近鉄奈良線移設「見直し」の研究。踏切改良はしないのか?

景観は残りそう

奈良県の山下真知事が、近鉄奈良線の移設事業を見直す方針を示しました。平城宮跡の朱雀門前を横切る風景は維持されそうですが、踏切改良はどうなるのでしょうか。

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大和西大寺駅の高架化は進める

2023年5月に就任した奈良県の山下真知事は、県の大型事業のうち15の項目について、予算のすべて、または一部の執行を中止すると発表しました。

注目は、近鉄大和西大寺駅周辺の高架化と、近鉄奈良線の平城宮跡内を走る区間の移設です。これについて、山下知事は、大和西大寺駅周辺の高架化事業のみ進め、近鉄奈良線移設について見直す方針を示しました。

近鉄と朱雀門

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計画の概要

大和西大寺駅高架化と近鉄奈良線移設は、荒井正吾前知事時代の2021年3月に決定しました。

計画の概要は、大和西大寺駅周辺の近鉄線を高架化したうえで、近鉄奈良線の線路を、大和西大寺駅から南下して大宮通り地下へ入る形に移設するものです。

平城宮跡西側は高架で線路を敷設し、宮跡南側で平面に移行して大宮通りの地下に入り、近鉄奈良駅まで全て地下路線となります。

移設区間に朱雀大路駅(仮称)、新大宮駅、油阪駅(仮称)の3駅を新設する計画です。

近鉄奈良線移設計画
「奈良新『都』づくり戦略2023」(2023年2月)より

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見直し案を検討

この計画に関し、山下知事は、大和西大寺駅周辺の高架化事業を引き続き進める一方、近鉄奈良線の移設を見直す判断を示しました。

大和西大寺駅周辺の高架化を進める理由については、駅西側(菖蒲池方)のいわゆる「開かずの踏切」解消のためと説明しています。

一方、近鉄奈良線移設の見直し理由については、大和西大寺駅東側(新大宮方)の同線踏切の混雑は、駅西側に比べてそれほど激しくないことを挙げています。

こうした知事判断により、奈良県では、平城宮跡内の近鉄線を存置する事業案を新たに検討します。新案と現行案の費用対効果を比較し、関係者とも協議のうえ、最終的な整備方針を決定します。

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新案検討予算を計上か

現行案に関する予算として、2023年度に計上されているのは3,180万円です。近鉄線の地下化部分の移設に向け、地下水位の変動予測について検討するための費用です。

山下知事の新方針にしたがえば、地下水位予測予算の執行を停止する一方で、近鉄線を移設しない形での大和西大寺駅高架化事業について、新案を検討するための予算を計上することになりそうです。

「改良すべき踏切」

近鉄奈良線の移設は、そもそも、国土交通省が、大和西大寺駅周辺から近鉄奈良駅の間にある8つの踏切について、踏切道改良促進法に基づき、「改良すべき踏切道」に指定したことに端を発します。

同法では、改良方法を記載した「地方踏切道改良計画」の策定を、2020年度末までに求めていました。近鉄奈良線の移設は、この改良計画策定のために提案されたもので、期限ぎりぎりの2021年3月25日に最終案が公表されています。

近鉄奈良線移設
画像:奈良県

策定された改良計画には、「大和西大寺駅付近~奈良市油阪町付近を連続立体交差化することにより、踏切道の除却を行う」と明記されています。

そのため、策定した踏切改良計画にしたがうなら、平城宮内の近鉄奈良線を存置する場合でも、連続立体化などにより踏切改良をおこなわなければならないはずです。

一方、計画を変更するなら、新たな踏切道改良計画を策定しなければならないでしょう。

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国交省と協議へ

山下知事は、5月8日の記者会見で、踏切改良について問われた際に、「高架化はするけど、そのまま下げていって、今の平城宮跡の中のルートを通ると、そういう案をベースに、今後、近鉄や国土交通省と協議をしていきたい」と述べています。

予算執行中止を発表する記者会見でも、踏切問題については国交省と協議する姿勢を改めて示しました。

一方で、計画見直しの理由の一つとして、人口減少を挙げています。現行案の移設事業の完成予定年度が2060年であることから、「人口も減り高齢化も進み、クルマを運転する人も減るので、踏切の状態も解消するだろう」と述べました。

要は、人口減少を根拠に、踏切の混雑が「解消される」という見通しを示したのです。

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指定基準を下回る?

知事がこうした見通しを示した背景として、踏切道改良計画の指定基準がありそうです。

大和西大寺駅周辺から近鉄新大宮駅付近にかけて、改良指定されている踏切は8箇所ですが、踏切により指定の基準が異なります。

下図の資料では、凡例として「開かずの踏切」「自動車ボトルネック踏切」「歩行者ボトルネック踏切」の3種類が示されています。

近鉄奈良線踏切改良
画像:踏切道改良促進法に基づく「改良すべき踏切道」対策の推進(奈良県)

菖蒲池方の3箇所「菖蒲池6~8号踏切」は「開かずの踏切」です。「踏切道改良促進法施行規則」によれば、「1時間の踏切遮断時間が40分以上」という基準です。

一方、新大宮方の3箇所「西大寺1、2、4号踏切」は、「自動車ボトルネック踏切」で、「1日当たりの踏切自動車交通遮断量が5万以上」という基準で指定されています。

また「新大宮1号」は、「1日当たりの踏切自動車交通遮断量が5万以上」にくわえ、「踏切歩行者等交通遮断量が2万以上」という基準で指定を受けています。

つまり、菖蒲池方の踏切は、列車の運行本数の問題で指定を受けていて、遠い将来も運行本数減の見通しが立たないことから、駅周辺の高架化による踏切解消を実施せざるをえない、ということです。

一方、新大宮方の踏切は、自動車・歩行者交通量の問題で指定を受けているので、37年後には人口減少により指定基準を下回るだろう、という理屈です。

「巨費をかけて工事をして、完成した頃には指定基準を下回っているのなら、無駄な公共事業ではないか」という論法といえます。

したがって、これから検討する新案では、将来的な自動車交通量を予測し、その数字に基づいて「踏切存置でも問題ない」という形にするのではないでしょうか。

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景観問題に対しては

平城宮跡という歴史地区を鉄道が走っていることによる「景観問題」を指摘する声もあります。

これに関して、山下知事は記者会見で、「平城宮内を近鉄線が走っているのは、右に朱雀門、左に太極殿が見られて素晴らしいと思う。その景観が見られるほうがいい。奈良を訪れる観光客に車窓から見てもらう意味が大きい」と述べ、現状を維持するのが望ましいという姿勢を示しました。

「景観問題など存在しない」というスタンスと言えるでしょう。

近鉄、奈良市も歓迎

記者会見で、山下知事は、発表に先立ち近鉄にもヒアリングしたことを明らかにしています。知事によれば、近鉄も、平城宮内の線路移設が必要と考えていないとのことです。

線路移設により路線距離が伸び、大阪~奈良間の所要時間も延び、運行経費も増大します。移設費用を国と自治体が持つにしても、近鉄としてのメリットは小さいので、移設事業に消極的なのは理解できます。

したがって、山下知事の新方針を、近鉄は歓迎するでしょう。

奈良市の仲川元庸市長も、山下知事の方針を「妥当な案」と評価。現行案は自治体の負担が大きいので、新案が現実的と捉えているようです。

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国交省はどうする?

利用者にも所要時間増は歓迎されませんし、現景観が失われることを惜しむ声が大きかったので、新案はおおむね支持されそうです。

一方で、踏切問題を放置していいのか、という視点も必要でしょう。

踏切道改良促進法は、国土交通大臣が改良すべき踏切を指定し、鉄道事業者と道路管理者(自治体)が踏切道改良計画を策定して改良するという枠組みです。

移設計画区間の踏切は国土交通大臣が指定した踏切道に該当します。「人口減少」を理由に、その改良を拒否するのが許されるのであれば、同法が骨抜きになってしまいかねません。人口減少は全国的ですから、踏切改良を先送りする自治体が続出しそうです。

とはいえ、知事がこれだけ明確に新方針を示した以上、国交省と何らかの代替案について、すでに話し合われているのかもしれません。それがどういう形なのか、全国の踏切問題に波及しかねないだけに、注目せざるを得ません。(鎌倉淳)

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