沖縄鉄軌道計画について、内閣府が2024年度の調査報告書を公表しました。人口減少と工事費用の上昇により、費用便益比や採算性の予測が悪化。「新しい事業スキームや特例制度の検討」が必要としました。現状の鉄道新線補助制度では建設が難しいため、新たな枠組みを求めた形です。
糸満~名護間80km
内閣府では、沖縄本島に鉄軌道など新たな公共交通システムを導入するための基礎調査(沖縄鉄軌道等導入課題検討調査)を2012年度からおこなっています。いわば、「沖縄縦貫鉄道」に関する調査で、その2024年度の調査報告書がまとまりました。
内容を紹介する前に、これまでの調査で固まったルート案(基本案)を振り返ってみます。
沖縄縦貫鉄道の想定区間は糸満市~名護市の約80kmです。糸満市から、那覇市、宜野湾市、沖縄市、うるま市、恩納村を経て名護市に至る「本線」と、那覇空港へ分岐する「空港接続線」で構成され、本部町へ延伸する「北部支線」などのフィーダー路線も検討されています。
那覇~沖縄間では、国道330号線沿いの地下(ケース2)と国道58号線沿いの高架(ケース7など)の2案があります。どちらのルートを採用するかについては決まっていません。
建設基準を満たせず
これまでに検討された導入システムは多岐にわたります。普通鉄道のほか、トラムトレイン、スマートリニアメトロ、高速AGT、HSST(磁気浮上方式)、小型鉄道(粘着駆動方式)といった輸送機関が候補にあがっています。
しかし、いずれのシステムでも、建設による費用便益比(B/C)が「1」に及ばず、累積損益収支も赤字の見通しで、鉄道新線の建設基準を満たせていません。
HSSTを幅広く検討
そこで、このほど発表された2024年度調査では、過去の調査で採算性が比較的良好なHSSTについて、幅広いパターンで調査がおこなわれました。HSSTは、愛知県のリニモで実用化されているシステムです。
那覇~名護間の建設にとどめ、糸満方面には建設しない案や、北中城村経由に加えて、北谷町経由の案も追加しています。
また、新たなシステムとして、第三軌条方式普通鉄道の導入可能性も検討されました。おもに地下鉄で導入されているシステムで、トンネル断面を小さくできるためコストを縮減できます。
トラムトレインなどは対象外に
いっぽう、これまでの調査で検討対象に含まれていた、トラムトレイン、スマート・リニアメトロ、粘着駆動方式小型鉄道は、2024年度調査では外れています。
トラムトレインは那覇~名護間で目標とする60分で達成することが不可能なためです。
スマート・リニアメトロ、粘着駆動方式小型鉄道は、現時点で開発の見通しが立たないことが理由とされました。
したがって、2024年度調査で候補となったシステムは、普通鉄道、高速AGT(新交通システム)、HSST、第三軌条鉄道の4タイプに絞られました。
概算費用は高騰
2024年度調査では、このように対象のシステムを絞ったうえで、最近の物価変動を踏まえ、概算事業費を精査しています。
その結果、糸満~那覇~名護間を全線複線で普通鉄道を建設する、基本的な設定(基本パターン)の場合、2023年度の9800億円が1億320億円となり、520億円(5.3%)上昇しました。
那覇~名護間を経済性に優れたHSSTで建設し、部分単線化などのコスト縮減策をおこなった場合の費用は5760億円となりました。2023年度の5460億円から300億円(5.5%)上昇しています。
他のシステムでも、概算事業費は5.2~5.8%程度上昇する見通しとなりました。
B/C、採算性は悪化
いっぽうで、人口減少などにより、需要予測は減少しています。県民と県外来訪者を合わせた鉄軌道の総需要量は、基本パターンで2023年度調査から6.0%減の 9.2万人/日と試算されました。
こうしたことから、費用便益比(B/C)や収支採算性の見通しも悪化しました。基本パターンの場合、B/Cが「0.49」、40年間の累積損益収支(採算性)は1兆710億円の赤字と見込まれました。前年度調査の「0.53」、9800億円から、それぞれ悪化しています。
B/Cがもっとも良好なのは、HSSTを那覇~名護間のみで建設した場合です。それでも「0.83」となり、基準となる「1」を超えられませんでした。累積損益収支は4800億円の赤字です。
第三軌条式も基準満たせず
新たに調査対象となった第三軌条式の概算事業費は、部分単線案で約8410億円と見積もられました。普通鉄道(架線式)の部分単線案が約8770億円ですので、約360億円(約 4.1%)安くなります。
それでも、B/Cは「0.60」、累積資金収支は約8410億円の赤字となり、基準を満たせません。
第三軌条鉄道については、今回、最高速度 120km/h を想定して検討をおこなっています。国交省の省令では、第三軌条は直流750V以下に規制されていますが、1500V化について「実現可能性を検討を行う必要がある」としています。
全幹法適用は否定
政府は、2022年に制定した沖縄振興基本方針で、沖縄鉄軌道について「全国新幹線鉄道整備法(全幹法)を参考とした特例制度を含め、調査・検討を行う」方針を示しています。
整備新幹線並みの手厚い補助制度を、沖縄鉄軌道に適用できないか、政府として検討する姿勢を示したものです。
そのため、今回の調査にも、その方針が反映されています。しかし、結論としては「沖縄鉄軌道は必ずしも全幹法に直接的に適合するものではなかった」としており、全国新幹線鉄道整備法をそのまま適用させることについては否定的でした。
「沖縄に最適な制度」を求める
ただ、新幹線整備のための法律を、沖縄鉄軌道にそのまま適用できないのは当然の話です。
そのため、報告書では、「全幹法ならびにその他の法制度の各要素を踏まえ、沖縄鉄軌道整備にあたっての最適な枠組みを検討する必要がある」とも付け加え、沖縄基本方針に沿った、新たな枠組みの制定を求めています。
その検討にあたっては、「大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法のような面的整備を伴いつつ鉄道整備を行った事例や、PPP 等民間活力を取り入れた事例なども視野に入れた新しい事業スキームや特例制度の検討を進める必要がある」としました。
最新の鉄道整備の補助制度を参考に、沖縄県に即した制度の導入を促している形です。
十年一日の調査
前述の通り、内閣府の沖縄鉄軌道調査は、政府の沖縄振興基本方針に基づいて、2012年度から実施されています。
十年一日のごとき調査を続けているため、技術的あるいは経済的な内容は調べ尽くしていて、2024年度調査においても新味は乏しいです。
今年度は、HSSTの調査に力点が置かれ、第三軌条も検討対象に加えましたが、費用便益比や採算性の問題は、システムの違いで乗り越えられる範囲ではありません。そのため、これらの内容も、調査のための調査にとどまる印象です。
一歩踏み込む
そのなかで、2024年度調査の注目点を挙げるとすれば、鉄軌道の整備に関する制度について、「新しい事業スキームや特例制度の検討を進める必要がある」とした記述でしょうか。
2023年度調査では、「現行法制度上との関連性や適用可能性を確認していく必要がある」という腰の引けた表現でしたので、今回は一歩踏み込んだ印象もあります。
これまでの調査で、沖縄鉄軌道を既存の鉄道新線補助制度の枠組みで作るのは不可能であることが明確になっています。そのため、本当に作るつもりなら、特例制度の新設が必要であることは確かでしょう。
「特例制度の検討」は、沖縄振興基本方針にも記載されている文言です。したがって、これまでの政府方針の範囲内の表現であり、目新しさはありません。とはいえ、内閣府の報告書に改めて盛り込まれたのですから、何らかの動きを期待したいところです。(鎌倉淳)