近鉄奈良線の大和西大寺~近鉄奈良間の平城宮跡区間で、線路を宮跡南側の地下に移設する計画が正式に決まりました。その詳細を見てみましょう。
平城宮跡を分断
近鉄奈良線は大和西大寺~新大宮間で平城宮跡を横切る形で線路が敷かれています。同区間が開通したのは1914年(大正3)年で、当時は線路付近は史跡外とみられていました。ところが、戦後の調査で平城宮跡が考えられていたよりも広大であることがわかり、近鉄の線路が平城宮を分断していることが判明しています。
平城宮跡は1952年に特別史跡に指定され、1998年に世界遺産に登録されました。復元事業も行われており、これまでに、大極殿や朱雀門などが復元されています。その結果、近鉄奈良線が朱雀門の前を走り抜ける景色がおなじみとなりました。
こうした光景には、歴史的な景観を損ねているとの指摘があり、移設を求める声は以前からありました。一方で、近鉄が線路を敷いたのは大正時代であり、すでに「近鉄のある風景」が地元に馴染んでいるという反論もあります。
現実問題として、景観だけを理由に移設を求めるのは難しく、移設話が実現性を以て語られることは数年前まではありませんでした。
踏切改良促進法が転機に
転機となったのは、2016年に成立した、改正踏切道改良促進法です。この法律は、交通量や事故の多い踏切の解消を促すものですが、従来、鉄道事業者と道路管理者(主に自治体)が改良方法について合意した踏切でなければ、「改良すべき踏切道」として指定できませんでした。
ところが、2016年の法改正で、鉄道事業者と道路管理者の合意がなくても、国土交通大臣が指定することができるようになりました。これに基づき、国土交通省が「開かずの踏切」など改良すべき踏切道について、全国的に指定を実施。2017年には大和西大寺駅西側の踏切4カ所が指定され、2018年には大和西大寺駅東側の踏切4カ所も追加指定されました。これには、平城宮跡内にある2つの踏切も含まれています。
その結果、これらの踏切について、近鉄と奈良県、奈良市は、国土交通省への改良計画の提出を求められることとなりました。
踏切を解消するには、立体化しかありません。しかし、世界遺産の平城宮内で高架化するわけにもいきません。そのため、線路を移設したうえで立体化していく方向が固まっていくことになります。
2017年に近鉄と県、市が連携協定を結び、大和西大寺駅周辺の立体交差化を含めて協議を開始。2020年7月16日に、国を交えた合同会議で、大和西大寺~近鉄奈良間の線路を平城宮跡南側の大宮通り地下に移設するという県の計画をベースに協議を進めることで合意しました。
そして、2021年3月25日付で、大和西大寺駅高架化・近鉄奈良線移設事業を記載した地方踏切道改良計画を三者合意のうえ策定し、国土交通省に提出しました。これにより、近鉄奈良線の平城宮区間の移設方針が正式に決まったことになります。
大和西大寺駅周辺を高架化
発表された計画をまとめてみますと、まず、大和西大寺駅を高架にし、駅周辺を立体化します。さらに大和西大寺駅から平城宮跡を迂回するために南に線路を移し、大宮通り地下へと入ります。
平城宮跡西側は高架で線路を敷設し、宮跡南側で平面に移行して、大宮通りの地下に入ります。その後、近鉄奈良駅まで全て地下となります。
奈良県は、移設区間に朱雀大路駅(仮称)、新大宮駅、油阪駅(仮称)の3駅を新設する計画を立てていますが、決定しているものではありません。
新駅の位置などは今後の協議事項です。予想すると、朱雀大路駅は、文字通り平城宮跡の朱雀門ひろば付近とみられます。新大宮駅は現駅より西南が想定されているようで、新設された奈良県コンベンションセンターや奈良市役所に近い位置になりそうです。コンベンションセンターにはバスターミナルも併設されていますので、その乗り継ぎ利便性を優先するなら、現新大宮駅から500m以上離れることになりそうです。
油阪駅は油阪交差点付近とみられます。JR奈良駅から400mほどの距離で、徒歩5分ほどで乗り換えられるようになりそうです。近鉄油阪駅が設置されれば、近鉄奈良駅周辺の地下化で旧油阪駅が1969年に廃止されて以来の復活となります。
3駅のうち、朱雀大路駅と油阪駅の位置はほぼ確定とみられますが、新大宮駅の位置については議論になりそうです。
2000億円規模の事業費
連続立体化の事業費は1260億円、用地買収なども含めた総事業費はおよそ2000億円と想定しています。焦点となった費用負担ですが、近鉄は高架化区間のうち、大和西大寺駅付近で事業費の約7%を負担するにとどまります。
平城宮跡西側から朱雀大路付近までの区間は、高架下の店舗活用ができないため、すべて行政側の負担となりました。地上平面区間と地下区間に関しては、近鉄の受益額と受損額を勘案して、今後負担を協議することになりますが、近鉄は「おおむね行政の負担で工事が行われると理解している」とコメントしています。
全体として、行政側が近鉄側に強く配慮した費用負担割合になっています。近鉄としては、平城宮跡を迂回することにより路線延長が伸びるので、運行経費の増加が永久にのしかかります。一方で、地下区間の新駅設置による利用者増も見込めます。こうした「受損」と「受益」を考慮して地下区間の負担割合が決まるわけですが、日本経済新聞3月25日付によれば、近鉄の負担額は「100億円程度」にとどまるとのことです。
気になる工期ですが、改良計画には「令和23年度着工、令和42年度完成」と記されています。2041年度に着工、2060年度に完成というスケジュールです。着工まで20年という長い期間を取っていますが、用地取得などに時間がかかると見込んでいるようです。さらに、遺跡発掘調査なども生じるでしょうから、2060年度完成は、一つのメドに過ぎないと考えた方が良さそうです。後ろ倒しになる可能性も十分あるでしょう。(鎌倉淳)