石破新首相、28年ぶり「新幹線基本計画」沿線選出。新政権で地方新幹線の整備は進むか。

「鉄道は公共インフラ」論者

自民党の新総裁となった石破茂氏が、まもなく新首相に選出されます。新幹線が未整備の都道府県の選挙区選出の首相としては12年ぶり。基本計画路線の沿線都道府県の選挙区選出としては28年ぶりです。

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新幹線のない都道府県の首相就任

自民党総裁選で、石破茂氏が選出されました。選挙区は鳥取県で、都内との往復に寝台特急「出雲」を愛用していたことで知られる鉄道ファンです。

鳥取県には新幹線が走っていません。新幹線が未整備の都道府県選出議員の首相就任は、野田佳彦氏(千葉県選出)以来、約12年ぶり。その前は鳩山由紀夫氏(北海道選出)でした。鳩山首相在任時(2009~10年)には、北海道に新幹線はありませんでした。

自民党内閣に限れば、森喜朗氏以来です。森氏の在任時(2000~01年)にも石川県に新幹線はなく、北陸新幹線の金沢開業は2015年のことです。

基本計画路線沿線の都道府県選出首相となると、村山富市氏(大分県、在任1994~96年)以来です。じつに28年ぶりとなります。

北陸新幹線E7系

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森内閣では「申合せ」

これらの内閣のうち、野田内閣(在任2011~12年)では北海道、北陸、西九州の3路線の着工を認可しましたが、自分の選挙区にかかわる路線はありませんでした。鳩山内閣では整備新幹線に大きな動きはありませんでした。また、村山内閣で東九州新幹線計画は一歩も動いていません。つまり、非自民内閣では「我田引鉄」はありませんでした。

「我田引鉄」のような動きがあったのは森内閣です。在任中に「整備新幹線の取扱いについて」という政府・与党申合せをまとめ、北陸新幹線の長野~富山間フル規格化と、富山~金沢間の認可に向けた検討を決めました。いわゆる「2000年スキーム」です。

森内閣は、自分の選挙区のある都道府県への新幹線整備を決めたわけです。北陸新幹線の建設経緯は複雑ですが、2015年に長野~金沢間が全線フル規格で開業したのは、この申し合わせに拠るところが大きいのは確かでしょう。

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「建設費を減らした新幹線を」

要するに、「新幹線未整備沿線内閣」は、過去30年間で4つあり、うち3つは非自民を首班とする内閣で、自分の選挙区にかかわる新幹線の整備にかかわったのは自民党首班の森内閣だけです。

そこで、注目されるのは、久しぶりの「新幹線未整備県」選出の自民党首班の首相が、整備新幹線に対してどのような政策で臨むのか、という点です。しかも、鉄道には造詣の深い石破氏だけに、そのスタンスは気になります。

手がかりをつかむために、過去のインタビューでの石破氏の発言を拾ってみましょう。

まず、朝日新聞デジタル2019年10月16日版では、以下のように述べています。

『私がイメージする新幹線とは、国の権限を移した道や州の中にある各県を結ぶというものです。各県に同じような公共施設をいくつも整備するのではなく、それらを効率的に集約し、新幹線で行けるようにする』

『これらの新幹線では、建設費を減らすための工夫も求められます。たとえば、山陰や伯備、四国の新幹線が走る間隔は30分に1本でいい。そうすれば、線路の大半は単線にして、すれ違い部分だけを複線にすればよく、敷設コストを大幅に減らすことができます』

『リチウムイオン電池や燃料電池で走る列車を開発できれば、列車に電力を送る架線がいらず、トンネルも小さくできます。スピードも時速300キロではなく、200キロ程度でも十分だと思います』

今こそ山陰新幹線が必要だ 石破氏、格差への危機感語る(朝日新聞デジタル2019年10月16日)

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整備新幹線には懐疑的

次に、2024年1月4日のJCASTニュースのインタビューには、こう答えています。

『私は整備新幹線(基本計画路線の整備)を、これ以上進めることには懐疑的ですね。むしろミニ新幹線的なもの、フリーゲージはもう駄目なので、山形新幹線、秋田新幹線のようなもの。あるいは今の狭軌のままでいいから、速度を150キロまで上げるとかね。(中略)時速150キロ出ればいい、並行在来線問題も発生しない、工期も工費も格段に安く済むという、在来線の近代化の方が大事だろうと私は思っています』

『山陰新幹線って、今のままいけば22世紀ですよ?そのころ日本は人口半分。そのときにフル規格の新幹線走らせてどうすんの?という話です』

『単線新幹線というのもあるかもしれない。ただ、単線新幹線なら工費が半額になるわけでもないらしいですね。だったら在来線の近代化の方がよほど早い。単線新幹線でも、やはり並行在来線の問題が発生します』

「リニアに何の意味があるかよく分からない」 鉄オタ・石破茂氏が語る、本当に必要な鉄道整備とは(JCASTニュース2024年1月4日)

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鉄道は公共インフラ

そして、2024年5月の毎日新聞のインタビューに対しては、リニアについて以下のように述べています。

『これから人口が減り、2100年には日本の人口は5200万人になっているかもしれない。利用者、料金をどう設定するのか、という疑問もある。(中略)。リニアによって東京―名古屋―大阪が一つの「スーパー・メガリージョン」になって地方の発展につながると言われるが、その理屈がよくわからない。東京一極集中から、メガリージョン集中へ加速するだけじゃないのか』

『10兆円を超えるとも言われる建設費を使って、リニアがめでたくペイできた(採算が取れた)としても、それが地方の発展につながらないと、結局は国力が衰退する。そのお金があったら、地方の鉄道を高速化するとか、利便性向上とかにもっと使えるんじゃないでしょうか』

『鉄道という公共インフラは赤字だろうと、税金で維持すべきものです。(中略)ところが、日本ではそういう議論がほとんどない。「夢の超特急」の令和版みたいな話ばかりが先行して、本当にそれでいいのかなって思いはあります』

「リニアはつまらない」 鉄オタ・石破茂さんが嘆くワケ(毎日新聞電子版2024年5月10日)

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ローカル幹線の高速化へ

これらのインタビューから見ると、石破政権下で、新幹線の基本計画路線が整備新幹線に格上げされて、フル規格で整備される方針が決まることはなさそうです。

それよりは、ローカル幹線の高速化に力点を置くことになるのでしょう。石破氏の選挙区のある鳥取県を例に取れば、「山陰新幹線」をフル規格で整備することはあきらめて、山陰本線や伯備線の高速化を図ることになります。

そうした検討は、すでに国交省内でおこなわれています。「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」というもので、2017年度から2022年度の6年間にわたり、新幹線の効率的な整備手法が検討されました。

この調査では、今後の新幹線整備の手法として、単線新幹線やミニ新幹線、狭軌高速線などを例示しています。石破氏の新幹線の発言に関するスタンスが、2019年の朝日と、2024年のJCASTニュースとで異なっていますが、こうした調査結果を踏まえてのものと推測されます。

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上下分離による維持が基本政策に

ローカル線についてはどうでしょうか。AERA2024年2月26日号のインタビューでは、次のように答えています。

『公共交通ですべてのコストを民間に負わせているのは鉄道だけ。例えばバスであれば、バス会社が買うのはバスだけ。道路をつくる金を払うわけでも、信号機の維持費を払うわけでもない。同じ公共交通として、イコールフッティング(対等な競争条件)と言えるのか、経済の在り方として正しいのかという点は疑問です』

「鉄オタ」石破茂氏に聞くローカル線の廃線問題 鉄道の役割と未来の在り方とは何か(AERAdot.2024年9月27日再掲載より)

上記の毎日新聞のインタビューでも、「鉄道という公共インフラは税金で維持すべきもの」と述べていますので、石破氏は、上下分離による維持が、鉄道ローカル線に対する基本政策となりそうです。

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クロスセクター効果重視か

とはいえ、それは利用者があってのことです。石破氏は、2018年05月08日の東洋経済オンラインのインタビューで、以下のように答えています。

『では赤字でも存続してよいのかという議論だけれど、その鉄道単体が赤字か黒字かという話よりも、それを使った場合、そこの沿線の地域が全体で黒なのかい、赤なのかい?という見方が大事でしょう。そういう指標があんまりないよね』

石破茂が指摘する「日本に必要な鉄道政策」(2018年5月8日東洋経済オンライン)

これは2018年のインタビューですが、最近になって、ローカル線の維持判断には、クロスセクター効果が重視されるようになってきています。クロスセクター効果は、まさに鉄道の存在が沿線全体にどういう効果をもたらしているかを示すものなので、石破氏の望む「指標」と合致します。

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大きな転換はなさそう

過去の発言をひもといて石破氏の主張を集約すると、以下のようになりそうです。

・新幹線の基本計画路線は、フル規格で作らずに在来線を改良する。
・ローカル線はたんに赤字をみるのではなく、クロスセクター効果を重視する。

これは、国土交通省の最近の鉄道政策の方向性と概ね同じです。言葉を換えれば、石破政権になって、鉄道政策が大きく転換することはなさそうです。

北陸、西九州新幹線への対応は?

当面の注目は、北陸新幹線の新大阪延伸や、西九州新幹線の未開通区間へのスタンスでしょう。

石破氏は、上記のJCASTニュースのインタビューで『北陸新幹線は大阪まで行かせなければしょうがない』『西九州新幹線も、(中略)直結させるべきでしょう。(中略)どうしたら佐賀県が納得できるようなアイデアを示せるか、ということに更なる努力が必要でしょう』と述べています。

しかし、北陸新幹線延伸は費用便益比が1を超えそうで、佐賀県はルール通りの負担を受け入れそうにありません。ここだけ特例を設けたら、石破氏が旨とする「公正」と矛盾しかねません。

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JR北海道への支援をどうするか

JR北海道に対する支援問題も注目点です。石破氏は、自民党総裁選中、8月22日に北海道幕別町で講演し、JR北海道に対する支援強化の必要性を強調しました。「JR東海や東日本、西日本が支援する枠組みができないか。地方交付税での支援ができないか」と述べています。

JR本州3社がJR北海道を直接支援するのは、国鉄分割民営化の枠組みにかかわる問題なので、正直なところ、そこまでは踏み込めないでしょう。しかし、地方交通税で何らかの措置をすることは考えているのかもしれません。

JR北海道に関しては、函館本線高速化への対応も気になります。同社は札幌~旭川間を60分で結ぶ高速化計画を打ち上げています。

この区間は新幹線の基本計画区間であり、まさに石破氏のいう「在来線高速化」に当てはまる計画です。JR北海道の支援にもつながることから、新しい地方鉄道の支援・再構築事業のモデル事業になり得ます。こうした事業に新政権が道筋を付けることができれば、これまでにない成果となりそうです。

地元の山陰線を含め、基本計画路線を在来線のまま高速化するスキームを作り上げれば、今後の交通政策のレガシーになり得るでしょう。

石破新政権が鉄道に対し、趣味の領域を超えて現実的にどういう施策を採るのか。鉄道の未来に大きくかかわるだけに、注目したいところです。(鎌倉淳)


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【本書の内容構成】
序章 鉄道未来年表 2025~2050
1章 人口減少時代の鉄道の未来
2章 東京圏の鉄道の未来
3章 大阪圏の鉄道の未来
4章 新幹線と並行在来線の未来
5章 地方鉄道の未来
6章 車両ときっぷの未来

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