茨城県がつくばエクスプレス(TX)の土浦駅延伸の事業計画素案を公表しました。東京駅延伸との一体整備を狙った内容ですが、実現性はあるのでしょうか。
つくば~新土浦間10km
つくばエクスプレスは秋葉原~つくば間58.3kmを結ぶ第三セクター鉄道です。茨城県では、終点のつくば駅からJR土浦駅までの延伸計画を立てていて、その事業計画素案が明らかになりました。
素案によれば、計画区間はつくば~新土浦の約10km。開業すれば、同区間が約9分で結ばれます。守谷~土浦間は約21分、東京~土浦間は、秋葉原乗り換えで約65分となります。
新土浦駅はJR土浦駅に隣接して設置し、乗り換え時間は約4分です。つくば~新土浦間に中間駅を一駅設けます。
延伸区間には、つくば駅発着の全列車が乗り入れ、運賃は340円を想定します。事業費は約1,320億円で、都市鉄道利便増進事業費補助の適用を想定します。事業スキームは上下分離とし、開業目標は2045年に設定しました。
東京延伸との一体整備めざす
つくばエクスプレスには東京駅への延伸計画もあり、茨城県では、土浦駅延伸との一体的整備を目標に掲げています。そのため、今回、茨城県が公表した素案にも、「東京延伸との一体整備の検討」が盛り込まれました。
東京延伸の計画区間は、秋葉原~新東京の約2km。所要時間は約3分です。新東京駅は、東京都が計画している都心部・臨海地域地下鉄(臨海地下鉄)と共用します。新東京駅の詳細な位置は未発表ですが、日本橋側の呉服橋交差点付近を想定しているとみられ、JR東京駅との乗り換え時間は約8分です。
東京延伸と土浦延伸が完成すれば、東京~土浦間がTX利用で約57分となります。現在の常磐線快速が約74分なので、それに比べると17分も早くなります。
秋葉原駅発着の全列車が新東京駅まで乗り入れ、臨海地下鉄の有明・東京ビックサイト方面へ直通します。新設区間の運賃は170円を想定します。概算事業費は約1,750億円で、都市鉄道利便増進事業費補助の適用を想定します。こちらも開業目標は2045年に設定しています。
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費用便益比と収支採算性
注目は、費用便益比(B/C)と収支採算性です。
素案によれば、B/Cは土浦延伸単独整備が1.60、東京駅延伸との一体整備が1.35です。鉄道整備によって道路渋滞が緩和することによる「乗用車利用者便益」を加味すると、単独整備が3.33、一体整備が1.60にまで高まります。
また、採算性の指標となる累積資金収支黒字転換年は、単独整備が43年、一体整備が27年です。
ただし、両検討結果は、需要予測の前提となる条件が異なっているため、単純に比較はできません。それについては後で説明します。
また、上述した試算は、応用都市経済モデルを用いています。鉄道プロジェクト評価手法として従来から用いられている四段階推計法を用いると、単独整備のB/Cは0.83となり、1を下回ります。累積資金収支は発散してしまい、採算が取れません。
費用便益比が1を上回り、累積資金収支の黒字化が見込めるのは、応用都市経済モデルを用いた試算の場合です。それが一般的な計算手法と異なる点には留意が必要です。
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応用都市経済モデルとは
では、応用都市経済モデルとは何でしょうか。素案によれば、一般的な交通需要予測について「開発交通及び誘発交通を十分に考慮できない」としたうえで、応用都市経済モデルについて、「ミクロ経済的基礎に基づいて全てのモデルを構築しているため、開発交通及び誘発交通を考慮することが可能」と説明しています。
これでは何のことかわからないですが、簡単にいえば、応用都市経済モデルでは、鉄道整備によって促される開発や誘発効果を予想でき、便益に加えられる、ということです。
応用都市経済モデルは、この十数年で研究が進んできたものです。近年、内閣府が実施している沖縄鉄道軌道調査での試算でも導入が試みられています。
なぜ輸送人員予測が同等なのか
応用都市経済モデルを使用して試算した場合、つくば~新土浦間の単独整備の輸送人員の予測は2.2~2.5万人となります。従来モデルでは1.0万人なので、2.2~2.5倍にも達します。その結果、便益は962億円となり、従来モデルの496億円を大きく上回り、B/Cが1を軽々と超えます。
ただ、東京延伸との一体整備でも、2.0~2.6万人となっていて、大差はありません。東京駅への直通を実現したとしても、単独整備と同程度の利用者数しか見込めないことになり、違和感を覚えます。
これについては、前述の「需要予測の前提となる条件が異なっている」ことが影響しているようです。下表を見ると、需要予測の前提の違いは、「将来の鉄道ネットワーク」として想定する形の違いであることがわかります。
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「将来鉄道ネットワーク」の前提
「将来鉄道ネットワーク」について、一体整備は「運輸政策審議会答申第18号と交通政策審議会答申198号路線の一部」としているのに対し、単独整備は「答申18号のA1、A2路線全線」としています。
答申18号は、2000年に公表された東京圏の鉄道整備に関する基本計画です。「A1、A2全線」には、都営浅草線の東京駅接着や、埼玉高速鉄道の蓮田延伸、東京8号線(有楽町線)の野田市延伸、半蔵門線の松戸延伸なども含まれています(下図の朱線)。
つまり、単独整備は、実現見通しの立っていない新線計画を「需要予測の前提」としているわけです。一体整備の試算については、答申18号と答申198号の一部を想定しているので、ある程度、現実に即した鉄道ネットワークを前提条件にしているとみられます。
この前提条件の違いが、「単独整備も一体整備も、利用者数に大差ない」原因の一つのようです。なぜ前提条件が両試算で異なるのかは定かではありませんが、実現見通しの立たない鉄道網を想定した試算には、何の意味があるのかという疑念を抱かざるをえません。
中間駅の開発効果
もう一つの留意点として、中間駅の開発効果について、単独整備は考慮せず、一体整備は考慮しています。
一体整備の場合には、都心への通勤・通学需要が見込めるとしているため、中間駅周辺の開発効果を便益に入れています。試算では、中間駅の開発規模を160ヘクタール、計画人口5,000人を見込んでいます。それだけの住人の需要が、予測に上乗せされていることになります。
一方、単独整備は、中間駅の開発という不確定要素を便益に盛り込んでいないようです。その点では堅実に見積もっているように感じられます。
茨城県では、事業計画素案の留意事項として、「独自調査に基づき、実現可能性を把握するための概算値であり、直ちに事業化判断に用いることができるものではありません」「土浦延伸単独での事業評価については、将来鉄道ネットワークの前提条件が一体整備の事業評価と異なることから、引き続き検証を進めていきます」と記しています。
一体整備なら優良事業?
以上が、つくばエクスプレスの土浦延伸の事業計画素案の概要です。
茨城県が最も訴えたいポイントは、東京延伸との一体整備の優位性でしょう。単純比較ができないとはいえ、累積資金収支の黒字化は、単独整備だと43年、一体整備は27年と大きな差があります。一体整備ならば、30年以内に累積黒字化する優良事業という理屈が成り立ちます。
とはいえ、上述の通り、試算の前提に大きな違いがありますので、比較に意味はありません。また、最も実現性が高そうな東京延伸の単独整備の試算が示されていないのも難点です。
そもそも「応用都市経済モデルによる試算」にすぎず、従来の四段階推計法での試算ではありません。応用都市経済モデルによる試算が、鉄道新線の評価にどの程度の意味を持つのか、筆者には判断しかねます。
評価手法が変わるのか
現在、国交省は『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』の改訂作業をおこなっています。改訂では、便益の計算手法についても見直しがおこなわれていることから、応用都市経済モデルが許容される可能性もあります。
一方、素案の試算では、便益の社会的割引率について、従来手法の4%を用いています。近年の道路などの事業評価では、参考値として2%や1%を用いることができ、B/Cの改善に高い効果があります。鉄道事業の評価にも適用される見通しですが、今回の試算で参考値は示されませんでした。
最近では、北陸新幹線の新大阪延伸計画でも、従来型の手法ではB/Cが1を超えられず、着工への妨げとなっています。北陸新幹線延伸以外でも、B/Cの基準が厳しすぎて、鉄道新線や改良が進まないという批判が、各地で出ています。
それを克服するために、評価手法マニュアルの改訂では、「新たな評価の視点の導入」が議論されていて、新マニュアルでは、需要予測の計算について、何らかの「緩和措置」が盛り込まれる可能性があります。有り体にいえば、「北陸新幹線のB/Cが1を超えられるような改訂」です。今回の試算は、それを織り込んでいるのかもしれません。
先に少し触れましたが、素案では、乗用車利用者便益を加味した試算も公表しています。これも、「新たな評価の視点の導入」を見越してのことでしょう。
1日2万人も利用するのか
つくばエクスプレス沿線は、いまの時代でも人口が増えている希有なエリアです。延伸により人口が増えれば、鉄道利用者も大きく増える可能性が高いのは事実でしょう。
とはいえ、2023年度のJR土浦駅の乗車人員は14,138人にすぎません。乗降人員がその2倍としても、3万人に満たない数字です。そこにTXを接続して、1日2万人以上が利用するという想定は、いかに人気路線だとしても、疑わしい気がします。
上述したように、単独整備は、前提となる鉄道ネットワークの想定が非現実的なことから、需要予測の正確性に疑問符が付きます。一体整備は現実的な前提のようですが、それでも2万人が利用するほどの住民を呼び込めるかといえば、微妙でしょう。
冷徹に試算をみなおせば、従来手法での試算のB/Cは0.83、累積資金収支は発散です。この数字では、事業化は困難です。
キロ当たり120億円でできるのか
また、約1,320億円という概算事業費も、この金額で本当に出来るのかという疑問が浮かびます。車両費の90億円を除けば1,230億円です。つくば市と土浦市の市街地に鉄道を新設する事業が、キロ当たり120億円で済むのでしょうか。
最近の事例では、相鉄・東急連絡線(10km)が約2,900億円かかっていて、なにわ筋線(7.4km)が約3,300億円の見通しです。
都心部と郊外部では、土地単価も工法も違うので同列には扱えませんが、近年の鉄道新線の相場からすれば、キロ当たり120億円では厳しそうです。実際に事業化をする場合は、そうした精査も必要になるでしょう。
茨城県の狙い
ということで、今回の事業計画素案は、前提条件や試算方法などに疑問があり、外部の素人(筆者)には評価が難しいというのが正直なところです。
茨城県の狙いとしては、土浦延伸を同県の単独事業とすると負担が重すぎるので、東京都や千葉県、埼玉県といった、他の沿線自治体にも費用負担を求めたいということでしょう。東京駅延伸と一体的な事業とし、出資割合に応じた負担とすることについて、各都県の理解を得ようと画策しているわけです。
そのためには、土浦延伸が、つくばエクスプレスの経営に好影響を及ぼすことを示さなければなりません。東京延伸と土浦延伸の一体整備が東京延伸の単独整備よりも効果的でなければ、他の自治体が土浦延伸の事業費を負担する理由が生じないからです。しかし、事業計画素案でそれが十分に示されているとはいえません。
ざっと見た限りでは、中間駅の開発効果により、乗車人員の増加につながることが示されている程度ですが、事業費に比して小さい水準にとどまりそうです。「他都県が土浦延伸の費用を負担する理由」が明確になっているとはいえません。
とどのつまり、土浦延伸で恩恵を受けるのは、どう考えてもほぼ茨城県です。他県にはあまり意味がありません。この素案から見て取れるのは、土浦延伸は、やっぱり茨城県の単独事業としておこなうべきで、他都県を巻き込むような話ではないのではないか、ということです。
次期答申を見据え
茨城県では、今回の素案をたたき台にして、調査の深度化を図り、次期交通政策審議会答申において、東京延伸と土浦延伸を一体的に整備する形での位置づけを目指します。次期答申は2030年までにはまとまると思われますので、それを見据えて、2025年からの数年間が、政治的に重要な時期となります。
いっぽうで、東京駅延伸は、すでに答申198号に記載されています。新東京駅の共用相手である臨海地下鉄も198号に盛り込まれていて、すでに事業化に向けて動き始めています。臨海地下鉄と同時に工事をするなら、TXの東京駅延伸は、次期答申を待っている場合ではないようにも感じられます。
となると、土浦延伸は棚上げにして、とりあえず東京延伸を優先して議論したいという声が、茨城県以外の自治体から出てくる可能性もあるでしょう。その場合は、土浦延伸は置き去りになりかねません。
東京駅単独延伸よりも優れていれば
ただ、東京延伸は、これまでにさんざん議論されてきたものの、採算的に厳しく、実現に至っていないのが現実です。東京単独整備も、また、難しいのです。そこに、一体整備を掲げる茨城県の突破口があるのかもしれません。
つまり、東京延伸単独整備よりも、土浦延伸との一体整備のほうが、費用対効果や採算性で優れていることを証明すればいいわけです。ただ、そうしたことは、今回の素案には示されていません。
いろいろ考えてみましたが、素案が出たからといって、TX土浦駅延伸が実現するかどうかは、見通せないというほかありません。また、この素案では、東京駅延伸が実現できるかも判断できません。(鎌倉淳)