富士山登山鉄道

山麓~吉田口五合目

富士山登山鉄道は、富士スバルライン上にLRTを敷設する構想です。富士山吉田口五合目へのアクセスを、現在の道路交通から登山鉄道に転換するもので、山梨県が主体となって計画の検討をすすめています。

富士山登山鉄道の概要

「富士山登山鉄道」構想は、富士山への来訪者が激増するなか、自動車交通を主体としたアクセスを抜本的に見直し、五合目のライフラインの整備を行おうというものです。

山梨県が設置した富士山登山鉄道構想検討会が2019年から検討を開始し、2020年12月に『富士山登山鉄道構想』をとりまとめました。2024年10月には、事業化検討に係る『中間報告』と『技術課題調査検討結果』も公表しています。

富士山登山鉄道は、環境負荷が少なく輸送力のある鉄道を導入して来訪者増に備える一方で、全車指定席の定員制とし来訪者数をコントロールするのが目的です。また、軌道整備と同時にライフラインも整備し、五合目まで電気や上下水道を引くという副次的な目的もあります。

システムはLRTを想定。比較的氷雪に強く、緊急車両との併用が可能なためです。緊急事態の際に、軌道上を救急車や消防車が走れるのが、普通鉄道などにはないメリットです。ただし、急勾配・急曲線に対応したLRTは日本に存在せず、車両開発ができるかが焦点です。

富士山登山鉄道
画像:山梨県

 

ルートと駅位置

『富士山登山鉄道構想』(2020年)に沿って計画を紹介していきましょう。

富士山登山鉄道は富士スバルラインをそのまま活用します。したがって、ルートは現在の富士スバルラインそのものです。

スバルラインに複線軌道を敷設しLRTを走らせる構想とし、道路の拡幅などの改変は原則としておこないません。スバルラインの車道幅員は約6.5mで、最急曲線でも幅員内にLRT軌道を複線で設置することは可能です。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

 

道路にはあらかじめレール溝を刻んで成形したコンクリートブロックを埋設し、ライフライン用管路を併設します。山麓を起点とし、五合目までの区間を整備します。総延長は28.8kmです。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

起点となる山麓駅は、東富士五湖道路の富士吉田料金所付近です。山麓駅には駅施設や交通広場を設置。パーク・アンド・ライド駐車場や車両基地も整備します。富士急行河口湖駅から約2km離れていますが、市街地などへの延伸については将来的な検討課題としました。

終点となる五合目駅は、富士スバルライン終点に設けます。半地下式を想定し、店舗など含めた五合目全体の空間再編をあわせて検討します。五合目以降の延伸はしません。

中間駅は4駅想定しています。既存の駐車場空間を活用する方針で、展望景観に優れる場所、既存遊歩道等との結節点が候補となります。 起点の標高は1088m(料金所)で、五合目は2305mです。標高差1217mを駆け抜ける鉄道路線となります。実現すれば、五合目は日本最高所の鉄道駅となります。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

 

車両は蓄電池車両

車両は蓄電池車両の使用を想定し、架線レスとします。バッテリーなどの機器を搭載しやすいように、軌間は1435mmです。 スバルラインの最小曲線半径は30m、最急勾配は8%です。これに対応する車両として、10m×3車体で1編成とし、最大2編成を連結します。

つまり最長6連のLRTが走ることになります。1編成(3両)の車両長は30mで、最長60mの列車となります。

1編成の定員は120人で、着席利用を基本とする定員制とします。合計で24編成を用意します。 最高速度は40km/hですが、下りは25km/hに制限します。急曲線部では上下とも10km/hです。このため所要時間は上り52分、下り74分と差が付き、五合目から山麓へ下るほうが時間がかかります。

列車は乗ること自体を楽しめるデザインやサービスとします。たとえば、車内での飲食の提供や、モニターでのガイダンスの提供などを検討します。 運賃は往復1万円~2万円と想定。年間鉄道利用者数は、1万円なら310万人、2万円なら120万人で、100万人~300万人と見積もっています。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』


 

総事業費と収支予測

概算事業費は全体で1200億円~1400億円程度と試算。内訳は軌道、駅、車両基地などに560億円、電力・通信設備などに500億円、車両に170億円、ライフライン整備費に100億円などとなっています。

収支予測に関しては、運賃往復1万円で、年間300万人が利用し、総事業費が1400億円と仮定した場合、単年度損益は開業初年度から黒字。累積損益も開業2年度で黒字となります。資金収支は開業初年度から黒字となります。

事業スキームは上下一体、上下分離の双方を検討。国土交通省の支援スキームは都市型LRTを想定しているため、この計画には適用できないようです。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』


 

技術的な課題

以上が2020年に公表された『富士山登山鉄道構想』で示された概要です。その後、2024年10月に『中間報告』と『技術課題調査検討結果』が公表されて、実現への課題が示されました。

それによると、富士スバルラインは平均52パーミル、最高88パーミルの急勾配がありますが、日本におけるLRTの縦断勾配の最大値は60パーミル(宇都宮)にとどまります。

対応するには、急勾配を登れる大容量のインバータ・モータの搭載が必要で、安全に降れるブレーキシステムの確保や、回生失効に備えた対策なども必要です。

また、蓄電池のみの架線レスは困難で、第三軌条と蓄電池を併用した車両に優位性があるとしています。

まとめると、富士山登山鉄道には、第三軌条とバッテリーを併用したLRT車両が必要となります。その車両は、高い登坂力と強い制動力を兼ね備え、耐寒・耐風・耐雪性能に優れていなければなりません。

そんな車両は日本に存在しませんので、新規開発が必要です。その開発期間は10年程度が見込まれます。技術的なハードルは高いので、10年でそうした車両が完成する確たる見込みもありません。

富士山登山鉄道の沿革

富士山に登山鉄道を建設するという構想は昔からあり、1935年には山麓と山頂を結ぶ「地下ケーブルカー構想」の計画が浮上。1940年に予定されていた東京オリンピックを視野に入れた計画でしたが、同オリンピックの開催中止とともに立ち消えになりました。

戦後、1960年代に富士急行が山頂へのケーブルカーを敷設する構想を発表。このときは、富士山にトンネルを掘り、5合目~8合目間と、8合目~頂上間に分けて、それぞれケーブルカーを建設する構想でした。

この構想は、1963年に「富士山地下鋼索鉄道」として免許申請にまで至りました。しかし、環境面への懸念から反対論がわき上がり、結局、1974年に申請を取り下げ。以後、富士山登山鉄道に具体的な動きはありませんでした。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

再び動きが出るのは、2000年代になってからです。2008年11月に、富士五湖観光連盟が富士スバルラインに単線の線路を敷設して5合目まで結ぶ構想を発表。背景として、冬場の観光客誘致の狙いがありました。このときは、観光連盟の会長でもある富士急行の堀内光一郎社長が、登山鉄道を富士急と接続させ、JR線を使って成田空港ともつながる構想まで提唱しています。つまり、普通鉄道として構想されていました。

2013年6月、富士山の世界文化遺産登録を受けて、堀内社長が富士スバルラインの敷地を使って5合目までを結ぶ観光用鉄道の計画を発表。2019年に、富士山登山鉄道の検討を公約に掲げた長崎幸太郎が知事に就任すると、山梨県が「富士山登山鉄道構想検討会」を発足させ、本格的な議論を開始しました。

検討会での議論の末、2020年12月に、富士スバルライン上にLRTを敷設計画を素案として発表。2021年2月8日に開かれた検討会の総会で、正式に「富士山登山鉄道構想」を了承するに至りました。

2023年秋には、山梨県が事業化に向けた検討会を発足させ、技術課題や収益性などの議論を開始。2024年10月に中間報告などを公表しています。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

 

富士山登山鉄道のデータ

富士山登山鉄道データ
営業構想事業者 未定
整備構想事業者 未定
路線名 未定
区間・駅 山麓(富士吉田料金所付近)~吉田口五合目(中間4駅程度)
距離 約28.8km
想定利用者数 約100~約300万人/年
総事業費 約1,200億~約1,400億円
費用便益比
累積資金収支黒字転換年
種別 未定
種類 軌道
軌間 1,435mm
電化方式 第三軌条と蓄電池の併用
単線・複線 複線
開業予定時期 未定
備考

富士山登山鉄道の今後の見通し

「富士山登山鉄道構想検討会」がまとめた『構想』を読み進めると、富士山登山鉄道は十分に現実感があるように思えます。しかし、2024年に公表された『技術課題調査検討結果』を読み込むと、技術的なハードルはかなり高いことがうかがえます。

第三軌条にバッテリーを組み合わせて十分な電力を確保し、登坂力・制動力・耐寒性能に優れた新型車両を開発して、増粘着材を散布しながら走らせる、という話です。そんなことが果たして可能なのか?という疑念はぬぐえません。

山梨県は、「技術的に可能」としていますが、「不可能ではない」という程度の可能性にとどまる印象です。車両の開発のメドが立たない限り、実現性は低いといわざるをえません。

いまのところ、事業着手の見通しはなく、開業時期も未定です。車両の技術的な問題が解決する前に着工するわけにはいかないでしょうから、車両開発に10年かかるとすれば、着工はその後となります。となると、すべてが順調に進んでも、開業は2040年代の話になるでしょう。

筆者の感想をいえば、技術的に可能としても、山頂近くまで行けるならともかく、五合目まで行くだけなのに鉄道利用必須となると、面倒くさそうです。鉄道そのものを魅力あるものにして、乗るだけで楽しくなるような仕掛けにしないと、利用者は伸び悩むのではないか、という気もします。

富士山登山鉄道
画像:『富士山登山構想』

実現すれば、バスで吉田口五合目へ行けなくなるわけで、登山客は山麓駅でLRTへの乗り換えを強いられます。しかも山麓から五合目に行くだけで1万円もとられるのであれば、登山客には不評でしょう。これまで吉田口を使っていた登山ツアーが、他の登山口に流れる可能性もあり、そうした調整などもまだこれからです。

また、地元も山梨県が計画に前向きな一方、富士吉田市や富士急行はいまの計画に反対の姿勢のようで、一枚岩ではありません。

富士山に登山鉄道というのは夢のある話題ですが、本当に実現するかは、何とも言えない、という段階でしょうか。