北陸新幹線敦賀延伸の工事遅延や事業費増を検証する委員会が、中間報告書を公表しました。その内容を読み解いていきましょう。
検証委員会の中間報告
北陸新幹線の金沢~敦賀間は、2022年度末の開業を目指して工事が進められてきましたが、最近になって工期に1年半程度の遅延が見込まれること、事業費が2,880億円増える見通しであることなどが明らかになりました。
これについて、国土交通省は専門家に事実関係の検証を依頼。「北陸新幹線の工程・事業費管理に関する検証委員会」を設けて、議論を進めてきました。その中間報告書が2020年12月10日に公表されました。内容をみていきましょう。
工事の経緯
報告書では、まず、北陸新幹線敦賀延伸工事の経緯について振り返ります。工事実施計画が認可されたのは民主党政権下の2012年6月。このときは、2025年度末の開業をめざし、事業費は1兆1858億円と見積もられました。その後、自公政権下の2015年1月に3年の開業前倒しを決定。敦賀延伸の開業目標を2022年度末としました。
ただ、工事は順調に進みませんでした。2018年の時点で、用地測量・取得が大幅に遅れていることが明らかになった工区は28に及びました。これら28工区では、事業主である鉄道・運輸機構が、急速施工や施工方法の工夫といった工期短縮策を実施。2019年には工期が逼迫している工区を6工区(足羽川橋りょう、福井橋りょう、武生橋りょう、深山トンネル、敦賀駅、敦賀車両基地)にまで減らしました。
この6工区のうち、敦賀駅を除く5工区については、河川管理者や道路管理者と協議を行い、施工方法の見直しやプレキャスト構造の採用などを実施。さらに、地域外から作業員や資材を確保して工期短縮策を採ることで、遅延回復の見通しが立ち、予定通り2022年度までの完成が可能となりました。
しかし、敦賀駅工区は間に合いませんでした。
敦賀駅工区
敦賀駅工区の遅延に関しては、経緯が少々複雑です。2017年3月に土木工事の工事契約を締結したものの、同年10月に、新幹線と在来線特急を上下で乗り継ぐための上下乗換線を1階に設置することが決まり、大幅な設計変更が生じました。その結果、工事費が大幅に増加し、土木工事の着手は約1年遅れの2018年4月にずれ込みます。
この時点では、土木工事の体制増強や、土木・建築の同時施工、建築・軌道・電気工事の工夫により、2022年度末開業は可能と見積もっていました。実際、機構は作業員や大型重機を導入して土木工事の工期短縮を図ろうとしています。
ところが、上下乗換設備の追加によって駅の構造が大型化・複雑化したため、複雑な鉄筋組み立てが可能な熟練作業員や、大型重機の扱いに慣れた作業員が必要になり、思うように人員の確保が進みませんでした。
また、北陸新幹線延伸工事全体で土木工事のピークが集中したこともあり、必要な作業員の確保や機材の増強がいっそう困難になりました。
2019年には「遅延回復困難」
2019年夏頃には、事業全体の完成・工事時期が5ヶ月程度遅れることが見込まれるようになりました。こうした状況で、土木工事を担う土木JVから、工事契約の主体である鉄道・運輸機構の大阪支社に対して、遅延回復が困難である旨が伝えられます。
機構大阪支社は、土木工事と建築工事の同時施工により遅延を回復しようと想定しました。おおざっぱにいって、土木工事とはコンクリートなどの躯体工事で、建築工事は駅など鉄道施設の工事を指します。土木工事の完成後に建築工事に取りかかるところを、一部を同時施行することで、全体の工期を短縮しようという目論見です。
2019年12月には、大阪支社において土木工事の工期を当初の2020年7月から2022年2月まで約20ヶ月延長する契約変更が行われました。土木工事の期間を延ばし、建築工事との並行作業を行うためとみられます。
切り札も不発
一方で、建築JVには、土木工事の遅延を伝えないまま、2020年1月に工事契約を締結。2月に土木JV、建築JV、大阪支社で協議を開始したところ、遅延回復の切り札と考えていた土木工事と建築工事の同時施工が困難であることが判明しました。
そのため、大阪支社は、建築工事とその後の電気工事を同時施行することで遅延の回復をめざします。ところが、敦賀駅終点方高架橋でも工事の遅延が発生していたため、2020年7月に敦賀駅と高架橋全体の工程を見直したところ、建築工事と電気工事の同時施工も困難であることが判明しました。そして最終的に、2年程度の工期遅延=開業延期が生じるおそれがあるとの結論を出しました。
事ここに至り、機構が国交省鉄道局に工期遅延を報告。鉄道局はプロジェクトチームを設置し、関係者と協議・調整を行いました。その結果、遅延を1年半程度に圧縮できると見積もったうえで、開業予定の後ろ倒しを公表しました。
加賀トンネルでも遅延
一方、敦賀駅工区とは別に、加賀トンネルでも工事遅延が生じていました。こちらは、2020年3月に盤ぶくれによるクラック(亀裂)を確認。盤ぶくれは自然現象ですが、対策工事などに時間がかかり、全体で10ヶ月超の遅延が見込まれることになりました。
ただ、加賀トンネルの工事遅延は、敦賀工区の遅れの範囲内に収まる見通しです。
事業費増の経緯
事業費増の経緯についても見てみましょう。そもそもは、想定していた物価上昇率を、現実の物価上昇率(実績)が上回ったことなどが発端です。
そのため、2018年3月に事業費の見直しに着手。2019年3月に、事業費を1兆1858億円から2263億円増額した1兆4121億円として工事実施計画の変更が認可されました。このときは、2.0%の物価上昇率を採用していました。
しかし、さかのぼる2017年度の物価上昇率は実績値で4.6%。つまり、見直しの時点で直近の物価上昇率を無視していました。物価上昇率は、2018年度も3.1%と高止まりました。2019年に事業費増額が認可されたものの、この高い物価上昇率を織り込んでいなかったので、2019年度の工事入札では、発注金額に物価上昇率を反映することができませんでした。
それに加えて、この時期には北陸新幹線の入札が集中。結果として、2019年春から夏頃にかけてPC桁工事を中心に入札の不調・不落が頻発することになりました。機構では、工期遅延を回避するため、やむなく積算単価に実勢価格を反映させましたが、当然のことととして発注金額が増えてしまいます。
さらに、上述した遅延28工区を中心に、工期短縮のため地域外から作業員や資材、機材を投入するなどの急速施工等を実施。これにより、工事費がいっそう膨れあがりました。
工事の最盛期には、たとえば生コンが不足し、仮設の生コン生産工場を増設。砂利が足らないので遠く五島列島からも調達。ミキサー車も北海道や福岡から借りるなどの措置を講じています。
半年も経たずに
こうした状況で、事業費増額認可から半年も経っていない2019年8月に、機構から国交省にさらなる工事費増の報告がありました。2020年5月には、工事費増は約3,000億円にのぼることが国交省に伝えられています。
国交省は、翌年度予算の概算要求に向けて事業費を精査。2020年7月に、機構から工期が2年程度遅延するという報告もあり、工期と事業費は表裏一体であるため、事業費の精査作業を継続しつつ、工期遅延の回復に向けた作業を優先しました。「カネより工期」という方針を示したことになります。
検証結果
長々と書いてしまいましたが、要するに、工事遅延の発端は敦賀駅の設計変更、工事費増は物価上昇率の織り込み不足と、工事を急いだために急速施工を余儀なくされ、工費が膨れあがってしまった、ということのようです。
中間報告の「事実関係の検証結果」として、「課題と改善の方向性」として挙げられたのは、「大阪支社が目標となる完成・開業時期ありきの考え方に起因する甘い見通しの工期設定を本社に継続して報告したため、現場の情報が本社に正確に伝わっていなかった」「本社において、大阪支社からの情報をチェックする機能が十分でなかったといった」といった、情報共有の問題でした。要するに、「大阪支社が遅延をきちんと報告していなかった」ということです。
国交省側の責任としては、「鉄道局も機構から能動的に情報を収集しておらず、機構に対する監理・監督が不十分だった」としています。こちらも情報収集の問題として捉えています。
間に合うと思っていたのか
筆者としては、工事遅延の発端となる「開業3年前倒し」や「敦賀駅設計変更」に至った経緯や、それらの工期見通しに無理がなかったのかについて興味があったのですが、そうした視点での検証はありませんでした。
過去の議事録を見ると、「3年前倒しの時点で間に合うと思っていたのか。どのような計画を具体的に立てていたのか」「上下乗換設備の追加時に、工期に間に合うかの判断根拠が大雑把であり、もう少し対応可否について詰めるべきではなかったのか」といった意見も出ています。
しかし、中間報告には反映されていません。「中間報告では事実関係の整理とする」(議事録)という方針の結果かもしれませんが、遅延の原因に迫るという点では、物足りない内容でした。
北陸新幹線敦賀延伸では、当初フリーゲージトレイン(FGT)の導入も考慮され、敦賀駅に軌間変換装置の実験線まで作られましたが、3年前倒しの決定を受け「開発が間に合わない」とJR西日本が匙を投げ、最終的に開発失敗で断念するという経緯をたどっています。FGTの雲行きが怪しくなってから、地元の申し入れを受けて、敦賀駅乗換利便性の向上策が図られることになり、敦賀駅の設計変更へとつながっていったわけです。
つまり、FGT失敗が敦賀駅設計変更の伏線となり、北陸新幹線開業遅延につながった可能性もあるわけで、その検証も知りたかったのですが、中間報告にはフリーゲージのフの字も出てきません。
今回の開業遅延には、さまざまな遠因があったようにも感じられますが、そうした遠因には触れずじまいで、機構の大阪支社に責任を押しつけているような記述が目立ちました。本社や国交省は「知らなかった」で済ませてしまっているわけで、これでは現場の方はやりきれないのではないか、という気持ちにさせられます。
遅延を1年圧縮
中間報告では、今後の見通しについて、人員確保やクレーンの増備、建築・電気工事の施工法の見直し、検査期間や訓練期間の短縮などにより、開業時期の遅れを1年に短縮できるとしています。
機構が「2年遅れ」と表明したのを、さまざまな手段を高じて、1年に短縮する、という見立てです。それにより、事業費増を約2,658億円にとどめることができるとしています。
ただし、悪天候や自然災害、新型コロナ感染拡大、作業員不足などいった「リスク要因」を挙げ、これらが「想定の範囲内に収まっている場合」という条件を付けました。
つまり、日程的な余裕は全くない状況で、作業員不足も生じずに、全て想定通りにいけばなんとか2023年度末に開業できる、ということです。逆に言えば、状況によってはさらなる遅延の可能性もはらんでいるといえます。
なんともすっきりしない中間報告で、北陸新幹線敦賀延伸開業の先行きは、まだ見通せないというのが、正直な感想でしょうか。(鎌倉淳)