山形県が、山形新幹線について、200km/h運転も視野に、段階的な高速化を目指しているようです。山形新幹線の福島~米沢間で計画している米沢トンネルに関する調査結果のなかで、トンネル区間以外も含めた高速化を検討していることを明らかにしました。
米沢トンネル計画
山形新幹線は、福島~新庄間148kmを結ぶミニ新幹線の愛称です。在来線の奥羽線を標準軌に変更し、東北新幹線との直通運転を可能にした路線です。
山形新幹線の最高速度は130km/hですが、福島~米沢間に、最高速度200km/h以上でも走行可能な新たなトンネルを掘る計画があります。これを「米沢トンネル」といいます。
それに加えて、山形県では、トンネル区間以外の高速化についても、部分的・ 段階的に検討していく方針を明らかにしました。実現すれば、山形新幹線の高速化が大きく進展する可能性があります。
地質調査に問題なし
米沢トンネルは奥羽線(山形新幹線)の庭坂~米沢間に建設し、総延長は約23kmを見込みます。ミニ新幹線が走れる標準軌複線で建設し、160km/hでの運転を想定します。トンネル建設による所要時間の短縮効果は約10分です。
山形県とJR東日本では、2022年度から2024年度にかけて、米沢トンネル掘削のための地質調査を実施してきました。その調査結果によりますと、「カルデラ形成時の崩壊堆積物は確認されず、崩壊土層を回避できている可能性が高い」とのことで、「大幅な計画変更の必要性は認められなかった」ということです。
簡単にいうと、米沢トンネルの地質調査は問題なく、技術的には想定ルートでトンネルが掘削できる見通しがついたわけです。
上下分離で整備検討へ
ただし、事業費については、これまで約1,500億円と見込まれていたところが、約2,300億円に上振れし、工期も15年から19年に延びる予測が示されました。理由として、「物価高騰や働き方改革の影響」を挙げています。
技術的な問題はないものの、インフレと人手不足で事業費も工期も想定以上になる、ということです。
巨費を要する事業であることから、JR東日本では「単独での整備は経営への影響が大きい」とし、「整備・ 保有主体のあり方を含め、県との連携をお願いしたい」との見解を明らかにしました。いわゆる上下分離での整備を求めた形です。
山形県では「事業化に向けて、費用負担を含む事業スキーム等の検討を政府・JR東日本と3者で行っていく」と応じました。
整備新幹線に該当せず
この事業スキームの検討が、米沢トンネルの整備の、今後の大きな焦点となります。どういう制度的な枠組みで実施するか、という点です。
自治体やJR東日本が理想とするのは、整備新幹線の枠組みでしょう。整備新幹線は、新幹線貸付料を財源の一部に充てられるため、実質的な補助率が非常に高く、鉄道事業者も地元自治体も負担を抑えられます。
しかし、福島~米沢間は、整備新幹線の区間に該当していません。奥羽新幹線の一部と位置づけられますが、同新幹線は基本計画路線にとどまり、整備計画区間ではないからです。
また、仮に、奥羽新幹線が整備新幹線に格上げされたとしても、財源には限りがあり、いつ着手できるかはわかりません。補助率は高いものの、いつ補助を受けられるかが見通せない、という問題があるわけです。
「部分的・段階的に高速化する手法」
そこで、山形県では、「部分的・ 段階的に高速化や安定性向上に資する整備を行うことで高速鉄道の整備を図る手法」について、政府に検討を働きかけていく方針を明らかにしました。
「部分的・段階的に高速化する手法」というのは、国土交通省が検討している、新幹線の新しい整備手法を指しています。国土交通省では、2017年度から6年にわたり、『幹線鉄道ネットワーク調査』を実施しており、そのなかで、「効果的・効率的な新幹線の整備手法のイメージ」として、在来線を段階的に高速化していく手法を検討しました。
例として、在来線の山間部に短絡線を整備して、その区間だけ高速化する方法を示しており、山形新幹線をイメージした内容とみられています。
これを「米沢トンネル」に適用するための制度整備を、山形県が政府に働きかけていくわけです。新幹線を「部分的・段階的に整備していく手法」の現実化を図るということです。

200km/h走行は可能
注目なのは、山形県では、米沢トンネルにとどめず、「トンネル区間以外の福島~米沢間の整備」についても適用を求めていることです。
これは、トンネルを掘るだけでなく、トンネルにつながる福島~庭坂間や米沢駅付近も、高架化などにより高速化を図ることを意味しています。
米沢トンネルは最小曲線半径4,000mで作りますので、200km/hを超える高速走行に対応します。前後の区間も高速化すれば、福島~米沢間で200km/h以上での運転が可能になるでしょう。
主たる区間を200km/h以上で走行する場合、法律的な定義では、新幹線に分類することが可能になります。つまり、奥羽新幹線の一部区間が、事実上完成することになります。
フル規格を求めない?
ただし、現在の山形新幹線は在来線規格(ミニ規格)の車両が走りますが、新幹線規格(フル規格)の車両を走らせるなら、トンネル断面もフル規格の大きさにしなければなりません。
これについては、当初の試算では、「事業費1,500億円、フル規格断面なら120億円増」という見積もりが示されていましたが、今回の調査結果では、フル規格断面の事業費は示されませんでした。
これは、山形県として、フル規格での建設を必ずしも求めない姿勢を示したと受け止められます。
在来線改良の枠組み
その理由を推測してみると、フル規格でトンネルを整備しても、フル規格の車両がいつ走れるようになるのか見通せない、という現実的な判断が挙げられそうです。
福島~米沢間がフル規格仕様で開業しても、米沢行きのフル規格新幹線が、すぐに走ることはないでしょう。山形新幹線は山形までの利用者が多いので、フル規格車両が走るには、少なくとも米沢~山形間のフル規格化が必要です。
しかし、それが実現する見通しは立ちません。現在の新幹線の整備スピードを考えると、100年後に実現すればいい方でしょう。
ならば、フル規格新幹線の夢はあきらめ、ミニ新幹線規格、つまり在来線規格でトンネルを掘削し、目先の建設費を節約しつつ、「在来線改良という枠組み」で、ミニ新幹線の段階的高速化を求めた方が、実現性が高い、という判断に至ったのかもしれません。
標準軌の在来線で、最高速度を200km/hに上げていく、という形です。必要なのは高速列車であり、大型車両ではないからです。
『骨太の方針』にも記載
2024年度の政府の『骨太の方針』(経済財政運営と改革の基本方針2024)には、「基本計画路線及び幹線鉄道ネットワークの地域の実情に応じた諸課題について方向性も含め調査検討を行う」と記されています。
つまり、新幹線の基本計画路線について、政府が新たな枠組みを検討しているのは確かで、それはフル規格による全面的な整備ではなく、部分的・段階的な整備である可能性が高いでしょう。
山形県の狙いは、奥羽新幹線という基本計画路線について、『骨太の方針』に沿う形で、政府に対し、新たな枠組みでの支援を求める、ということではないでしょうか。国交省が示した「部分的・段階的高速化」という新たな新幹線整備手法の先例を目指している、ということです。
新幹線整備をめぐっては、基本計画路線の沿線自治体が、整備新幹線への格上げを目指して建設運動を競っています。山形県も奥羽新幹線の旗振り役です。
その山形県が「ミニ新幹線の段階的高速化」という方針に転じたとすれば、他の基本計画区間に影響を及ぼすかもしれません。
もちろん、山形県が、奥羽新幹線の旗を、にわかに下ろすとは思えませんし、整備新幹線格上げを目指し、今後も建設運動を続けていくでしょう。
しかし、いつ回ってくるかわからない、整備新幹線の順番を待つよりも、在来線の高速化を名目とした補助を求めるほうが早そうなので、徐々に軸足を移していくのではないでしょうか。
時短効果も高くなり
実現すれば、山形新幹線は、ミニ新幹線のままですが、福島~米沢間が標準軌の高速鉄道となります。最高260km/hでの運転も可能となるでしょう。
米沢トンネルの整備効果として、現在示されているのは、「10分の短縮」です。これは、160km/hでの運転を前提としているようなので、もし、260km/h運転を実現できるのなら、もう少し時間短縮ができるでしょう。
では、その実現性はどうでしょうか。現時点の事実は「米沢トンネルの基礎調査が終わり、福島~米沢間の新ルートについて、国、山形県、JR東日本が事業化に向けた枠組みの協議を始めた」というだけで、先行きは見通せません。
福島県の協力を得られるか
ここでポイントとなりそうなのは、福島県の協力です。米沢トンネルは福島・山形県境をまたぎますので、通常の公共事業の例にならえば、福島県も相応の事業費負担をしなければなりません。
しかし、米沢トンネルによる福島県の受益は小さいです。そのうえ、新ルート整備により、既存の駅や普通列車が廃止されるようなことになれば、とくに福島~庭坂間の利用者にも影響が及びます。福島県に十分に配慮して、合理的な負担割合で合意できるかが、大きなポイントになるでしょう。
整備が決まったとしても、トンネル区間の建設だけで19年を見積もる大工事です。すぐに動き出したとしても、米沢トンネルの開通は2050年ころになるでしょう。前後の区間を含めた高速化は、山形県が要望を開始した段階で、調査もしていません。したがって、開業時期はまったく見通せません。
それでも、基本計画路線を、ミニ新幹線で高速化するというプロジェクトが動き出したら、新幹線の基本計画路線の将来像を考える上で、大きな一歩になるかもしれません。(鎌倉淳)