富山県の黒部峡谷鉄道の終点・欅平駅と黒部ダムを結ぶ「黒部ルート」が一般開放されることが正式に決まりました。設備を所有する関西電力と富山県が協定を結びました。
黒部ルートとは
黒部ルートは、欅平から黒部ダムまでをトロッコ電車などで結ぶ工事用輸送路です。観光用の「立山黒部アルペンルート」は東西に延びる道筋ですが、「黒部ルート」は宇奈月と黒部ダムを南北に結ぶルートです。
黒部峡谷鉄道の終着駅・欅平を起点として、黒部峡谷鉄道の工事用線(下部専用鉄道)、竪坑エレベーター、関西電力黒部専用鉄道(上部専用鉄道)、インクライン(ケーブルカー)、専用地下道バスを乗り継いで、黒部ダムまでつながっています。
下部専用鉄道は0.5km、竪坑エレベータは昇降距離200m、上部専用鉄道は6.5km、インクラインは高低差456m、バスが走る黒部トンネルが10.2km。あわせた全長は約18kmに及び、ほぼ全区間がトンネルです。黒部ダム建設時に整備され、現在も発電施設の保守作業などに使われています。
下部専用鉄道と竪坑エレベーター
黒部ルートについて、関西電力の資料(黒部ルート旅行商品化にかかる安全対策(案)について)に沿って、順に紹介していきましょう。
最初の下部専用鉄道は、欅平駅から約500mを進み、約80mのスイッチバックで竪坑エレベーター下部前に至ります。竪坑エレベーター前での乗降⾞スペースの関係から、客車3両(57名)が利用の限度となっています。
次の竪坑エレベーターは、昭和14年に竣工した歴史ある乗り物です。付近の河川勾配が24分の1と急であったため、欅平から川沿いに鉄道を延ばすことができず、山の中腹を200m垂直に貫きました。人荷用は定員36名で、1分20秒で200mを昇降します。
上部専用鉄道
竪坑エレベーターを降りたところで、上部専用鉄道に乗り換えます。いわゆる「地下トロッコ」で、黒部ルートのハイライトです。
上部専用鉄道は、昭和14年に黒部川第三発電所の建設のため、欅平竪坑上部から仙人谷まで、約5.7kmが作られました。阿曽原〜仙人谷間の約500mにわたり、岩盤温度が高く高熱地帯になっていることから「高熱隧道」と呼ばれ、工事が難航したことはよく知られています。
戦後、黒部川第四発電所の建設にあたり、仙人谷からさらに上流に800m延伸。総延長約6.5kmを、バッテリートロッコ列車に乗車します。
欅平上部停車場から、黒四発電所前停車場まで、途中5つの停車場があります。
インクラインと黒部トンネル
続くインクラインは、いわゆるケーブルカーです。昭和34年に完成しました。黒部川第四発電所と作廊谷を結びます。長さ約815m、高低差456m、所要時間20分、定員36名です。
乗降時間を無視しても毎時108名の輸送力しかなく、黒部ルートのボトルネックとなっています。
インクラインを降り、作廊谷から黒部ダムまでは、長さ10.2kmの黒部トンネルをバスで走り抜けます。
公募見学会を実施
黒部ルートをまとめると、珍しい乗り物を乗り継いで、地底深くを突き進み、黒部ダムに到着するというダイナミックな道のりです。旅行者の関心は高く、アルペンルートのような観光化の要望は昔からありました。しかし、これまでは一般非公開でした。
ただ、1996年以降、関西電力が公募の無料見学会を定期的に開催しており、当選すれば一般人でも通行することが可能になっています。
この「公募見学会」の受け入れは、平日のみ1日60人、年間34日間で2,040人に限られます。参加は抽選で決められ、平均すると4倍程度の倍率でした。
地元・富山県では黒部ルートの受け入れ拡大を長年求めてきており、「『立山黒部』世界ブランド化推進会議」で話し合われてきました。
その話し合いが、このほどようやくまとまり、2018年10月17日に、富山県と関西電力が「黒部ルートの一般開放・旅行商品化に関する協定」を締結したのです。
一般開放の概要
協定の骨子は、黒部ルートを旅行商品化という形で一般開放するというもの。つまりパッケージツアーを設定するわけです。
富山県が旅行の企画運営を担い、関西電力が設備を調査し安全対策工事を実施。この安全対策工事はおおむね5年をメドとし、6年後には黒部ルートを含む旅行商品が販売されます。
受け入れ規模は年間最大1万人。6月~10月に8,000人を受け入れ、天候条件が整った場合に、1万人まで受け入れます。
一般開放・旅行商品化の前段階として、土休日の公募見学会を実施します。2019年度には、これまでの平日の年間34日間にくわえて、7月から9月の土休日に4日間。2020年度以降は協議のうえ日程を決めるとしています。旅行商品化後は、公募見学会は廃止されます。
鉄道事業法のカベ
黒部ルートの一般開放は長年議論されてきましたが、なかなか実現しませんでした。
障害となっていたのは、設備の貧弱さです。特に問題となっていたのが、上部専用鉄道部分のトンネルの狭さ。鉄道事業として運営するにはトンネル幅の基準を満たさなければならないのですが、そのためには大がかりなトンネル拡幅工事が必要になります。
1996年には、実際に鉄道事業化が検討されましたが、800億円の費用と16年に及ぶ工事期間が必要と試算されました。
とても現実的な数字ではなく、黒部ルートを鉄道事業として運営することは、このとき事実上断念されています。黒部峡谷鉄道のような鉄道事業としての一般開放は不可能で、鉄道事業にならない形で協議が進められてきました。
どう危険なのか
現状の施設は、どう危険なのか。第1回「立山黒部」世界ブランド化推進会議(2017年6月1日)の議事録によると、関西電力の勝田達規取締役常務執行役員は、以下のように指摘しています。
「例えば、上部軌道のところは約7kmほどのトンネルでございます。ここは昭和14年、80年前に掘り下げたトンネルでございまして、現在でも3分の2が素掘りの状態でございまして、落盤がほぼ毎年起こっております。昨年は5月と9月に2回の落盤がございまして、5月のときは1.3tの岩が線路に落ちております」
「そういう状況の中で、われわれとしては安全が非常に心配ですので、年2回、打音検査を実施しております。しかしながら、なかなかこれは防ぎきれません。理由を現場に聞きますと、打音検査をしてもたたく場所によって分かるときと分からないときがあるというのが一つと、どうしても日々、劣化してまいりますので、なかなか全部を防ぐことは難しいということです」
「もう一つは、客車を3台ぐらい引くバッテリーカーを走らせております。バッテリーカーは、電池火災などを考えますと、火災対策をやりましてもトンネルの7kmに排煙設備がございませんので、こういうところは最低限の排煙設備が要るのではないかと私どもは思っております」
「それから、途中にインクラインというものがございまして、傾斜が約34度、450mほどのケーブルカーでございますけれども、ここについても、今は途中で止まりますと、幅50cmほどの避難階段を2,000段ほど行かなくてはいけない状況です。また、現在、予備電源がございませんので、これらもきちんと入れた方がいいのではないかと考えております」
安全対策の中身
こうした議論のあと、関西電力は、第3回 「立山黒部」世界ブランド化推進会議ワーキンググループ (2017年10月11日)において、安全対策案を提出します。それによりますと、関西電力は「トンネルの落盤対策や避難経路の整備等が十分でない」として、次のような安全策を提案しました。
まず、落盤の安全対策としては、ロックボルト、金網を設置し、モルタルを吹付けたり、カルバート(箱型の暗渠)の設置などを挙げています。
この写真が素掘りのトンネル。
安全対策をしたトンネル。
車両の安全対策としては、ATS(自動列車停止装置)、EB(緊急列車停止装置)の装備や、車止めの設置、貫通口、貫通路の設置などが必要としています。
現在の車両は耐熱トロッコで、車両編成を貫通して歩くことはできません。
これを貫通する形にして、非常時には車両の最後部から避難できるようにするわけです。改造で済まないのなら、車両は全て作り直すことになります。
安全対策に要する費用の総額は数十億円にのぼります。
鉄道事業ではないのか
こうした安全対策を施したとしても、トンネル幅の問題があり、上部専用鉄道の鉄道事業化はできません。そのため、今回の旅行商品化にあたっては、黒部ルート区間は無料見学会の体裁を維持します。
第3回「立山黒部」世界ブランド化推進会議ワーキンググループの資料では、「旅行商品化といっても、黒部ルートの通行自体を有料化しようというものではない」と明記されました。
どういうことかというと、たとえば旅行商品で宇奈月~立山間を周遊する場合、「宇奈月~欅平」と「黒部湖~立山」を交通費のかかる有料区間と位置づけ、「欅平~黒部湖」は交通費無料の見学会とみなします。
かわりに、「欅平~黒部湖」では、「ガイド料・保険料」を収受します。「運賃」を収受したら鉄道事業になってしまうため、ここは「ガイド料・保険料」でなければならないのでしょう。
欅平~黒部湖間は「無料見学会」なので、鉄道事業でもバス事業でもなく、たんにガイド料と保険料を付加するだけ、という理屈です。
第2回「立山黒部」世界ブランド化推進会議では、この理屈が成り立つのか、という議論が行われています。国土交通省の鉄道事業課長がオブザーバーとして参加。鉄道事業法の適用に関する国交省の見解を述べています。
議事録によりますと、鉄道事業課長は「鉄道事業法に基づきまして、他人の需要に応じて、鉄道で旅客又は貨物の運送を行う事業を行う場合には許可が必要」という前提を述べたうえで、「実際には、他人の需要に応じた輸送であるのか、そもそも輸送する手段が鉄道と言えるようなものなのか、あるいはその運行形態に事業性、事業性というのは主に反復継続性があるか」などを総合的に勘案したえで、「許可の要否を判断する」としています。
そして、黒部ルートの旅行商品のような「条件の下で行われるものであれば、鉄道事業の許可は必要ないと判断した」と発言しています。
つまり、「総合的に判断して鉄道事業ではない」というのが国土交通省の見解ということになります。
鉄道事業でない以上、旅行者が気ままにきっぷを買ってトロッコ列車に乗車することはできません。こうした形での旅行者受け入れを「一般開放」と呼べるのか、という疑問はありますが、関係者が知恵を絞った結果と前向きにとらえたほうがよいのでしょう。
1万人は多いのか?
関西電力によると、現在の黒部ルートの年間輸送量は2万人程度。このうち1万5000人が保守作業の工事関係者が使っており、3,000人が社客枠。2,040人が一般公募枠となっています。
そのため、最大1万人のツアー客を受け入れるという協定は、工事関係者以外の利用者を倍増させるわけで、関西電力としては現時点で精一杯の回答といえそうです。
とはいえ、黒部峡谷鉄道の宇奈月駅への入込客数は、2015年度で33万人、アルペンルートの入込客数は同92万人にも達します。年間最大1万人という数字は、黒部を訪れている観光客の数からすれば十分とはいえません。
どんな旅行商品になるのか
実際に旅行商品として販売されるのは、安全対策工事が終わった2024年度以降になります。
どういう形で商品が販売されるのかは未定ですが、おそらくは宇奈月~欅平~黒部湖~立山・扇沢がセットになったツアーが基本となるでしょう。もっと広い範囲でのツアーに組み込むことも、当然考えられます。
第2回「立山黒部」世界ブランド化推進会議の資料では、旅行商品化案の例として、以下のようなルートが記されています。
1日目 東京~黒部宇奈月温泉駅(宇奈月温泉泊)
2日目 宇奈月駅~欅平~黒部湖~室堂(泊)
3日目 室堂~立山駅~富山駅~東京
この2泊3日のルートで、想定料金75,000円(交通費・宿泊費含む)。黒部ルートに該当する部分のガイド料・保険料は3,000円としています。
2015年度からは、テスト的な意味合いを込めて、黒部ルートの一部(下部専用鉄道、竪坑エレベーター)を活用した「黒部峡谷パノラマ展望ツアー」の販売が行われています。黒部峡谷鉄道、下部専用鉄道、竪坑エレベーターがセットになった価格が5,000円。内訳は、黒部峡谷鉄道の運賃が往復3,200円、ガイド料・保険料が1,800円でした。
この水準を考えれば、上部専用鉄道、インクライン、黒部トンネルバスを加えた黒部ルート全体のガイド料・保険料はこの2~4倍程度、つまり4,000~8,000円程度に設定されてもおかしくはなさそうです。
また、現在の公募見学会や「パノラマ展望ツアー」では、参加できるのは小学5年生以上で、乗り物の乗降や階段の歩行に支障のない人に限定されています。非常時を考えた場合、旅行商品でもこの制限は維持される可能性が高そうです。
行きやすくなるのか
「立山黒部」世界ブランド化推進会議の資料では、旅行商品の申し込みは先着順を想定しています。旅行会社を通しての販売になるでしょうから、実際に先着順が基本になるでしょう。
旅行者の立場としては、抽選に比べてはるかに手軽に申し込めるようになります。抽選結果を待つ必要もないので予定が立てやすく、土休日もツアーが設定されますので、サラリーマンでも訪問しやすくなるでしょう。
旅行商品である以上、事前予約は必須となります。空席があれば当日販売枠の設定もしてほしいところですが、定員の少なさを考えれば望み薄です。保安上の問題から、本人確認も通常のツアーに比べて、きちんと行われるようでもあり、事前販売のみになると予想します。
まとめると、黒部ルート「一般開放」といっても、実際はツアーでの旅ができるようになるだけで、定員も現在の4~5倍程度に増えるに過ぎません。ツアーは人気で取りにくいでしょうし、個人の自由旅行はできません。となると、これからも黒部ルートは「気軽に行ける場所」にはならないでしょう。
それでも、今よりは訪問のハードルが下がるのは間違いありません。黒部ルートの受け入れ拡大は長年待たれていたことであり、旅行者にとっては大きな朗報でしょう。富山への旅の楽しみが増えそうです。(鎌倉淳)