沖縄鉄軌道計画の調査で、内閣府が2023年度の報告書を公表しました。蓄電池電車の導入可能性を調査し、建設区間の短縮も検討しています。費用便益比の計算方法の変更も検討されていて、再試算がおこなわれれば、「1」を超えるかもしれません。
沖縄鉄軌道調査
内閣府では、沖縄本島に鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システムを導入するための基礎調査(沖縄鉄軌道等導入課題検討調査)を2012年度から行っています。いわば、「沖縄縦貫鉄道」に関する調査で、その2023年度の調査報告書がまとまりました。
内容を紹介する前に、まずは、これまでの調査で固まったルート案(基本案)を振り返ってみます。
沖縄縦貫鉄道の想定区間は糸満市~名護市の約80kmです。那覇市と名護市を約60分で結ぶことを目標としています。
南の起点である糸満市から、那覇市、宜野湾市、沖縄市、うるま市を経て、西海岸の恩納村に転じ名護市に至る「本線」と、那覇空港へ分岐する「空港接続線」で構成され、本部町へ延伸する「北部支線軸」も検討されています。
那覇~普天間間では、国道330号線沿いの地下(ケース2)と国道58号線沿いの高架(ケース7)の2案があります。どちらのルートを採用するかについては決まっていません。
B/Cは1に及ばず
これまでに検討された導入システムは多岐にわたります。普通鉄道のほか、トラムトレイン、スマートリニアメトロ、高速AGT、HSST(磁気浮上方式)、小型鉄道(粘着駆動方式)といった輸送機関が候補にあがっています。
しかし、いずれのシステムでも、建設による費用便益比(B/C)が鉄道新線の建設基準である「1」に遠く及ばない状況で、累積損益収支も赤字の見通しです。
2022年には、政府が新たな「沖縄振興基本方針」を制定し、沖縄鉄軌道について「全国新幹線鉄道整備法を参考とした特例制度を含め、調査・検討を行う」方針を示しました。整備新幹線並みの手厚い補助制度の適用を検討するものです。
ただ、整備新幹線方式であっても、着工にはB/Cが1以上でなければならないという前提条件は変わりませんので、事業着手へ向けた追い風にはなっていません。
最新技術の導入検討
このほど発表された2023年度調査では、最新技術の導入可能性について検討しています。具体的には、架線式蓄電池電車やハイブリッド電車、水素燃料電池電車などを導入することで非電化区間を設定し、建設費を節減しようという考え方です。
このときハードルとなりそうなのが、トンネルです。沖縄縦貫鉄道は地下に建設される区間が長いため、車両や地下駅、地下トンネルで火災対策が求められます。
この点で、ハイブリッド電車は、軽油という可燃性燃料を積載しているだけでなく、発電時にディーゼルエンジンから排気ガスが発生することが難点となります。
水素燃料電池電車については、水素燃料の漏洩や引火爆発の危険性があるため、地下トンネル内への導入は困難です。
そのため、実際に検討対象となったのは、架線式蓄電池電車のみとなりました。JR九州のBEC819系をモデルに、沖縄鉄軌道への適用を検討しています。
7割を非電化区間に
蓄電池電車は非電化区間を走行できます。非電化区間は架線が不要なので、トンネル区間の断面積を小さくでき、工事費を削減できます。
ただし、架線式蓄電池電車は非電化区間が長すぎると充電が持ちません。そのため、全区間を非電化とするわけにはいかず、電化区間と非電化区間を設定します。
具体的には、電化区間を普天間飛行場~コザ十字路、恩納~喜瀬の2区間約21kmに絞り、全体の7割以上は非電化区間とします。
そのほか、架線式蓄電池電車の折り返しや長時間留置する駅(糸満市役所、うるま具志川、名護、那覇空港)では、フル充電できるように急速充電装置を設置します。
糸満発名護行き快速
糸満市役所発名護行下り快速列車を例に取ると、糸満市役所で急速充電装置によりフル充電が完了。糸満市役所を出発後、普天間飛行場までの非電化区間は蓄電池で走行します。
普天間飛行場からコザ十字路までの電化区間は架線からの給電によって走行、同時に充電を行います。コザ十字路から恩納までの非電化区間は蓄電池による走行です。
恩納から喜瀬までの電化区間は架線からの給電によって走行、同時に充電を行います。喜瀬から名護までの非電化区間は蓄電池で走行し、終点の名護に到着します。
架線式蓄電池電車の糸満市役所~名護の所要時間は、快速で約78分となります。普通鉄道の約74分と比較して約4分増加します。
概算事業費は約7780億円となり、普通鉄道の約8290億円と比較して、約510億円(約6.1%)低減しています。
全固体電池なら?
沖縄縦貫鉄道では、特に中南部地域において急勾配区間が生じます。そのため、現在の蓄電池の性能では、電力容量の面で厳しい側面があります。
ただし、蓄電池については、これまで主流であったリチウムイオン電池から全固体電池へのシフトが想定されています。
近い将来に全固体電池が量産化されれば、その性能によっては全線非電化とすることも検討できます。とはいえ、現状でも7割程度が非電化の想定なので、全線非電化となっても、劇的に事業費が下がるわけでもなさそうです。
ちなみに、蓄電池式車両を導入した場合の費用便益比(B/C)は0.66で、スマート・リニアメトロ(0.66)や粘着駆動方式小型鉄道(0.67)と同水準です。トンネル断面を減らすという点では同じ考え方なので、B/Cが同水準になるのは当然かもしれません。
最新B/C一覧
今年度の調査では、コスト縮減策の検討や需要予測モデルを調べ直して、さまざまなパターンで新たなB/Cを算出しています。
詳細は下図の通りです。おおざっぱなルートはどれも同じですが、「ケース2」は国道330号(内陸寄り)、「ケース7」は国道58号(海岸寄り)です。
北部支線軸は名護市~海洋公園間を設置する場合、「ケース12」は空港接続線を建設する場合で、下表の検討⑧では糸満~那覇間を建設しない仮定です。
南部削減案でB/C高く
表をご覧になっていただければわかるとおり、普通鉄道を複線で建設する基本パターンは、事業費9800億円、B/Cは0.53となりました。
一部単線化などの費用削減案を組み合わせた場合、高速AGTが0.71、HSSTが0.75となっています。HSSTでは、建設区間を那覇空港~名護間に絞り、南部(那覇~糸満)への路線を作らない場合に0.82となりました。これが最も高い数字です。
ただ、HSSTでなくても、那覇~糸満間を作らなければ、どの方式でも数字は上がるでしょう。したがって、糸満方面への建設を先送りすれば、費用便益比が現実的な数字に近づくことがわかります。
評価方法の変更も
鉄道新線のB/Cは、『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』に基づいて計算されます。マニュアルは現在改訂作業中で、近い将来に、B/Cの計算方法が変更になる可能性があります。
具体的には社会的割引率という数字に参考値を設定し、便益に乗せられる要素も増やす方針のようです。こうしたことから、B/Cはこれまでより高い数字が出やすくなる可能性があります。
となると、現状のB/Cが0.82ならば、マニュアル改訂で1を超える可能性も出てきそうです。実際、沖縄県の独自の調査では、社会的割引率の設定によっては、那覇~名護間で1を超えるという試算があります。
そこへ、基本方針に示された「整備新幹線並みの補助」を適用し、国の補助率を高くすれば、採算性も確保しやすくなるでしょう。B/Cと採算性をクリアすれば、着工へ大きく前進します。
区間短縮に新味
2023年度の沖縄鉄軌道調査報告書は、他にも検討結果が記されていますが、正直なところ、新味に乏しい内容になっています。
ここで紹介した蓄電池車両の検討についても、「電化区間と非電化区間を混在させる」こと自体が非現実的にも思われます。厳しい言い方をすれば、予算消化のための調査になっている観が否めません。
それでも、建設区間を那覇~名護間に限定したB/Cを提示したことは、一つのポイントになるかもしれません。
建設区間を短縮し、社会的割引率を下げ、整備新幹線並みの補助率を適用すれば、建設基準をクリアする可能性が出てきたと受け止めることもできます。
もっとも有効なのは、建設区間を那覇~石川間に絞ることでしょう。北部の名護方面を切り離し、人口密度の高い中部に建設区間を限れば、B/Cが1を超えることは可能にも思えます。
ただ、名護まで作ることに政治的な意味があるため、内閣府の調査でそうした試算を提示するのは難しいのかもしれません。
B/Cの再計算で変わるか
前述の通り、内閣府の沖縄鉄軌道調査は、政府の「沖縄振興基本方針」に基づいて実施されています。
2024年度も調査は継続され、「コスト縮減方策等の調査検討」「需要予測モデルの精緻化」「モデルルートや概算事業費等の精査」「需要喚起方策等の検討」「新たな鉄軌道等導入効果計測手法や鉄軌道等に関する制度」などについて検討をする予定です。
すでにほとんど調べ尽くされた観もあるテーマですが、『評価手法マニュアル』改訂が実施されるなら、それを受けてB/Cの再計算が行われるでしょう。ならば、2025年度以降の調査で動きがあるかもしれず、継続に意味が出てくるかも知れません。(鎌倉淳)