東京の鉄道新線計画は、どこまで進捗しているのでしょうか。鉄道新線の計画を盛り込んだ交通政策審議会答申第198号が、2016年に公表されてから2024年で8年を迎えます。
答申が目標年次と定めた2030年までの15年間の半分を過ぎたわけですが、記載された鉄道プロジェクトの進捗状況はさまざまです。プロジェクトを44線区に分けて調べてみました。
答申198号とは
交通政策審議会答申第198号は、「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」という国土交通大臣からの諮問に対して答えたもので、2016年4月に取りまとめられました。
東京圏の鉄道整備は、この答申第198号に基づいて行われています。各自治体は答申に基づき、国や鉄道事業者などと連携して鉄道整備事業を進めていくわけです。
答申198号の目標年次は2030年です。すなわち2023年で、目標までの「前半戦」となる7年間が終わり、2024年から「後半戦」に入ることになります。では、前半の7年間で、答申に記載された鉄道新線計画にどんな進展があったのでしょうか。新年特別企画としてみていきましょう。
都心直結線
答申198号に記載された鉄道新線計画は、「国際競争力の強化に資する鉄道」と「地域の成長に応じた鉄道」の二つに分かれます。前者の筆頭に記載されていたのが、「都心直結線の新設」(押上~新東京~泉岳寺)です。
都心直結線とは、京成押上駅と京急泉岳寺駅とを直結する地下新線で、途中、東京駅(新東京)に接続する構想です。押上駅において京成押上線と、泉岳寺駅において京急本線と、それぞれ相互直通運転をおこないます。
答申では、成田・羽田両空港と都心を直結し、リニア中央新幹線の起点となる品川駅にも接続する点に意義があるとされました。その上で、「事業性の見極め」と「事業主体・事業スキームの検討」について「期待」と記載されています。
ただ、調べた限りでは、答申後、これらについて深く調査・検討された形跡はなく、現時点で計画にはほとんど進捗がありません。都心直結線は1990年代から検討されてきたプロジェクトですが、次項の「羽田空港アクセス線」の登場により、その建設意義が薄らいでしまった格好です。
JR羽田空港アクセス線
「羽田空港アクセス線」は、答申198号の目玉ともいえる路線です。
答申には、「田町駅付近・大井町駅付近・東京テレポート~東京貨物ターミナル付近~羽田空港」を結ぶ新線と、「新木場における京葉線・りんかい線相互直通運転化」が盛り込まれました。
これらのうち、田町~羽田空港間の新路線は、JR東日本が「羽田空港アクセス線」の東山手ルートとして事業着手しています。2031年度の開業を見込みます。
答申は「羽田空港国際線ターミナルへの延伸」や「久喜駅での東武伊勢崎線・東北本線の相互直通運転」についても、検討課題として挙げています。
このうち、国際線ターミナルへの延伸は、現時点では具体化されておらず、検討されるとしても国内線ターミナル開業後の話でしょう。
伊勢崎線・東北本線の直通運転については、何らかの背景があって答申に記載されたと考えるのが自然ですが、いまのところ明確な進捗はありません。
大井町でのりんかい線との相互直通運転は「西山手ルート」、東京テレポートでの相互直通運転は「臨海部ルート」として、それぞれJR東日本が将来的な事業着手の方針を掲げています。ただし、着工のメドは明らかにされていません。
新木場での京葉線・りんかい線の相互直通運転は、「臨海部ルート」に関連する課題です。直通運転をすると、りんかい線の運賃収受の問題が発生するので、現実的にはJR東日本がりんかい線を運営する東京臨海高速鉄道を買収するほかなさそうですが、同社は多額の長期債務を抱えており、話は進展していません。
ただ、同社の長期債務は順調に返済されていて、現在のペースが続けば2030年代半ばには完済できそうです。したがって、債務問題の見通しがつく2030年代前半になれば、JR東日本がりんかい線を買収する可能性はあるでしょう。
臨海部ルートについては、りんかい線の車庫線を転用すれば、大きな土木工事の必要なく開業できそうです。したがって、羽田空港アクセス線の東山手ルートが2031年度に開業すれば、それほど間を置かず臨海部ルートが開業する可能性もありそうです。
新空港線
空港関連では、「新空港線の新設」(矢口渡~蒲田~京急蒲田~大鳥居)も答申に盛り込まれました。矢口渡駅で東急多摩川線と、大鳥居駅で京急空港線と、それぞれ相互直通運転する構想です。
答申では、矢口渡~京急蒲田間については、「事業化に向けて関係地方公共団体・鉄道事業者等において、費用負担のあり方等について合意形成を進めるべき」と記載されました。「合意形成を進めるべき」は、前向きな表現です。
一方、大鳥居までの整備については、「軌間が異なる路線間の接続方法等の課題があり、さらなる検討が行われることを期待」という、「課題検討」の記述にとどまりました。
この記述の濃淡は現実に反映されていて、矢口渡~京急蒲田間については事業化の準備が進められています。2022年6月に、都と大田区が費用負担について都3割、区7割で合意。2022年10月には、設備保有会社として羽田エアポートラインが設立されています。都市計画決定の準備も進行中です。
都市計画決定等の手続きは3年ほどかかり、決定後、第三セクターが事業認可を取得して工事に着手します。着工から開業までは10年程度です。想定通りにいけば、2025年度に都市計画決定、2035年度頃に開業となりそうです。
いっぽう、京急蒲田~大鳥居間については、異なる軌間という「課題」が解決されておらず、実現は見通せません。
京急羽田空港国内線ターミナル駅引上線
新線ではありませんが、空港関連事業としては、「京急空港線羽田空港国内線ターミナル駅引上線の新設」も盛り込まれました。
引上線ができれば、列車増発や柔軟なダイヤ設定が可能になります。2022年8月に事業着手しています。
答申では、関連して「京急品川駅において改良(2面4線化)を行う」ことも盛り込まれました。こちらも着手済みで、品川駅を地平化し2面4線とする計画が進められています。二つのプロジェクトにより、片道毎時3本の増発が可能になります。
羽田空港引上線と、品川駅2面4線化を含めた連立立体事業の完成は2030年頃を見込みます。
つくばエクスプレス延伸
つくばエクスプレス(常磐新線)では、秋葉原~東京(新東京)の延伸が答申に盛り込まれています。
「導入空間にかかる事業費等を踏まえつつ事業計画の十分な検討が行われることを期待」「東京駅周辺の他路線との接続を考慮した駅の位置について、検討が行われることを期待」などと記されました。
つくばエクスプレスの東京駅延伸は、答申以降、はっきりとした動きはありません。ただ、次項の「都心部・臨海地域地下鉄」(臨海地下鉄)との一体整備が検討されていて、その臨海地下鉄は、建設に向け動き出しています。
臨海地下鉄には車庫の確保などで課題があり、単独で整備するのは難しく、つくばエクスプレスと東京駅で接続し、直通のうえ、その沿線に車庫を設置することになりそうです。
したがって、臨海地下鉄とつくばエクスプレス東京延伸は一体的に整備しなければなりません。その臨海地下鉄の方向性は示されたので(次項)、つくばエクスプレスの延伸もいずれ建設へ向けた動きが示されそうです。
なお、つくばエクスプレスの東京駅は、答申にも記載されているとおり「新東京駅」と呼ばれ、丸の内仲通りの地下が想定されてきました。しかし、答申は「他路線との接続を考慮した駅の位置」の検討を求めています。
これは駅位置の変更を促したと解釈するのが妥当でしょう。すなわち、臨海地下鉄の建設と一体化した計画を念頭に置いた記述です。臨海地下鉄の東京駅は八重洲側(日本橋付近)を想定していますので、つくばエクスプレスの新東京駅も八重洲側になりそうです。
つくばエクスプレスには、最近になって茨城県内の延伸計画も浮上していますが、答申198号には記載されていません。
都心部・臨海地域地下鉄とつくばエクスプレス延伸の一体整備
都心部・臨海地域地下鉄(臨海地下鉄)は、臨海地域~銀座~東京間を結ぶ計画です。答申は「事業性に課題」「検討熟度が低く構想段階」といった課題を挙げ、「事業主体を含めた事業計画について、十分な検討が行われることを期待」と記載しました。
さらに、答申では、事業性の確保に向けて、「都心部・臨海地域地下鉄構想との常磐新線延伸を一体で整備し、常磐新線との直通運転化等を含めた事業計画」についての検討も求めました。
これを受け、東京都では2022年11月25日に臨海地下鉄の事業計画を発表。東京~有明・東京ビッグサイト間6.1kmに途中5駅を作る形で整備することを明らかにしました。開業予定は未定ですが、東京都では2040年までに開業したいとしています。
答申の要求に応える事業計画を発表した形で、事業化に向けて動き出したといえます。ただし、都の事業計画では、「常磐新線(TX)延伸との接続については、将来の接続を見据えた検討を今後行う」と記すにとどめ、その詳細は明らかではありません。
メトロ有楽町線延伸
有楽町線(東京8号線)の豊洲~住吉間の建設計画です。いわゆる「豊住線」です。
答申では、「事業化に向けて関係地方公共団体・鉄道事業者等において、費用負担のあり方や事業主体の選定等について合意形成を進めるべき」と記されました。「合意形成」を促す前向きな表現です。
これを受け、東京都と国の間で、東京メトロ株上場と引き換えに有楽町線と南北線延伸を実施する「合意」が得られました。2021年7月の交通政策審議会「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等に関する小委員会」で、整備を進めるのが適切とされ、東京メトロによる事業化が事実上決定しました。
2022年1月に東京メトロが鉄道事業許可を申請し、国が3月に許可。8月には東京都都市整備局が都市計画の素案を公表。実現に向けて動き出しています。
2023年6月に公表された環境アセスメントの資料によれば、豊洲~住吉間5.2kmに枝川(仮称)、東陽町、千石(仮称)の3駅を設けます。工期は10年程度で、開業予定は2030年代半ばになりそうです。
メトロ南北線延伸
メトロ南北線の白金高輪~品川間の建設計画です。答申では「都心部・品川地下鉄構想の新設」として盛り込まれました。
答申198号を前に、急浮上した計画です。答申は「検討熟度が低く構想段階である」と指摘したうえで、「事業主体を含めた事業計画について十分な検討が行われることを期待」という、「計画検討」を促す表現となりました。
実際には、検討どころかあれよあれよと話が進み、前項の有楽町線延伸とセットでの事業化が決定しました。2023年に公表された環境アセス資料では、白金高輪~品川間の建設距離は約2.8kmで、途中駅はありません。
工期は10年程度で、順調にいけば、2030年代半ばに開業しそうです。
ここまでが、答申で「国際競争力の強化に資する鉄道」として分類された路線です。これらの路線は、比較的順調に事業着手へ向けて動いています。では、もう一つの分類である「地域の成長に応じた鉄道」はどうでしょうか。次の記事でみていきます。(鎌倉淳)
【つづきを読む】
『東京の鉄道新線計画、どこまで進捗したか【2】』に続きます。