世界最大級のコンテナ船に同乗するバラエティ番組が放送されました。新型コロナウイルスが感染拡大するなか、「貨物船」という、なかなか外部からはわからない旅の姿を見せてくれた番組です。本記事はネタバレありです。
「巨大貨物船に乗る」シリーズ
テレビ東京では「巨大貨物船に乗る」シリーズを放送しています。第1弾が2018年10月にオンエアされた『日本→欧州20000km巨大コンテナ船に乗せてもらいました!』で、日本最大級のコンテナ船「アドニス号」(日本郵船)で日本からヨーロッパへ向かう旅。こちらで記事にしています。
第2弾が2019年6月にオンエアされた『日本→米国20000km”巨大自動車船に乗せてもらいました』で、最新鋭の自動車運搬船「ベルーガエース」(商船三井)に乗って日本からアメリカへ向かう旅でした。
第3弾となったのは、『英国⇒日本25000km!超巨大コンテナ船に乗せてもらいました!世界大航海SP』で、世界最大のコンテナ船「MOL TRIUMPH」(商船三井)に乗って、イギリスから日本へ向かう旅です。
テレビ東京『英国⇒日本25000km!超巨大コンテナ船に乗せてもらいました!世界大航海SP』
出演:キャイ~ン(天野ひろゆき・ウド鈴木)、神田愛花、中川大志
2020年6月21日放送
20,000TEU型コンテナ船
第3弾に登場した「MOL TRIUMPH」は、2017年3月に竣工したばかりの新型船。商船三井では2017年から2018年にかけて大型コンテナ船の船隊整備を進め、20,000TEU型コンテナ船6隻を調達しています。「TEU」というのはコンテナ船の大きさを示す単位で、20フィートコンテナの1個分を「1TEU」といいます。
商船三井では、それまで14,000TEU型までしか保有していませんでした。「MOL TRIUMPH」は、商船三井が調達した20,000TEU型コンテナ船の第1号で、韓国サムスン重工業の製造です。
全長400m、全幅58.5m、積載コンテナ数20,150TEUで、コンテナ船としては世界最大級。姉妹船として、国内建造では今治造船の「MOL TRUTH」「MOL TREASURE」があります。サムスン製も今治製もサイズはほとんど同じですが、サムスン製のほうが幅が少しだけ大きいです。
ちなみに、第1弾で登場した「アドニス号」は9,600TEU型なので、「MOL TRIUMPH」はその倍以上の大きさです。
日本には着岸できない
商船三井の20,000TEU型コンテナ船は、すべてアジア~欧州路線に投入されています。日本ではなく「アジア」なのは、20,000型TEU船は大きすぎて、日本には着岸できる港がないためだそうです。
この番組で同乗した航路も、イギリス発、韓国行き。日本発着の航路がないため、イギリス発のルポとなったのでしょう。取材班はシンガポールで下船し、日本行きに積み替えられるコンテナを追って、別の船に乗り換えて日本へ向かう、という予定でした。
ちなみに、なんで日本の海運会社の船が日本に着岸できないんだ、と思ってしまいそうですが、この船は「Ocean Network Express」(ONE)というコンテナ船共同運航組織に属しています。
ONEは商船三井、日本郵船、川崎汽船の定期コンテナ船事業を統合し、2017年7月に設立されたもので、いわゆる「日の丸海運連合」の事業会社です。船隊規模は159万TEU、世界6位で、たんに日本と外国の間で荷物を結ぶのではなく、世界120カ国をコンテナ輸送で結んでいます。「世界を相手に戦っている」わけですから、競争上、「日本に着岸できる船」だけではやっていけない、ということなのでしょう。
ただ、横浜の南本牧埠頭は20,000TEU対応に整備されていて、すでに同級の着岸実績もあります。「MOL TRIUMPH」が南本牧埠頭にも着岸できないのかは定かではなく、たんに埠頭に十分な空きがないか、アジア=欧州航路の超巨大船が横浜まで立ち寄るのは非合理的、という話かもしれません。
なお、横浜港では「国際海上コンテナターミナル再編整備事業」が進められていて、新本牧埠頭に巨大コンテナ船対応のターミナル計画があり、2020年度に着工します。
わずか26人
番組によりますと、「MOL TRIUMPH」の乗組員は日本人10人とフィリピン人16人の26人です。「アドニス号」が24人でしたので、積載量は2倍になっても、乗務員は2人増えただけ。こんな巨大な船をたった26人で運航するのですから、その少なさには改めて驚かされます。3交代と考えると、1勤務時間あたり、わずか8.6人です。
番組では、25歳の若き女性航海士を中心に、巨大コンテナ船の航海の様子を紹介していきます。各船員は、ビジネスホテル一室程度の広さの居室が与えられていて、各個室にシャワーも完備。なるほど、これだけプライバシーが確保されていれば、女性でも安心して乗務できそうです。
この女性航海士は商船三井の採用ウェブサイトにも載っていて、自社養成コースの航海士だそう。新入社員で入社して、三等航海士の資格を取るまで2年かかるとのことで、25歳の彼女は、まだ現場に出たばかりのようです。文系学部出身・未経験で貨物船の世界に挑戦した女子の奮闘する姿が、今回の番組の軸になっています。
救命艇訓練
第1弾「アドニス号」と同様に、食事はフィリピン人コックが作り、和食も供されます。アルコールはビールやワインといった醸造酒のみ、量の制限付きで摂取可。ウィスキーなどの蒸留酒は不可、というルールも同じです。フィットネスルームで散髪する、というのは第2弾の「ベルーガエース」で紹介されていました。つまり、船内の様子は、過去2回のオンエアと重なる部分も多かったですが、それでも興味深く見られました。
珍しかったのは、船底からスクリュープロペラが見られる仕掛けでしょうか。そんなところに穴(強化ガラス?)があって大丈夫なのか、と思ってしまいますが、次の検査で塞いでしまう予定とか。それはそれで面白い話です。
個人的に目新しかったのは、ロッテルダム港での、救命艇の訓練の様子。ちゃんと日頃から避難訓練しているんだな、救命艇は飾ってあるだけではないのだな、と感心しました。当たり前なのでしょうが、船に乗って見るたびに「この救命艇、ちゃんと乗れるのだろうな」と不安に思ったりしていましたので。
残念な点があるとすれば、スエズ運河航行の映像がないことですが、これはエジプト政府の規制によるので、仕方ないでしょう。
新型コロナ拡大で
さて、今回のルポは2020年2月14日に、イギリスのサウサンプトンに始まりました。ご存じ、新型コロナウイルス感染症が広まり始めた時期ですが、まだ日本やヨーロッパでは、それほど騒ぎにはなっていませんでした。
ところが、航海の途中で新型コロナが急拡大。3月18日に「MOL TRIUMPH」にも連絡が届きます。途中寄港地のUAE・ジュベルアリには、翌3月19日に着岸しますが、クルーの下船は禁止。税関職員も現れず、荷役のスタッフ以外は船に出入りしなかったそうです。
ジュベルアリを出たのが3月21日。取材班が下船予定のシンガポールまでは1週間の行程ですが、この頃に新型コロナウイルス感染症が深刻化しました。3月中旬から下旬にかけて、世界各国が相次いで入国規制に踏み切ったのは記憶に新しいところでしょう。そのため、取材班は、シンガポールで予定していた下船ができなくなりました。
結局、取材開始から52日目に、香港で着岸もせずにパイロットラダーで下船するという、異例の扱いで同乗ルポは終了。番組内では、船内での感染症対策なども紹介され、新型コロナウイルスが拡大する中での、貨物船の対応の様子を垣間見ることができ、その意味でも貴重なルポとなりました。
同じ顔ぶれで航行中
驚いたのは、新型コロナの影響で乗員の入れ替えができず、2月に始まったルポのクルーが、同じ顔ぶれでいまも乗務を続けている、というナレーション。非常事態とはいえ、4ヶ月も同じ船に同じメンバーで乗り続けているのか、と気が遠くなりました。ただ、船乗りの方のインタビューやブログを見ると、半年くらいの連勤は普通だそうですが。
ちなみに、marinetraffic.comで見ると、「MOL TRIUMPH」は、2020年6月22日現在、イギリス海峡付近を航行中で、サウサンプトンからル・アーブルへ向かっています。香港で取材班を下ろしてから約3ヶ月。一行は再びヨーロッパへ向かい、アジアへの長い帰路についたばかりのようです。
番組に登場したメンバーが、今も同じ船に乗り続けているのだとすれば、その精神力には驚かされます。おそらくは、途中寄港地の下船もほとんどできなかったことでしょう。世界が新型コロナ感染症に襲われるなか、物流を支え続けているクルーのみなさんには、感謝の言葉もありません。ご安航をお祈りいたします。(鎌倉淳)