沖縄縦貫鉄道計画に行き詰まり感。BRT導入まで検討したけれど

新味に乏しく

沖縄縦貫鉄道計画の調査で、内閣府が新たな報告書を公表しました。内容に新味は乏しく、行き詰まり感が漂います。

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2012年度から調査

内閣府では、沖縄本島に鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システムを導入するための基礎調査(沖縄鉄軌道等導入課題検討調査)を2012年度から行っています。いわば、「沖縄縦貫鉄道」に関する調査ですが、その2021年度調査の報告書がまとまりました。

その内容を紹介する前に、まずは、これまでの調査で固まったルート案(基本案)を振り返ってみます。

沖縄縦貫鉄道の想定区間は糸満市~名護市の約80kmです。那覇市と名護市を約60分で結ぶことを目標としています。

南の起点である糸満市から、那覇市、宜野湾市、沖縄市、うるま市を経て、西海岸の恩納村に転じ名護市に至る「本線」と、那覇空港へ分岐する「空港接続線」で構成され、本部町へ延伸する「北部支線軸」も検討されています。

那覇~普天間間では、国道330号線沿いの地下(ケース2)と国道58号線沿いの高架(ケース7)の2案があります。どちらのルートを採用するかについては決まっていません。

沖縄鉄軌道
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書
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費用対効果も採算性も悪く

これまでに検討された導入システムは多岐にわたり、普通鉄道、トラムトレイン、スマートリニアメトロ、高速AGT、HSST(磁気浮上方式)、小型鉄道(粘着駆動方式)です。

しかし、いずれのシステムでも、建設による費用便益費(B/C)が鉄道新線の建設基準である「1」に遠く及ばない状況で、累積損益収支も赤字の見通しです。費用対効果も収支採算性も悪いことから、最近の調査ではコスト削減など概算事業費の精査が大きなテーマになっていました。

B/Cは1を超えず

このほど公表された2021年度調査報告書でも、多くページが割かれたのはコスト削減策でした。無線式列車制御システム(CBTC)の活用を検討したところ、ATCと比較して約1%のコスト削減ができることがわかりました。

ただ、全体からみれば誤差の範囲というほかなく、収支見通しが大きく改善することはありませんでした。

糸満~名護間を65分で結ぶ普通鉄道を建設した場合は、1日9万3000人の需要が見込めるものの、総事業費が9090億円かかり、50年間のB/Cは0.50という結果となりました。

B/Cがもっとも高かったのはトラムトレインの0.84で、ついでHSSTが0.71などとなっています。いずれのシステムでも、40年間の累積損益収支は赤字となりました。

沖縄鉄軌道採算見通し
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書
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区間短縮案も検討

新線の建設区間を短縮する案も検討されました。鉄軌道は新都心(おもろまち)~名護間のみ建設し、新都心~赤嶺間はゆいレールで代行、赤嶺~糸満間はBRTにするという案です。

沖縄鉄軌道区間短縮案
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書

この案の場合、BRT区間は黒字という試算になりましたが、肝心の鉄道新線区間では開業40年後で約4640億円の累積損失を計上する試算結果となりました。また、BRTやゆいレールも含めた全区間のB/Cは0.59と試算されました。

那覇中心部で路線を建設しないという、ある意味で思い切った案でしたが、それでも採算が取れないことが明らかになったわけです。

沖縄鉄軌道区間短縮案
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書
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鉄道車両導入費も調査

最近の鉄道車両導入費用の調査結果も示されました。下表に示します。

最近の鉄道車両費用
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書

鉄道車両に詳しい方なら、どれがどの会社の車両か察しが付くでしょう。その点で興味深い内容ですが、沖縄鉄軌道計画に影響を及ぼすような知見は得られなかったようです。

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コスト縮減はほぼ限界

内閣府による沖縄の鉄軌道導入調査は2012年度に開始され、今回で10度目です。すでに想定ルートや導入システムは調べ尽くしていて、だんだんと重箱の隅をつつくような内容になっていましたが、今回はとりわけ新規性に乏しい調査結果でした。

10年間調査を繰り返してきたけれど、どう頑張っても採算性で基準をクリアできる整備方法は見つからなかった、ということが見て取れます。

報告書でもこの点は認めていて、以下のように記載されています。

「平成 24 年度調査から継続的に検討してきたが、コスト縮減はほぼ限界に達している。更なるコスト縮減を実現するためには、物理的に工事量を減らしていくことも必要であり、鉄軌道の整備区間、モデルルートや駅位置、駅数、構造形式、公共交通システム、フィーダー交通など、あらゆるファクターを再整理し、沖縄本島全域の交通の最適化を目指して、持続可能な鉄軌道の整備計画を立案していく必要がある」

要は、もうこれ以上建設費を削減できないので、計画そのものを抜本的に見直したらどうか、と述べているわけです。

なぜ調査を続けているのか

ここで、内閣府がなぜ、沖縄縦貫鉄道の調査を毎年続けているのか、という原点に戻りましょう。2012年(平成24年)に決定した沖縄振興基本方針にさかのぼります。

沖縄振興基本方針は10年に一度改定されていて、2022年5月に新方針が出されたばかりですが、一つ前の2012年に出された方針では、鉄軌道について以下のように記載されていました。

「沖縄島内における交通の状況に鑑み、鉄道、軌道その他の公共交通機関の整備の在り方についての調査及び検討を進め、その結果を踏まえて一定の方向を取りまとめ、所要の措置を講ずる」

これにあわせる形で、2012年3月に沖縄振興特別措置法が改正され、第91条の2として「国及び地方公共団体は、沖縄における新たな鉄道、軌道その他の公共交通機関に関し、その整備の在り方についての調査及び検討を行うよう努めるものとする」という条文が付け加えられました。

内閣府が毎年、沖縄における鉄軌道の調査を続けているのは、この条文があるからです。

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新沖縄振興基本方針

しかし、10年にわたる調査により、どうがんばっても、糸満~名護間の沖縄縦貫鉄道で採算は取れないことが明らかになってきました。

それを踏まえたからか、2022年5月に決定した新たな沖縄振興基本方針では、鉄軌道に関する記述が変わりました。新たな方針は以下のようになっています。

「新たな鉄道、軌道その他の公共交通機関の整備の在り方について、関連する技術の進歩の状況や既存の公共交通との関係、まちづくりとの連携等にも留意しつつ、全国新幹線鉄道整備法(昭和 45 年法律第 71 号)を参考とした特例制度を含め調査及び検討を進め、その結果を踏まえて一定の方向を取りまとめ、所要の措置を講ずる」

2012年方針と比べると、「調査及び検討」が「関連する技術の進歩の状況や既存の公共交通との関係、まちづくりとの連携等にも留意しつつ、全国新幹線鉄道整備法(昭和 45 年法律第 71 号)を参考とした特例制度を含め調査及び検討」と具体的になっています。

公共交通最適化

この新記述は、先に示した2021年度調査報告書の「沖縄本島全域の交通の最適化を目指して、持続可能な鉄軌道の整備計画を立案していく必要がある」という一文とリンクするように読み取れます。

すなわち、沖縄本島全域のまちづくりと連携して公共交通を最適化する、ということです。この場合、鉄道はその一部を構成する要素と位置づけられ、バスやゆいレールとの連携も含めて検討されることになるのでしょう。

21年度調査で試算された「建設区間短縮案」は、これを先取りした調査だったのかも知れません。

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新幹線整備法の特例制度

新方針のもう一つの注目点としては、「新幹線整備法を参考にした特例制度」の検討があります。

これは、端的にいえば、鉄道建設にかかる国の補助率を上げるということです。整備新幹線の補助率は通常の鉄道建設に比べて抜群に高く、たとえば北陸新幹線の敦賀延伸では、福井県など地元自治体の負担は総額の7.1%にとどまります。

また、整備新幹線の制度では、鉄道事業者の支払う貸付料(線路使用料)は、「受益の範囲内」とされています。この制度が沖縄鉄軌道にも適用された場合、単年度で営業黒字を計上できるのであれば鉄軌道事業が成立する可能性が高くなり、実現へのハードルはぐっと下がります。

とはいえ、建設にかかる費用は、どんな制度を活用しても変わりはありません。そのため、建設費をどこから調達するのかという問題は残ります。

整備新幹線では、開通済み新幹線の貸付料を新たな新幹線の建設財源にしていますが、まさかそれを沖縄に回すわけにはいきません。どこから予算を工面するのかは、高度な政治判断になりそうです。

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今後の検討は?

では、新沖縄振興基本方針を背景として、今後検討されることは、どのような内容でしょうか。

今回の調査報告書では、コスト縮減策の今後の検討として、「非電化、かつ、クリーンなエネルギーを利用する公共交通システム、例えば、水素燃料電池電車など、最新技術車両の導入可能性についても検討する必要がある」としています。

たとえば、JR東日本などが開発中の水素燃料電池電車を導入すれば、架線などによる電化設備が不要となり、コスト削減が図れる、ということです。

また、これまではバス系の公共交通システムは検討対象外としてきましたが、これについても「自動運転技術の進展により隊列走行や高速走行等が可能となってきていることから、高架構造で専用空間を走行するバス系の公共交通システム、例えば、名古屋市で導入されている『ガイドウェイバス』の進化系で、物理的にガイドウェイを設置せず、無線通信などを活用した新たなバス輸送システムについて研究することも重要である」とし、いわゆるBRTの検討も示唆しました。

これらは、新基本方針の「関連する技術の進歩の状況」に対応した調査とみられます。またBRTの検討は「鉄軌道」の定義の拡大とも受け取れます。

今回、赤嶺以南についてBRTとして整備する調査をしましたが、「沖縄本島全域の交通の最適化」を見据えて、鉄道の建設区間を短縮する検討が企図されている可能性はあるでしょう。

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ピーク時輸送量の予想

鉄道建設区間を短縮するのであれば、糸満方面の南部だけでなく、人口密度が低い北部方面も検討対象になり得るでしょう。

下図は、今回公表された沖縄縦貫鉄道のピーク時の輸送量の予想です(国道 330 号ルート案)。ピーク時の輸送量が毎時1,000人を超えるのは豊見城~コザ十字路間のみとなっていて、糸満付近や石川以北は500人前後になっています。

ラッシュのピークでこの輸送量ならば、鉄道新線を建設せずとも対応できると考えることはできるでしょう。

沖縄鉄軌道需要
画像:令和3年度沖縄における鉄軌道をはじめとする新たな公共交通システム導入課題詳細調査報告書

那覇~コザ間だけでも

現実的に考えて、沖縄本島で鉄軌道を新設するほどの需要があるのは、ピーク輸送量が1,500人を超える那覇~コザ間だけのように思えます。沖縄本島でもとくに人口密度が高いエリアですし、まずはここだけ作るという考え方はあり得るでしょう。

問題になるのは、「那覇~名護間60分」という、沖縄縦貫鉄道の建設目標です。この目標を達成できないなら、鉄軌道事業の意義が問われてしまいます。まして、「整備新幹線制度」を導入してまで鉄道新線を作るなら、この目標を取り下げるわけにはいきません。

さいわい、コザの近くには沖縄自動車道の沖縄南ICがあり、高速バスで名護中心部まで最短50分程度です。すなわち、那覇~コザ間を鉄道で10分程度で結び、駅を高速インターの近くに設置し、列車とバスを対面接続できれば、那覇~名護60分は達成できます。

過年度の調査では、新都心~コザ十字路間は快速で約18分と試算されています。高速バスとあわせて那覇~名護間70分程度となりますので、目標は超えられないものの、近い数字にはなります。バスを「BRT」とし、優先信号などを設ければ、数分は短縮できるかもしれません。

あくまで計算上のことで、実際にはもっと時間がかかりそうですが、大義名分は立つでしょう。「沖縄本島全域の交通の最適化を目指して、持続可能な鉄軌道の整備計画を立案する」というのであれば、こうした方法が検討されるかもしれません。

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調査のための調査

なんであれ、鉄道建設計画の調査を10年連続で実施し、最終結論を得ていないというのは、納税者の理解を得にくいでしょう。いくら法律で決められている調査とはいえ、そろそろ「とりまとめ」をしてもいいのではないか、という気がします。今年の報告書を見る限り、もはや「調査のための調査」になっています。

ちなみに、鉄軌道等導入課題詳細調査の予算は2012年度1億円、13年度1.9億円、14、15年度2億円、16、17年度1.5億円、18~21年度1億円と推移してきました。

年度ごとの調査費とみれば多額とはいえないまでも、10年間で14億円も使って結論を得ていないのですから、税金の無駄遣いと指摘されてもおかしくない状況になっています。

新沖縄振興基本方針を受けて行われる2022年度の調査には、8000万円の予算が計上されていて、2023年度の概算要求も同額です。政府も無駄遣いを察していて、徐々に減額しているのでしょう。

減額されたものの、8000万円もの資金を使って、2022年度はどんな報告書がまとまるのか。行き詰まり感を打開し、「こうすれば建設できる」という、前向きな報告を期待したいところです。(鎌倉淳)

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