時速200キロ「準新幹線」は実現するか。国交省『幹線鉄道ネットワーク調査』を読み解く

在来線を活かす形に

国土交通省が、時速200キロ前後という新たな速度域の「準新幹線」を検討しています。2020年度『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』で示されました。内容を読み解いていきましょう。

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幹線鉄道網の未来像

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』(以下、『幹線ネットワーク調査』)は、新幹線をはじめとした幹線鉄道網の未来像について検討する調査で、2017年度から行われています。

国交省によれば、「新幹線整備が社会・経済に与える効果の検証や、単線による新幹線整備を含む効果的・効率的な新幹線整備手法の研究等に取り組んでいる」とのこと。

要するに、単線化を念頭に置いた上で「次に整備する新幹線」のあり方を考える調査、といえます。北陸新幹線、西九州新幹線など、現在の整備新幹線の完成が視野に入ってきたことを受けて、奥羽、羽越、山陰、四国、東九州などの新幹線基本計画路線について、どう整備していくかを検討しているわけです。

このほど公表された、その2020年度の調査結果概要を見てみましょう。

山形新幹線E3系

土構造の節減効果

『幹線ネットワーク調査』では、前年度まで、新幹線を単線で整備する場合のコスト削減策や、その効果について検討してきました。2020年度の調査では、新幹線を単線土構造で整備した場合、複線高架のフル規格よりどれだけ節約効果があるかを検証しています。

単線新幹線を土構造で建設した場合の事業費単価を1として、他の構造と比較したのが下表です。近年の新幹線で一般的な複線高架橋の事業費は1.7、複線橋梁は2.5、複線トンネルは1.4などとなっています。

おおざっぱに言うと、単線土構造の場合、複線高架橋の約6割の事業費で整備できる、ということです。

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度

トンネルを減らす

さらに、明かり区間とトンネル区間の割合についても検討しています。近年の新幹線は、明かり区間とトンネル区間の割合は5:5程度です。この割合において、単線土構造の割合を増やすと、複線高架に比べて19%の事業費が削減できます。

明かり区間を増やし、トンネル区間との割合を7:3とすると、事業費削減効果は21%に達します。

要は、トンネルを減らし、単線土構造で作った場合、事業費の削減効果が大きくなる、ということです。

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度より
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ミニ新幹線より速く

次に、新たな幹線鉄道のターゲットとなる距離を検討しています。

現在、鉄道の分担率は、300km~700km圏において約半数を占めています。100~300km圏内はクルマの分担率が高く過半数を占めていますが、鉄道の速達性を向上すれば、分担率も向上する可能性があります。こうしたことから、新たな幹線鉄道では、100km~500km圏内をターゲットとします。

そのために適当なのは、在来線の高速化・ミニ新幹線(最高速度160km/h)より速く、フル規格新幹線(最高速度260km/h以上)より事業費が安い交通機関です。具体的には、200km/h程度の速度が目安となります。

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度より

こうした速度域の鉄道は、いまの日本にはありません。そこで、新たな整備・運行手法として、新幹線に準ずる速度(200km/h程度)の鉄道について検討を行いました。表定速度100~170km/h程度の高速鉄道です。

当記事では、これを「準新幹線」と呼びます。なお、法的には、最高速度200km/h以上が「新幹線」と定義されています。

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度より
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既存在来線を活用

調査では、「準新幹線」を建設するにあたり、事業費を抑制しつつ、表定速度を向上させる手法を検討しています。

具体的には、市街地は既存の在来線を活用し、郊外部には高速化新線を、急曲線が多い区間には短絡線を整備します。既存線を活用しながら、短絡線を段階的に整備することで、事業費を抑制しつつ表定速度を段階的に向上させます。

準新幹線は、改軌により既存新幹線と直通する場合(標準軌)と、直通しない場合(狭軌)の2パターンを想定します。前者をAパターン、後者をBパターンとします。

『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度
画像:『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』2020年度より

Aパターンは標準軌なので、最高速度は整備新幹線標準の260km/hを目標とします。Bパターンは最高速度200km/hを目標としますが、160km/hを超える狭軌車両を導入する場合は、新技術の開発・検討が必要となります。

Aパターンの場合、全線フル規格に比べて事業費を60%縮減でき、表定速度は約50%減少します。Bの場合、全線フル規格に比べて事業費を70%削減でき、表定速度は50%減少します。Bのほうがコスパが高そうですが、既存新幹線に直通できないのは大きなデメリットです。

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板谷トンネルを想定か

この整備手法をどこに当てはめるかは、調査結果には明示されていませんが、Aパターンとして想定されていそうなのが、奥羽新幹線の福島~米沢間でしょう。「急曲線が多い」板谷峠を長大トンネルによる短絡線でぶち抜けば、Aパターンのモデルケースとなるでしょう。「短絡線を段階的に整備する」ことで、基本計画線の奥羽新幹線(福島~秋田~青森)を少しずつ実現できます。

板谷峠の長大トンネルは、すでにJR東日本が調査してしていて、フル規格仕様で建設した場合、総事業費1,620億円という試算も出ています。奥羽新幹線の全線を一気に整備するのは非現実的なので、まずは福島~米沢間で、在来線を活用しながら整備するというのはあり得るでしょう。

Bパターンを活かせるのは

Bパターンは、いわゆる「スーパー特急方式」の最高速度向上版でしょうか。最高速度を200km/hを達成するには技術開発が必要ですが、実現すれば、貨物列車も通行可能な高速新線とすることができます。

こちらも、どこに当てはめるかは明示されていませんが、在来線を活かしつつ短絡線の効果が発揮されそうな路線として、山陰新幹線や伯備新幹線は候補になりそうです。また、貨物列車の大動脈である羽越新幹線も、検討に値するかも知れません。

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並行在来線の経営改善

次に、調査では、新幹線を整備した後の、並行在来線の将来像についても検討しています。

新幹線の並行在来線を、周辺の民鉄線と経営状況を比較したところ、並行在来線の方が、輸送密度が高いわりに平均運賃が安く、維持管理費用が高いことがわかりました。そのため、鉄軌道業利益率が低くなっています。

その理由として、並行在来線はJRの幹線鉄道路線から資産譲渡されているため、企業規模に比べ過剰な設備を維持管理していること。そして、長大編成の貨物鉄道が運行されていることが挙げられています。

そのため、並行在来線の経営改善のためには、費用削減や客単価向上などの施策を検討する必要があるとしています。具体策には触れられていません。

誘発需要を評価項目に

このほか、事業評価の方法論として、新幹線開業による交通利便性向上に伴い、新たに発生する需要を考慮する手法を提案。誘発需要を事業評価の項目に見込むことが妥当としています。

これは、費用便益比の分子にのせるべき新たな項目を提案した、といえます。新幹線の基本計画路線について、これまでの手法で費用便益比を計算しても1を上回らないため、新たな便益をひねり出した、ということでしょう。

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見えてきた姿

以上が、2020年度の『幹線ネットワーク調査』の概要です。過年度の内容も含め、現時点で見えてきた「次の整備新幹線」の姿は、市街地では在来線を活用し、郊外では土構造を増やしてトンネルを減らし、単線で建設する、という形です。

基本計画路線は、これまでのフル規格新幹線ではオーバースペックな区間が多いです。そのため、地方幹線を置き換える「準新幹線」の仕様を開発し、当てはめていくわけです。

実際、先日公表された羽越・奥羽新幹線構想では、この調査結果を踏まえて、単線土構造を前提とした試算を公表しています。

スーパー特急の二の舞も

ただ、標準軌のAパターンはともかくとして、狭軌Bパターンに関しては、いわゆる「スーパー特急」と考え方は近いので、それで地元が納得するのか、という点で疑問が残ります。

スーパー特急構想は、結局、地元の意向でフル規格になってしまいましたが、同様に、「準新幹線」Bパターンも、広軌新幹線を作るための一里塚として、政治的に捉えられてしまう可能性もあります。

そう考えると、基本的にはAパターンを中心に検討されていくでしょう。つまり、現在のミニ新幹線に、一部高速新線を組み合わせた形というのが、次の整備新幹線のメインの形としてまとまっていくのではないでしょうか。

ただ、Aパターンは在来線の改軌が必要になり、貨物列車が通れなくなってしまいます。

そのため、貨物列車を走らせる場合には、Bパターンにならざるを得ません。その場合は、新潟駅のようにフル規格新幹線との乗り継ぎを考慮する、という形が検討されるでしょう。(鎌倉淳)

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