9月25日に刊行された『鉄道未来年表』(鎌倉淳著、河出書房新社)には、原稿にしながら、ページ数の都合でやむなく削除した項目があります。その一部を、「補遺編」としてご紹介します。今回は、「都心直結線が進展しない理由」です。
(※以下は、『鉄道未来年表』で未掲載となった項目の原稿を記事化したものです)
壮大な新線計画
首都圏の空港アクセス関連鉄道として、積年の課題ともいえる壮大な新線計画がある。都心直結線である。
都心直結線とは、「都心と空港を直結する路線」という意味だ。成田空港と羽田空港の都心アクセスを改善するために構想された鉄道新線である。
京成押上駅から、新東京駅(丸の内)を経て、京急泉岳寺駅までの約11kmを大深度の地下で結ぶ。京成押上線、京急本線と相互直通運転をすれば、都心と成田空港・羽田空港を直結できる。新東京駅以外の中間駅を設けず、東京都心を貫く地下高速新線を作ってしまおうという、野心的な計画だ。
計画では、東京都心と成田空港とを30分台、羽田空港とを20分台で結び、成田空港と羽田空港とを50分台で結ぶことを目標とした。新東京駅は丸の内仲通り直下を想定している。
浅草線東京駅接着計画
この計画の原型は、20世紀末に構想された都営浅草線の東京駅接着計画にさかのぼる。浅草線を日本橋駅や宝町駅付近から分岐して東京駅に引き込み、東京駅と成田、羽田空港を直結しようという構想だ。あわせて浅草線の浅草橋駅付近に待避線(追い抜き線)を設けて優等列車も走らせようとした。
京成成田空港アクセス線の建設計画もセットで計画された。すべて完成すれば、東京駅から都営浅草線、成田空港アクセス線を経て成田空港に至る高速列車が誕生するという大構想である。
実際、2000年に公表された運輸政策審議会答申第18号『東京圏における高速鉄道に関する基本計画について』では、都営浅草線の東京駅接着と浅草橋駅付近の追い抜き線の整備、北総線の成田空港延伸(成田空港アクセス線)が、まとめて盛り込まれている。
しかし、その後の調査で都営浅草線の高速化には限界があり、八重洲口接着には巨費がかかると判断され、浅草線分岐案は行き詰まる。かわりに浮上したのが、都心を大深度で貫く都心直結線である。
羽田空港再国際化とあわせ
2007年の交通政策審議会第10回航空分科会では、『今後の空港及び航空保安施設の整備及び運営に関する方策について』という答申がまとめられた。
この答申では、羽田空港の再拡張(D滑走路建設)にあわせて、昼間時間帯の国際線就航を盛り込んだ。それまでの首都圏では、国際線の発着は成田空港にほぼ限られていたが、答申に従えば、それを羽田空港に解禁することになる。既存の航空行政を大きく転換する内容であった。
成田空港に対する配慮として、同答申に盛り込まれたのが、「成田空港の都心とのアクセス改善」である。さらに、成田と羽田を一体的に活用していくため、「両空港間のアクセス改善」も図るとされた。東京駅と直結するだけでなく、両空港間を直結する鉄道が必要という指摘である。
浅草線分岐案では両空港を結ぶ直通列車は走れない。答申を踏まえ、成田空港の都心アクセス改善は、都心直結線という形で実現を目指すことになった。
2016年の交通政策審議会答申第198号『東京圏における今後の都市鉄道のあり方について』では、都心直結線は新線計画のトップの扱いで記載された。東京圏に数ある鉄道計画のなかで、筆頭格の扱いとされたのである。
都はリストから外す
こうした長い経緯はあるのだが、じつのところ、都心直結線に着工の見通しはない。理由はいくつかあるが、最大の問題は、本気で取り組もうという組織が沿線に存在しない点である。
まず、都営地下鉄を運行する東京都は、浅草線の採算悪化を嫌い、当初から計画に後ろ向きである。都は『広域交通ネットワーク計画について』という鉄道計画のとりまとめを2015年に作り、整備検討すべき路線としてJR羽田空港アクセス線など19路線を盛り込んだ。このとき、都心直結線は外れている。
鉄道新線計画を19路線もリストアップしたのに、そのなかにあえて入れなかった。つまり、都として建設を求めない姿勢を明確にした形である。
乗り入れ先の京急や京成も、自ら事業費を負担して建設を先導する姿勢は見せていない。
沿線の区の関心も低い。新東京駅以外に駅が設けられないのだから当然である。こうした状況なので、建設運動を積極的に推進する主体が沿線に存在しないのだ。
千葉県は積極的だが
積極姿勢を見せている自治体は千葉県である。たとえば、千葉県は2024年度の『国の施策に対する重点提案・要望』で、都心直結線について「国の主導により、関係地方公共団体や鉄道事業者を含む関係者で協議していく場の設置が求められる」と記している。
経緯を振り返ると、都心直結線は羽田空港再国際化にあわせて浮上した計画である。羽田再国際化に難色を示す千葉県に対し、政府が成田空港のアクセス改善策として提示したととらえられる。つまり、千葉県に配慮した政府の計画である。
その経緯を踏まえて、千葉県はいまも建設を求めている。しかし、実際に建設する場所は都内であり、その沿線自治体や鉄道事業者にやる気がない。
日本の鉄道新線事業は、国と自治体、鉄道事業者が建設費を分担する枠組みが原則なので、沿線自治体にやる気がなければ建設はすすまない。千葉県が主張するように、自治体や鉄道事業者の背中を押すのは政府の役割だが、その政府の本気度も疑わしい。
西九州新幹線にも似ている
沿線自治体が消極的という点では、西九州新幹線の未開通区間(新鳥栖~武雄温泉)にも似ている。同区間は、沿線自治体の佐賀県にやる気がなく、建設が進んでいない。
ただし、西九州新幹線は、国と鉄道事業者(JR九州)は前向きだ。国は協議の場を作ろうとしているし、鉄道事業者も建設を働きかけている。
それに対し、都心直結線は、沿線自治体、国、鉄道事業者の全てにやる気が見られない。建設区間から離れた千葉県だけが、遠くで旗を振っている構図になっている。
動きがあるとすれば、成田空港の機能強化の関連である。成田空港の新ターミナル建設にあわせ、鉄道の輸送力増強を図る構想がある。空港アクセス鉄道の輸送力を増やすなら、都心側の設備も増強しなければならない。
国土交通省は「今後の成田空港施設の機能強化に関する検討会」を立ち上げることを明らかにしていて、そのなかで「都心、更には羽田空港との鉄道アクセス」も議論する予定である。都心直結線をうかがわせる記述に期待する声も聞こえてくる。しかし、仮に都心直結線が再び取り上げられても、都区や鉄道事業者が前向きに転じるかは別の話である。
羽田空港アクセス線という新情勢
JR東日本が羽田空港アクセス線の建設に動き出したことで、東京駅と羽田空港の直結は実現する。東京駅では「成田エクスプレス」に乗り換えられる。羽田空港アクセス線が常磐線に乗り入れるなら、日暮里駅で京成スカイライナーにも乗り換えられる。
つまり、羽田と成田は東京駅や日暮里駅乗り換えで、これまでより短時間で結ばれることになり、両空港間のアクセスは改善する。成田・羽田空港アクセスを強化するなら、日暮里駅を拡張するほうが合理的という指摘もある。
羽田空港アクセス線の開業という情勢の変化により、都心直結線の整備効果は限られたものになってきた。つまり、建設の意義が薄れてきたわけである。となると、計画の実現は見通せないというほかなさそうである。(鎌倉淳)
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【本書の内容構成】
序章 鉄道未来年表 2025~2050
1章 人口減少時代の鉄道の未来
2章 東京圏の鉄道の未来
3章 大阪圏の鉄道の未来
4章 新幹線と並行在来線の未来
5章 地方鉄道の未来
6章 車両ときっぷの未来
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