「ここに鉄道があったらいいのに」と思う区間は全国に数多くありますが、金沢市の金沢駅~香林坊~野町間もその一つでしょう。この区間に地下鉄を建設し、北陸鉄道石川線と浅野川線に相互乗り入れ。鶴来~香林坊~内灘を直通運転する構想を考えたことのある人は多いでしょう。
実現しない地下鉄建設計画
実際、金沢市でもこの地下鉄路線は建設計画が立てられたこともあるようです。しかし、計画のみで実現に向けての具体的な動きはありません。最近は地下鉄計画は無理と考えたからか、LRT建設を推進するグループの活動のほうが目立つようです。
地下鉄にしろ、LRTにしろ、必要なのは「通勤・通学・通院」と「観光」の両面からの検討です。地方都市の場合、通勤・通学・通院だけでは十分な乗客を確保できない場合がありますので、観光客を取り込むような路線造りは大事です。今回は、その両面から検討してみます。
まずは、通勤・通学・通院面からの検討です。最初に、石川線の鶴来から浅野川線の内灘まで、地下鉄またはLRTの想定ルートに沿って「仮想直通運転の旅」をしてみました。
鶴来から内灘まで「直通列車」シミュレーションの旅
仮想直通運転の起点は、石川線鶴来駅です。石川線は2009年に鶴来~加賀一の宮間が廃止されて、野町~鶴来間のみとなっています。
鶴来駅8時18分発の列車で出発。乗客は十数人。休日の朝でしたので、これだけ乗っていれば上出来なのかもしれません。高校生と通勤客が半々くらいでしょうか。
鶴来からしばらくは田園地帯を走ります。一駅ごとに乗客が増えてきます。井口駅、道法寺駅ではまとまった乗車があり、額住宅前駅からは立ち客も目立つようになってきました。このあたりで車窓に田圃はなくなり、住宅街を抜けていきます。JR北陸線と接続する西金沢で3割くらいが降り、残りが終点の野町で降りました。
野町駅の改札を出るとすぐにバス停があり、バスが止まっています。野町駅は金沢市街地のやや外れにありますが、市の中心部へ向かうバスが列車に接続していて、それがすでに停まっているのです。この列車に接続するのは「02系統 中央病院行き」と「15系統 辰巳丘高校行き」。列車からの乗り換え客が全員乗り切ると、すぐに発車です。時間ロスはほぼゼロ。時刻表の上では、列車が8時47分に野町に到着、02系統が8時48分に、15系統が8時49分に野町を出発していきます。わずか1、2分の乗換ですが、とてもスムーズです。野町駅は頭端式ホームの駅であり、ホームから改札口やバス乗り場への動線がフラットでシンプル。この接続は、見事です。
筆者は02系統に乗りました。バスは満席で立ち客も大勢います。しばらく走ると犀川大橋を渡り、片町へ。ここで乗客が少し下車。さらに次の香林坊で大半が降りました。香林坊バス停には8時54分着。野町から5分ほどでした。平日の朝はもう少し時間がかかるのかもしれませんが、休日に乗った限りではスムーズです。
バスはさらに武蔵ヶ辻を経て、金沢駅西口に至ります。武蔵ヶ辻で野町から乗ってきた人はほぼ全員が降りきってしまいました。筆者は金沢駅西口で下車しましたが、すでに野町からの乗客は筆者一人でした。金沢駅西口9時06分着。
金沢駅のコンコースを通り、東口にある北鉄金沢駅に至ります。北鉄金沢駅はかつては地上にありましたが、駅高架化工事にともなって2001年に地下化され、現在地に移転されました。
東口の広い地下スペースの片隅に、北鉄金沢駅があります。中途半端な場所にも見えますが、これは将来の市内延伸に備えてとのこと。つまり、金沢地下鉄が建設されるおりには、北鉄金沢駅から大きくカーブして武蔵ヶ辻方面へ線路が向かえるように駅施設が配置されているのです。現在、地下スペースがだだっ広いのも、この地下鉄計画があるからだそうです。
浅野川線の次の列車は9時30分発。しばし待合室で待機します。レトロなローカル私鉄の北陸鉄道ですが、この北鉄金沢駅だけは近代的です。
改札が始まり列車に乗ります。車両は京王井の頭線で使われていた3000系で、当地では8000系と呼ばれています。駅の地下化に伴って不燃車両が必要となり、京王から譲渡されたものです。
10人ほどの乗客を乗せて発車。駅を出るとすぐに登り坂になり、地上に出ます。地下区間はほんの数百メートルほどでした。次の七ツ屋駅を出ると、付け替え区間は終わり、昔ながらの区間に戻ります。いかにも地方私鉄といった、こじんまりとした駅が続きます。終点の内灘までずっと住宅地の中をゆっくりと走り続けました。
内灘9時47分着。地方私鉄の終点ターミナルらしい堂々とした駅です。駅前には小さいながらもロータリーがあり、バスの発着場もありました。このあたりの地域交通の拠点になっているようです。
観光面では兼六園方面への路線が必要
さて、鶴来から内灘まで、途中接続バスを挟んで乗り継いできました。もし、地下鉄あるいはLRTが建設されれば、ほぼこれと同様の区間を走ることになります。今回は、バスが武蔵ヶ辻から金沢駅西口へ迂回しましたが、地下鉄かLRTの場合は、武蔵ヶ辻から北鉄金沢へ直行するでしょう。それ以外は、今回の行程が地下鉄・LRTの仮想ルートと同じです。
実際に通った感想としては、十分に採算性のある鉄道ルートと思われます。額住宅前から内灘までは住宅街か繁華街が途切れることがなく続き、一定の利用者は存在するでしょう。香林坊~金沢駅間は昼間はクルマも人も多い区間で、公共交通の需要は高いといえます。とくに、香林坊から武蔵ヶ辻にかけての百万石通はビル街で、この地下に鉄道があれば通勤客にもとても便利であろうと思われます。とはいえ、石川線からのアプローチでは現在の接続バスでも十分な利便性があります。これをLRTに置き換えて地上を走らせたところで、時短効果はほとんどありません。乗換がなくなるメリットはありますが、費用対効果では疑問が残るところです。
では、観光的な側面から検討してみましょう。観光客の支持を得るには、金沢駅~野町駅直結の地下鉄だけではやや魅力不足。なぜなら、金沢駅と香林坊が地下鉄で直結されれば便利でしょうが、金沢随一の名所である兼六園は通りませんし、その近辺にある美術館への足も悪いです。観光を配慮したルートにするならば、金沢駅からの路線は香林坊で東へ折れ、広坂方面へ伸びる方がいいでしょう。しかし、それでは野町駅へアクセスできなくなります。
理想をいえば、金沢駅~香林坊~野町駅の「本線」と、香林坊~広坂~金大病院前の「広坂線」の2路線の地下鉄があれば、通勤・通学・通院と観光の両面で有用な路線網になるでしょう。金沢の主要観光地が鉄道ネットワークで結ばれるわけで、「一日乗車券」を使って観光の機動性が高まります。しかし、本線はともかく、広坂線を地下鉄で掘るのは予算的に難しそうです。
地下LRTは欧州ではよくある形
解決策があるとすれば、「LRTの一部地下化」でしょうか。すなわち、地上を走らせることができる部分は地上を走らせて、混雑などの理由で難しい部分のみ地下化する、という案です。具体的には本線の大部分は地下で、野町駅周辺のみ地上。広坂線は逆に大部分が地上で、広坂周辺の緑地の一部を線路に使用します。県立美術館の敷地の一部などを軌道用地にできれば、建設費は圧縮できます。香林坊、近江市場、兼六園、県立美術館、寺町などの主要観光地が、ほぼ全てLRTの停留所から徒歩圏に収まります。
LRTで建設した場合、石川線と浅野川線との乗り入れが問題になります。直通させるには、両線をLRT化させなければなりません。これには大がかりな工事が必要となります。一方、市街地を地下LRTで建設した場合、通常の地下鉄に比べて駅施設は簡略化できます。欧州では地下LRTをよく見かけますが、地下駅といっても地上の停留所と同じで、浅い位置に設置して改札などの設備はありません。地下駐車場にバス停があるようなもので、地下鉄の駅に比べればとても簡素。建設費を大幅に圧縮できます。
石川線・浅野川線のLRT化工事費と、市街地の地下LRT化による建設費圧縮効果がトレードオフになるかどうかはわかりません。しかし、将来を考えると、地下LRTを中心部に建設し、必要に応じて郊外に乗り入れさせる方法のほうが、発展性はあるでしょう。たとえば、LRTならば、金沢駅から県庁前までを地上に走らせる路線を開設させることは比較的容易でしょう。市街地に地下LRTがあれば、この「県庁前線」を地下に乗り入れさせて香林坊まで直通させることも可能です。
日中に金沢駅~香林坊が4分ごと、香林坊~西金沢が8分ごと、香林坊~金大病院前が8分ごと、金沢駅から県庁前が8分ごと。そのくらいのダイヤを設定できれば、利便性の高い都市内交通ができあがります。
何より、広坂周辺で金沢城をバックにLRTが地上区間を走れば、観光的には強いインパクトになります。LRTそれ自体が観光名所になるというのは、富山や路面電車の残っている都市をみればわかります。一部地下LRTは、観光経済効果の最も高い案だと考えます。
金沢の市街地に軌道系輸送機関を導入する構想は、もう30年以上前から検討されていると聞きます。筆者がここまで書いたようなことも、おそらくは既に検討されていることでしょう。それが実現していないのは、財政の問題以外にもさまざまなハードルがあるからに違いありません。しかし、金沢が北陸三県の中心であるためには、市街地の軌道系交通機関の整備は必要不可欠といっていいほどの重みを持ちます。ぜひ、そろそろ実現に向けての動きを期待したいところです。