国土交通省による『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』の2018年度の調査結果が公表されました。整備新幹線の将来像を探る調査です。内容を読み解いていきましょう。
「新幹線整備手法の研究」
『幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査』(以下、『幹線ネットワーク調査』)は、新幹線をはじめとした幹線鉄道網の未来像について検討する調査です。2017年度から行われています。
国交省によれば、「新幹線整備が社会・経済に与える効果の検証や、単線による新幹線整備を含む効果的・効率的な新幹線整備手法の研究等に取り組んでいる」とのこと。
要するに、単線化を念頭に置いた上で「次に整備する新幹線」の検討材料を集める調査、といえます。北陸新幹線、長崎新幹線など、現在の整備新幹線の完成が視野に入ってきたことを受けて、奥羽、羽越、山陰、四国、東九州など基本計画路線について、「整備新幹線」への格上げの検討が開始された、ととらえることもできます。
このほど公表された、その2018年度の調査結果概要を見てみましょう。
新幹線開業で地価が上がるか
2018年度の『幹線ネットワーク調査』では、まず、これまでに完成した整備新幹線の効果について検証しています。具体的には、九州新幹線を例にとり、鹿児島県と福岡県の旅客流動数を調べました。それによると、航空機を利用していた旅客が鉄道利用へ転換しただけでなく、全体の旅客流動量が増えていることがわかりました。
新幹線駅周辺の地価の推移も調べています。新青森駅では東北新幹線開業後も周辺地価が下げ止まらないのに対し、金沢駅では北陸新幹線開業後、周辺の地価が大きく上昇。熊本駅では、九州新幹線開業後に大きな変化はありませんでした。
これらの状況から、調査結果として「交流人口の増加や新幹線駅周辺の地価上昇等、新幹線の整備効果を幅広く確認」したものの、整備効果がどの程度発現するかは地域によって異なるとしています。
新幹線の整備効果は、新幹線駅のある都市の人口規模や、近隣大都市への所要時間、新幹線駅と中心市街地との距離などの要因により、影響が異なるわけです。
「B/Cの新たな算出方法を検討」
都市間の交流人口が増える条件は、対象となる都市圏との時間距離に依るところが大きいとみられます。具体的には、新幹線の開業により大都市圏から3時間以内になると、交流人口は約18%増加することがわかりました。青森県と東京圏がこれにあたります。
大都市圏から2時間以内になると、交流人口は約34%増加します。富山県と東京圏がこれに近い位置関係です。90分以内になると、約42%増加します。鹿児島県と福岡県がこれにあたります。
調査結果では、今後の課題として、より定量的にこれらの相関関係を分析するとともに、交流人口の増加が地価の上昇や税収の増加に与える影響を明確化することを挙げています。それにより「新幹線の整備効果の推計方法や、これを踏まえたB/Cの新たな算出方法の検討を行う」としています。
新たな鉄道の整備には、B/C(費用便益比)が1.0以上必要とされますが、新たな便益を分子に加えられれば、1.0を上回るためのハードルが下がります。つまり、整備新幹線の導入がしやすくなることを意味します。
単線新幹線は安いのか
『幹線ネットワーク調査』の大きな目的は、単線による新幹線整備の検討です。
2017年度の調査では、複線の費用を100%とした場合の単線の整備費用について試算しており、高架区間で約76~81%、トンネル区間で約83%、橋梁区間で約66~74%と概算しました。おおざっぱにいって、単線新幹線は、複線新幹線より2~3割は安く作れる計算です。
ただ、単線新幹線は、これまでの新幹線技術では対応しきれない課題があります。たとえば、日本の新幹線の信号保安システムに単線用はありません。また、列車交換設備の配置も前例がありません。
2018年度の調査結果では、信号保安システムについて、単線の新幹線の運行にあたっては、双方向の運転を可能にするためシステムの改良が必要としたうえで、「在来線の単線区間に利用されている装置を導入することで単線での運転が可能」としました。
装置の増加により、信号保安システムにかかるコストは増加します。しかし、単線の場合、必要な装置の数が複線の半分になるため、15~20%のコスト削減効果が見込まれるとのこと。トータルでは整備費用の削減になるようです。
新幹線の総合運行管理システムについても単線用はありませんので、「営業主体と協力し検討していくことが必要」としています。
単線新幹線の輸送力
単線新幹線で懸念されるのは、速達性や輸送力です。すれ違いのたびに停車していては、せっかくの新幹線の速度が活かせませんし、線路容量が限られますので多くの列車を走らせることができません。これについては、複線時と同程度の速達性を確保する場合、1時間あたり2本(速達タイプ1本、緩行タイプ1本)の運行が可能という結果となりました。
毎時2本ならば、過去の整備新幹線(複線)と比較しても、一定程度の輸送力は確保できます。ただ、ピーク時や繁忙期の需要への対応には課題が残ります。比較グラフを見ると、東北、北海道、北陸、九州のいずれの新幹線でも、もし単線だったら、編成両数によってはピーク時の輸送力が不足する可能性があります。
実際に単線新幹線を作る場合、行き違い設備や複線区間の配置については、運行計画を事前に立てた上での念入りな検討が必要になりそうです。調査報告では、「ケーススタディを実施し、単線新幹線の有効性や課題を検討」する必要があるとしています。
また、調査結果には記述がありませんが、貨物新幹線も検討段階に入っていることから、それも考慮する必要が出てきそうです。
在来線への影響
整備新幹線の建設において懸念されるのは、在来線への影響です。過去の整備新幹線の事例を見てみると、九州新幹線と並行する鹿児島本線では、新幹線開業後、定期外利用者が大きく減少しました。一方、定期利用者は横ばいでした。
特急利用者が新幹線に移った一方で、日常の通勤・通学の利用者に変化はなかったということです。
新幹線と接続する在来線では、東北新幹線開業後の五能線、八戸線、津軽線は、東日本大震災の影響もあり微減となりました。
一方、北陸新幹線開業後の城端線、高山線、七尾線、氷見線では増加傾向がみられます。九州新幹線開業後では、指宿枕崎線が横ばいですが、肥薩線は減少傾向に歯止めがかかりません。要するに、路線によりけりです。
新幹線開業は、都市内交通へも影響を及ぼします。たとえば、熊本市電では、九州新幹線全通後、利用者が明らかに増加しています。しかし、鹿児島市電では横ばいとなっています。新幹線開業による効果はまちまち、といったところでしょうか。
「代替モードの選択」
調査結果概要では、こうしたことから、新幹線整備後の在来線の将来像について、沿線地域の特性や、新幹線開業による利用者動向の変化を見極めつつ「地域公共交通のあり方を検討することが必要」としています。
在来線については、「人口減少下で並行在来線の経営が今後さらに厳しさを増していくことにも十分留意しつつ、沿線地域の特性及び将来需要の見通しに応じ整理することが必要」と、やや突っ込んだ既述もみられます。
さらに、今後の課題として「新幹線整備後の在来線のあり方に関する検討の深度化」を挙げていて、例として「代替モードの選択に係る定量的な分析等」と記しています。要するに、「並行在来線を含めたローカル線を維持する場合の明確な基準を設ける」ことを目指しているようにも見受けられます。
「地域公共交通の将来像の検討イメージ」としては、新幹線、在来線にくわえ「LRT」「BRT」「路線バス」「デマンドバス」を図示しています。これらが選択肢となる「代替モード」なのでしょう。
「次の整備新幹線」を推進
2017-18年度の『幹線ネットワーク調査』全体をまとめてみると、基本計画路線を整備新幹線に格上げするにあたり、新たな基準によって整備効果を高く見積もる手法をさぐりつつ、単線化による建設費削減方法を検討している、と表現してよさそうです。
前述しましたが、B/Cの分子を大きくし、分母を小さくすることを企図しているわけです。国土交通省として「次の整備新幹線」の実現を推進する姿勢が透けて見えます。
「次の整備新幹線」は、一部複線区間を設けるものの単線がベースになりそうです。複線区間の割合や、交換設備の配置間隔などが今後の検討課題で、路線ごとに想定ダイヤを作ってみる、という方向性のようです。
並行在来線やローカル線の扱いに関しては、路線維持のための明確な基準を設けて、基準に達しない区間は、バスやBRTへの転換も視野に入れます。路面電車など都市内交通に関しては、新幹線整備により利用者増の余地があるとみなしているようで、LRTの導入推進の姿勢も示唆しているように感じられます。
ミニ新幹線は新内容なし
2017年度の『幹線ネットワーク調査』では、ミニ新幹線の検討も行われましたが、2018年度版には新たな内容の記述がありませんでした。ミニ新幹線は実現している技術なので、調査する必要性があまりないから、ともいえますが、政治家の受けが良い「フル規格」の単線化調査に力点が置かれているようにも感じられます。
2017年度版では、瀬戸大橋についても調査が行われ、新幹線を併設する場合、工期約13年、建設費約1300億円と概算されています。「工期短縮やコストの低減のため、整備方式も含めて、さらなる検討が必要」と記されましたが、2018年度版概要に、新たな調査結果の記述はありませんでした。
四国新幹線が念頭?
最後に、この調査概要を見た上で、「次の整備新幹線」について、筆者の所感を述べてみます。
まず、「次の整備新幹線」として優先順位が高いのは、現状で在来線の輸送密度が高い区間であるのは当然でしょう。となると、宇野線(岡山~茶屋町)が41,958人キロで、本四備讃線(児島~宇多津)が23,990人キロの四国新幹線が真っ先に候補に挙がります。
四国新幹線の現在の構想は、岡山を起点に、宇多津付近で高松・徳島方面、高知方面、松山方面の3方向に分かれます。実際に作るとなると、人口の多い松山市、高松市への路線が優先されるでしょうから、岡山~宇多津間を複線で整備し、高松~宇多津~松山間を単線で整備する方向で検討されるでしょう。この検討は、『幹線ネットワーク調査』の調査内容と合致します。
2017年度版『幹線ネットワーク調査』では瀬戸大橋の整備費用も概算されており、まさに四国新幹線を念頭に置いた調査と受け止めることもできるでしょう。
ただ、四国島内の輸送密度は予讃線の高松~多度津間24,441人キロを除けばそれほど高くなく、同今治~松山間では6,981人キロに留まります。新幹線が必要と言うほどの輸送量でないのが弱点でしょう。
また、起点となる岡山県が財政負担に応じる理由に乏しく、「根元受益問題」が生じかねないのも難点です。
四国新幹線は徳島市、高知市への路線も計画にありますが、徳島市へは大阪方面から大回りになりますし、高知市は人口が少ないため、いずれも後回しにされそうな印象です。
東九州新幹線は?
次に有力とみられるのが、東九州新幹線の小倉~大分間。日豊線の輸送密度が小倉~中津間で28,424人キロ、中津~大分間で14,074人キロと全体的に高く、新幹線整備の必要性を説明しやすい区間です。
福岡県東部にもメリットがある路線のため、「根元」となる福岡県も財政負担に応じやすいのも強みです。在来線の定期利用者も多いことから並行在来線の維持も可能とみられ、政治的なハードルが全体に低そうです。
東九州新幹線の大分以南については、輸送密度ががくっと落ちるので、優先順位も大きく下がるでしょう。
山形新幹線の格上げは?
割って入りそうなのは、奥羽新幹線の福島~山形間かもしれません。現在はミニ新幹線の山形新幹線が走る区間ですが、山形県ではフル規格化を求めています。輸送密度は 10,256人キロで、「ミニ新幹線のゲタ」を履いているとはいえ、比較的高い数字です。
山形までのフル規格化と、陸羽西線のミニ新幹線化を同時に実施して直通すれば、庄内地方まで整備新幹線の恩恵が及ぶというメリットもあります。ただ、山形へはミニとはいえすでに「新幹線」があるので、フル規格化では後回しにされそうな予感もします。
山形新幹線(奥羽本線)では、板谷峠に新トンネルを掘る構想があります。山形県では、これを、フル規格新幹線の大きさで建設することを求めています。「次の整備新幹線」の思惑が絡み、山形県にとっては譲れない交渉となりそうです。
板谷峠の新トンネルがフル規格対応で開通すれば、山形までのフル規格新幹線化の足掛かりになるでしょう。
山陰新幹線は?
山陰方面への新幹線については、山陰新幹線と伯備新幹線(中国横断新幹線)の計画があり、どちらを優先すべきかで沿線自治体間でコンセンサスが得られていません。
伯備線の輸送密度は5,438人キロ、山陰線は鳥取~米子間で4,284人キロ。単線新幹線を前提とした整備の優先順位について、地元がまとめられるかが最初の焦点になりそうです。
山陰線には輸送密度が3桁の区間もあり、仮に新幹線を整備するなら、「代替モード」の選択を迫られるかもしれません。
いつ決まるのか
『幹線ネットワーク調査』は2019年度も続けられていますが、「次の整備新幹線」が、いつ、どのような形で決まるのかは、全くわかりません。「整備新幹線」という形では決まらない可能性も十分あります。「整備」が決まったとしても、着工まで途方もない時間がかかるのも間違いありません。
いずれにしろ、『幹線ネットワーク調査』が模索しているのは、鉄道のローカル幹線を新幹線に置き換えるという壮大な夢です。それがどんな形で実現するのか、あるいは永遠に実現できないのか、まだ誰にもわからない、といったところでしょうか。(鎌倉淳)