ゆいレールのさらなる延伸について、沖縄県が検討結果を公表しました。検討したのは4方面5ルートで、事業性や採算性について明らかにされました。
沖縄鉄軌道を骨格に
沖縄県では、2018年5月に「沖縄鉄軌道構想」について、概略計画をとりまとめています。これは那覇~名護間に鉄道または軌道を建設する構想で、那覇市、浦添市、宜野湾市、北谷町、沖縄市、うるま市、恩納村、名護市を経由するルートが決定しています。
沖縄県では、この鉄軌道ルートを骨格とした、利便性の高い公共交通ネットワークの形成を目指していて、現在はフィーダー交通ネットワークのあり方について検討を行っています。
その一環として、沖縄都市モノレール(ゆいレール)延伸が、鉄軌道計画を含めた公共交通ネットワーク全体にどういう効果や影響を与えるかなどを調査しました。
その調査結果が、2019年6月19日に公表されています。概要を見てみましょう。
4方面5ルート
まず、ゆいレールの延伸方向については、多くの利用者が見込め、自動車交通量が多く、開発計画がある地域を中心に抽出しました。既存道路(計画含む)内に、自動車交通に影響を与えず、中央分離帯4mを確保でき、事業実施が極端に困難でないことも条件です。結果として、以下の4方面(A、C、D、E)5ルートが選定されました。
・A豊見城~糸満ルート(奥武山公園~糸満)8.9km 9駅
・C首里駅接続ルート(県庁前~南風原町経由~首里)6.5km 7駅
・C南風原~与那原ルート(県庁前~マリンタウン地区)9.9km 9駅
・D西原ルート(てだこ浦西~マリンタウン地区)5.5km 4駅
・E中城ルート(てだこ浦西~琉球大学前)3.6km 3駅
浦添方面(B)や宜野湾方面(F)については、沖縄鉄軌道の計画ルートと重なるため、ゆいレールの延伸案からは除かれています。
検討条件は、2030年を予測年次とし、運賃は現状と同等、運転本数も現状と同等のピーク時毎時10本、オフピーク時毎時6本としています。
試算は、那覇~名護間の鉄軌道が開業するという前提で行われています。鉄軌道は国道58号ケースと国道330号経由の2案がありますが、本文では国道58号経由案の数字を主として紹介します。表の数字はカッコなしが国道58号経由、<>内が国道330号経由の数字です。
利用者がどれだけ増えるか
まず、延伸した場合、ゆいレールの利用者はどれだけ増えるのでしょうか。試算によると、豊見城~糸満ルートの8,900人増がトップで、南風原~与那原ルートが7,900人増と続きます。
延伸区間の輸送密度は、首里駅接続ルートの6,300人が最大で、豊見城~糸満ルートが4,700人と続きます。
沖縄鉄軌道との食い合い
次に、モノレールを導入した場合の、公共交通利用者数の変化です。下図は少しわかりにくいのですが、たとえば豊見城~糸満ルート(国道58号)では、公共交通利用者数が1日245,200人となり、4,200人増えますが、沖縄鉄軌道の利用者は3,900人減り、路線バスは800人減る、ということを示します。
まだ開業もしていない沖縄鉄軌道ですが、本試算は沖縄鉄軌道開業を前提としています。沖縄鉄軌道とゆいレール延伸を両方実施すると、利用者を食い合う部分が出てくるので、それを試算しているわけです。
ゆいレールを糸満まで延ばして、なぜ名護方面の沖縄鉄軌道の利用者に悪影響を及ぼすのか、が不思議に思う方もいるかもしれません。それは、下図をご覧ください。
延伸先からバスを乗り継いで沖縄鉄軌道のおもろまち駅を利用していた旅客の一部が、延伸先からおもろまち駅まで、ゆいレールに移ってしまう、という考え方です。
概算事業費
概算事業費は以下の通りです。最も高いのが南風原~与那原ルートで、1,110億円、次に豊見城~糸満ルートで980億円などとなっています。インフラ部とインフラ外部で費目が分けられているのは、ゆいレールは道路上に作られるため、補助の枠組みが異なるためです。
試算は、現在建設中の首里~てだこ浦西間の延伸事業スキームを用いています。同事業スキームでは、モノレールのインフラ部(支柱、桁など)は道路事業として整備され、インフラ外部(車両費や変電所など)と区別されます。モノレール運営会社は、インフラ外部の一部について、建設費を負担することになります。
所要時間の変化
次に、ゆいレール延伸による、所要時間の変化を見てみます。旭橋駅(那覇バスターミナル)から、ルート終点の最寄り市役所など主要施設までの時間を測っています。
下図の通り、南風原~与那原ルートは、現状の50分が23分になり、27分もの大きな所要時間効果が得られます。中城ルートも、55分が35分となり、大きな短縮効果が得られます。
採算は取れない
続いて、事業採算性の分析です。いずれのルートでも、累積資金収支は黒字に転換せず、事業として採算が取れないことを示しています。
収入から経費と人件費を引いた金額も、いずれのルートも赤字となります。つまり、建設費を考慮しなくても、営業段階で赤字になってしまうわけです。
費用便益比(B/C)については、最も良好な中城ルートでも0.23と低く、南風原~与那原ルートは0.08に過ぎません。いずれも目安となる1.0を大きく下回っています。
まとめてみると
簡単にまとめてみましょう。
まず、ゆいレールを延伸することにより、沖縄本島の公共交通事業者の利用者数は、全体として増加が見込まれます。つまり、自動車から公共交通機関へのシフトが生じますので、道路渋滞の緩和をもたらす効果などは見込めます。
ただし、路線バスはもちろん、計画中の鉄軌道の利用者数も減らしてしまいます。そのため、今後の検討にあたっては、骨格軸となる鉄軌道路線と、フィーダー交通であるゆいレール延伸の棲み分けの整理が必要となります。
また、収支採算性に関しては、いずれのルートでも収入が運行経費(人件費+経費)を下回り、建設費に関係なく採算性に課題があります。営業赤字が見込まれるので、モノレール会社の経営への影響が懸念されます。
そして、費用便益分析では、いずれのルートでも1.0を大きく下回っていて、社会的投資効果の観点から課題があります。
こうした検討結果から、ゆいレール延伸は、検討した4方面5ルートすべてについて、現時点では実現性は低い、と見なさざるをえません。
採算性が悪い理由
ただ、近年のゆいレールの混雑をみると、本当にこんなに採算性が悪いのだろうかと不思議に思う部分もあります。
それについて、調査結果では、2つの理由を挙げています。ひとつは、観光客数についての見込みが堅すぎることです。今回の試算では、将来の観光客数を1,000万人と想定していますが、2018年度末時点で、すでに、約1,000万人に達しています。
ゆいレールの現状の混雑は、観光客の増加が大きな理由のため、今後は、観光客数については、より現実に即した見積りで計算する必要があるでしょう。
もうひとつの理由は、沿線開発を考慮していないことです。一般的に、鉄道の整備では沿線開発がセットで行われ、それによる利用者増も見込んで計画が立てられます。
今回の試算では、そうした沿線開発の数字を考慮していません。実際に延伸が行われる場合、ゆいレールにおいても区画整理や再開発事業が同時に行われるでしょうから、それを含めれば、もう少し利用者数の上積みを狙えそうです。
分岐ができない
路線延伸については、技術的な問題もあります。分岐についてです。
跨座型モノレールの場合、既設路線の一般軌道部を分岐構造に改築する工事は大規模なものとなります。報告書によれば、切り替えは一晩では終わらず、1週間程度の運休が必要になるそうです。
このため、今回の検討では、本線からの分岐を検討外としました。西原ルートと中城ルートは、ゆいレールの新たな終点となるてだこ浦西駅からそのまま延伸できますが、その他のルートについては、本線の既設駅付近に延伸ルートの駅を設け、両駅間を利用者が乗り換える方式を想定しています。
つまり、豊見城~糸満ルートは奥武山公園駅で乗り換え、南風原~与那原ルートは県庁前駅で乗り換え、首里接続ルートは首里駅で乗り換え、となります。
那覇市中心部に乗り入れる南風原~与那原ルートでは、利用者の不便は少ないと思われますが、奥武山公園駅乗り換えの豊見城~糸満ルートや、首里駅乗り換えの首里接続ルートは、利便性の面で難がありそうです。
最有力は琉球大学延伸か
以下は私見として、今回の検討結果から、5案のなかで、最も有力な延伸ルートを探してみましょう。
費用便益比が最も高く、収支採算性が最もマシで、沖縄鉄軌道の利用者減少の影響が最も少なく、所要時間短縮効果も高いのは、中城ルートです。
てだこ浦西駅~琉球大学駅間3.6kmで、延伸距離が短い点からも、実現へのハードルが低いと考えられます。
中城ルートでは、途中2駅が検討されています。新駅の位置は報告書にありませんが、おそらくは県道那覇北中城線の棚原付近と、上原付近になりそうです。
といっても、重ねて書きますが、現状の試算では、中城ルートも含めて実現性は低いです。今後、沖縄鉄軌道の整備状況を見極めながら、観光客数の増加や開発計画も織り込んで、より深い検討が行われることを期待したいところです。(鎌倉淳)