東京都が検討している都心・臨海地下鉄新線が、建設に向けて動き出しそうです。つくばエクスプレスに直通し、羽田空港へのアクセスも狙う大構想で、実現すれば、つくば~羽田空港が直通列車で結ばれます。
銀座・国際展示場間を結ぶ地下鉄
東京の都心・臨海地下鉄新線(以下、臨海地下鉄)は、銀座駅付近(新銀座駅)~国際展示場駅付近(新国際展示場駅)の約5kmを結ぶ計画です。
この構想が公式に検討されはじめたのは、2014年度です。東京都中央区が、晴海や勝どきなど臨海部の人口増への対応策として地下鉄建設を検討課題として掲げ、調査をはじめました。
2015年度まで2カ年の調査で、「都心部と臨海部を結ぶ地下鉄新線の整備に向けた検討調査」報告書(以下、報告書)がまとまり、区議会に報告されました。
2016年には、国土交通省交通政策審議会答申198号に、「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」として、臨海地下鉄計画が盛り込まれました。建設へ向けて、国のお墨付きを得た形です。
読売新聞2019年4月4日付けによりますと、東京都は臨海地下鉄を「今後10~20年後をめどに整備する方針を決めた」とのことで、「今年度中に策定する臨海部の開発構想に新線の建設計画を盛り込み、優先整備路線に格上げする方針」だそうです。
東京臨海部開発の中核として地下鉄新線を位置づけ、強く推進していく姿勢を示したわけで、建設への一歩を踏み出したといえそうです。
3つのルート案
銀座~晴海間には、晴海通りと環状2号線という二つの主要幹線道路があります。このうち、環状2号にはBRTを走らせる計画があります。
そのため、地下鉄ルートの候補として、晴海以北で環状2号の地下は外れ、以下の3つが検討されました。
「Aルート」は晴海通りと環状2号の間の通りの地下を主に通ります。
「B-1ルート」は、おおむね晴海通りの地下を通るルートです。ただし、晴海通りには、首都高速道路晴海線の建設が予定されています。その地下構造を避けるため、「B-1」は大深度になります。
「B-2ルート」は首都高晴海線の延伸計画を変更し、地下鉄が晴海通りの直下を通ると想定した場合です。地下の支障物を回避して、極力浅いルートを通ります。
晴海~有明間には、有明通りと環状2号線があります。有明通りには晴海大橋と首都高速晴海線があり、その直下に地下鉄を敷設することは難工事になるため、候補から外れました。結果として、いずれのルートも豊洲市場から環状2号をたどって有明の国際展示場に達するルートとなっています。
駅の位置は?
起点となる新銀座駅(仮称、以下同)は、地下鉄銀座駅と東銀座駅の中間付近のようです。
「Aルート」では道路幅員が狭いため、1面1線の2層構造となります。晴海通り地下となる「Bルート」では1面2線の2層構造を想定しています。どちらにせよ、2層構造では折り返しがしにくいため、延伸を前提とした構造といえます。
終点の新国際会議場駅は、りんかい線国際会議場駅に接し、ゆりかもめ有明駅とも接続します。2面3線の島式ホームで、りんかい線との乗換利便性に極力配慮した構造となります。
途中駅は3駅が有力で、「新築地」「勝どき・晴海」「市場前」の3つです。新築地は、築地場外市場付近、勝どき・晴海は朝潮運河付近、市場前は豊洲市場付近です。勝どき駅と晴海駅を分離する4駅案もあります。各駅とも10両編成対応のホームとします。
建設費の概算費用は、中間駅3駅の試算で、「A」が2,540億円、「B-1」が2,410億円、「B-2 」が2,580億円です。ルートによる違いは小さく、おおざっぱに「2,500億円程度」と考えて良さそうです。
1日10万人以上の利用者
運行本数はピークが毎時15本、オフピークが毎時8本、新銀座~新国際展示場駅間の所要時間は7.5分、全区間の運賃はりんかい線水準で267円と想定しています。
開業後5年後の1日あたり輸送人員(往復・以下同)は、「A」が133,600人、輸送密度は79,700人キロと推計しています。「B-1」が輸送人員102,200人、輸送密度65,900人キロ、「B-2」が輸送人員144,200人、輸送密度75,700人キロです。
年間収入は「A」が88億円、「B-1」が70億円、「B-2」が96億円です。
おおざっぱにいうと、臨海地下鉄は、1日10万人以上の利用者と、年間80億円程度の収入を見込んでいるわけです。
費用便益比は、期間30年で「A」が1.0、「B-1」が0.8、「B-2」が1.0。期間50年で「A」が1.1、「B-1」が0.9、「B-2」が1.2です。利用者数が多いわりに、費用便益比が小さいのは、1kmあたり500億円に達する事業費の高さが理由でしょう。
ルート | Aルート | B-1ルート | B-2ルート |
経路 | 晴海通りと環状2号の間 | 晴海通り大深度 | 晴海通り浅い位置 |
輸送人員(人/日) | 133,600 | 102,200 | 144,200 |
輸送密度(人/キロ) | 79,700 | 65,900 | 86,300 |
建設費(億円) | 2,540 | 2,410 | 2,580 |
年間収入(億円) | 88 | 70 | 96 |
B/C30年 | 1.0 | 0.8 | 1.0 |
B/C50年 | 1.1 | 0.9 | 1.2 |
晴海通り直下が有力か
3ルートの数字を比べると、採算性の高い「B-2ルート」が有力です。首都高速晴海線との支障があって「B-2」が無理なら、「Aルート」となりそうです。
実際のところ、首都高速晴海線の都心方面への建設計画は固まっておらず、実現するかどうかわからない高速道路を優先する理由はなさそうです。そのため、最終的には「B-2」に落ち着くのではないでしょうか。
すなわち、銀座から晴海通り直下の浅い位置に線路を敷くルートで晴海に至り、豊洲へ渡る際に環状2号へ遷移し、国際展示場に達するルートが有力です。
直通運転の計画は?
ここまでは、臨海部地下鉄単独の話ですが、新銀座駅の形状からみても、この地下鉄は臨海部に孤立して建設する計画ではありません。当初から、他路線との直通運転を前提にしています。
報告書で、新銀座から延伸先の候補としてあげられたのは、以下の3つです。
・新東京を経て秋葉原でつくばエクスプレスと結節
・六本木を経て桜新町で東急田園都市線と結節
・六本木を経て西武新宿で西武新宿線と結節
国際展示場からの延伸先としては、台場を縦走して中央防波堤を経て羽田空港方面へ至る路線が構想されています。
そのほか、臨海地下鉄の延伸ではありませんが、「鉄道ネットワークの拡張」として、以下の路線を提案しています。
・豊洲から品川
・勝どき・晴海から品川を経て東急池上線に結節し新丸子へ
・品川から勝どき・晴海を経て矢切で北総線と結節し成田空港へ連絡
地図を見ると、臨海部を軸に、東京各方面へのネットワークを構想しており壮大です。
田園都市線、西武新宿線直通構想
少し詳しく見てみると、田園都市線結節案は、混雑率の高い田園都市線を桜新町で分岐させることで複々線化し、六本木を経て新銀座から臨海部へ至る路線構想です。田園都市線の混雑を抜本的に緩和する面白いアイデアといえます。
田園都市線に乗り入れた場合、新銀座~桜新町間の1日あたりの輸送人員は497,200人、輸送密度は201,400人キロと推計されました。臨海地下鉄区間(新銀座~新国際展示場)では、輸送人員253,500人、輸送密度143,100人キロに達すると推計しています。
西武新宿線結節案は、地下鉄直通のない西武新宿線を都心部に乗り入れさせるという構想で、実現を願う人も多そうです。
西武新宿線に乗り入れた場合、新銀座~西武新宿間の輸送人員は560,400人、輸送密度は213,700人キロと推計。臨海部地下鉄区間の輸送人員は252,900人に増え、輸送密度は141,200人キロになると推計しています。
東急田園都市線、西武新宿線、どちらへの延伸も多数の利用者を見込めるわけです。
つくばエクスプレス乗り入れへ
ただ、現在の方向性としては、東京駅(新東京)方面へ延伸し、つくばエクスプレスと直通運転する案で固まってきました。2016年国土交通省交通政策審議会答申で、「つくばエクスプレス東京駅延伸との一体整備」が提案されたためです。
つくばエクスプレスには、もともと東京駅延伸の計画がありました。東京駅の候補地は丸の内仲通り地下が有力です。しかし、つくばエクスプレス単体で東京駅まで延伸しても採算がとれないため、臨海地下鉄と東京駅を共用して、事業化のハードルを下げようというアイデアです。
報告書によれば、臨海地下鉄とつくばエクスプレスが直通運転した場合、新銀座~秋葉原間の輸送人員は365,500人、輸送密度は222,500人キロと推計されています。臨海地下鉄区間の輸送人員は253,500人、輸送密度は143,100人キロになるとの推計です。
つくばエクスプレスとの直通運転により、臨海地下鉄の利用者数は1日20万人以上、輸送密度14万人キロに達するわけで、臨海部単独運行に比べて約80~90%も増えることを見込んでいるわけです。
国土交通省交通政策審議会が2016年にまとめた「鉄道ネットワークのプロジェクトの検討結果」では、つくばエクスプレス東京延伸と臨海地下鉄の一体整備の総事業費は6,500億円。輸送密度は98,900~102,100人キロと、やや厳しく見積もっています。それでも費用便益比は1.5~1.6に達すると分析しています。
羽田空港アクセス線への乗り入れは?
国交省答申では、つくばエクスプレスとの直通は提案されましたが、羽田空港へのアクセスについては、触れられませんでした。
上記の中央防波堤経由のルートは、さすがに現時点では妄想の域を出ません。しかし、臨海部地下鉄を新国際展示場止まりにするよりも、できるならりんかい線を経てJR羽田空港アクセス線へ乗り入れ、空港アクセス需要も取り込みたいところでしょう。
これについては、JR側が、羽田空港乗り入れを受け入れるのか、という疑問があります。
JR羽田空港アクセス線は東山手ルート、西山手ルート、臨海部ルートの3ルートが計画されています。このうち、国際展示場駅を経由するのは臨海部ルートです。羽田空港から東京テレポート駅でりんかい線に乗り入れて新木場に至る系統です。
この系統を、国際展示場駅でさらに分けて、臨海地下鉄からつくばエクスプレスに乗り入れさせるとすれば、JR羽田空港アクセス線に「臨海つくばルート」とも呼べる「第4のルート」案が加わることになります。
しかし、第4のルートの必要性は高くなさそうです。というのも、羽田空港から東京駅、茨城方面へは、東山手ルートで上野東京ラインを経て常磐線に至る系統で確保できるからです。JRの立場としては、「臨海つくばルート」を設定する必要性は感じられません。
羽田空港アクセス線の線路容量の問題もありますし、臨海地下鉄の羽田空港乗り入れに関しては、実現のハードルはやや高いように感じられます。
ただ、羽田空港まで乗り入れないにしても、臨海地下鉄がりんかい線の東京テレポート駅(台場)まで乗り入れたら、都心~臨海副都心間のアクセスが大きく改善します。
東京駅・銀座駅周辺から台場へは、現状では鉄道移動がしにくいため、都心・臨海副都心直結鉄道は待たれることでしょう。そのため、羽田空港まで行かなくとも、国際展示場駅からりんかい線に乗り入れて、東山手ルートへの乗換駅(現東京貨物ターミナル付近)までの直通運転なら、検討されてもよさそうです。
事業主体は?
上述したように、交通政策審議会の資料では、つくばエクスプレス東京延伸と臨海地下鉄の一体整備の総事業費は6,500億円と見積もられています。
この巨費を誰が負担するのか。臨海部地下鉄区間の事業主体に関しては、報告書では以下の2通りが検討されています。
①新規第3セクターあるいは関連する鉄道事業者が運行する。
②第3セクターあるいは鉄道建設・運輸施設整備支援機構が整備し、本路線整備の影響を受ける既存鉄道事業者が運行する。
「本路線整備の影響を受ける既存の鉄道事業者」とは、具体的にはJR東日本、東京メトロ、東京都交通局、東京臨海高速鉄道を指します。東京駅まで延伸する場合、延伸区間については、首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)も関係します。
要するに、臨海地下鉄の事業候補者は、新規3セクか、JR東日本、東京メトロ、東京都交通局、東京臨海高速鉄道、首都圏新都市鉄道のいずれか、になります。新銀座~新国際展示場間に限れば、可能性が高いのは、新規第3セクター、東京都交通局、東京臨海高速鉄道の3者でしょう。
このうち、東京臨海高速鉄道は、りんかい線をJR東日本に譲渡する検討が行われています。その議論にケリがつかないうちに、臨海地下鉄まで絡めると、話が複雑になりそうです。
注目の地下鉄新線へ
長々と書いてきましたが、話をまとめると、臨海地下鉄は、つくばエクスプレスとのセットで「秋葉原~新東京~新銀座~新国際展示場間」として整備されるのが、確実な情勢になってきました。秋葉原~新東京がつくばエクスプレス、新東京~新銀座~新国際展示場間が新たな事業主体の運営となりそうです。
東京臨海部では、オリンピック後の再開発を控えており、これからも人口は増加する見通しで、地下鉄新線を建設する意味はありそうです。臨海部だけに難工事も予想されますが、事業性は悪くなさそうです。
「将来的な構想」から「具体的な計画」へ動き始めたといえそうですが、地下鉄建設には少なくとも10年程度はかかりそう。これから計画を詰めていくとして、開業は早くて2030年代半ばでしょうか。
東京には、他にも南北線延伸(白金高輪~品川)や有楽町線延伸(豊洲~住吉)といった地下鉄計画があります。それらと比較しても臨海地下鉄の「つくば・羽田直結構想」は壮大で、注目の新線計画となりそうです。(鎌倉淳)