沖縄縦貫鉄道計画に「整備新幹線方式」導入。内閣府が特例制度を検討へ

計画実現へ新局面

新たな「沖縄振興基本方針案」がまとまりました。鉄軌道整備については、「全国新幹線鉄道整備法を参考とした特例制度」の検討が明記され、新たな局面を迎えそうです。

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沖縄振興基本方針

最初に、内地の人にはあまり馴染みのない「沖縄振興基本方針」について説明しておきましょう。

沖縄県は、先の大戦で苛烈な戦禍により、多大な犠牲を受けたという歴史的事情があります。また、本土から遠隔しているという地理的事情や、全国の在日米軍の7割が集中している一方、地域経済が脆弱であるという社会的事情も抱えています。こうした沖縄の特殊事情に鑑み、日本政府は責務として沖縄振興に取り組んでいます。

沖縄振興基本方針は、そのベースとなる国家的指針です。内閣総理大臣が10年に一度策定し、その間の沖縄振興策は、この基本方針に沿って実施されます。

内閣府は毎年、沖縄の鉄軌道調査について実施していますが、これも現在の基本方針(2012年策定)において、鉄軌道の調査・検討をする旨が明記されているからです。

沖縄縦貫鉄道
画像:沖縄県平成24年度「鉄軌道を含む新たな公共交通システム導入促進検討業務」報告書

整備新幹線方式に

その新たな沖縄振興基本方針案が策定され、首相の諮問機関である沖縄振興審議会で「適当」と認められました。

鉄軌道整備について注目すべき内容は、「全国新幹線鉄道整備法を参考とした特例制度を含め、調査・検討を行う」と盛り込まれたことです。この意味するところは、整備新幹線並みの手厚い補助制度を、沖縄鉄軌道に適用する検討を首相が指示したということです。

鉄道新線を建設する場合、一般に適用されるのは「都市鉄道利便増進事業費補助」で、国の補助率は3分の1です。残り3分の1を地方自治体、同じく3分の1を事業者が負担するという枠組みです。

これに対し、整備新幹線方式では、JRが支払う貸付料を充てた後、残額の3分の2を国が、3分の1を地方が負担します。さらに、地方負担分に特別交付税が措置されますので、地方の実質的な負担額は12.3~18.3%程度と大幅に軽減されます。

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北陸新幹線の場合

北陸新幹線の敦賀延伸を例にみてみましょう。福井県内区間の総事業費は1兆1200億円で、JRが負担する貸付料を除いた事業費は約5200億円です。

このうち、地方の実質的な負担額は800億円にすぎません。内訳は下図の通りですが、福井県など地元自治体は、貸付料以外の15.4%、総額からみればわずか7.1%を負担しているだけです。

新たな沖縄振興基本方針の記述は、この枠組みを参考にした特例制度を沖縄県に適用する検討をおこなうことを意味します。

北陸新幹線福井県費用負担
画像:福井県ウェブサイトより

上下分離を導入

「整備新幹線」と全く同じ枠組みとすれば、鉄道・運輸機構が建設・保有して鉄道会社が運行する上下分離方式を導入し、鉄道会社が受益の範囲で貸付料を支払う形になります。

整備新幹線の枠組み
画像:国土交通省

整備新幹線の場合、受益の範囲とは「新幹線を整備した場合の収益-新幹線を整備しなかった場合の収益」で計算されます。ただ、沖縄には既存鉄道がないので、整備しなかった場合の収益はゼロですので、受益の範囲とは営業黒字の範囲と考えてよさそうです。

とはいえ、沖縄の鉄道事業で大きな黒字が見込めるとも思えないので、沖縄鉄軌道で貸付料は期待できません。したがって、事業全体からみた負担率としては整備新幹線ほど低率にならず、交付税措置などを勘案しても、総事業費に対して15%程度になるとみられます。

それでも、建設費の85%を国が負担してくれるなら、非常に大きな補助制度となるでしょう。

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採算性で課題

枠組みができたとしても、実際に鉄軌道が建設されるかは別問題です。内閣府はこれまでも現行の沖縄振興基本方針に基づいて、毎年沖縄鉄軌道の調査をしてきており、糸満から那覇を経て名護に至る「沖縄縦貫鉄道」のルートは概ね確定しています。

沖縄縦貫鉄道ルート案
画像:「令和2年度 沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」より

公表されている最新の2020年度調査によると、普通鉄道で建設した場合の概算事業費は8700億円。40年後の累積損益収支は6090億円の赤字で、50年間の費用便益費(B/C)は0.53にとどまります。

沖縄縦貫鉄道採算性B/C
画像:「令和2年度 沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書」より

さまざまなコスト縮減策を検討しているものの、採算面でも費用対効果でも補助の基準(累積収支は黒字、B/C>1)には遠く及びません。整備新幹線の枠組みであっても、基準をクリアしないと着工できないことに変わりはないので、建設への道のりは平坦ではありません。

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沖縄県の働きかけで

一方、沖縄県は独自の調査で、整備新幹線と同様の上下分離方式で建設すれば、開業30年~40年内で累積資金収支の黒字転換が可能という試算を示しています。

費用便益費については、所得接近法を採用し(鉄道評価マニュアルの推奨は選好接近法)、社会的割引率を1.5%(国交省指針では4%)として計算すれば、基準となる「1」を超える可能性があるという結論を出しています。

この調査では、貸付料はゼロと仮定し、車両費を除く整備費用について国が3分の2、地方が3分の1を負担するというスキームで試算しています。

沖縄鉄軌道資料
画像:沖縄県第6回 沖縄鉄軌道技術検討委員会資料「採算性分析・費用便益分析」

非常に苦しい試算ではあるものの、沖縄鉄軌道で新線建設基準を満たすにはこうしたスキームを求めるほかありません。このため、沖縄県として「整備新幹線方式」の導入を国に強く働きかけてきたという経緯があり、今回、それが実ったわけです。

念のために書きますが、「整備新幹線方式」の補助制度を検討するという話であって、200km/h超で突っ走る新幹線を沖縄に建設するという話ではありません。

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新たな局面へ

内閣府の沖縄鉄軌道調査では、これまで上下分離を想定した検討は実施されていませんでした。しかし、今後は整備新幹線方式を「参考」にした枠組みを「検討」し、それを前提として「調査」するのでしょう。

実際のところ、近年の内閣府調査では着工基準を満たす方法が見つからず、袋小路に陥っていた観があります。そのため、新方針は少なくとも「調査を変える」ことには意味を持ちそうです。というよりも、これまでの調査を継続しても意味がないので、内閣府としても新たな調査をするために、少しばかり踏み込んだという話かもしれません。

なんであれ、沖縄縦貫鉄道の建設スキームを「整備新幹線並みにする」という大方針が内閣総理大臣から示されたのであれば、実現へ向けた後押しになるのは間違いありません。検討ばかりで先に進まなかった沖縄縦貫鉄道計画は、新たな局面を迎えるのでしょうか。(鎌倉淳)

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