伊予鉄道松山市内線の路面電車を、JR松山駅の西側まで延伸する計画があります。
JR松山駅前停留所付近から、国道196号線(松山環状線)との交点にあたる南江戸まで新線を建設します。開業時期は2020年代半ばとみられます。将来は松山空港まで延伸する構想もあります。
伊予鉄道松山市内線延伸の概要
伊予鉄道松山市内線は松山市内を走る路面電車です。市の中心部を一周する環状線と、道後温泉方面などへ伸びる路線で構成されています。JR松山駅前も通りますが、駅前広場には乗り入れていません。
JR松山駅周辺では、予讃線の高架化を含む「松山駅周辺整備事業」が行われています。これにあわせて、路面電車を駅前広場に引き込み、さらに駅西側の南江戸まで延伸させる計画があります。
JR予讃線が地上を走っている状況で松山市内線を駅西側へ延伸させるには、平面交差が生じます。そのため、延伸は法的にも技術的にも不可能でした。しかし、JR線の高架化により、これらの課題を解決できるようになりました。
延伸計画は、JR高架化にあわせて整備されている松山駅西口南江戸線という都市計画道路に軌道を敷設するものです。国道196号線(松山環状線)と接する南江戸付近まで延伸する計画で、延伸距離は約700mです。途中駅の計画はありません。
JR松山駅停留所移設
JR松山駅の東口では、これまで道路上にあった路面電車の停留所を駅前広場に引き込む計画が進められています。
当初計画では、歩行者と自転車、路面電車のみが通行する道路(トランジットモール)とし、JR高架下に停留所を設ける構想でした。しかし、路面電車の運行系統の問題などから実現しない方向性になっています。
最終的な計画では、路面電車の新路線は、JR松山駅東口の駅前広場から予讃線の高架下を抜けて、駅西側に至る形を想定しています。
松山空港延伸構想
松山市内線(路面電車)の南江戸延伸は、最終的には松山空港までの延伸を視野にいれています。
2015年度に、愛媛県において「松山空港アクセス向上検討会」が設けられ、松山空港への鉄道延伸について議論されました。検討会の結果として、2018年3月に『松山空港アクセスに関する検討結果報告書』がまとめられています。
報告書によりますと、松山空港へのアクセス鉄道は、伊予鉄道松山市内線に乗り入れるAルートと、伊予鉄道郊外線(郡中線)に乗り入れるBルートが検討されました。Aルートに関しては、導入空間(道路)によって、さらに3ルートに分類されました。
A-1ルートの導入空間は松山空港線(新空港通り)、A-2ルートは新玉49号線、A-3ルートは松山空港線(旧道)です。それぞれ、路面に直接軌道を敷設する地上案と、高架案が検討されています。Bルートは松山空港線(旧道)に高架で鉄道路線を建設します。いずれの案も、道路の拡幅を伴うようです。
路線延長はAルートが5.0~5.1km。Bルートは5.7kmで、うち既存の郡中線1.3kmを使います。これらを建設する場合、建設費が最も安いのがA-3(旧松山空港線)地上案、最も高いのがA-2(新玉49号線)高架案となりました。
費用便益比(B/C)を検討したところ、いずれのルートも1.0を超えることはできませんでした。そのため、現時点での松山空港アクセス鉄道の建設は決定していません。
ただ、空港利用者の増加や、沿線居住者の増加などがみられた場合は、費用便益比が1.0を超える可能性もあるとしています。その場合は、費用便益比が最も優れたA-2案(新玉49号線)が有力で、つづくA-3案も可能性が残ります。
報告書によると、「空港リムジンバスの廃止による空港利用需要の集約を前提とした上で、空港利用客数の増加、居住の集約などによる需要の増加や速達性の向上など各シナリオで想定した条件値がすべて満たされる環境となる場合」にB/Cが1を上回ると試算され、「将来の実現の可能性がある」としました。
A-2案を基にした延伸ルートは以下の通りです。
伊予鉄道松山市内線延伸の沿革
伊予鉄道松山市内線の西江戸延伸は、JR予讃線の高架化とセットの案件です。JR松山駅付近立体高架化事業は、1990年の松山鉄道高架検討協議会の設置に始まります。
路面電車を駅前広場に引き込む構想は、2001年に明らかになりました。2001年2月21日に、松山市「松山まちづくり交通計画調査策定委員会」の第3回会合が開催され、JR松山駅周辺の交通基盤整備案が松山市から提案・説明されました。このなかで、東口広場内に市内電車を引き込む、という市内電車のJR松山駅前広場乗り入れ案が提示されました。
同年11月13日の会合では、JR松山駅前広場の整備構想関連として、市内電車を広場北側に引き込む案がまとめられ、将来的な駅西側へ延伸構想も示されました。
その後、2003年6月9日に開かれた「JR松山駅付近鉄道高架事業促進期成同盟会」の総会において、松山市側が、伊予鉄道の路面電車延伸案を発表。軌道を現在の松山駅前電停から西に約700m延伸する方針を明らかにしています。
当時の報道によると、JR松山駅前電停から西に直進する新設道路「駅広東西連絡線」を一般車乗入れ禁止のトランジットモールとし、そこに軌道を敷設して西進。高架化されたJR松山駅下に新停留所を設置し、さらに駅西に新設される道路「駅西口南江戸線」上に併用軌道を敷設して西進し、既設道路「松山環状線」との交差部分までの約700mを延伸するというもの。この骨格がそのまま都市計画決定されるので、延伸計画は2003年時点で固まったといえます。
2008年には、JR松山駅付近立体高架化事業の都市計画が決定し、高架化が本決まりになります。路面電車の延伸計画も同計画に含まれました。
南江戸より先、空港までの延伸については、2014年に中村時広・愛媛県知事が県議会で「将来の目指すべき交通体系の一つとして、その夢の実現の可能性を追求していきたい」と答弁。翌2015年度に、愛媛県は「松山空港アクセス向上委員会」を設置し、空港アクセス鉄道について検討を始めました。
同委員会では、2018年3月に『松山空港アクセスに関する検討結果報告書』を取りまとめました。報告書の内容は上記しましたが、現状に基づくと、アクセス鉄道の費用便益比が1.0を超えることはなく、「松山空港への路面電車延伸によってもたらされる便益が、整備に費用を下回ると試算された」としています。
ただ、「将来的な都市形態や社会環境に対応したケース」として、条件が全て満たされた場合に費用便益比が1.0以上になるとし、まとめとして「将来の実現の可能性の確認ができた」としています。
JR松山駅高架下への停留所引き込みに関しては、折り返し運転が生じることから伊予鉄道が難色を示し、2019年1月の第7回松山駅周辺笑顔あふれるまちづくり推進協議会で、駅前広場への乗り入れにとどまることが決まりました。
これにより、南江戸方面への延伸は、新停留所北で分岐する計画に変更されましたが、その後、延伸計画自体が話題に上らなくなります。
2022年2月8日の松山市議会都市整備委員会では、市側が「路面電車のJR松山駅西側延伸については、県や交通事業者と公設型上下分離方式を含め、さまざまな整備手法の協議を行います」と答弁しました。「さまざまな協議」というのは、事業が滞っている場合に使われがちな役所表現です。
2024年3月の第5回松山駅まち会議で示された資料(地域のミュージアムとなる駅まち空間)には、延伸の計画線が地図上に描かれていません。
伊予鉄道松山市内線延伸のデータ
営業構想事業者 | 伊予鉄道 |
---|---|
整備構想事業者 | 未定 |
路線名 | 未定 |
区間・駅 | JR松山駅前~南江戸 |
距離 | 0.7km |
想定利用者数 | — |
総事業費 | — |
費用便益比 | — |
累積資金収支黒字転換年 | — |
種別 | 軌道事業 |
種類 | 軌道 |
軌間 | 1067mm |
電化方式 | 直流600V |
単線・複線 | 未定 |
開業予定時期 | 未定 |
備考 | — |
伊予鉄道松山市内線延伸の今後の見通し
伊予鉄道松山市内線の延伸構想は、「南江戸まで」と「松山空港まで」の2段階の計画があり、第一段階の南江戸までの延伸計画が進められています。
ただ、停留所のJR高架下移設がなくなり、東口駅前広場乗り入れるだけの形に変更されるなど、南江戸延伸に弾みつきそうな計画は後退しています。
JR松山駅付近連続立体交差事業は2024年度に完成予定で、松山駅周辺土地区画整理事業は、2026年度までとなっています。南江戸延伸を本気で進めるなら、そろそろ具体的な計画が出てきてもおかしくない時期ですが、そういう気配はありません。
となると、南江戸延伸は、事実上、凍結されているとみたほうがよさそうです。
松山空港までの延伸については、現時点では費用便益比が1.0を超えていないため、事業化は困難な情勢です。松山市としては、将来的な社会環境の変化などを期待して延伸計画を維持していますので、情勢が変われば、松山空港アクセス線実現の可能性が出てくるかもしれません。