羽越新幹線と奥羽新幹線の実現性を検討する沿線自治体のプロジェクトチームが、両新幹線のルート、停車駅、輸送密度、費用対効果などの調査結果を発表しました。羽越・奥羽新幹線構想が、初めて具体的な形で明らかにされたといえます。詳細をまとめてみました。
基本計画路線
羽越新幹線と奥羽新幹線は、全国新幹線計画の基本計画路線に位置づけられています。計画区間は、羽越新幹線が富山~新青森間、奥羽新幹線が福島~秋田間です。羽越新幹線の一部(富山~上越妙高、長岡~新潟)は、上越・北陸新幹線として既開業済です。未開業区間については、ルート詳細などは決まっておらず、これまで費用便益比などの検証なども行われてきませんでした。
北海道新幹線や北陸新幹線などの整備新幹線の建設にメドが付いてきたことから、山形県を中心とした沿線6県は、「次の整備新幹線」入りを目指して建設促進運動を開始。2017年には「羽越新幹線建設促進同盟会」と「奥羽新幹線建設促進同盟会」を設置し、需要予測や費用対効果を算定する調査を進めてきました。その結果がまとまり、2021年6月21日に公表されましたので、内容を見てみましょう。
想定ルート
まず、羽越・奥羽新幹線の想定ルートです。基本条件として、最小曲線判型を4000mとし、主要都市間を可能な限り最短で結ぶルートを検討しました。市街地の通過は可能な限り回避し、山岳地域では山岳トンネルでの通過を想定します。その結果、総延長は、羽越新幹線が656.3km、奥羽新幹線が265.6kmとなりました。
想定停車駅は、在来線特急列車停車駅のうち、おおむね15km以上の間隔をあけることを基本として設定しました。新設駅は、在来線駅に併設するとは限りません。
速達タイプの停車駅は2面4線、それ以外の駅は2面2線とします。駅のホーム長は8両対応の210mです。
なお、いずれの路線も、正式なルートや停車駅については、整備計画への格上げ後に決まります。本調査におけるルートや停車駅は、需要予測や費用便益比を計算するための仮定にすぎません。
羽越新幹線の想定停車駅
羽越新幹線の想定停車駅は、富山、黒部宇奈月温泉、糸魚川、上越妙高、柏崎、長岡、燕三条、新潟、新発田、村上、鶴岡、酒田、羽後本庄、秋田、東能代、鷹ノ巣、大館、弘前、新青森の各駅です。
速達列車の想定停車駅は、各エリアの「生活圏」において最大の人口を有する都市を中心に設定します。具体的には、富山、上越妙高、長岡、新潟、鶴岡、秋田、弘前、新青森となっています。
実際に開業した場合、羽越新幹線は富山(新大阪)~新青森間の列車よりも、東京発着が中心となるでしょう。その場合の速達タイプの停車駅は、東京、上野、大宮、高崎、長岡、新潟、鶴岡、秋田、弘前、新青森を想定します。
奥羽新幹線の想定停車駅
奥羽新幹線の想定停車駅は、福島、米沢、赤湯、山形、さくらんぼ東根、新庄、湯沢、横手、大曲、秋田の各駅です。速達タイプの停車駅は福島、山形、秋田のみです。東京発着の速達タイプの停車駅は、東京、大宮、福島、山形、秋田を想定します。
羽越新幹線の所要時間
所要時間については、既存の整備新幹線の最高速度260km/hと、国内新幹線の最高速度320km/hの2パターンで試算しています。以下では、320km/h運転での所要時間を表示します。
東京発着は以下です。
羽越新幹線の速達タイプでは、富山~新青森間が3時間2分。東京~秋田間が2時間51分、東京~新青森間が3時間38分です。
奥羽新幹線の所要時間
奥羽新幹線の所要時間は以下の通りです。
奥羽新幹線の速達タイプの所要時間は、東京~秋田間が2時間23分、東京~山形間が1時間40分です。秋田駅は鉄道が有利とされる3時間を大きく下回り、山形は2時間を切ることが想定されます。
運転本数と車両
1日あたりの運転本数は、羽越・奥羽両新幹線が開業した場合、新大阪~新潟、新大阪~新青森、東京~新青森(新潟経由)、東京~新青森(山形経由)、東京~秋田(同)の5系統が、各16往復と試算しています。各系統が毎時1本程度、複数系統が走る区間は毎時2本程度です。
車両は320km/h運転が可能なE5系を想定。320km/h運転の場合で、羽越新幹線で216両(27編成)、奥羽新幹線で120両(15編成)、羽越・奥羽新幹線を同時整備した場合に計360両(45編成)と想定します。車両単価は1両3.6億円と仮定し、総額の車両費は1,296億円となります。
概算工事費
概算工事費は、全線を複線フル規格で、これまでの新幹線と同等のものを建設する場合、羽越新幹線が3兆5250億円、奥羽新幹線が1兆9525億円、羽越・奥羽新幹線同時開業で5兆4833億円と試算しました。
単線化、駅舎の簡略化、高架ではなく地平・盛土構造での建設などにより費用を圧縮した場合、羽越新幹線で2兆5942億円、奥羽新幹線で1兆4451億円、同時開業で4兆393億円となります。
ただし、単線整備の場合は列車交換による表定速度の低下や運行本数の制限が生じます。地平構造の場合は、交差道路との立体交差対応や、排水・排雪設備の整備が必要になります。
需要予測
次に需要予測です。需要予測は、羽越・奥羽新幹線を2030年の着工、2045年の開業と設定します。工期は15年程度を見込みます。
需要予測の基準年次については、開業想定時点と設定した「2045年」と、開業後15年後の「2060年」の2点で推計しています。
また、最高速度320km/hと260km/hの両速度で推定していますが、当記事では、主に320km/h運転の数字を用います。そして、整備パターンの分類として、「ケース1」が羽越新幹線のみ整備、「ケース2」が奥羽新幹線のみ整備、「ケース3」が羽越・奥羽新幹線の同時整備として、それぞれ検討しています。
まず、輸送密度ですが、320km/h運転の場合で、新潟~新青森間が11,000~16,700、上越妙高~長岡が14,000~18,000、福島~秋田が19,300~25,100と試算されました。
断面交通量を図にすると以下のようになります。
羽越新幹線は、単独開業の場合(ケース1)は利用者が多いのですが、奥羽新幹線との同時開業(ケース3)では、とくに新発田~秋田間の利用者が少なくなります。東京~秋田以西の利用者が奥羽新幹線を利用するためとみられます。
奥羽新幹線は、単独開業(ケース2)でも同時開業(ケース3)でも差は小さく、途中、山形とさくらんぼ東根で大きな減少がみられます。
費用便益比
需要予測と建設費などに基づいて算出した費用便益比(B/C)を見てみましょう。
今回の試算でポイントになるのが、「社会的割引率」(割引率)です。これは、便益・費用の当該年度発生額を現在価値に割り戻すときの割合です。国の指針では過去の国債利回りを基に4%を使用することになっていますが、今回の調査では、近年の国債利回りが低いことを理由に、参考値として3%、2%の割引率の場合も計算しています。
基準となる複線高架橋主体のフル規格新幹線を作った場合が下表です。「展望」は320km/h運転、「ベース」は260km/h運転を指します。
320km/h運転でのB/Cは、羽越新幹線単独整備が0.70、奥羽新幹線単独整備が0.65、羽越・奥羽新幹線同時整備が0.62となっています。
一方、単線化など建設費圧縮を全体の33.9%にわたって実施した場合が下表です。羽越新幹線単独整備が0.96、奥羽新幹線単独整備が0.90、羽越・奥羽新幹線同時整備が0.86となります。いずれも、基準となる「1」を上回ることはできません。
しかし、社会的割引率を3%と仮定した場合、羽越新幹線単独整備が1.21、奥羽新幹線単独整備が1.13、同時整備が1.08となり、いずれも基準の「1」をクリアします。2%と仮定した場合は、それぞれ1.55、1.44、1.38となり、高い数字となります。
優先順位は?
費用便益比の数字が高いのは羽越新幹線単独整備ということになります。ただ、整備距離が長く、建設費が高いこともあり、上越妙高~新青森間を一気に整備することはあり得ないでしょう。
羽越新幹線のなかで整備効果が高そうなのは、新潟~秋田間の単独整備(奥羽新幹線を整備しない)と思われます。その場合、東京~秋田が1時間51分で結ばれるので、秋田新幹線の利用者からの遷移が見込まれます。ただ、その後に奥羽新幹線を整備した場合、新潟~秋田間の輸送密度が激減してしまうでしょう。
一方、奥羽新幹線単独整備は山形、秋田の両県庁所在地をフル規格でつなぐことができ、整備距離も比較的短く、想定輸送密度も高そうです。B/Cの数字も羽越新幹線単独整備と遜色ありません。ただ、ここを整備してしまうと、羽越新幹線の整備価値が下がってしまいます。
要するに、「羽越新幹線全線」と「奥羽新幹線全線」「両新幹線同時開業」という3つの想定パターンに、やや無理があるとも感じられます。実際には、新潟~鶴岡~秋田間と、福島~山形~秋田間の比較になると思いますが、そういう視点はありません。優先順位をつけるのは、この調査の目的ではないからでしょうか。
また、羽越新幹線のもう一つのポイントである新潟県内区間(上越妙高~長岡)は、輸送密度が15,000人程度と推定されました。微妙な数字ですが、優先順位をつけるにしても、最上位にはこないでしょう。
実現できるのか
試算で気になるのは、社会的割引率の値です。基準となる4%ならB/C「0.86」のところ、2%なら「1.38」にまで跳ね上がるとなると、その影響はかなり大きいと言わざるを得ません。
基準どおりでは「1」を超えないので、苦肉の策として、割引率を下げて「1」を超える数字を繰り出したようにも感じてしまいます。
割引率の「参考値」という奇策に振り回されず、冷静に見返してみれば、複線高架320km/hで0.62~0.70、単線盛土260km/hなら0.65~0.74というのが費用便益比の試算結果です。「1」に遠く及ばないのが現実で、鉄道整備の基準に照らせば建設は困難という結論に落ち着いてしまいます。
結局のところ、この調査は、さまざまな検討を行う上でのたたき台としては意味がありますが、それ以上のものではなさそうです。その先を決めるのは政治であり有権者である、というところでしょうか。
実現できない構想とまではいえませんが、並行在来線や貨物列車の扱いなどもあり、そう簡単な話ではなさそうです。(鎌倉淳)