肥薩線八代~吉松間の復旧へ向けて、235億円かかる復旧費用のほとんどを公費で負担する案が示されました。JR九州が慎重な姿勢を示すなか、輸送密度414の路線を復旧させる意味はあるのでしょうか。
肥薩線検討会議
JR九州の肥薩線は、2020年7月豪雨で大きな被害を受け、八代~吉松間86.8kmが不通となっています。JR九州は、復旧費用を235億円と見積もっています。
JRが単独で負担できる金額ではないので、国交省などは、「JR肥薩線検討会議」を設け、復旧方法の検討を開始。5月20日に開かれた第2回会合で、JR九州の費用負担を軽減する案が公表されました。
JR九州の負担軽減案
軽減案の骨格は、河川や道路の災害復旧事業と鉄道復旧を一体化するというもの。流出した橋梁は主に河川整備費でまかない、道路のかさ上げと一体的に復旧する部分は主に道路事業費でまかないます。
これにより、鉄道事業者が負担する費用は、球磨川第1橋梁が2億円、第二球磨川橋梁が1億円、それ以外の区間が73億円の、合計76億円となります。
復旧費用の見積もりは、第1橋梁が64億円、第二橋梁が61億円、その他区間が110億円ですので、二つの橋梁の復旧費用の97~99%と、それ以外の区間の33%を、河川整備費や道路事業費などで「肩代わり」することになります。
災害復旧補助制度も活用
残る76億円については、鉄道軌道整備法に基づく災害復旧補助制度を活用します。この場合、復旧区間を上下分離することで、費用の3分の2を国と自治体が負担できますので、JR九州の負担は約25億円にまで圧縮されます。一方、公費負担は210億円にも達します。
復旧費用総額の235億円からみると、約9割を税金で肩代わりする計算で、JRの負担は約1割にとどまります。
輸送密度414
肥薩線の八代~人吉間の2019年度の年間旅客運輸収入は、八代~隼人間の全線で3億2900万円にすぎません。赤字は、八代~人吉間で6億2100万円、人吉~吉松間で2億7000万円となっていて、不通区間の合計で約9億円もの赤字を計上しています。
235億円かけて復旧したとして、その後、年間9億円の赤字が積み重なるわけです。
赤字が多くても利用者が多ければ公共事業として意味があるのですが、八代~人吉間の2019年度の輸送密度は414人。人吉~吉松間に至っては106人にとどまります。これだけのお金をかけて、あまり使われていない鉄道を復旧する意味があるのか、という疑問もぬぐえません。
地域住民は使っていない
JR九州が新たに開示した肥薩線の利用状況によりますと、2019年度の利用者は1987年度比で81%も減っています。そのうち、定期旅客は18%だけです。地元住民が通勤・通学に使っている割合が低く、定期旅客以外の利用が大半を占めています。
不通区間のタクシー代行輸送の数字を見てみると、八代~坂本間の多いときで月90人程度、一勝地~人吉間で月60人程度。新型コロナの影響もあってか、最近は、いずれも月数人~十数人にとどまっています。
重ねて書きますが、1日数人ではなく、月数人というレベルです。
こうした数字を見ると、地域住民は肥薩線をほとんど使っておらず、なくても大きな問題が生じないことがわかります。
肥薩線には平行する形で高速バスが1日20往復以上走っています。したがって、用務客の多くは高速バスで間に合っています。通勤・通学需要も小さく、用務客も使っていないなら、肥薩線がなくても地域住民はほとんど困らないでしょう。
JR九州は慎重
こうした状況もあってか、JR九州は、たとえ復旧費の9割が公費負担になるとしても、復旧に前向きな姿勢を見せていません。
JR九州の松下琢磨常務執行役員は、会議後の取材に対し、「鉄道復旧費としての負担は高額。復旧後の鉄道の持続可能性をセットで考えていくことが大切」と述べ、復旧に慎重な姿勢を改めて示しました。
復旧後に年間9億円の赤字が発生するとなれば、9割公費で復旧するとしても、JR九州としては願い下げというのが正直なところでしょう。「持続可能性」を持ち出しているところから、JR九州は、復旧する場合に運行費の地元負担を求めていることがうかがえます。
これを受け、国と県、JRの3者は、今回の会議で「持続可能な鉄道運営の在り方が重要」との認識で一致し、今後、復旧後の運営スキームについて話し合う見通しです。
ということで、JR九州の負担が25億円まで圧縮されたところで、にわかに復旧へ向けて動き出す、という状況でもなさそうです。
「あり方」を検討しているのに
日本全国の他の赤字ローカル線の存廃問題との整合性についても気になります。
国交省は、赤字ローカル線のあり方について検討を始めていて、輸送密度の低い路線について、上下分離やバス転換(BRT転換)を推進する姿勢を示しています。
肥薩線の被災区間の輸送密度414は、バス転換が検討されてもおかしくない輸送量です。国交省としてローカル線の「あり方」を議論しながら、「あり方」を問われそうな路線の復旧に巨費を投じるのであれば、その整合性が問われるでしょう。
高速化は検討できないか
復旧に意味を持たせる策として、高速化を挙げる意見もあります。たとえば、ほくほく線水準の規格にして、時速130~160km/hで走れるようにする、あるいは、標準軌化と電化を施しミニ新幹線とする。こうした施策なら利用者増を期待できますので、投資をする意味があるという主張です。
肥薩線は明治時代に開通した路線で、鉄道設備のベースは当時のものです。明治仕様の鉄道をいま「復旧」しても仕方ないので、災害を機に令和仕様にアップデートするという考え方です。
その考え方自体はもっともですが、問題はやはり費用でしょう。高速化をするなら200億円では済まず、1000億円近い投資が必要になりかねません。人吉程度の人口規模のエリアへ向かう路線に、それだけの投資をしても、十分な費用対効果が得られるのかは疑問です。
その先、宮崎まで高速鉄道を伸ばすなら話は違ってくるかもしれませんが、そうなると壮大な議論が必要になってしまいます。結局のところ、高速化は、たんなる復旧以上に難題です。
身銭を切るのか
これまでのJR九州の姿勢を見ると、運行費の補助の確約が得られない限り、復旧に同意することはなさそうです。
一方で、国は鉄道路線の欠損補助はしませんので、運行費を補助する場合、9億円を沿線自治体が負担することになります。その是非は沿線自治体で構成される「肥薩線再生協議会」で話し合われます。
一度運行費補助を受け入れれば、その負担は数十年にわたり自治体の財政にのしかかります。それだけの価値が肥薩線にあるのか、地元自治体も慎重な判断を迫られるでしょう。
身銭を切って鉄道を維持するか、たいして使われていない路線の維持にお金を使うのは無駄と判断するのか。
結局のところ、肥薩線復旧を左右するボールを握っているのは、JR九州ではなく沿線自治体といえそうです。(鎌倉淳)