東九州新幹線について、宮崎県が新たな調査結果を発表しました。3つのルート案が比較されていますが、数字の上では「新八代ルート」が有力になっています。
最新報告書を公表
東九州新幹線は、福岡市から大分市、宮崎市を経て鹿児島市に至る新幹線計画です。全国新幹線鉄道整備法における基本計画路線と位置づけられています。
詳細なルートは未決定ですが、山陽新幹線から小倉で分岐して大分、宮崎に向かう「日豊本線ルート」が概略ルートとして捉えられてきました。2016年に公表された「東九州新幹線調査報告書」でも、小倉から大分を経て宮崎に向かう路線を「基礎ルート」と位置づけています。
これに対し、宮崎県では九州新幹線の新八代駅から分岐して宮崎市に至る「新八代ルート」も含めた検討をする方針を2023年に表明。野村総合研究所に調査を依頼していました。
その調査結果として、「東九州新幹線等調査報告書」がこのほど公表されました。詳しく内容をみていきましょう。
3つのルート案
今回の調査は、宮崎県に新幹線を建設するためのものです。したがって、調査対象は宮崎県に関わる部分に限られています。
調査対象となった新幹線のルート案は3つです。
一つが、これまで、東九州新幹線の基礎ルートとして位置づけられてきた「日豊本線ルート」です。次に、日豊本線ルートのうち、鹿児島中央~宮崎間を先行して整備する「鹿児島中央先行ルート」があります。最後が、最近浮上した「新八代ルート」です。
日豊本線ルート
まず、日豊本線ルートから見てみましょう。整備区間は小倉~鹿児島中央間の379kmです。小倉駅で山陽新幹線から分岐し、大分市、宮崎市を経て鹿児島中央に至ります。
小倉駅では、東側で分岐し、博多方面へ直通しやすくする想定です。
調査報告書の建設費用から計算すると、新設する駅は9つを想定しています。2面4線の駅が4つ。2面2線の駅が5つです。
駅位置は調査結果に記されていませんが、推定すると、小倉、中津、別府、大分、佐伯、延岡、日向(または都濃)、宮崎、都城、霧島、鹿児島中央あたりでしょうか。
鹿児島中央先行ルート
次に、鹿児島中央先行ルート(以下、鹿児島中央ルート)です。整備区間は鹿児島中央~宮崎間の103kmです。鹿児島中央駅から、霧島市、都城市を経て宮崎市に至ります。
鹿児島中央駅で、既設の九州新幹線と、どうつなぐのかが注目ですが、報告書では、「九州新幹線(鹿児島中央方面)を延長しスムーズに宮崎に向かうルート」と記すのみで、詳細は記されていません。
新設駅は4駅で、4線駅が2つ、2線駅が2つと想定されています。
駅の想定位置を推定すると、鹿児島中央、霧島、都城、宮崎 が有力です。
建設費から計算すると、あと1駅を想定していますが、その駅がどこかは定かではありません。鹿児島中央駅に新ホームを建設すると想定しているのかもしれません。
新八代ルート
最後が、注目の新八代ルートです。整備区間は、新八代~宮崎間の141kmで、新八代駅から人吉市、都城市を経て、宮崎市に至ります。
新八代駅では、九州新幹線から、駅の南側で分岐します。
新設駅は4駅で、4線駅が2つ、2線駅が2つと想定されています。
駅の想定位置を推定すると、新八代、人吉、えびの(または小林)、都城、宮崎 が有力でしょう。
博多~宮崎の所要時間
所要時間を見てみましょう。博多~宮崎間の場合、現在は、鹿児島中央経由で3時間51分かかっています。
新幹線の開業により、日豊本線ルートは1時間38分、鹿児島中央ルートは2時間12分、新八代ルートは1時間24分となります。
新八代ルートの短縮効果が高く、日豊本線ルートが続きます。鹿児島中央ルートは、新八代ルートに比べて50分ほど、余計にかかります。
博多~都城の所要時間
博多~都城間は、現状で3時間16分かかっています。日豊本線ルートで1時間27分、鹿児島中央ルートで2時間1分、新八代ルートで1時間6分に短縮します。
こちらも新八代ルートの短縮効果が高く、日豊本線ルートが続きます。鹿児島中央ルートが、新八代ルートに比べて50分ほど余計にかかるのは、博多~宮崎間と同じです。
博多~延岡の所要時間
博多~延岡間の調査結果も示しています。現状は、大分経由で4時間14分かかっています。
日豊本線ルートで新幹線が開業した場合、1時間15分となり、劇的な短縮です。
鹿児島中央ルートの場合は、宮崎駅での在来線乗り継ぎで3時間15分です。宮崎~延岡間は在来線を利用する仮定です。
新八代ルートの場合は、宮崎駅での在来線乗り継ぎで2時間27分です。宮崎~延岡間を新幹線として整備した場合は、1時間47分になると試算しています。
日豊本線ルートの時短効果が図抜けていて、新八代ルートが続きます。鹿児島中央ルートでも時短効果はありますが、やや乏しいです。
小倉~宮崎の所要時間
小倉~宮崎間の所要時間もみてみます。対こくらだけでなく、対本州での時短効果も意味しています。小倉~宮崎間は、現在、大分経由で4時間59分かかっています。
新幹線の開業により、日豊本線ルートは1時間19分、鹿児島中央ルートは2時間28分、新八代ルートは1時間43分となります。
日豊本線ルートの時短効果が圧倒的です。小倉~新大阪間が概ね2時間10分なので、宮崎~新大阪間が3時間30分程度で結ばれます。ただし、小倉駅でスイッチバックもしくは乗り換えが生じます。
新八代ルートは日豊本線ルートより24分余計にかかります。それでも、宮崎~新大阪は3時間50分台に収まりそうで、4時間のカベを下回れるでしょう。
鹿児島中央ルートは、日豊本線ルートに比べて1時間9分も余計にかかります。対本州という点では、鹿児島中央ルートは厳しい数字です。
利用者数は?
利用者数もみてみましょう。新幹線開業年度を2060年度と仮定して、1日あたりの数字を紹介します。。
日豊本線ルートは12,416人です。小倉~大分間は20,000人以上を見込みますが、佐伯~延岡間は7,000人前後と少なくなっています。また、宮崎県南部の利用者が少なく、宮崎~都城間では3,000人を割り込みます。
鹿児島中央ルートは5,701人です。鹿児島~都城間がやや多いですが、全体を通して一定の利用者を見込んでいます。
新八代ルートは8,710人です。熊本~都城間がやや多く、全体を通しても一定の利用者を見込んでいます。
全体で利用者数が多いのは日豊本線ルートですが、宮崎県内で平均的に利用者が多いのは、新八代ルートでしょう。
いずれのルートも、2080年代になると利用者数が減少します。人口減少を反映しているようです。
費用便益比
費用便益比は、低成長、平均成長、高成長の3つのケースで試算されました。ここでは、平均成長ケースの数字をご紹介します。
日豊本線ルートが0.5、鹿児島中央ルートが0.4、新八代ルートが0.5と、いずれも低い数字です。
ただし、社会的割引率を1%にすれば、日豊本線ルートが1.2、鹿児島中央ルートが1.0、新八代ルートが1.2になります。
社会的割引率は、これまでの鉄道新線の費用便益比の計算では、4%と設定することが定められていました。
しかし、最新の国土交通省「公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針」では、「社会的割引率は当面4%を適用するが、最新の社会経済情勢を踏まえ 1%及び2%を比較のため設定してもよい」としています。
つまり、社会的割引率1%を参考値として設定できるようになります。そして、参考値なら、いずれのルートも、基準となる「1」以上の数字となります。
単線整備で優位性
ちなみに、新八代ルートを単線整備した場合、費用便益比は0.5となります。社会的割引率を1%で計算すると、1.8になります。
新八代ルートの単線整備が、数字としては、もっとも良好です。
単線整備の場合、整備費は複線整備時の85%、表定速度は80%になると仮定しています。つまり、単線区間で、所要時間が2割ほど増えることになります。
日豊本線ルートの特徴と課題
各ルートの特徴と課題をまとめると、次のようになります。
日豊本線ルートは、 本州から宮崎までの最短ルートであり、本州方面から宮崎までの時間短縮効果は2時間40分と、最も大きくなります。
また、途中で大分県を経由することで、本州や北部九州から大分県への移動需要も取り込めるようになります。したがって、整備区間全体での利用者便益も大きくなります。
課題としては、新幹線の基本計画路線に位置付けられてはいるものの、整備計画に格上げされるメドが立っていないことが挙げられます。また、整備区間が379kmと最も長く、総事業費も高くなります。
鹿児島中央ルートの特徴と課題
鹿児島中央ルートは、整備区間が103kmと最も短いのがメリットです。しかし、部分的な先行開業にとどまるため、時間短縮効果は限られたものとなります。
日豊本線ルートと同じく、基本計画に位置づけられてはいるものの、整備計画に格上げされる目途が立っていません。
また、本州から、延岡市など宮崎県北部の移動については、現状から時間短縮効果がみられません。
新八代ルートの特徴と課題
新八代ルートは、福岡からの時間短縮効果が大きいのがメリットです。
しかし、新幹線の基本計画に明確に位置づけられているわけではなく、「相当する路線であることの検討が必要」です。
また、延岡市など宮崎県北部への移動については、時間短縮効果が限定的となります。
新八代ルートに優位性
ここまでが、「東九州新幹線等調査報告書」に記された概要です。
おおざっぱにまとめてみると、新八代ルートの優位性が高いと言えます。
新八代ルートのメリットは「建設距離が短いので、事業費がそこそこ安く、単線で整備すれば費用便益比も高くなり、本州方面や、延岡など県北部への時短効果も、ある程度は見込める」ということでしょう。
もちろん、日豊本線ルートを全線で実現できれば、それに越したことはありませんが、事業費が4兆円近くになるとなれば、現実感がありません。それに比べると、新八代ルートは1兆5,000億円程度で、単線ならさらに15%安くなるのは、魅力的といえます。
「基本計画路線に相当するのか」という問題については、東九州新幹線は、福岡市から大分市、宮崎市を経て、鹿児島市に至る路線ですので、新八代~宮崎間は、該当しないようにも感じられます。
ただ、これは政治的な話にとどまります。
宮崎市から鹿児島市への路線が、新八代を経由する、という解釈で、政治的には乗り切れるでしょう。
並行在来線問題
ここまで触れてこなかった論点として、並行在来線の問題もあります。
日豊本線ルート、鹿児島中央ルートのいずれも、並行する日豊本線の多くの区間で、第三セクターへの移管を求められる可能性があります。
また、新八代ルートの場合、肥薩線八代~吉松間、吉都線、日豊本線都城~宮崎間が候補となります。
実際に、どの部分が並行在来線に該当するかは、JR九州との協議のうえ決まるので、現時点で確定的なことはいえませんが、宮崎県内では大部分の区間で移管を求められる可能性が高いでしょう。
肥薩線をどう扱うか
ただ、肥薩線は災害による運休中で、八代~人吉間については、沿線自治体が線路設備を保有する、上下分離で復旧することが決まっています。
上下分離したJR線を「並行在来線」と扱うのかは、これまでにない論点です。ただ、すでに自治体が施設を保有しているのならば、移管すべき「並行在来線」は、この区間では存在しないと考えることもできるでしょう。
人吉~吉松間も、復旧するなら同じスキームになるとみられますので、八代~吉松間では、並行在来線が、事実上、不存在ということになります。
つまり、新八代ルートの場合、並行在来線で議論されるのは、吉都線と日豊線宮崎~都城間のみとなりそうです。
沿線自治体には新幹線開業のメリットがあるので、それほど難しい議論にはならないでしょう。
熊本県の協力を得られるか
報告書には書かれていない、新八代ルートの隠れた課題として、熊本県の協力が得られるか、という点も挙げられます。
熊本県としては、肥薩線の復旧や維持に巨費を投じたうえに、さらに並行して新幹線も作ることになれば、二重投資との批判も免れません。
いっぽうで、熊本県としては、県南部の中心都市・人吉にフル規格新幹線が来るのであれば、大きな意味があります。
新八代ルートの事業着手が決まったとしても、開業するのは、早くても2060年ごろで、実際はもっと後の話でしょう。肥薩線の復旧予定は2033年ごろですから、復旧後、30年も経った後の話です。そう考えれば、二重投資の批判も、それほど問題にならないかもしれません。
延岡への配慮を示す
今回の調査報告書の特徴は、新八代ルートの優位性を示しつつ、延岡市を中心とした、県北部への配慮を忘れていない点でしょう。
新八代ルートの最大の弱点は、県北部が新幹線網から置き去りになりかねない点です。これに対し、報告書では、在来線接続により、県北部でも一定の整備効果が得られることを強調しています。さらには、宮崎~延岡間を延伸整備した場合の所要時間も記しています。
新八代ルートで延岡にも時短効果があり、将来的には延伸も可能と訴えているわけです。
東九州新幹線の枠組みは?
仮に、宮崎県が新八代ルートを推進する姿勢を明確にした場合、心配になるのは、東九州新幹線全体の枠組みでしょう。宮崎県が新八代~都城~宮崎間の整備を優先するとなれば、東九州新幹線の大分以南の区間は、建設が進まなくなります。
宮崎県の立場からすれば、延岡~宮崎~都城の主要都市軸と、福岡市を、新幹線ネットワークでつなぐことが最大の利益です。そのため、大分~延岡間や、都城~鹿児島中央間の整備は、しなくてもいいと考えているのでしょう。
また、大分県は大分県で、久大本線ルートも検討していて、新鳥栖から分岐して大分に至るルートを選択する可能性もあります。
その場合、東九州新幹線の建設計画は、基本計画で想定された形と大きく異なってしまいます。
ただ、現在の旅客流動に即して計画を練り直せば、それが最適の形なのかもしれません。新幹線の基本計画が立てられたのは、1973年です。そんな大昔に立てられた計画に、いつまでも、こだわりつづける必要はない、ということでしょう。(鎌倉淳)