替施策を実施した場合の費用が、存続した場合の財政支出や事業損失額を大きく上回るという試算です。代替施策の費用には、医療、教育、建設などの幅広い分野が考慮されています。

また、バス・BRTに転換した場合、近江鉄道の輸送量に対応できるだけの乗務員を確保できない可能性も指摘されました。こうした議論を経て、近江鉄道の存続が決まったのですが、その役割分担は以下のような形で図示されています。

近江鉄道支援スキーム
画像:鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会

国交省としては、他のローカル線も、こうした役割分担で地域公共交通を支えてほしいと考え、近江鉄道を会議に招いたのでしょう。

端的にいえば、輸送密度2,000人未満のローカル線を維持するには、近江鉄道のように上下分離をおこない、地元がある程度の費用負担をする必要がある、ということです。

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着地点は?

国交省の「地域モビリティ検討会」の資料を読み解いてきました。ここまでで、検討会のおおまかな着地点は見えてきたでしょう。

すなわち、輸送密度2,000人未満の路線について、地域公共交通活性化再生法に基づいて協議できるような枠組みを整えることが、最終的なとりまとめの最大のポイントになるとみられます。

法定協議を経て鉄道存続をする場合、近江鉄道が一つのモデルになります。沿線自治体が出資する三セクなどが鉄道施設を保有する上下分離とし、それを支援する税制や予算措置を検討するのでしょう。

こうした形でJR線のローカル線が存続する場合、加算運賃を設定できる制度が設けられるかもしれません。

バス転換する場合も、鉄道運賃と通算できるような、新たな制度が検討されそうです。バス転換後のバス運賃を、JR線鉄道運賃と一定区間で通算できれば、利用者の負担は軽減できるでしょう。

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2022年度夏までに結論

「地域モビリティ検討会」は、3月3日に第2回の会合を開き、自治体からヒヤリングをおこないます。

自治体の意見はまだわかりませんが、鉄道維持にしろ、バス転換にしろ、国の制度的な介入や財政的な支援を求めるとみられます。特定地方交通線の「転換交付金」のようなものが支給されるとは思えませんが、何らかの新たな支援の枠組みが検討されるかもしれません。

自治体のヒヤリングの後、第3回で論点整理をおこない、第4回でとりまとめ案を検討し、7月に予定されている第5回でとりまとめ案の決定という段取りになっています。国交省としては、2022年夏までに結論を得て、2023年度の概算要求などに反映したい考えです。

4~5年後に「大整理」か

ここまで記したことは、「地域モビリティ検討会」の最初の資料を読み込んだだけの推測にすぎません。実際にどういう形でとりまとめられ、国交省の政策として採用されるかは、何も決まっていません。

ただ、2022年夏までに何らかの政策方針の決定が行われるのは確かです。その場合、2023年度予算で新たな枠組みの検討が開始され、2024年度か2025年度に新制度がスタートするというスケジュールになるのでしょう。どういう制度になるかはわからないものの、これを機に、各地のローカル線で「協議」が本格化することに関しては間違いなさそうです。

となると、協議には一定の時間がかかるとはいえ、早ければ、4~5年後から「輸送密度2,000人未満」の路線の大整理が始まる可能性があります。一定数は上下分離という形になるのでしょうが、輸送密度200人という新たな区切りを下回る路線については、廃線の可能性が高いと言わざるをえません。

いずれにせよ、特定地方交通線以来40年ぶりとなる「ローカル線大整理」が始まりそうで、いまから心配です。(鎌倉淳)

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